Girl Guardian

Things Shift



「失態が続いているな、ウデマ」
 部屋に戻ると、背広を脱ぎながら中村が言った。
「もうしわけありません」
「たまたま被害ゼロだったからいいが、あそこでの事故は致命傷になりかねない。細心の注意を払え」
「はい。徹底いたします」
 中村は体を投げ出すように座り込んだ。今日の会見はさすがに堪えたらしい。
「あのホテルを選んだのは色々な意味で正解だったわけだ。
 アスベストのおかげで工期を稼ぐことができたし、とっくに使われなくなっている電源設備が残っていたし」
 解体工事を進めていたホテルで爆発事故が起こった。
 爆発とは言っても、火柱が上がったわけではなく、一部、地面の舗装の弱いところが割れて煙が上がった程度なのだが、それでも、ボン、という音は当たりに響き渡った。
 中村はそれを、ホテルが建造された当時の電源設備を解体している最中に手順を誤った、ということで処理した。古い型のため、熟練工を確保することができず、半ば手探り状態だったことが原因だ、と説明した。
 記者達の質問は、爆発のことより、旧式の電源設備の安全性に集中した。中村は、作業の安全を徹底する、という、どこでも聞かれる発言を繰り返さざるを得なかった。
「また作業が遅れるな。
 二週間ほどか」
「はい。それくらいかと」
 被害はないとしても、事故である以上、警察や消防当局の捜査は入る。その間、本来の作業は停止せざるを得ない。
「発進設備については九分通り完成しておりますが」
「順番が逆だ。
 開発部隊を受け入れる設備のほうが先だろう」
「は」
 それは作業の途中だからで、やむをえないことだ。完成時には両方が使えるようになっているはずだったのだ。爆発を起こした、宇宙港管制用の設備が着陸用施設の近くにあり、また、そのカムフラージュに使った旧型電源施設も近い。ここに地球人を入れなければならない以上、着陸設備の作業は止めざるを得ない。
 これはどちらもわかっていることだが、ここのところ失敗を重ねているため、秘書のウデマは反論しなかった。
「作業計画を再検討させろ。開発開始時期を遅らせることはできない。あの事故が片付いたら突貫工事になるぞ――」
 中村は自分の言葉に口をつぐんだ。そこがエゴロスの弱点というのはよく言われることだ。
 低コストで高収益を狙うと工事期間を短縮せざるを得ない。質を落としても「低コスト」は実現できるが、そうすれば「高収益」の部分は損なわれる。そこは譲れない。その結果、工事を担当する会社には相当な負荷がかかる。エゴロスも、長く続いている会社である以上、そういうところを必要以上にこき使ったり、安く買い叩いたりしているわけではないが、現実問題としては、儲かるのだが付き合いきれない、ということで協力関係の会社は入れ替わりが激しい。
 新しい会社が入ることは、会社間の競争を煽る結果になり質を上げることに寄与はするが、熟練度の問題が起こる。旧型電源設備の解体に慣れた者がいない、というのは今回の口実として使ったが、実際にエゴロスの観光開発事業で頻繁にあることだった。
「わざわざ言うまでもないとは思うが、作業工程には細心の注意を払え」
「はい」
 気持ちを切り替えるために息を吐く。
「リリ・リステラの方だ」
 バッジを紛失したのはまずい。拾ったのがボウテール人であれば、エゴロスであることはすぐにわかるし、エゴロスの観光開発がどういうものかも知っているはずだ。
「我々の事業に違法性はない。
 多少、荒療治をした程度で、これまでの経緯から言って、それが突出している、ということもない。
 ただし今後は、そうした荒療治について慎重にならざるを得ない」
「もうしわけありません」
「だが、あの記者のような動きは邪魔になる。
 リリ・リステラがあの記者をかばう動きをしたことは看過できない。ぜひとも退去願いたいところだ。
 その背景はわかったか」
「いえ……」
「ボウテールでも普通の会社員であったことはわかっているわけだ。
 かなり優秀らしいから、そのような勘が働く、ということはあるかもしれないが、エゴロスの事業を妨害するような思想は持っていない」
「実は」
「なんだ」
「大崎賢吾との関係なのですが」
「何かあるのか」
「相当に親密なのではないか、という感触があります」
「親密……?
 大崎賢吾は、左遷処分に不満でも持っているのか」
「そのようなことはないと思われます。社内でそのような言動は一切、見られません」
「説明がわかりにくいぞ、ウデマ」
「もうしわけありません」
 ウデマは今日、何度目かで頭を下げた。口調にもいくらか焦りが感じられる。
「リリ・リステラが帰国しないのは、大崎賢吾がいるからではないか、と思うのですが」
 中村は椅子に座りなおした。
「リリ・リステラを地球につなぎとめているのは、大崎賢吾、か」
 ウデマが説明を続けようとしているのを、中村は遮った。考えていることがあるらしい。
「こうしよう。
 まず、大崎賢吾のことを確認しろ。
 彼がエゴロスの存在に気づき、その意味を理解しているとは思えないが、皐月観光開発に対して敵意を持っている、ということはありうる」
「とおっしゃいますと」
「会社員として成功してない。その責任を他者に転嫁する者はいくらでもいる。
 その象徴として、彼の初任地であるホテルを閉鎖し、意向を無視してシステム部に押し込んだ我々を恨んでいる、ということもありえない話ではない。
 今、システム部にいるのだから、密かに何がしかの情報を引き出すことはできたりするのかもしれない」
「それはちょっと考えにくいのですが」
「彼自身は無能だとしても、リリ・リステラという有能なビジネスパーソンの薫陶を受けていることは考えられる」
「はい。
 それは確かに」
「もしそういうことがあるのなら、解雇なり、左遷なりの方法をとって遠ざけることにしよう。
 そうでなければ、やむをえない、荒療治をもう一度、実施する」
「リリ・リステラにですか」
「いや、大崎賢吾に、だ。
 彼女はエゴロスに監視されていることは気づいている。
 それに加えて、彼女が地球にいる限り、友人である大崎賢吾の身の安全は保障されない、ということを自覚してもらうのがいいだろう」
「なるほど」
「地球人相手なら、手間はかかるまい。
 それが事故であることには留意する必要があるが、お前が手を下す必要もないだろう。
 どうだ」
「承知しました。
 そのようにいたします」

 リリィの尾行はまた一人に戻った。それも常時ではない。時には放置されることもあった。
「やっとご理解いただけたのかしらね」
 大崎のアパートに泊まったことで、彼女は明るさを取り戻した。何かあったわけではないが、この一歩は大きい。余裕も生まれてきた。
「私、何もしてないんだから。
 怖がる必要ないわよ」
 怯えきってしまった反動からか、むしろ憤慨しているといえる。
 落ち着いて考えれば、個人にエゴロスの活動をどうにかできるわけがない。
 彼女がボウテールにいて、自分の知人やその知人というルートを通じて、ボウテールのメディアや圧力団体に働きかけることができるのならまだしも、彼女は今、一観光客にすぎない。一体、何ができるというのだ。
 そんな状態で個人が大企業と渡り合うことが可能だと考えてしまうような会社が、こうまで業績を上げられるものかどうか。故郷に戻ればそれなりに信頼され、こんなに長い特別休暇を許されるほどの評価を得ている彼女の常識から考えれば、それはありえない話だった。
 もちろん、成り行きでそれらしい形になってしまったとは言え、それは二、三発も殴りつけて脅しをかけておしまい、というレベルだ。ビジターなのはお互い様。向こうだって、それ以上のことをして問題を大きくしようとは思っていないはずだ。
「ちょっと、深呼吸が必要だな」
 実際に大きく深呼吸をする。
 休暇の終わりも見えてきた。ここで気合を入れて大崎との距離を埋めておかなければ。
 コズメアをセットしたクレードルのボタンを押す。地球のネットワークで、皐月観光開発のニュースをチェックして、大崎に電話する口実を探すのだ
「メイ・フォレストで爆発事故?」
 田舎のことで、一般のニュースでは大きく扱っていないが、皐月観光開発のホームページではきちんとお詫びのページができていた。事故を起こしたのだから当然か。
「昔の電源設備ねぇ」
 腹いせも込め、馬鹿にするような口調。
「あれ。
 前にもこんなことなかったっけ」
 リリィは、クレードルを操作して、ボウテールのネットワークに切り替えた。エゴロスが起こした事故の記事を探す。
「あった、あった。
 そうだよ。あの会社、時々、やるんだよね」
 それでも、開発が完了した後は、設備に問題のある事故、というのはほとんどないのだから、それはそれで大したものである。
「開発の段階で膿は出しちゃうのかなぁ。
 帰ったらちょっと調べてみよ。
 ん?」
 リリィの手が止まる。気になる記事が見つかった。
「宇宙船?」
 それは、地球でもよく見られる種類の、信憑性の疑わしい暴露記事だった。
 その事故は、地球で作られた装置の爆発ではない、という。宇宙船、あるいは宇宙船が発着する港の設備、そうしたものの爆風が漏れたのではないか、と書かれていた。
 リリィはそのページに飛ぼうとしたが、記事本体はすでに削除されていた。
 エゴロスから抗議されたのだろうか。検索エンジンにしか残っていない。その範囲では、憶測だけだった。爆風を分析したわけではない。
「なんなんだか」
 あれほどの大企業であれば、やることなすことにケチをつける者はいる。そうなのかもしれなかった。
 だが、火のないところに煙は立たない、とも言える。例によって無理な開発手法をとっていて事故を起こした、ということは十分に考えられる。それは、ひょっとしたら、地球人には知られたくない設備だったのかもしれない。
「やーめた」
 噂を追ってもしょうがない。
「忙しいんだから」
 今は、大崎との話題を探しているのだ。
 ボウテールでの噂など、何の役にも立たないのである。

「階段で?」
《はは。ちょっとびっくりした》
 大崎は笑ったが、リリィは動転していた。
「うそ。
 大丈夫なんですか?
 警察は?
 病院には行ったんですよね?」
 まくしたてる。
《落ち着けってば。
 左の手首を捻挫しただけなんだから》
「でも、押されたんでしょ?」
《しょうがないよ。ラッシュなんだから》
「しょうがない、って。
 もう、大崎さん!」
 通勤時に、地下鉄の階段で背中を押されて、五段ほど転げ落ちたという。
《大丈夫だよ。
 包帯はしてるけど、別に生活に困ってるわけじゃないし》
「明日、行きます。
 怪我してるんだから残業はしませんよね」
《え、するよ》
「どうして!」
《左手だってば。ちょっとパソコンの操作は遅くなるけど、そんなに困らない》
「大崎さん!」
《怒るなよ……》
 苛々する。好きな人が怪我をして落ち着いていられるわけがないではないか。
「本当に、大したことないんですね」
《だーい丈夫。
 医者も、骨にひびが入ってるわけじゃないから、痛いのは一週間くらいだって言ってたし》
「じゃぁ、いいですけど……」
《ごめんな》
「いいですっ」
 大崎もさすがにばつが悪いのか、珍しく自分で話をつないだ。
《ちょっと疲れてるのかなって思わないこともないけどね》
「だから、無理しないで、って言ってるのに。
 一日くらい休んでください。そうした方が能率もいいですよ」
《昨日もあったんだよな。
 そこまで急いで会社行きたいか、とか思ったりして》
「え?」
《年とると朝晩のラッシュはきついねぇ》
 また笑う。
 だがリリィは笑わなかった。
「昨日も、押されたんですか?」
《押されたって言うか、誰かが躓いたって言うか》
「大崎さん、本当ですか?
 本当に二日続けて階段で押されたんですか?」
《どうしたの?》
 自分の顔が青くなっているのがわかる。
 警告は続いていた。矛先がリリィから大崎に変わっただけだったのだ。
 鵜川、いやエゴロスはリリィと大崎になんらかの関係があることに気づいている。リリィに対する圧力が効かなかったから、今度は大崎を狙うことにしたに違いない。
「大崎さん、今から行きます」
《え、なに?》
「今から行きます。
 大事な話があるんです」
《ちょっと待て。
 もう十時過ぎてるんだぞ》
「そんなこと言ってる場合じゃ」
《夜に出歩いたら危険だってことはもうわかってるだろう》
「だって、大崎さんが」
《俺は別に何も困ってないって。すぐ治るんだから》
「そんなことじゃないんです!
 もっと」
《今日はドアは開けないからな》
「大崎さん……」
《話があるって言うんならまた今度にしてくれ》
「……」
《お返事は》
「……。
 わかりました」
《いい子だ。
 心配してくれる気持ちはありがたく貰っておくよ。
 じゃ、おやすみ》
 リリィは返事をしなかったが、大崎はそのまま電話を切った。
「大崎さんのバカ」
 切れてしまった携帯電話を握り締めるリリィ。
「そんな単純な話じゃないんだよ。
 もっと……もっと大変なことなんだから。
 だから、心配してるのに」
 あとは唇を噛むしかなかった。

Ver.1.0: 2007/9/2


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