Girl Guardian

Final Un-Finse



 中村はロケットを見上げた。
「緊急脱出ロケットが先か」
 地下の設備に声が響く。
「発進用の設備は、開発部隊が到着するときまでにできていればいい。
 まだ着陸設備ができていないのでは、当分、使い道などないぞ」
「はい。
 もうしわけありません」
 ホテルの地下に建造していた、エゴロスの開発部隊を受け入れるための設備は、作業手順のミスによる小規模な爆発事故、それに対する警察や消防の捜査などのおかげで大幅な遅れを余儀なくされた。できるところは進めておく、という方針で計画を立て直したが、その結果、ここから発進するための設備が先に完成しつつある。
 中村が言ったとおり、発進設備が必要になるのは、開発作業が始まって人員が行き来するようになってからである。ルール上は、万が一のときのために、開発着手時には脱出用の設備が完成していなければならないのだが、それはまだ先のことだ。
 早ければ早いで、できたものを維持する作業が発生する。それは作業量の増加、コストの増加であった。
「まぁいい。
 別にすべてお前の責任というわけではない」
 中村はもう一度ロケットを見上げた。スケジュールが狂っているにしても、できあがりつつある施設を目にするのは楽しいものである。
「三ヶ月と言ったな」
「はい」
「ということは、作業完了まで、六ヶ月強、というところか。
 デワラムの培養は進んでいるのだな」
「はい。そちらは計画通りです。
 計画の遅延を逆に活用して、プログラムの精緻化を図ろうと考えております」
「そうだな。
 効率も上がり、成果物の質も上がる」
(デワラム、ね)
 柱の陰のリリィが腕を組んだ。
 デワラムというのは、環境改造の際に使用する、人造のバクテリアである。別の言い方をすれば、顕微鏡サイズの超小型ロボットで、動作内容を任意に書き換えることができる。居住可能な惑星が新しく見つかったときに巨大なコンテナでデワラムをばら撒いて一気に惑星改造を実施することがあるが、似たような方法で地球を観光地化するつもりらしい。エゴロスらしい強引なやり方だ。これで違和感の謎が解けた。
 一応、知的生命体がいる惑星での使用に際しては、詳細を定めてその惑星当局と契約を結ぶことになっているが、その惑星の文明が、自分達の星以外にも知的生命体がいる、という段階になっていない場合のルールの強制力はあいまいなままだ。はっきり言えば、「やったもん勝ち」である。
 観光目的の開発の場合、その星の生態系を破壊してしまっては観光もなにもないわけで、それによって環境が激変する、ということはない。また、その星のネイティブは知らないうちに別の惑星の生命体と交流することになるわけで、それによって文明の変質が一気に進む、ということもある。一概に、それは悪いことだ、とは言えない、とする意見もあった。
(だからって、デワラムを使うのが「あるべき」手法だとは思わないけどね。
 今の私は)
 中村達の靴音が移動する。リリィは体を入れ替えた。
(あれ)
 鵜川がいない。
(!)
 腕を取られた。背後で押さえているのは鵜川に違いない。
 中村が目の前に立った。
「弊社の施設に勝手に入り込んでもらっては困ります」
「皐月観光の?」
 気丈なリリィの言葉に中村はわずかに笑った。合図をすると、鵜川はリリィの腕を放した。
「コズメアは互いに検知可能なツールです。それを持ったままで隠れていられるとは思ってはだめですよ、リリ・シュペア・リステラ」
「……」
 そんなことは知っている。
 だからコズメアのパワーを切り、手探りでここまで入ってきたのだ。
 なのに、それを検知した?
「質問してもいいだろうか」
「なに?」
「君はなぜ私たちの事業を妨害するんだね」
 カッとなりそうなのを懸命に抑える。声までは制御できなかった。
「私がいつ邪魔したっていうの。
 どうやって。
 何を」
 中村は押さえるように掌を揺らした。
「ウデマと争ったでしょう。
 あぁ、君の後ろにいる、私の秘書のことです。
 私の名前は、カザナ・メドウ・ワズ」
「地球人を襲ったりするからよ」
「あの記者は、どちらかと言えばあなた方に害をなした地球人でしょう」
「だからってあんな風に痛めつけたら、誰だってああするわよ」
 中村、いや、カザナはその説明には納得していないようだった。
「あまり隠し事はしないほうがいいですよ。
 この事業はすでに遅れています。遅延の要因であることが疑われる人間を放置するわけにはいかないんです」
「事業が遅れたのは私のせいじゃない。
 あなたのミスでしょう」
 カザナの眉が動いた。痛いところをついたらしい。
「地球で『アスベスト』と呼ばれている物質はボウテールにもあるけど、もう使われなくなっていて、博物館にしかない。
 それが地球ではごく最近でも使われていて、地球人はそれに対して明確な警戒心を持っている。
 そこを見誤ったんでしょう。これは現場のミスではなくて、リーダーのミスじゃないの?」
 言ってやった。カザナの頬のあたりがこわばっているのを見て、ざまぁみろ、と思うリリィ。
「さすがです。
 特別休暇を与えられるだけのことはある。
 ボウテールに戻ったら、エゴロスにいらっしゃいませんか。あなたのような優秀な方は大歓迎です」
「よその惑星の開発でミスったり事故ったりする会社なんか、絶対に嫌」
 ウデマがわずかに動いたが、リリィはカザナを睨みつけままだった。ざまぁみろ、という気持ちはあっという間に消え去っていた。こいつらと話していると苛々する。
「手厳しいことを……。
 どうです。それだけ言ったらすっきりしたでしょう。
 そろそろ、目的を教えてくれませんか」
「言ったでしょ。
 エゴロスの事業なんか邪魔してない。
 この人の暴力沙汰を止めようとしただけだって」
「それで私を納得させるのは無理です。
 ボウテールで調べさせました。あなたは正義感で突っ走るタイプではないはずです。まして相手は地球人。ウデマのような大男に立ち向かう理由になるとは思えませんよ」
「しつこいわね」
「あぁ、そうか。
 君は、あの時点では、ウデマがボウテール人だということは知らなかったんですね。
 フィンゼ解除すれば楽に勝てる、と思ったわけだ」
 今度、頬を歪ませるのはリリィの番だった。カザナも、この言葉に効果があったことはわかっているようだ。
「君はそろそろフィンゼ解除ができなくなっているはずです。無理はしないほうがいい」
 ボウテール人の平均身長は 2m を越える。ほかの星と比べても高いほうだが、目的がビジネスにしろ観光にしろ、それでは困ることがある。頭をぶつける、天井の低い乗り物を利用できない、という実利的な理由のほかに、「異星人」というポジションでは、「目立つ」というだけでもマイナス要因になる場合があるからだ。それは、身長だけではなく、横幅が広がる種族、手や足が非常に長い種族、などでも同じことだった。
 その場合、一時的な「人体改造」をすることが多い。細胞の数と質量はそのままにし、形態だけを、目的地の主たる生命体に合わせるのである。
 質量はそのままなので、その筋肉で出すことのできる力もそのまま。体格から想像されるよりはるかに強い力を発揮することができる。正確には「発揮してしまう」であって、持つ、握る、押す、といった何気ない動作でものを壊してしまうのは避けられない。したがって、それを抑制する処置も同時に施される。これが「フィンゼ」である。
 逆に言えば、力が必要なときには、その抑制機能を解除すればいいことになる。これは、旅行中のトラブルを回避するための緊急手段として認められていた。リリィの敏捷性とパワーは、「フィンゼ解除」によって得られたものだったのである。
 ビジネス目的の者はほとんど、観光客でも相当数が実施する処置で、安全性は確保されているが、頻繁にするべきではない、とされている。
 だがリリィは、この地球滞在で何度もフィンゼ解除と再フィンゼを繰り返した。全身ではなく、手だけ、足だけ、というものではあったが、リリィの体の細胞にはそれなりの負荷がかかっており、これ以上は危険だ、というラインにさしかかろうとしているところだった。
「脅迫する気?」
「誤解しないでください。
 ルール違反をしているのは君のほうだ。
 正当な理由なく、私企業の活動を妨害しないでいただきたいのです」
「ネイティブへの暴力はルール違反じゃないって言うの?」
「厳密には違反でしょう。
 しかし、命を奪ったわけではないし、怪我もさせていない。あなたと同じように、弊社の敷地へ勝手に入り込み、不正な方法で取得した情報を抹消しただけです。それを問題にする人はいません」
「裁判になれば指弾されるのは大企業のほうよ」
「地球はまだ、異星との紛争を裁判で解決できるほど進んではいませんよ」
「だから安心して暴力がふるえるわけね」
「あぁ、先に申し上げて起きます。
 大崎賢吾の怪我は、そのウデナのせいではありませんからね。お間違えのないように」
「!」
 リリィは拳を握り締めた。
「あんた達……」
 やはり大崎を階段から突き落としたのはこいつらだ。わざわざ地球人を雇ったのだ。
「大崎さんに何かあったらどうするつもりよ!」
「私たちがやったのではない、と申し上げたところですが」
「子供じゃあるまいし、そんな言い訳が通ると思ってるの?
 あんただって、名の通った大企業の幹部でしょう!」
「君はひょっとしたら、大企業に対する嫌悪感を持っているのかもしれないな。
 ボウテールでも敢えて独立系の会社を選んだようだし。
 単に企業規模が大きい、というだけで弊社にからんでくる手合いも少なくありません。君もその一人、ということでしょう。
 あぁ、そうか。
 それで、事業の妨害にしてはやっていることが中途半端なことの説明がつく」
 拳を握り締めたまま肩で息をするリリィ。さっきまでの不快感に、大崎を襲ったことの怒りが加わった。もう冷静ではいられない。
(痛い目を見せないことにはおさまらない!)
「いいでしょう。
 もうお帰りください。君には何もできない、ということがわかりましたから。
 ウデナ、地上までお送りしろ」
「触らないで!」
 ウデナの手を振り払って距離を取る。ポケットからコズメアを取り出すリリィ。
「やめたほうがいいですよ。
 あなたのためです」
「いい言葉を教えてあげる」
「言葉?」
「こういう精神状態を表現するのにピッタリの、地球の言葉」
「うかがいましょう」
「ムカツく!」
 コズメアのパワーを入れるリリィ。
「やめないか。
 子供のなのは君のほう――」
 ウデナが近づいて止めようとし、カザナは不快感に顔をしかめたが、リリィは逆に笑顔になった。
 コズメアのランプが、一度、赤く点滅したのだ。
「どっち?」
 コズメアをウデナに向ける。次に、カザナ。点滅が早くなった。それに気づくと、カザナは何かを隠すように、胸のポケットに手を当てた。
「あんたの方」
 カザナは、コズメアを突きつけられて、息をついた。
「私はコズメアのパワーを切ってここに入った。
 それなのに検知されるなんておかしいとは思ったんだけど。そういうこと」
 コズメアを立ててランプを見せ付ける。
「コズメアの改造は違法行為ですよ、カザナ・メドウ・ワズさん」
「ウデナ」
「違法行為をしていることがわかった以上、もう暴力行為はやめたほうがいいですよ。
 あなた方のためです」
「ウデナ!」
 ウデナが飛び掛ってくる。リリィは、すばやく手足のフィンゼを解除し、反対側に回った。
「言っておきますが、ウデナはフィンゼ解除していません。
 その力は、抑制状態のものですからね」
 カザナが落ち着きを取り繕った声で言った。二人から離れて様子を見ている。
 相変わらず巨漢を生かして、覆いかぶさるように迫って来る。リリィ――リリ・シュペア・リステラではなく――が小柄なのだからしょうがないのだが。
 逆にそれを活かそうとするリリィ。いつもよりいっそう体勢を低くして、すれ違いざまに両手で足を払う。バランスを崩しかけたところで蹴り飛ばす。ウデナの体は予想外に遠くまで飛んだ。
 カザナに視線を投げておく。動いていない。
 ウデナはゆっくりと立ち上がった。距離もあるし、そもそもここは地下の設備で、リリィは囚われた状態に近いのだから慌てる必要はない。
 そういうときはどうするべきか。
 リリィは辺りを見回した。工事中の設備なのだから何かあるかと思ったが、意外にない。完成間際だと言っていたから、片付けも並行して始まっているのだろうか。
(縛り上げるしかないのに)
 体格差もあるし、向こうはあれでフィンゼを解除していないらしい。戦って倒すのは無理だ。
 鎖の類も見当たらない。
(逃げてみる?)
 コズメアの改造、という微罪ではあるが、向こうの違法行為を見つけた。これをボウテールに知らせれば、相手が大企業であるがゆえに、微罪でも大騒ぎになる。逃げようとする姿勢を見せたリリィを、去る者は追わず、と見逃すとは思えなかった。そうやって駆け回っていれば、何か見つけることができるかも――
「!」
 余所見をしていたつもりはなかったが、見失った、と思ったウデナがふいに目の前に現れた。その大きな拳が腹に入り、次には顔を張られた。リリィの体が飛ぶ。
 痛みに顔を引き攣らせながら目を開けると、ウデナが見下ろしていた。

 急ブレーキ。タイヤが滑ってバンパーが何かにぶつかったが、大崎はそんなことはかまわずに車から飛び出した。
「ここだよな……」
 確信があるわけではない。
 わかっているのは、リリィが、彼女を付け回し、大崎を階段で押した誰かに抵抗している、ということだ。
 当然、それがどんなことか彼にわかっているわけではないのだが、彼に危害を加えようという気配がふいになくなったのは事実だし、何より、リリィとあんなに仲のよかった上山亜矢と下田真美が、大崎のことは勿論、リリィのことを記憶していない、というのはなにかとんでもないことが起こっていることの証拠である。
 高速道路を違反ギリギリのスピードで飛ばしながら考えたが、結論は出ていない。推測すら立っていなかった。
 ただ、リリィが持っているあの細長いツールには、人の記憶を消去する機能があるらしい、ということは言える。立てこもり犯も、亜矢も真美も、同じ処理を施されたのに違いない。
 そういう想像を絶する特殊なテクノロジと、リリィと大崎が、ひょっとしたら命を狙われたのではないか、という想像はどういうわけかマッチするように思えた。
 すべてのスタートは、このホテル、メイ・フォレストだ。
 二人が出会ったこの場所。閉鎖された後、疑問を抱かせるような解体工事が続くこの場所。
 大崎は、ホテルこそなくなってしまったが、すっかりなじんでいたその地面を進んでいった。

 ホテルがない、ということは、探す場所はそれほど多くない、ということである。
 作業小屋らしいものがいくつか。大崎は、その中で最も頑丈そうなものに近づいていった。地下で爆発事故があった。地下の設備に関係がある。そこに入れそうな建物だったからだ。
 ドアは簡単に開いた。不用心だが、だからこそ怪しい、と言える。誰か、本来ならいるはずのない人間がいる、ということではないだろうか。それがリリィかどうかはまだわからないが。
 中は、作業小屋というには立派過ぎるものだった。
 皐月観光に入社したばかりの頃、建築の現場に立ち会ったことはあるが、こんなにさっぱりとした作業小屋はない。普通は、道具や、作業員の持ち物が雑然と並べられているものだ。そもそも、ここには物を置いておくための棚は一つしかない。その棚も、鍵のかかった立派なものだ。最初に見たときは、棚の扉ではなく、ドアではないかと思ったほどである。
「鍵じゃねぇよ、これ」
 テンキーのようなボタンと細長い溝。おそらく身分証明用のカードを差し込んだりするのだろう。
 動かしてみたがびくともしない。大崎は、それは諦めて別の「扉」に移動した。これは、手前に開いた。
 覗き込んでみる。
 階段はある。これは、普通の鉄製の階段のようだった。下は暗くなっているが、よく見ると、途中に踊り場があって、そこでもう一つの部屋へも行けるようだ。その下はもうわからない。
(あそこまで行ってみるか)
 こういう階段は甲高い音を立てる。静かに下りて行く大崎。
 半分くらい行ったところで、階段を下りるには暗すぎる、ということがわかった。懐中電灯は車に戻ればあるはずだが、そんなことをしている余裕はないような気がする。手すりをしっかり握って降りていく。
 踊り場についた。
 これは、今までのよりはるかに立派な扉ではあったが、やはり手前に引くと開いた。誰かがここまで来た後だからだろう。
「なんだ、これ」
 誰もいない。
 大崎はゆっくりと室内を見渡した。
 そっくりな施設は、やはり新入社員の頃に研修で見たことがある。大きなビルの管理設備だ。管理というよりは、監視と言うべきか。
 テレビ画面が十個ほど並んでいる。手前は色々なボタンとランプがびっしり埋め尽くしていた。
「なんだ、これ」
 同じ言葉を繰り返す。
 ボタンやレバーには英語や日本語の文字で役割が書かれているが、そのうちのいくつかにはテープやシールで但し書きがある。それは大崎が今まで見たこともないような文字だった。横書きではあるようだが、右から読むのか左から読むのかわからない。
 こういう工事に外国人を使うのは決して珍しくはないが、監視作業を任せたりするだろうか。
「え、ちょっと待てよ」
 それ以前に、これは一体、何の施設だ。
 ここにあったのはごく普通のホテルだ。地下にあるのは、空調や給湯設備程度のはずだ。電源は知らないが、そっちは何度も自分の目で見ている。どんなに頑張っても地下二階くらいの深さがいいところだ。なぜ、下が見えないような階段があるのだ。そもそも、何年もここで働いていた彼が、この設備のことを知らないのはなぜだ。
 短いブザー音と共に、目の前のランプが灯った。大崎は慌てて半歩、下がり、びくびくと周りを見渡したが、単にランプが点灯しただけなのだ、ということに気づくと、怒ったように息を吐いた。
 ランプのそばには「9」という数字が書いてあり、読めない文字のシールもある。それはどうやら、上のほうに並んでいるテレビと対応しているらしい。
 大崎は、指で机とテレビ画面を指し、その推測が間違っていないことを確認した。そして、ランプの手前にあるスイッチを入れた。
 推測は正しかったらしい。9 番のテレビに電源が入り、うっすらと何かを映し出した。
 人影。
 背の高い、というよりは、ごつい人間が一人。
 小柄な人間が一人。
 次第に、その顔がはっきりと映る。
「リ……リリィ?」

 壁にたたきつけられる。床に落ちるときに胸を打った。息ができなくなり、激しくあえぐリリィ。
「く……」
 なんとか呼吸が戻ってきた。
 壁につかまりながら、立ち上がる。いつでも逃げられるように、膝だけは柔らかくしておく。
 だが、意味はないらしかった。
 足の部分のフィンゼを解除したウデナのスピードは、同じボウテール人のリリィでも驚くほどの速さだった。元は何かの選手だったのだろう、という想像は当たっているに違いない。
 どうやら腕はフィンゼしたままだ。その必要がないからだろう。あるいは、そこも解除してフルパワーで襲い掛かれば、リリィを殺してしまいかねない、ということか。
 また突っ込んできた。かわしはしたが、ウデナはそのままの体勢で足を回した。わき腹に入り、リリィはまた弾き飛ばされた。
 靴が砂を踏む音。カザナだ。
「無駄だ。
 君がウデナに勝てるはずはない。
 このまま、大人しく帰りたまえ。
 何も見なかったことにするのであれば、私たちは君を追い掛け回したりはしないよ。
 その方が」
 両手をついて立ち上がるリリィ。肩が上下に揺れる。
「大崎賢吾のためにもいい」
 リリィの目に力がこもる。
 そんなことはもうわかっている。
 だが、彼女の「ムカツキ」は納まらない。強くなる一方である。
 このまま帰れば、地球はエゴロス所有の観光地となる。皐月観光開発は、社員たちが知らないうちに、その現地法人として使われるに違いない。カザナとウデナは、そのトップとして君臨する。大崎はその部下だ。そんなところに大崎を置いておきたくない。
「大崎さんのためにも」
「そうだ。
 彼のためにも」
「あんた達を放っておくことはできない」
「まだそんなことを」
「は!」
 リリィは足を回した。カザナが下がる。
 その隙に、コズメアを操作する。
 確認のメッセージが出た。OK に決まっている。いちいち聞くな、とばかりにボタンを押す。
「うぉっ!」
 さすがのウデナも両腕で自分をかばった。
 リリィのコズメアから放出された高周波は、地下室の塵を巻き上げ、鉄骨と共鳴した。
「貴様……」
 そこに立っていたのは、晴嶺学園の制服ではなく、ライダースーツのような白いウェアだった。
「リリ・リステラ。
 どういうつもりだ」
「ガール・ガーディアンと呼んで」
「なんだと」
「決めた。
 あんたたちのことを許すことはできない。
 地球からたたき出してあげる!」
 真っ白いグローブの、それでも細い指がカザナを指す。
 リリィは、全身のフィンゼを解除し、自分が着ていた服の組成も変化させたのだった。
 160cm に満たない体に、本来であれば 2m を越えるボウテール人の細胞が詰まっている。これまで、腕や足だけを解除してきたが、全身をフィンゼ解除することによって、力のバランスが取れるようになる。
 宇宙旅行をする者だけに可能な、最強のボウテール人の姿である。
 問題は一つだけ。
 コズメアの管理を委託されている旅行会社が、この状態に気づき、事態を照会してきたり、強制的に再フィンゼしたりしてしまう可能性があること。
「行くわよ!」

Ver.1.0: 2007/9/16


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