リリィは肘を突いた。ため息。
「元気出してよ、リリィってば」
「いいじゃねぇか、一回くらい。別に今日が初デートってわけじゃねぇんだし」
「だって」
今度は突っ伏してしまう。
優等生で、ごく最近までは学校が終われば家に直帰していた真美は勿論、遊び歩いているように見えて実は盛り場の類には縁のない亜矢。リリィを励まそうとして連れてきたのは、どうということのないファミリーレストランだった。
「メソメソすんじゃねぇよ。次があるだろ、次が」
「ないかもしれないし」
ボソボソとした声が逆に真実味を持つ。
「そう……なの?」
「なんか、決定的なこと言われたのか」
「そうじゃないけど」
「じゃ、どういうことだよ」
「だって」
「あー、もう、はっきりしねぇな!」
テーブルを叩いてしまう亜矢。
「うちら三バカトリオのリーダーのリリィがそんな女々しいことでどうするんだよ」
「女だもん」
「口答えするか」
「ちょ、ちょっと」
あたりを気にして押さえにかかる真美。確かに、周囲の視線が集まっていた。
「ところで亜矢ちゃん、『三バカトリオ』って何?」
「あたしたちのことだよ。
陰でそう言われてんの気づいてなかったのかよ」
「うっそ。
ひどすぎ」
「なーんか、にぎやかで目立ってるみたいよ。しゃべってることがまるっきり漫才だって」
「あたしまで、『バカ』なの?」
「友達は選ばないとねぇ」
「えぇぇ〜」
「ざまぁみろ」
そんな会話の間もリリィは口を開かなかった。手で、何かのケースをもてあそんでいる。
「なんだよ、それ」
「ひょっとして、大崎さんにプレゼント?」
「うん」
「なんだよ。
見してみ」
気の抜けた様子で亜矢に渡す。アクリルの蓋を取る。
「タイピン?」
「うん……」
「これ、リリィが作ったの?」
「百均で材料集めた」
シンプルなタイピンの上に小さなビーズをあしらってある。高級そうには見えないが、つけて歩いて恥ずかしいものではなかった。
「へぇぇ。
考えたな」
「何が?」
「同じタイピンでもさ、女子高校生がいきなりブランドもん持ってったら、向こうは引くよな。
こういう、お金はないけど手間かけて気持ちを込めました、っていうのが効くんだよ」
「あたしもそう思ったんだけど。
なんか惨めになってきちゃった」
「なんで」
「こんなもの、渡さなくて却ってよかったのかな、って」
亜矢の手からケースを取り、鞄の中にしまう。
「お前、マジなんだな。あのオヤジに」
「ヒーローだもん」
「リリィ……」
「あんなことできる人いないよ。
なのに、誰も覚えてないなんて、ひどすぎる」
「みんなが覚えてたら、ライバル増えて大変だったかも」
「……」
その点では、自分も大崎を助けているのだから、ポイントは高いはずだが、それは秘密にしなければならない。その分も大崎の手柄ということになっているのに、世間は相手にしていない。真美が言うようにライバルがいないのはありがたいが、面白くないものは面白くなかった。
「で、どうなんだよ。次がないってのは」
「……。
まだ付き合ってるわけじゃないから」
「え?」
「もう恋人になってるんだったら、キャンセルになっても、じゃぁ来週ね、って言えるけど、そうじゃないもん。そこに到達する途中だから、キャンセルの重みが全然違う」
「また難しいこと言う」
「でも、わかる」
「わかるけどさ」
氷ですっかり薄くなってしまったコーラのストローを口に挟む。
「断られたことはあるの?」
「平日に誘ったときは何回かある。仕事だって」
「お休みのときは?」
「ない」
「じゃ、心配ねぇよ。
後でまた電話しな」
「今日、するつもりだけど。仕事中かも」
「じゃ、明日でも」
「するけど」
「あー!」
亜矢はまたテーブルを叩いた。
「じれったいな」
「怖いんだもん!」
リリィが叫ぶ。
「わかるでしょ。
怖いんだよ」
これには二人とも黙った。今は相手がいなくても初恋はとうに経験した。その気持ちはわかる。
「あれ、どうしたの、急に静かになっちゃって」
テーブルの横から、男の軽薄な声がした。
「君たち、高校生でしょ。
もう遅いから送っていこうか、僕らの車で」
大学生か。本人達はニコニコと笑っているつもりだろうが、彼女達にはニヤニヤとしか見えなかった。真美は怯えた様子になったが、亜矢ははっきりと嫌悪感を見せた。リリィの顔からは逆に表情が消える。
「大丈夫だよ、安全運転で行くから」
「今度にしてよ」
「まぁまぁ。
この出会いを大切にしようよ」
亜矢の抵抗はあっさりといなされた。真美の様子に気づいた二人目は、なれなれしくその肩に手をかけた。
「いいけど」
リリィが言った。
「お、君は話がわかるみたいだね」
「あんたたち、うまいの?」
「車?
そりゃもう、ドリフトもばっちり」
「車の話はしてない」
「え?」
リリィは薄笑いを浮かべた。
「なんだ。わかんないんだ」
「え、なに」
「なになに、教えてよ」
「頭の回転が鈍い唐変木につきあってる暇はない」
最初の男の頬がかすかに引き攣った。
「おっかないねぇ」
「子供のお守りをするつもりはないから」
「てめぇ、下手に出てれば」
その男が巻き舌気味に言いながら踏み出した。
「それは下手とは言わない。
下心ではあるかもしれないけどね」
「んだと!」
「店員が注目してるよ。
妙なことをすれば警察が呼ばれると思うけど」
店員だけでなく、ほかの客も注目していた。
「バカ野郎。110 番したって 5 分かそこらかはかかるんだぞ」
ナンパは諦めたのか、言うことが 180 度変わった。
「そうだね。
その間にあんた達が大怪我するようなことにならないといいけど」
「怪我だぁ?
お前なんかに一体――」
「このテーブルの上にどれだけの凶器があると思うの?」
意味ありげな視線。フォーク、ナイフ、キャンドル。男達は明らかにうろたえはじめた。マスタードのボトルをもてあそび、テーブルに戻すリリィ。
「手を放しなさい。その子にあんたのバカがうつると困る」
目配せをする男達。腹は立つが、リリィの様子からは本気が感じられる。
「てめぇ……」
「最近のファミレスはカメラがたくさん設置されてる。指名手配も簡単だよ」
辺りを見回す。確かにその通りだった。
そうして視線がそれた瞬間、男の腕がつかまれた。真美の肩から引き剥がす。
「このまま帰る?
それとも前科者になる?」
と言いながらひねり上げるリリィ。
「放せ!」
そう叫んでリリィの腕を振り解く。男達は、レジへ乱暴にレシートと金を置くと出て行った。
リリィは窓際に立った。彼らの車が確かに出て行くことを確認する。
テーブルに戻ると、ナプキンに数字を書いた。
「それ、奴らの車のナンバー?」
「そ」
「おっかねぇ女……」
「ちょっとした八つ当たり、ってとこかな」
真美も、礼を忘れて呆然としていた。
すすり上げるリリィ。近くを歩く人がチラチラと見ていく。
「ごめ……なさい……」
「いいって」
子供達が前を走っていった。何人か、「あ、このおねえちゃん、泣いてる」と言った。お前が泣かせたのか、と言い立てられ、大崎は激しく両手を振って否定した。
子供達は、親に追い立てられていったが、その親も複雑そうな表情をしていた。
ざわつく映画館。
「もう少し……待って……ください」
「いいよ。入替制じゃないし」
目や鼻をハンカチで押さえている様子に、いい子いい子と頭をなでてやりたい衝動に駆られたが、大崎は我慢した。この年頃が、子ども扱いを嫌うことはわかっている。
二人とも「デート」という言葉は使わない。恋人同士ではないからだ。遊びに行こう、というだけである。いつの間にか、どこに行って何をするか、ということは交代で決める、ということになっていた。リリィの方はあれこれと情報誌を参考にして目新しいものを見つけてきたり、あるいは、オーソドックスすぎて逆に思いつかない、半日のバス旅行などということもあったが、いずれ、熱心であった。それも当然ではあるだろう。
大崎の方は、どうやらそういうことのセッティングは不得意らしい。自分でも安直だな、と思いながら、遊園地や水族館を提案する。リリィは、大崎と一緒ならどこでもいい、と思っていたのかもしれないが、それだけというわけではないらしい。純粋に喜んでいるようだった。
今回は、冗談で怪獣映画を提案したところ、リリィが乗ってきた。見たことがないらしい。それはそうだろうが、見る気になる、というのは意外だった。逆に、本当にいいのか、と大崎のほうで何度も確認する始末だった。
「あの、お手洗いに行ってきます。
ロビーで待っててもらえますか」
「ん。
急がなくていいよ」
「はい」
だがリリィは小走りにかけていく。そうは言っても子供なんだよな、と大崎は思った。
しばらくしてリリィが戻ってきた。目が赤いのはどうしようもないが、がんばって整えてきたようだ。
「行きますか」
映画館を出るなりリリィは、「可愛そうに」とつぶやいた。
「そうだなぁ」
「ガリナ」
「そっち?」
思わず声を上げる大崎。それは、映画の中で、地球に攻めてきた宇宙人の名前だった。てっきり、それに抵抗して立ち上がり、地球を守って死んだ怪獣のほうだと思っていた。
「だって。
ガリナだって、自分の星から離れたところで、戦ってたんですよ」
「そりゃそうだけどさぁ」
「確かに、ほかの星を侵略しようなんていいことじゃないけど。
なにかちゃんとした理由があったかもしれないじゃないですか」
「まぁ……ねぇ」
「宇宙人だからって、ああいう薄っぺらな描き方は嫌いです、私」
鼻の頭をかく大崎。上手い答えが見つからない。
大崎も、怪獣映画など見るのは子供のころ以来で、バカにしながら映画館に向かったのだが、ストーリーもセットも細かいところまで作りこまれていて、感心することしきりだった。だが、悪役の宇宙人に入れ込むというのは予想外である。
「ひょっとして、ああいう顔が好み、とか」
演じていたのは、「イケメン」と評判の若い俳優だった。
「そういうんじゃありません!」
「あ、ごめん」
真剣な表情に、反射的に謝ってしまう。
「自分のふるさとから遠く離れた場所で、一人ぼっちなんですよ。
可愛そうじゃないですか……」
「うん……」
食事の頃になると、リリィはいつもの明るさを取り戻した。映画のことについても、「派手なドンパチ」だの「ヒロインの心情に掘り下げが足りない」などと辛らつな意見を述べた。
「あの人はあれでいいんだよ。
十分に表現できてたって」
「えぇ、そうですかぁ。
鏡見ながら口紅塗るシーンだって、カット割りの前と後で顔が違ってたじゃないですか」
「そうかぁ?」
「そうですよ。
あそこは、あの人の一途さを表現するシーンなんですから、完璧に同じ表情にしないと、女優失格です」
「辛いなぁ、君は」
「当然です。
プロなんですから。
なんのために 1,500 円も払ったと思ってるんですか」
「払ったのは俺」
「ありがとうございます」
とテーブルに手をついて頭を下げる。大人っぽいことを言ったかと思えば、子供のようにふざける。まさに、リリィの個性が発揮されている。
「展望台行きましょ、展望台」
食事が終わったらゆっくりコーヒーでも飲みたい、という大崎を、リリィはそのビルの屋上にある展望台に引っ張っていった。
「ほらー、いい景色」
「確かにね」
二人は、あれが何、あそこに見える建物には行ったことがある、などと言いながら、展望台を一周した。
「じゃぁ、お茶にしましょ。
自動販売機ですけど」
「ごちそうになります」
二人とも同じ、ミルク入りのアメリカンコーヒーを持って、外に向いたテーブルに座る。
「あの女優さん、好きなんですか?」
「女優って、どの?」
「さっきの映画に出てた」
「んー、まぁね」
「まぁねって感じじゃなかったけどなぁ。
随分、かばってませんでした?」
「いや、それは、映画というものに対する見解の相違という――」
「難しい言葉を使うと却って怪しい」
リリィが下から覗き込む。
「白状しなさい、大崎賢吾君」
「いや、本当だって。
彼女があれに出てることも知らなかったし」
「じゃ、今日、ファンになったんだ」
「そういうわけでも……」
「じゃ、やっぱり前からだ。
写真集とか持ってたりして」
「出してなかったと思うけど」
「詳しい」
大崎は、そんなんじゃないってば、と言いながら顔を背けた。
「ね、どういうところが好きなんですか?」
え、と言って顔を戻してしまう。
この娘はそういうことを聞くのか。聞くものなのか?
「ねぇってば」
「……。
かっこいいじゃん」
言葉を選びながら大崎は答える。
これは、大崎の女性の好みに関する質問だ。
質問しているのは、大崎にアプローチをかけている女性だ。
大崎はまだ姿勢をはっきりさせてはいないが、少なくとも、彼女のアプローチを受け入れるのは難しい、ということは最初の段階で匂わせているつもりだ。彼女が、デートに誘うことはあっても、その頻度や内容に節度があるのは、それを了解しているからだと思っていたのだが。
「それはそうですね。
アップになったときとか、一緒に宇宙人に立ち向かう決心をするところなんかは、なかなかの表情でした」
「ああいう、自立した女性っていいな、と思う。
別に女性に限らず、だけど」
つい、表情を伺ってしまう。大崎は今、好感を持つタイプが、リリィとは全く異なるタイプだ、と明言したのだ。
「また、無理に一般論に持ち込まなくたって」
だがリリィはニヤニヤと笑うだけだった。
「キャリアウーマンとかそういうの好きですか?」
「古くないか、その言葉」
「はぐらかさないように」
「自分でテキパキと進めてく人はいいと思うよ」
「そうかぁ。
じゃ、私なんかピッタリ!」
大崎の思考が空転する。話がかみ合ってないのではないか、と思った。
「なんで」
声が裏返ってしまう。
「私、そういうタイプですから。
計画性あるし、あれこれよく気がつくし。行動力と交渉能力も結構、自信あるなぁ」
「あ、そう……」
やっと整理がつく。
その四点については異論はない。単に大崎が押されているだけ、という側面を割り引いても、確かに、リリィはそういう長所がある。
彼女はそう理解したわけだ。大崎の、年下の子は恋愛対象にならない、という嗜好に気づいたわけではないのだ。大崎は、気持ちのある部分では、また先延ばしにしてしまったな、と自分に呆れると同時に、そのことでほっとしている部分にも気づいていた。
「欠点を言えば、時々、ポカっと見落としすることかな。
我を忘れる、っていうのとはちょっと違うけど」
「こないだのあれは」
「あれ?」
「立てこもり事件だよ。
危険だと思わなかったのか」
「だって、大崎さんの力になろうと思って」
「だからって」
この話は何度もしてきた。何のスポーツで鍛えたのかはまだ聞いていないが、腕に覚えがあるからといって、ああいうところに飛び込んでいいというものではない。
「君は、熱血なんじゃないのか」
「熱血は嫌いです」
「嫌いでも、君がそうだってことはあるぞ」
「見落としは一過性の出来事。
熱血は、継続性のある特徴。
全く違います」
「難しい言葉を使うと怪しいって言ったのは誰だ」
「全然普通の単語ばっかりですよ」
彼女が、「全然普通」などといまどきの言葉遣いをするのは珍しい。いや、そういうことに感心している場合ではない。
「とにかく、自分の身の安全にはもうちょっと」
「はい」
これも何度も繰り返してきた。そのたびにリリィは、自分のことを心配してくれているのだ、と思ってうれしそうな顔で元気に返事をするのだった。
帰り道もリリィは機嫌がよかった。
今日は、ある CD を貸す約束になっていたのだが、大崎はそれを持っていくのを忘れたのだ。じゃぁ、一緒についていきます、とリリィが言い出し、大崎は押し切られた。
大崎の家がわかれば一歩前進だ、と彼女は思っていたが、これまでのことから考えて、大崎が中に入れてくるとは思っていない。このアプローチにかけられる時間は少しずつ減ってきているが、まだ慌てる必要は無かった。
「じゃ、ちょっと待ってて」
「えぇぇ〜」
一応は抗議してみる。だが、大崎は明らかに気づかなかったふりで、アパートの玄関を開けようとした。
「あの」
どこに隠れていたのか、男が姿を現した。
「大崎賢吾さん、ですか」
一応は背広。だが、ワイシャツなのにネクタイをしていないので、だらしなく見える。だらしなく見える、ということに気づかないタイプだ、ということはその髪型からも、ショルダーバックからもわかった。
「あなたは」
「あ、私はこういう者です。
新聞記者をしております」
差し出された名刺を見る。地方新聞のものだった。
「ちょっと、中で待ってて」
大崎は、リリィを部屋の中に入れた。ドアを閉める。
(なんなの?)
会社名は読めたが、リリィにわかったのは、それが全国紙ではない、ということだけだった。彼女の知識では、その名前から地域名を引き出すことはできなかった。
だが、思いがけなく、大崎の部屋に入ることができた。ぐるっと見渡す。
引き戸は閉まっているが、ダイニングキッチンの向こうにも部屋がある。1DK というところだろうか。
(意外に、整理はされてるなぁ)
掃除してあげますよ、という口実は使いにくい。しゃがんでみると、綿ぼこりはないではないようだが。
台所はどうだろう。お料理しますよ、とは言えない状態になっていたりはしないか。リリィが爪先立ちしようとすると、扉の向こうから声が聞こえた。
(お帰りください)
(いや、大崎さん)
(お話しすることはありません)
(お願いしますよ)
(お帰りください)
怒鳴ってはいないが、大崎には珍しく、きっぱりとした口調だ。リリィは扉に耳を当てた。
(わかりました。またお邪魔します)
(お話しすることはありません。無駄ですよ)
靴音が遠ざかっていった。大崎のため息が聞こえる。
扉が開いた。リリィは、聞き耳を立ててたことがばれないように慌てて後ろに下がったが、大崎の顔は、聞いてたな、と言っていた。
「どうしたの?」
「新聞記者。
メイ・フォレストのことを聞きたいんだって」
「あの、閉鎖されちゃったホテル?」
「そう。
なんか解体工事がうるさいとかで苦情が出てるんだって」
「それくらいで、新聞記者が?」
大崎は靴を脱いで上がっていった。リリィは、こんなチャンスを逃がすことはない、とばかりに続いて部屋に上がった。
「工事の期間が妙に長いとか、その割に夜まで作業してるとか、色々勘ぐってたよ」
「ふうん……」
「で、なんか隠してるんじゃないか、というわけ」
「なんか、って?」
「知らないよ。
俺、もうメイ・フォレストとは関係ないし」
「そうなの?」
「そ。
聞きたいことがあるんなら、会社に行け、と。
会社がしゃべらないものを、社員がしゃべるわけはないだろう、と。
守秘義務だってあるんだしさ。もし俺がしゃべったなんてばれたら、クビだよ。それどころか機密漏洩で会社に訴えられるかもしれない」
「大崎さん、訴えられちゃうの?」
CD を探していた大崎が顔を上げた。
「まさか」
安心させるように笑う。
「俺、何も知らないもん。漏らす秘密がないんだって」
「大丈夫だよね」
「大丈夫だって。
月曜になったら、会社に報告しておいた方がいいかな。そうすりゃ疑われなくて済むだろうし。
あ、あった、あった。はい」
リリィの手に CD を乗せる。
「さ、行くか」
「え、どこに」
「送ってく」
返事を待たずに立ち上がる大崎。
「まだ明るいから大丈夫だよ」
「あの記者がまだうろうろしてるかもしれないからな」
「え……」
「行くぞ」
大崎がいつになく強気なのは、やはり記者の出現で苛々してるからだろう。それにあの事件は、大崎にとって、あまり楽しい出来事ではなかったはずだ。リリィは急いで後を追った。
歩いている間も口数が少ない。だが、我慢できずにリリィは駆け寄り、大崎の腕につかまった。
「恐いか」
「ううん……」
うれしかったのだ。
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Ver.1.0: 2007/7/29
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