Girl Guardian

Guardian Stands



「ホテルの人ですか?」
 つい声が大きくなる。その従業員が驚いたような顔をした。
「あ、いえ。ご心配なく」
(するわよ!)
 少女はラウンジの出口のほうに向かったが、とても外に出られそうな様子ではなかった。
 ジャージの群れの向こう側ははっきりとは見えない。ここからは森だけで、コテージは視界に入らなかった。展望レストランに戻るか。上からだったらなんとかなるのではないか。
 誰かが叫んだ。あたりが騒然となる。何が起こったのだ。少女はその群れを掻き分けて前に出ようとしたが、高校生達はそれを阻む勢いだった。
 前のほうで、落ち着いて、という声がすると、警官が一人いなくなった。走って行ったらしい。騒ぎは大きくなる一方だった。警官が落ち着かせようとしているが、全く効果がない。少女は、それにまぎれて前に出ようとしたがやはり無駄だった。
「帰ってきた!」
「マジ?」
「大丈夫か?」
「サトミ!」
 更に声は大きくなる。と、その群れはわずかに後退してきた。慌てて少女も下がる。
 その喧騒から聞き取れる単語を総合すると、どうやら人質が解放されたらしい。少女は一度だけ、大崎さんは? と叫んだが、それにかき消されてしまった。
「静かに。
 静かに!」
 警官と教師が同じことを叫ぶと、やがて生徒達も静かになった。群れの中央に、解放された生徒が連れてこられた。
「怪我はないか」
「はい……」
 後ろに追いやられた少女には、その声がかろうじて聞こえるだけだった。
「状況を教えてくれ。
 犯人は、二人だな」
 声が変わった。これが警官だろうか。
「そうです」
「何か持っていたか」
「ナイフを……」
「拳銃とかは」
「ありません……見えませんでした」
 落ち着いているようだが、声は震えている。少女には、それが少しずつ激しくなっているように聞こえた。そんなことよりもっと大事なことがあるのに。
「やつらは何か要求しなかったか」
「あたしには、何も……」
「なぜ君だけ解放されたんだ」
 それを最初に聞きなさいよ。
「あの、もう一人の人が」
「ホテルの従業員だな」
 大崎さん。
「はい。
 あたしだけでも解放しろ、って言って」
 あたりが水を打ったように静まる。
「人質は一人でいいだろうって、何度も言ってくれて。それで……」
 誰かが、すげぇ、とつぶやいた。
(当たり前じゃない!)
 あの第一印象は正しかった。大崎は、信頼にたる立派な大人なのだ。
 少女は、感嘆の声が広がっていくのを背に、表へ出た。

 建物の角から、コテージのある方を見ると、すでに警官隊が取り囲んでいることがわかった。おかげで、大崎が囚われているらしいコテージもわかる。
 さっき見たリーフレットの絵地図、敷地を写した航空写真、今、見えている様子を頭の中で組み合わせていく。裏からコテージに近づくルートは二本あるはずだが、警官隊に見られずに行けるかどうかはわからない。行けないと思ったほうがいいのかもしれない。
「そんなこと言ってる場合じゃない」
 少女はポケットから細長い箱を取り出した。手のひらに収まる、音楽再生装置のように見えるそれをかざす。上、下、最後にコテージの方向へ。そして、表示された小さな文字を慎重に読み取る。
「行ける」
 警官達から身を隠すように下がる。
「大崎さん、待っててね」

 枝を動かさないようにして進むのは一苦労だったが、なんとかコテージの裏手に忍び込むことができた。葉の隙間をすかして周りを見ると、警官が見張っているのが見えたが、こちらには気づいてないようだった。
 注意を逸らすための石はすぐに見つかった。
 頭の中で手順を確認する。
 深呼吸。
 膝をつき、前傾姿勢で構える。
 少女は、さっきのツールを左手に持ち、ちょうど親指の辺りに来るボタンを押した。
 耳のいい者なら、非常に高い音が一瞬、鳴ったのに気づいただろう。あるいは、その森の中にいる動物達は、聞きなれないその音に驚いたかもしれない。更に、注意深く観察していれば、彼女の足と右手が、音と同じタイミングでかすかに震えたのが見えただろう。
 少女が右手で石を投げ上げると、それは警官を挟んで彼女とは反対の場所に落ちた。ガサ、という音に反応する警官達。
 次の瞬間、立ち上がったかと思うと、少女の姿は、通常ではありえないスピードで移動した。普通の視力であれば、霞んだ影にしか見えなかったであろう。確かに草むらを踏む音はしたが、それに気づいて警官が振り向いたときには、彼女はすでにコテージにとりつき、柱の陰に身を隠していた。

 犯人達は落ち着きを失っていた。
 隣町のコンビニで、ナイフをちらつかせて現金を奪ってきたのは確かだが、ほんの数万円。ここに逃げてくるときに車を盗んだが、ガソリンがほとんど入っておらず、下手をすればこのさびしい山の中でガス欠という可能性もあった。見張りをしていたほうが、このコテージに高校生が泊まっていることに気づき、いざとなれば人質にとることもできる、と言ったので、それにのったはいいが、警察の手が回るのは予想以上に早かった。こんなことなら、近頃の高校生は金持ちなのだから、彼らから奪うとか、ホテルの車を盗んで乗り換えるとか、そうすればよかったのだ。なまじ篭城してしまったために、今度は、この包囲を破る方法を考えなければならなくなった。
「このオヤジを殺すぞ、っつって、車を用意させるしかねぇな」
「でも、そんなことしたら」
「お前が人質を取れ、って言ったんじゃねぇか!」
「だって」
「言い訳すんな、見苦しい」
 兄貴分らしい男が、弟分らしい男の頭を殴りつけた。
 大崎の言葉を容れたというより、高校生がすっかり怯えきっている様子に罪悪感を覚えた犯人達は、彼女を解放はしたのだが、人質が二人いれば要求を二回に分けて通すことができた、ということには後から気づいたようである。
「おい、オヤジ」
 大崎の口元が腫れているのは殴られたからだろう。ほかに怪我がないのは、犯人達にナイフを使う勇気がなかったからに違いない。
「ケータイ持ってんだろ、貸せ」
「ケータイ?」
「お前の命をかたにして色々と要求するんだよ!」
「そのテーブルの上の電話でフロントにつながる」
 話しながら、大崎は顔をしかめた。口の中の傷が沁みるのだろう。
「あ、そう」
「あたしが聞くわ」
 突然、ドアが開いた。三人の視線が飛ぶ。
 そこにいたのは、さっきの少女だった。
「なんだ、てめぇ。
 警察か」
「さっきのガキの仲間ですかね」
「どっちもハズレ」
 ドアを開け放って仁王立ちになる。
「その人を解放して投降しなさい」
「うるせぇ!」
「大人しくしないと、痛い目を見るわよ」
「見せてもらおうじゃねぇか」
「やめておいた方がいいわ」
 そう言いながらツールを手に持つ。
「やめろ!」
 大崎が叫んだ。
 少女の顔に、うれしい、という表情が浮かび上がる。
「行け!」
 兄貴分に背中を押されて飛び掛ってくる弟分。
 これは素手だった。少女は、すばやく脇により、足を引っ掛ける。
「あ、あぁっ」
 弟分は情けない声を上げながら床に突っ込んでいった。
「ちょっと、静かにしてよね。
 外のお巡りさんに聞こえちゃう」
「お前が大人しくすればいいんだよ!」
 小太りな体型の弟分は意外にタフらしい。額に擦り傷はできているが、また向かってくる。
「ちょ、ちょっと!」
 腰の周りにタックル。少女が悲鳴を上げた。そのまま壁際に押しやる。
「やめないか!」
 大崎が立ち上がった。手を後ろに縛られたまま突進、弟分の足を引っ掛けた。
 弟分は更に額を怪我したが、相当に怒ったらしい。大崎を殴りつける。バランスをとることのできない大崎は椅子などの家具を巻き込みながら倒れた。
「大崎さん!」
 すばやく戻る少女。
「大丈夫?」
「君は……逃げるんだ」
 その言葉に少女の胸が苦しくなる。
 怒りの表情で立ち上がった。
「あんたたち、絶対に許さないから」
「お、おい……」
 さっきまでとは違うことに気づいたのだろう。二人の犯人はいくらか怖気づいた。
「大崎さんに怪我させるなんて!」
 そう言いながら、ツールを操作する。一瞬の高周波に、部屋にあった時計が震えた。
「お、おまえ、なんだって、いうんだ!
 一体、何者なんだ!」
 顎を上げて見下ろす少女。
「そうね」
 わずかに間。
「『ガール・ガーディアン』とでも名乗っておきましょうか」
「ガ……なんだって?」
「黙って天罰を受けなさい!」
 言うが早いか踏み込む。霞んだ影となった左手が弟分の腹にめり込んだ。
 右手も同じく兄貴分の腹を狙ったが、こちらはナイフを持っていた。突然の攻撃に、まっすぐ突き出される。
 だが、少女の拳は陽炎となった。
 それはわずかに上になびいたかと思うと、次の瞬間には消えた。
「うわっ!」
 兄貴分の悲鳴と同時に金属音がして、ナイフは天井に突き刺さっていた。
「え……」
 大崎も、一体、何が起こったのかわからない。
 わかるのは、少女がものすごい早業でナイフを払ったらしいこと、二人の犯人はろくに抵抗する余裕も与えられずに打ち据えられてしまった、ということだけだった。
「ひ、ひぃぃ」
 二人の悲鳴が上がりかけたところで、少女はあのツールを弟分の額にかざした。それを操作すると、彼はまるで急に眠気に襲われたようにペタリと座り込んだ。兄貴分は、それを見て恐怖の表情に変わったが、同じく眠りについた。
 小さく息を吐く。少女は眠り込んだ二人に舌を出して見せた。
 振り向く。
「大崎さん、大丈夫ですか。
 痛くありません?」
「あ、あぁ」
 少女も、自分が興奮していることは自覚していたが、大崎が不思議なものを見て困惑していることもわかる。
(困った顔も素敵)
 ずっと見ていたい、という気もしたが、そうもいかない。ドアの向こうでかすかに音がする。
(あぁ、記憶操作してる余裕ないな)
「大崎さん、お願い」
「な、なんだ」
「このことは内緒にして欲しいの」
「な、内緒?」
「お願い。
 この二人は、自分に何が起こったかもう覚えてないから。大崎さんが活躍したことにして」
「いきなりそんなことを言われても」
(あ、怒ってる。
 そういう表情もいい)
「お願い」
 拝む。
 音は大きくなってきている。警察官が近づいているのに違いない。
「もし、このことがばれたら、あたし……」
 と、言いかけて見つめる。これで断れる男はそんなにいないはずだが。
「……わかった」
「ありがとう!」
 大崎に抱きつく。目を白黒させている大崎を見るのも楽しかった。
「じゃ。
 また後でね」
「え。
 え?」
 そう言っている間に少女の姿は見えなくなってしまった。

Ver.1.0: 2007/7/8


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