銀河探偵 ディデット

ノエル (前編)



 太一は、電話を取り上げると、南田家を呼び出した。
「学校、行った?!」
 太一が叫ぶ。慎介も作業の手を止めた。
「ほんまですか!?」
《えぇ。
 いつもの通りでしたので、止めなかったのですが》
「危険や、言うたやないですか!」
《それはわかっているつもりですが…。
 あ、さきほど、これから帰る、と連絡がありました》
「そういうことと違ぅてですね」
 状況を理解し、肩を竦めてコンソールに向き直る慎介。画面が点滅した。緊急の情報があるようだ。慎介の目が変わったが、その内容を確認することもなく、工具を取り出した。
「わかりました。
 俺らが迎えに行きますんで。
 これから気をつけてもらわんと困りまっせ」
 電話を切る。暢気な一家やの、とつぶやく。
 薫の「ヒーリング・パワー」が、人を殺し得る力として発動されてしまった。ロイガ人に襲われたのがきっかけだったが、彼らにとっては、正しいターゲットであることの証明になった。今後、本腰を入れて捕獲にかかるだろう。これまでは、その証明を得る必要があったため、騒ぎを起こさないように、あるいはできるだけ小さくなるように、という「配慮」があったが、もうその必要はない。薫の身柄を確保したら地球から離脱してしまえばいいのだから、手段を選ばなくてもよくなったわけである。
 太一と慎介は、考え方を変えざるを得なくなった。薫が力を制御できるようになるだろう、と考えていた――いや、その力によって本当に人が殺せるということを、心のどこかで疑っていたのかもしれない。
 しかし、彼らはその目で見た。瞬間的に大量の「ヒーリング・パワー」を注ぎ込まれた細胞は、それを受け止めることができず、逆に死んでしまう。それが時間をかけて起こるのであれば、生命体はそれなりの対処をとるのであるが、それは一瞬である。大量の細胞の死は、えぐり取ったのに等しい効果を及ぼす。その場所に動脈が走っていれば、そこを流れる血液は一気に体外へ流れ出す、というわけだった。それが頭部だったら、あるいは、心臓であったら。
 その力は、まさに兵器であった。
 ロイガ人は、本気で狙ってくる。それから薫と両親を守らなければならない。
 まず、この事務所に入ってもらう。あるいは、彼らの宇宙船に身を隠す、というのでもいい。最終的な方策が見つかるまでの期間は、そうやって安全を確保するべきだ。まさに、そう提案しようとして電話をかけたのだったが。あるいは両親は、薫に普通の地球人としての生活を送らせてやりたい、という当初の方針に囚われているのかもしれない。すぐにでも話し合った方がいい。
「ところでお前、何してんねん」
 慎介は、上着を脱いで、自分の腕のカバーを開けていた。コンソールに接続しているのを見ると、調整作業のようだが。
「お前…」
 コンソールに示されている数値は、どれもレッド ゾーン、あるいはそれに近い値を示している。
「さっきの通信に何ぞ書いたったんか」
「知らない」
「読んでへんのかいな。この非常時に」
 コンソールを操作しようとする太一。
「読まない方がいいぞ」
「何言うとんねん。今はな」
「サブジェクトを見てみろ」
「本部から、監察軍の通知の転送やないか」
「このタイミングで俺たちに転送されてくる監察軍の通知だぞ」
「…」
 薫を救出しに行く直前、ロイガ人の行動について、重大な協約違反と見做す、という通知がきている。「サード・プラス」と呼ばれるそのランクは、違反の摘発に民間人が協力し、その過程で協約違反の行為が行われても監察軍は見て見ぬふりをする、と言われるランクである。協定の遵守よりも摘発の方が優先される、ということで、それを受けて、彼らはいつもより荒っぽい方法を取ったのだった。
「…セカンドかいな」
「知りませんけどね」
 監察軍は、そのレベルをさらに上げたのだろう。だが、ランクがセカンドに上がったのであれば、今度は民間人の関与は禁止される。摘発作業が危険なものになる、「作業」というよりは「作戦」に近いものになる、ということだ。
 薫のためにやってきたことが禁止される。傍観者になれ、と言われてしまう。だから通信には気づかなかったことにする、というわけだった。
「えぇのか」
「見た上で違反したら資格剥奪だぞ」
「こいつが立ち上がっとったら、どの道、無視したことはばれるがな」
「見てないものは見てない」
「あのな。
 俺は駆け出しやから剥奪でもえぇわい。お前はどやねん」
「本当にいいのか」
 にらみ合う二人。
「…。
 師匠は選ばんといかんな」
 太一は隣に座った。同じように、自分の腕を開く。
「終わったら、また湿布貼ってもらうで」
「お姫さまに頼め」
「そうするわ。
 あ、お姫さまに電話してんか。迎えに行くから、て」

 二人は、学校の最寄駅から電車に乗った。
「休んだ方がよかったんじゃないの?」
「だって、テストは」
「テストより健康第一でしょ?」
「いいじゃん。もう終わったんだし。今夜、ぶっ倒れても大丈夫」
 慶子は苦笑するしかなかった。朝、学校に来たときには顔色が悪かったというのに、テストを終え、家庭科部に行くころにはいつもの薫に戻っていた。
「心配して損した」
「ご心配をおかけしました」
「じゃ、ケーキ作れるね」
「ケーキ?」
「太一慎介用ケーキ」
 顔に出さないようにするには、いくらか努力が必要だった。
「すっかり忘れてた」
「あんたね。
 時計まで貰っておいて、それは薄情ってものじゃありませんか」
「ケコちゃんだって貰ったでしょ」
「あたしは忘れてないもん」
「まぁ、ケコちゃんったらすっかり義理堅くなっちゃって」
「いいじゃん。
 あいつらにだって、年に一回くらい優しくしてやっても」
 薫は、窓に映る自分の顔を確認しながら笑った。
(ほかにないんだもん…)
 目を覚ましたのは夜中だった。両親の心配そうな顔を見ると涙が一気に溢れ出した。
 だが、母に抱きしめられて泣きじゃくっている間に、薫の心の片隅で、すでに結論が形をとり始めていた。
 地球を出よう。
 この太陽の光を浴びている限り、あの力は消えない。あの力がある限り、自分は狙われる。
「銀河探偵」の二人は、本部に依頼して、あの力を無効化する研究をしてもらっていると言うが、仮に、それに成功したとして、この広い宇宙に一体どれだけいるかわからない襲撃者達にそれをどうやって知らせるというのだ。
 自分だけではない。両親もだ。
 カシ=オサニアの人間にとって、この太陽の光は危険なものなのだ。これから老いていく両親にどんな悪影響があるか、誰も知らない。
 地球にいてはならない。
「銀河探偵ギルド」は、カシ=オサニアの加盟に向けて準備をすすめているらしい。そうなれば、手続きは多少、煩雑かもしれないが、密航などという手段を使わなくとも帰ることができるだろう。それまでを乗り切ればいい。
 だが、それはいつだ。
 いつ、その日が来るのだ。
 大人の事務手続きだ。何ヶ月もかかるのだろうか。あるいは数年という単位か。それとも、地球など比べ物にならないほど進んだ社会では、明日にでも完了してしまうのだろうか。
 慶子と、大事な友人たちと一緒にいられるのはいつまでだ。
「ま、次にプレゼントなんかしてやるのは、来年のクリスマスってとこだね」
「来年…」
 口に出してしまった。
 そのとき、自分はここにいるのだろうか。はたして、まだ、「南田 薫」なのだろうか。
「どしたの」
 薫はうつむいてしまっていた。勢いをつけて顔を上げる。
「あたしたち、3 年生だよ」
「う、受験生か」
「もうちょっと先々考えようね、ケコちゃん」
 ダメだ。避けようと思っているせいか、却って、そのことに絡んだ言葉になってしまう。
「面倒くせぇなぁ。
 もうちょっと遊んでたいよ、実際」
 あたしもだよ、ケコちゃん。
 もっと一緒に遊んでいたい。
 だから学校に行くことにしたのだ。
 一緒にいられる時間が、どれだけ残っているのかわからないのだから。
 途中で乗り換えて、駅を出る。
「送ってくからね」
「え、大丈夫だよ」
「今朝の顔色、思い出しなよ。
 テストも終わって緩んだ途端にバッタリってこともあるんだからね」
「優しいね、ケコちゃんは…」
「特別」
「え?」
 返事を待つ余裕はなかった。
 ふいに、見覚えのある男の一団が彼女たちを囲んだ。
「な――」
 無言のまま、薫の体が抱え上げられる。
「薫!
 何するんだ!」
 慶子はその男につかみかかった。
「****!」
 聞きなれない単語。次の瞬間には、慶子はアスファルトに叩きつけられていた。
 今はもう帰宅ラッシュの時間。駅前はごったがえしている。突然の騒ぎに、人々は驚いていたようだが、誰も動かなかった。

「!」
 カイリストが反応した。
「慶子のや」
 倒された拍子にカイリストが破損した。そのための緊急信号。
 太一は DDV のコンソールで薫のカイリストの位置を確認した。その、破損したカイリストから、徒歩を遥かに上回る速度で遠ざかっている。
「駅や」
 アクセルを踏みつける慎介。駅前は混雑していたが、側面がこすられるのを慎介は無視した。
 飛び降りる太一。
「慶子!」
「太一…」
「大丈夫か」
「う、うん…」
 いや。鞄に小さな穴があいている。
「撃たれたんか!」
「薫が、薫がさらわれた!」
「どっちや!」
 力の入らない腕で指差す。太一は、線路に沿った細い道の方向へカイリストを向けた。
 反応。
 薫のカイリストと、ロイガ人。
 近くはないが、追える。
「立てるか」
 いささか乱暴に引きずり上げる。
「あそこに慎介がおる。見えるか」
 太一が示した先に見慣れた車があった。
「あれに乗るんや。
 怪我しとるところがあったらあいつに言い」
「うん。ありがと」
 慶子が、歩くには支障はない、ということを確認すると太一は走り出した。
“Diiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii, DiDet!”
 光を帯びた右手の指を首筋へ。輪を描いた光は、そこから吸い込まれ、逆に共鳴するように太一の体から光が吹き出した。
 上着の袖が、まるで弾き飛ばされるように破れる。
「今いくでぇ!」
 上半身をひねって、ボールを投げるような動作をする。ボールの変わりに、機械の腕がすさまじいスピードで伸びていった。斜め上に伸びた腕はやがて、ビルの最上階にある看板を掴んだ。
「ふんっ!」
 気合とともに、腕が縮み始める。あるいは、消えたように見えたかもしれない。太一の体は、腕に引っ張られるようにして空中に舞い上がった。
 ビルを越え、さらに上へ。
 その頂点でカイリストを確認。後、二度の跳躍で追いつける。

 DDV はすさまじいスピードで夕方の町を走った。
「ね、慎介さん!」
「しゃべるな!」
「教えてってば!」
「舌をかむぞ!」
 カーナビに見える機械に、3 つの点。表示されているのは、線路だ。つまり、薫をさらった一団の走り去った方向。後から近づいているのは、妙な動き方をしているが、太一だろうか。
「つかまれ!」
 言われた通り、シートベルトにしがみつく慶子。慎介の運転は、一般常識からも、彼女たちが知っている慎介のイメージからも、大きく外れていた。暴走族だって、ラッシュ時間帯の車道を逆走したりはしない。
 慎介はまた急ハンドルを切った。
「ちょ、ちょっと!」
「黙ってろ!」
 また反対車線へ。しかも右端の車線に入っていく。
 慎介は、シフトレバーの次に、カーナビの操作用だとばかり思っていたボタンを、見たことのないスピードで操作した。
 次の瞬間、目の前の車が、下の方に消えた。
 そして、ダン、という衝撃の後、一切の車が見えなくなった。
 この感覚は知っている。ジェットコースターや飛行機。
 足元が支えを失い、ゆっくりと落下する感覚。
「!」
 DDV は、反対車線に違法駐車してあった楔形のスポーツカーを足がかりにジャンプしたのだった。
「落ちる!」
 いくら DDV でも空を飛ぶことはできない。エンジンの排気を後部に誘導して相当に進んだのは事実だが、いつかは落下する。
「右に曲がるぞ」
 慎介の声のトーンが落ちた。今はすることがない、ということだろう。
「説明は、彼女を取り戻してからだ」
「わかった」
「覚悟しておいてくれ」
「え」
「着地するぞ」
 信号が切り替わったばかりの交差点。一瞬だけできる「空き地」に着地した DDV は、慎介が言った通り、右へ直角に曲がった。

「うおぅりゃぁぁぁ!」
 上から雄たけびとともに太一が落下してきた。
 ロイガ人は慌てて止まった。
 間髪をいれず、太一の機械の腕が、先頭にいる男をなぎ払った。
「目つぶるんや!」
 それが自分に向けたものだということを知った薫は、言われたとおりに目をつぶった。
 右手を振ると、指先から鋭利な刃物が飛び出す。太一は、躊躇する様子も見せず、それで、男の腹部を引き裂いた。男の悲鳴。
「峰打ちや。
 俺的にはな」
 いくら「サード・プラス」あるいは「セカンド」であっても、彼らに殺人が許可される筈はない。だが、倒した筈の男が復帰しても困る。死なない程度の傷は負ってもらわなければならない。
「薫、リラックスしとき」
 必死になれば、またあの力が発動しないとも限らない。勿論、それによって彼女の救出は楽になるが、そのことによって彼女が受ける精神的なショックも無視できない。できればそれは避けたかった。
 敵も武器を持っている。もう周りを気にする必要がないのだから、安心して撃って来る。
 だが、彼らは薫を無傷で確保しなければならない。そこに気を取られている限り、付け入る隙はいくらでも生まれる。問題は、太一達も薫を無傷で取り戻したい、ということだけだった。
 DDV のエンジン音。ものすごいスピードで走ってくる。
「どんだけ傷つけたもんやら。修理もタダちゃうんねんで」
 急ブレーキ。
 慎介は慶子に、絶対に外に出るな、と言い残すと DDV を降りた。と同時に、慎介の体を光が包む。
“Di, DiDet!”
「え――」
 そこにいたのは、ロボットだった。いや、ロボットのような慎介。手も、足も、顔の半分も機械の慎介だ。
 慎介は、そんな慶子の前に立ち、小さく飛んだかと思うと、DDV のフロントグリルを後ろに蹴った。軽い衝撃の後、慶子が見たのは、まるで弾丸のように凄まじいスピードで小さくなっていくロボット――慎介だった。
「ぐあぁっ!」
 慎介の体当たりは、二人の男を打ち倒した。その勢いで、薫を抱えていた男の力が緩む。
「!」
 ゴオッと風を切って太一の腕が伸びてくる。男も抵抗はしたが、慎介の拳を頭部に喰らって昏倒した。
「ちょっと冷たいけど我慢してや」
「太一。
 太一!」
 縋りつく薫。
 破裂音。
 二人は体を竦めた。
「なんや、お前かいな」
 慎介が、男たちから奪った銃を連射したところだった。すべて膝に命中。太一に腹を切られたもの以外は、立ち上がることができなくなってしまっていた。
「きったないなぁ。飛び道具なんか使うて」
「早く帰りたいんだよ」
「相当、騒ぎ起こしたやろ」
「彼女を DDV に」
「あ、そうやな。
 さ、帰るで。
 慶子は無事やな」
「慎介さん」
「あぁ、本人は、怪我してないって言ってる」
「よかった。
 ありがとう、太一、慎介さん。
 勝手に学校行って、ごめんなさい」
「それは後だ。
 今は、こいつらを始末して、早くここを離れたい」

Ver.1.0: 2006/12/24

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