Girl Guardian

Second Stand



 月曜日の夕方。
 昼休みに電話をしたとき、大崎は、記者のことを上司に報告した、と言っていた。どうやらあの記者は、一度は会社に取材を申し込み、ちゃんとした説明を受けたのだが、まだ怪しい、と思って、大崎など、あのホテルの関係者のところを回っているらしい。会社としても、しつこいようなら警察に届けることも考えているので、一切口をきくな、と言われたそうだ。
 角を曲がるリリィ。だが、そこで立ち止まった。すぐに身を隠す。
 その記者が、彼女のマンションの入り口から出てきたところだった。
(尾けられたんだ)
 あの日、大崎は、心配してここまで送ってくれた。彼は、曲がり角に来るたびに周囲を気にしていたが、その点では、慣れた記者のほうが上手だった、ということに違いない。リリィ自身は、大崎が守ってくれている、ということに舞い上がってしまい、それどころではなかった。帰った後も、三十分ほどは頬を緩ませてぼうっとしていたくらいである。
 困ったな、と思っていたが、記者は諦めたのか、あるいは、長い間そこにいて待ちくたびれたのか、反対方向に歩き始めた。
 すでに日は沈みかけているので助かった。姿が見えなくなったら帰ろう、と思ったが、リリィはもう一つの人影を見つけた。それは、電信柱に寄りかかってタバコを吸っていたのだが、記者が歩き始めると同時に、その後ろについたのだ。
(何……?)
 確かにあの記者は不愉快だ。大崎を苛立たせ、リリィのマンションにまで押しかけた。
 だが、尾行されるほどの大物だろうか。あのホテルの一件に、立てこもり事件が絡んではいるのは事実だが、あれはきれいさっぱり解決したはずだ。あんな、見るからに元スポーツ選手という体格の男が尾けまわす理由はなんだろう。リリィは静かにその後ろを歩き始めた。
(あの男、大崎さんの部屋まで来てたりするかも)
 だとすれば、あの男の正体を突き止めることは、大崎の憂いを一つ減らすことになるかもしれない。これは正しいことだ。
 記者は、駅前のハンバーガーショップに入った。手帳を繰りながらハンバーガーとフライドポテトを頬張っている。
(きったない食べ方……)
 すでに嫌悪感が先にあるので、やることなすことがすべて気に食わない。
 もう一人のほうは、記者に顔を見られていない、という自信があるのか、同じ店に入り、一つおいた席に座ってコーヒーを飲んでいた。
 リリィはそうはいかない。記者には顔を覚えられているはずだし、その元スポーツ選手も、何者かわからない以上、見られていないとも限らない。幸い、隣は本屋だった。店頭の雑誌を立ち読みするふりをして、出てくるのを待つ。
 最初に出てきたのは元スポーツ選手のほうだった。慌てて雑誌の間に顔を隠す。男はリリィの横で雑誌を眺めるふりをしていたが、記者が出てくると、ゆっくりとそれを追い始めた。リリィもついていく。
 もう日は沈んでいた。記者は、電車に乗るかと思えばそうはせず、線路沿いに歩き始めた。それを追う元選手とリリィ。
 記者はふいに横に曲がった。だが、元選手は慌てる様子もなくそのまま進む。リリィもそうした。走って追い越すわけにもいかないからだ。
 同じように曲がる元選手。二人が見えなくなったところで、リリィは足を速めた。
(あれ……?)
 そこは公園らしい。ちょっと錆び気味の遊具が並んでいる。だが、誰もいない。
 反対側にも出入り口はある。そこを抜けたか。
(あれかな)
 公衆トイレかと思ったが、そうではないらしい。辺りを見回しながら近づくと、下水道用の設備らしいことがわかった。
 扉はある。中に入ったか、と思ったが、物音が聞こえてきた。反対側だ。
 静かに回る。次に聞こえてきたのは、うめき声だった。角からゆっくり覗くと、元選手が記者の腹に拳を入れたところだった。
「!」
 リリィは息を呑んだ。慌てて口を手で押さえたが、あまりのことに音が大きかった。まずい、とは思ったが、もう遅い。
 元選手がこちらを見る。記者の視線は、助けてくれ、と言っていた。
「お前か、『ガール・ガーディアン』」
 元選手が言った。この男は、リリィを知っている。
「手を放しなさい」
 そう言いながら、ブレザーの胸のポケットからツールを出す。元選手は、何の反応もしない。動じない、ということは、ひょっとしてプロか。それとも、あのコテージでの出来事は、犯罪者の間に知れ渡っているのだろうか。しかも、この男は、大崎に迷惑をかけた記者の敵。早まったか、と思う。リリィは、その暴力が将来、大崎に迷惑をかける可能性に賭けた。正確に言えば、それしか正当化の方法はない。
 ツールのボタンを押す。短い高周波と共に、手足が細かく震えた。
 素早く踏み出す。それは本当に素早かった。元選手の、記者の肩を押さえている腕をつかむ。リリィは歯を食いしばった。その体格は伊達ではないらしい。相当の力持ちだ。
 格好をつけている場合ではない。両手でねじ上げて放す。男は、半歩下がった。
「あなたは逃げて」
「え、え、え」
 頭の回転が悪い男だ。それでも記者か。
「早く逃げなさい!」
 やっと意味を理解したらしい。カニのように壁伝いに動いている。角を曲がると姿が見えなくなった。
「早くここから――」
 立ち去れ、と言うつもりだったが、元選手も早い。リリィは首をつかまれてしまった。うめき声を上げるリリィ。
 このまま締め上げられるかと思ったが、男はそのままリリィを引きずり、公園で投げ出した。
「どういうつもりだ」
 男が言った。想像していたよりは高い声だった。だが、その迫力に変わりはない。リリィは素早く起き上がったが、距離をとった。
「自分の状況がわかってないようだな」
 リリィの沈黙をどう解釈したのか、男が言った。
(半分、成り行きだもん)
「我々の邪魔はしないほうがいい」
 そう言いながら踏み込んでくる。回ってきた右足を身軽によけるリリィ。
(我々って誰よ!)
 と言って教えてくれる相手かどうかはわからない。それに、自分がその「状況」というものを理解していない、ということは教えないほうがいいような気がした。
「んっ」
 足が革靴の中で滑った。よけるのがわずかに遅れて、左腕を男の足先がかすった。ツールのおかげで怪我はないが、この男が相当に強い、ということはわかった。
 逃げるべきか。だが、その「状況」が何だかわからないまま逃げるのは、問題の先送りのような気がする。できればそれははっきりさせたい。できれば、の話だが。
 男が右ストレートを繰り出してきた。リリィはすばやくその腕をつかみ、体勢を低く入れ替えて、次の瞬間に両足を伸ばした。
 確か、「一本背負い」とかいう技だ。決まったはずだったが、男はまるでこの間の映画の登場人物のように空中で体を回し、バランスを崩しもしないで降り立った。手を放してはいけないんだ、ということに今頃、気づく。
 そこから走ってくる。右、左、右。うまくよけた、と思ったら、次の左は下から来た。腹にまともに入る。
 リリィはがっくりと膝をついた。痛い上に気持ち悪い。学校帰りでよかった。何か食べた後だったら、間違いなく吐いている。
 強い。このままでは殺されるかもしれない。立ち上がろうとしたが、上体は起こせない。腹に手を当てたまま、男を見失わないようにだけは気をつける。
 一瞬、視界が白くなった。頭を殴られでもしたのか、と思ったが、そうではない。光はすぐに消え、男のほうも目の前に手をかざしている。
 光源は、彼女達の横だ。視線をやる。
「あ、あなたね!」
 記者は逃げてはいなかった。何を思いついたのか、そこで写真をとっている。その光は、カメラのフラッシュだった。
 リリィが呆れるのと同じタイミングで男が動いた。記者に飛び掛る。あ、と思ったが間に合わない。
 だが、男は記者をどうにかするのではなく、その手からカメラをもぎ取った。記者が子供のような声で抵抗したが、体格が違う。無意味だった。男はデジタルカメラをひっくり返し、大きな手で小さなスイッチを押してメモリカードを引き抜くと、指先だけで曲げてしまった。カメラ本体は地面に叩きつけられた。
 あっという間の出来事だったのは確かだが、リリィもそうなったほうが都合がよかった。男がこちらに向かってこないように視線は逸らさないでいる。
 男は今のところ、リリィに関心はないらしい。今度は記者の鞄をもぎ取り、その中をひっくり返した。色々と持っている。使い捨てのカメラ、テープレコーダー、携帯電話。男はそれを一つ一つ、丁寧に壊していった。個人的な恨みでもあるのか、という感じすらした。
「何するんだよ!」
 言葉は続かない。この男に上から睨まれればそれも無理というものだ。
「我々の邪魔をすればこうなる」
 ついに視線はリリィに向いた。
 まずい。リリィは左手でハンカチ、右手でツールをつかみ出した。ボタンを押したまま、そのツールをハンカチでなでる。ハンカチの振動が収まると、ツールは胸ポケットにしまった。
 男の右ストレートが飛んできた。それを外にかわす。内にかわせば、左が迎えに来る。それは予想通りだった。
 後退すれば踏み込んでくる。下に逃げても同じ。上は問題外。受けて見せるしかない。
 左フックに両手を伸ばす。リリィのハンカチは、それをピッタリと包み込み、衝撃を吸収した。
 片手を放して脇に逃げる。遊具を足がかりにして飛んだ。そのまま上から男の顔面にハンカチをかぶせて引きずり倒す。もう少し小さい男なら、ハンカチで口と鼻をふさぎ、窒息寸前まで持っていけるはずだったが、そうするには大きすぎる。
 男は、後ろに倒れた割には素早く起き上がった。今度は回し蹴り。リリィは、まるで闘牛士のようにハンカチを開き、それを迎えた。パン、と高い音がして男の足が跳ね返される。リリィの手にも衝撃は来たが、それ以上のショックが男の足にはあるはずだ。壁をつま先で蹴ったようなものである。
 その通り、男は戻ってきた足を押さえていた。痛みで体重をかけられない。チャンス。リリィは、その足の反対側に全体重をかけてぶつかった。男は、バランスを崩しながらもリリィの体をつかもうとしたが、それはリリィの必死の抵抗にあった。今度は、指先を踏んづけてしまったが、それは本当に痛いだろう。
 距離をとる。
 記者は、さっきの場所に座り込んでいた。大事なデバイスをすべて破壊されたこともショックだっただろうが、この二人の戦闘も相当にショッキングなはずである。何が起こっているのかすらわからないのではないか。
 男はやはりしっかりと立ち上がった。相当に頑丈なようだ。
 そのままゆっくりと歩いてくる。身構えたリリィを黙って見下ろす。
「お前も同じだ。
 我々の邪魔をするな」
 それだけ言うときびすを返す。 
「ちょっと!」
 男はリリィの抗議を無視した。振り向くと、記者の前に立っている。男は、改めて彼のデバイス類の破片を踏み、靴の裏で細かくすりつぶした。
「命があるうちに考え直せ。いいな」
 記者はもう返事をするどころではないらしい。恐怖と混乱で一杯の顔を引き攣らせているだけだった。
 男はそのまま歩き去った。
 リリィは小さく息を吐いた。これをどう理解すればいいのかわからないのは彼女も一緒だ。
 いや、それより先にしなければならないことがある。リリィはツールを取り出した。細長い筐体の小さなディスプレイを見ながら、ボタンを操作する。
「私からも警告」
 記者に近づく。
「大崎さんには近づかないこと」
 ツールを額にかざし、ボタンを押す。
「私のことは忘れてもらうけど」
 記者が呆けた表情で頷くと、ツールをポケットにしまった。

Ver.1.0: 2007/8/5


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