銀河探偵 ディデット

禁断の力 (前編)



「え、なんで」
 叫んだのは薫だった。
「ね、ちょっと、太一」
「もっと静かに勉強でけんのかなぁ、お前らは」
「なんで、これ 2 番なの」
 問題集を突き出す。
 耳を貸さない薫に苦りきった顔をしながらも、問題に目を通す太一。
 期末テストも間近となり、「ディデット探偵事務所」はまた「自習室」兼「図書館」となっていた。
「正解なら、2 に決まってるやないかい」
「うそ」
「to 不定詞くらいとっとと克服せんかい。何年、英語やっとんねん」
 慶子が不思議そうな顔をしてそれを見ている。
「あんた、英語、どこで勉強したの」
「学校」
「それにしちゃよくできるよねぇ。
 実は帰国子女とか」
「高校に入る前と、あと二年の夏休みに、旅行はしたけどな。純国産や、基本的には」
「ふうん…」
「なんや、その、不信感たっぷりの目ぇは」
「だって嘘臭いんだもん」
「お前らが勉強でけんのを人のせいにしなや」
「だって、英語できるんだよ、変態の癖に」
「まだ言うとんのか。
 半年も前の話やないかい」
「やっぱり、半年前は変態だったんだ」
 黙って聞いていた慎介が吹き出した。薫は、慶子に向かって親指を立てた。
「グッジョブ、ケコちゃん」
「サンキュ」
「とっとと帰れ!」
「だってお外は寒いんですもの」
「ねぇ」
「来週になったら、おいしいケーキ、作ってきてあげるから」
「俺はいらん」
「もう薫に前払いしたんでしょ」
 太一の顔が強張る。薫も、太一ほどあからさまではなかったが、口元をゆがめた。
 薫には、緊急時のために腕時計型の通信装置「カイリスト」を渡してある。できる限り早く身につけてもらうため、クリスマスの手作りケーキのお礼の前払い、という口実を用意してあった。
「あたしはもらってないけど」
「ほら、太一。
 早く、慶子様にお渡しして」
 薫は、すばやく顔を切り替えた。だが、太一は動かない。慎介も、奥で背を向けたままである。
「どうしたの」
「あ、えっと、やな」
「まさか用意してないの?!」
 急に立ち上がる薫。
「何にしたらえぇかわからんかってん!」
 太一は、怯えるように下がった。
 これは嘘ではない。
 慶子自身は純粋な地球人だが、薫の親友である以上、事件の現場に居合わせたり、本人が狙われたり、ということは考えられる。そのため、同じように通信装置を渡したいのだが、都合のいいものが思いつかなかったのである。
 携帯電話のストラップというのは最後まで有力候補に残ったのだが、襲撃者が真っ先に携帯電話を奪う、あるいは壊す、ということは考えられるので、緊急時に使えない可能性が高い。かといって、彼らの関係において、ネックレスや指輪など肌に身につけるアクセサリーはどう考えてもミスマッチだし、薫と違って慶子はそういう装飾品にさほど関心を示さないことがわかっている。無骨さにおいては、剣道部員たちとさして違いのない彼らはそこで手詰まりとなった。
「別にいいけどぉ」
「ケコちゃん、くじけたらダメよ。所詮、この人たちは人でなし」
「大丈夫。私、強く生きるから」
「ケコちゃん」
「薫」
「よよよよよ」
「うっとうしい泣きまねなんかすな!」
「本当に泣いた方がいい?」
「それは――」
「いいのよ。男なんてやっぱり、薫のようにか弱い女が好みなのよね。あたしみたいなガサツな女は忘れられるだけなのよ。ゴミのように捨てられるんだわ」
「あたし、この人たちに好かれてもうれしくない」
 二人とも調子が上がってきた。演技にしてもあんまりな言われ様だな、とつぶやく慎介。
「そうでしょ」
「うん。
 あたし、この時計、返す」
 嘘泣き顔のまま、手首を上げる薫。
「あ、じゃ、ちょうだい」
「え?」
 急に素に戻る慶子。キツネにつままれたような顔の薫と太一。
「結構、かっこいいな、って思ってたんだ」
「ほんまか?」
「うん。
 最近、腕時計してる奴、少ないじゃん。却っていいかな、って」
 慎介も振り向いて、慶子の顔を見た。嘘ではないようだ。
「それでえぇんやったら、用意するわ」
「ありがと」
「なんや…薫に『今時、腕時計なんて』言うたんちゃうんかい」
「気が変わったの」
 悩まんでよかったんやないか、とぶつぶつ続ける太一。
 慎介は、また背中を向けて読書に戻った。つぶやく。
「お揃いがいいのかな」
 え、と慶子の顔を覗き込む薫。慶子は目を逸らした。
「そうだもんねぇー」
 薫は慶子の腕に抱きついた。
 太一がニヤニヤと笑うと、慶子は、慎介の背中に舌を出した。

「ケースは頼むぞ」
「ん」
 慶子のカイリストはその夜のうちに用意できた。これは、薫のものよりさらにシンプルになっており、コマンド実行機能もない。位置を示す信号が定期的に発信されるだけである。
「なぁ」
「なんだ」
「やっぱり、あいつに話したらまずいか」
 慎介は、カイリストをテーブルに置くと、太一の向かいの席に座った。
「今のところは、デメリットがメリットを上回る」
「デメリット」
「彼女が、自分の親友が地球人ではなかった、ということを知って、どういう態度をとるか予測がつかない。危険だ」
「そやなぁ。
 隠しとったことそのものは、多分、大丈夫やろけど」
「気を使った結果だからな」
 二人ともうかない顔である。
「薫の顔、違うやろ」
「あぁ」
 時折、辛そうな眼差しで慶子を見ていることがある。
 彼女は、毎日のように、自分の親友に嘘をついているのである。辛くない筈がなかった。
「慶子の方も、なんぞ考えとるんちゃうかなぁ。
 勘のえぇ奴やから、あのカイリストだけで気づくかもわからんで」
「今日のは、そういうことだったかもしれない、ということか」
「自分だけが仲間外れになっとる、って思うたとしたら――」
「外れてはいないからな。
 純地球産は彼女だけだ」
「たまらんな…」
「だが、彼女には、『プリンセス』の身を守ることはできない。
 無力感に囚われてしまう、ということだってある。そうやって身を引いてしまう、というのは最悪のシナリオじゃないか」
 太一は溜息をついた。

 ここのところ、ケーキ教室で忙しかったが、テストが近いということで、部活休止期間となった。授業を終えてすぐ帰る。混雑した電車に乗るのは久しぶりである。
 尤も、慶子の方は、ここぞとばかりにスポーツ用品店に向かった。クリスマスが終わったらすぐにスキーに出かけるつもりなのである。毎年のことだ。
 薫は、人の波に流されるようにして電車に乗り込んだ。
 明日はいきなり英語だ。単語帳を取り出そうと鞄を持ち上げる。
(声を出すな)
 体から血の気が引く。
 痴漢などではない。先日、彼女を襲った者達だ。たしか、ロイガ人とか言っていた。
(こんなところで)
 ここのところ、特に暗くなってからは絶対に一人にならないようにしていた。日が短いとはいえ、まだ夕方である。しかも、混雑した電車の中で捕まるとは想像もしなかった。
(妙なことをすれば周囲のものが怪我をする。わかっているな)
 鞄を下ろす。
(3 つ目の駅で降りろ)
 大きいとはいえないが、乗換駅だ。そこから車か何かに乗せられるのに違いない。
 薫は、その駅に到着するのを待った。
 チャンスは一度しかない。

 警報が鳴った。
 慎介はすぐに上着を手にしたが、太一はしばらくカイリストを見つめていた。
「訂正があれへんな」
「本物だ」
 飛び出していく。
 DDV がタイヤを鳴らして発信した。
 位置はコンソールに映し出されている。
「微妙な時間やな」
 下校ラッシュ。まもなく退勤ラッシュになる。そうなれば、車では身動きが取れなくなる虞がある。
「その前に捕まえる」
「この方向やと…」
 パネルを操作するといくつかの点が示された。
 薫が乗せられた車の進行方向にある、異星人が正体を隠して拠点を作ることができそうな場所と、姿を隠した宇宙船が停泊できそうな場所。
「どこから行くんや」
「最初からしらみつぶしに決まってる」
 宇宙船に乗せられてしまうと面倒だ。見当をつけての博打はできない。慎介は DDV を赤信号の交差点に突っ込ませた。
「あんまり熱くなりなや」
「無理な注文だ。
 俺たちの船も起動しておけ」
「えぇのか。
 向こうも本気になるで」
「こっちはもう本気だ」
「見たらわかるわ」
「スクリーン」
 太一は口笛を吹いた。
 フロントガラスを、外から中が見えなくなるようにしろ、というのである。DDV はナンバープレートもボディの色も簡単に変更できる。顔さえ見られなければ後で捕まる虞はない。つまり、思い切り交通違反をする、という宣言だった。
「アイアイサー」

 薫のカイリストは、コマンドを認識すると一度、緑色に光った後、すぐに消えた。再送信を試みていない。つまり、信号は二人のカイリストに届いた、ということである。
(来てくれるよね)
 小型のバンは、混雑し始めている道路を、頻繁に路線変更しながら走った。信号を律儀に守っているのは、目立つのを避けるためだろうか。あるいは、先手を取ったことを確信しているのか。尤も、薫の両脇にいるロイガ人たちは、周囲に油断なく目を配ってはいる。薫もそうしたかったが、彼らはそれを許さなかった。辛うじて、前と対向車線だけが見える。
(来てくれるよね)

Ver.1.0: 2006/12/17

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