Girl Guardian

Fighting Apart



 大崎は呆然としていた。
 テレビの画像が乱れたかと思うと、リリィは、見たこともないような服をまとっていた。
 しかも今度の反撃は、さっきまでの苦戦が嘘のようだった。
 それに、あの男は、専務秘書の鵜川のように見える。なぜ、鵜川とリリィが争っているのだ。
「あ……あ、そうだ」
 事情はわからない。
 わからないが、リリィが自分の会社の専務とその秘書に襲われていることは確かだ。それは、このホテルが発端であることと何か関係があるのだろう。助けなければ。
 だが、その場所がどこなのかわからない。あの階段を下って行けば着けるのかどうかも怪しいところだ。
 大崎は、そこに並んでいる、モニタの電源スイッチをすべて入れた。
「お」
 すると、その下に描かれていた模様に変化があった。点が 10 個現れた。
「これ、地図か」
 その模様は、この設備の簡易地図らしい。ということは、その点は、今、モニタに映っているカメラのある位置だ。
「9 番。
 あそこか」
 と言っても、そこがどこだかわかるわけではない。
 引き出しを手当たり次第に開けていく。
 簡易地図があるのだから、詳細な地図もどこかにある。背後の棚も乱暴に開ける。
「これだ」
 大きなバインダー。文字はやはり見慣れないものだったが、中に地図が挟んであるのは一目瞭然だった。
「9 番、9 番。
 あった」
 文字は全く読めない。だが、設計図には絵としての要素もある。カメラの位置はわかった。それから考えて、倒れた鵜川の腹に肘を叩きこんだリリィとカメラの位置関係もわかった。
 次は、リリィを助ける方法。
「なんか、なんか、なんか」
 血眼になって図面を調べる大崎。この監視設備から操作できる重機の類でもあれば。
「これ……」
 部屋の隅に、四角い箱の記号がある。
 なんだろう。似たようなものをどこかで見たような気がするのだが。
 一面が部屋に接している。
 その接している面には、わずかにずれた線が二本。
 隣には、同じような箱があるのだが、そこは壁の線がそのまま延びている。どうやら、二つ目の部屋から行けるようにはなっていないらしい。
「なんだっけな。どっかで見たぞ」
 自分の血の巡りの悪さに苛々しながら図面を叩く大崎。
 その勢いで図面がめくれた。チラリと別のフロアのページが見えた。
「あ!」
 同じ位置に同じ箱が二つ。
「エレベーター!」
 操作盤に戻る。こちらは英語だからすぐにわかった。
「9 番は、地下 3 階」
 3 階と言っても相当の深さのはずだが。
「俺でも使えるぞ、おい」
 昔ながらのスイッチ式ではない。小型のモニタに絵が表示される。大崎はそこを押して、エレベータを地下に下ろした。
「気づいてくれよ、リリィ」

 楽なのは最初だけだった。何度か手を合わせたところで、ウデナは、「ガール・ガーディアン」となったリリィの実力を把握したらしい。今度は攻撃がかわされるようになってきた。
 だが、隙を与えるわけには行かない。ウデナが同じように全身のフィンゼを解除すれば、今度こそ勝ち目はない。足だけの今の状態で決着をつけなければ。
 壁際に追い詰めていくリリィ。今は当たらなくても、壁に押し付けることができれば。
 ふいに、機械が動く音がしたかと思うと、壁が割れた。いや、扉が開いたのだ。
 ウデナも、カザナも驚いたように視線をやった。誰が操作しているのだ。
 だが、それはリリィにはどうでもいいことだった。その一瞬の隙をついて、ウデナの足を払い、バランスを崩したところでエレベータに押し込んだ。すかさず最上階のボタン、次に扉を閉めるボタンを押した。
 そうしておいて自分は外に出る。
「あとはあんただけよ。
 カザナ・ワズ!」
 ジャンプするリリィ。
 時間はない。ウデナはすぐに起き上がってエレベータを停めて戻ってくるはずだ。それまでに決着をつけなければ。
 着地した瞬間、カザナは自分のコズメアを払った。下がってかわすリリィ。
「大人のビジネスを邪魔すると痛い目を見る、ということを教えてやる」
 胸のポケットから万年筆を出す。カザナはそれをコズメアに接触させた。
 低く唸ったかと思うと、急に伸びる。それは、剣だった。
「改造したっていうから、そんなところだと思ってたわ」
 コズメアは、持ち主の指示により、物質の形状を変えることができる。だが、殺傷能力を持つような鋭利な形には変えられないようになっているのだ。刃を持った剣に変わる、というのは通常のコズメアではありえない。
 リリィは細いスティックを取り出した。それは口紅であった。同じようにコズメアに当てる。軽やかな音と共に、それも同じくらいの長さに伸びた。
「警棒もどきで私の剣に勝てると思っているのか」
「違法改造もいいところよね。
『メドウ』が聞いて呆れるわ」
「貴様……」
 ボウテールの習慣では、ミドルネームには命名者の願いが込められる。それを揶揄するのは、本人だけではなく、命名者と、それを依頼し認めた両親や祖父母に対する嘲笑ということになる。ボウテールではタブーとされている行為である。
「人のことが言えるのか、リリ・シュペア・リステラ」
 リリィのミドルネーム、「シュペア」は「慈悲」、カザナの「メドウ」は「穏健」。この時点では、二人ともそのミドルネームとは正反対の行為をしていることになる。
「これ以上、私を怒らせないで」
 スティックで足を払う。カデナは下がってかわした。

 大崎は、エレベータを最上階で止めた。セキュリティ関係の機能らしいのだが、中からは階を指定するボタンを押せないようにしてしまう。だが、カメラを見る限り鵜川はひっくりかえったまま動かない。気を失っているらしい。
「あとは専務か」
 二人とも剣のようなものを持っている。大崎に剣技の知識はないが、今のところは互角に見える。
「なんか機械」
 そこは作業施設に見える。ここから操作できる重機はないのだろうか。

(そうだ、このロケット)
 発射できる状態になっているのかどうかはわからない。だが、側面の表示は、それが緊急脱出用ロケットだということを示している。カザナ達の、「ほぼ完成」という言葉を信用すれば、やってみる価値がある。もしそうだったら、簡単にカザナ達を追い出すことができる。そうでなくとも、少なくとも有利な展開に持ち込むきっかけにはできるに違いない。リリィはロケットに向かって走った。積んであったブロックの山を崩して、それをロケットにぶつけた。
「こんなもの!」
 思ったより音は軽かった。表面に傷がつくかどうか、というところだろう。だが、そのロケットを壊すつもりはないから、却って都合がいいと言えばいい。もう一つ。
「やめないか!」
 カザナは、切りかからずにリリィの肩を押さえようとした。
「放せ!」
 それから逃れ、もう一つを拾うと、リリィは非常階段に駆け込んだ。追ってくるカザナを、自分のスティックで牽制しながら駆け上がっていく。
 どうやらカザナはフィンゼ解除していないらしい。スピードが全く違う。だが、リリィも疲労を感じ始めていた。全身の細胞がダメージを受けているのだろう。
 踊り場に、誰かが忘れたらしいスパナがあった。リリィは持っていたブロックをロケットに投げつけた。黄色い丸は確かセンサーのはずなので、それにはぶつけないようにした。そのスパナを拾い上げて、更に登る。

「何をしようとしているんだ」
 大崎はカメラを切り替えてそれを見ていた。
「設備を壊す気か」
 重そうなものを投げつけることに他の理由が考えられるだろうか。腑に落ちないながらも、大崎はクレーンの操作レバーに手をかけた。
「どこを壊せばいいんだ」
 と、探している間に、その疑問が形を取った。
 壊していいのだろうか。
 どこに動力があるのかわからない。それを破壊したら、先日の事故どころではすまないのではないのか。リリィには区別がつくのかもしれないが、大崎にそんなことがわかるはずはない。危険だ。大崎は、別の方法でリリィを助けるべきだ、と考え直した。

(小さいくせに)
 それでもロケットは垂直に立っているのだから、結構な高さになる。やっと登りきった。ロケットの上部にある搭乗口である。
 リリィはスパナを下に向けて投げつけた。何かにぶつかる音がした。
 後半は辛かった。カザナとの距離が詰まっている。それは却って都合がいいのだが、ここから体が上手く動くかどうかが問題だ。
 ロケットに駆け寄る。エアロックのスイッチはどこだ。あった。それを叩くように押すリリィ。
 ガコン、という音がしてエアロックが開いた。
「やめろ!」
 カザナの声を無視、リリィはスティックを振り上げた。
 力をためるようにゆっくりと。息を止める。意識は背後のカザナに集中。
 気配を感じる。来た。
 リリィは、カザナの手が右肩にかかった、と思った瞬間、右を前に出すように体を回転させた。
 バランスを崩すカザナ。
 そのまま体を回す。フィンゼ解除した足は最後までいうことを聞いてくれる。素早く一回転したリリィのスティックが、カザナの首筋に入った。
 うめきながら膝をつきそうになるカザナの体をエアロックの中に蹴りいれる。スイッチを押してドアを閉めた。
 肩を上下させながら呼吸を整えるリリィ。
 後は、このロケットを打ち上げてしまえばいい。リリィは後ろに下がった。
 エレベータのボタンを押す。
「!」
 扉が開くと同時に、ウデナが飛び出してきた。不意をつかれたリリィはスティックを落としてしまった。慌てて後ろに下がる。まもなく、落ちたスティックが割れる音がした。
 なんとか体勢を立て直す。だが、ここは搭乗口につながる橋の上。後ろに下がるしかなかった。じりじりと追い詰められていく。
 やがてリリィの体はロケットに押し付けられた。
「いい加減に諦めろ」
 ウデナが低い声で言う。
 そうしなければならないのだろうか。リリィは唇をかんだ。
 その瞬間、何かが空を切った。
 ウデナの背後を何か、重いものが通過した。風が感じられるほどの勢いだった。
「何だ」
「クレーン?」
 その隙をリリィは見逃さない。両手に満身の力を込めてウデナの襟をつかみ引き寄せる。勢いがついた、と思った瞬間に、その足の下へ自分の体を滑らせた。
 素早く背後に飛び出したリリィは、ウデナの首筋に組んだ両手を叩き込んだ。間抜けな格好のまま、ロケットに頭をぶつけるウデナ。
「ボスが待ってるよ!」
 エアロックのドアを開けると、何もしなくともウデナの体は傾く。リリィは足でその巨体を蹴り込むと、急いでドアを閉めた。
 走る。
 だが、誰かが機械を遠隔操作している。リリィはコズメアを握り締めたたまま、エレベータに乗り込んだ。

 エレベータから階段へ。
 一度、中の様子を伺ってから静かにドアを開けたリリィは、そこに信じられないものを見た。
「リリィ!」
「大崎さん……」
「無事でよかった。
 怪我はないな」
「どうして……」
「だって、急にいなくなるから。
 俺、学校まで行って」
「どうして、大崎さんがいるのよ!」
「リリィ……」
 唇をかむ。今日は一体、何度目だろう。そうしなければ、涙がこぼれてきそうだった。
「怖かったのか」
 何も言えず、頭だけを振る。
 怖かったのではない。
「無理するなよ」
「違うの。
 あたし……」
「いいから」
 優しい声に顔を上げるリリィ。大崎の笑顔を見てから何年も経っているような気がする。
 その向こうの壁に時計。
「あ」
 大事なことを忘れていた。
 リリィはパネルに近づいて操作を始めた。
「え、と。
 三分後、と。
 目的地は、このままでいいか。
 救難信号は自動。
 あ、電文、変えちゃお」
 大崎には読めない字だけのキーボードを叩くリリィ。自動的に発信される救難信号に、犯罪者が乗っている、という文を追加する。
「はい、完了。
 秒読み開始」
 最後に、勢いをつけてボタンを押す。
「じゃ、行きましょ」
「え?」
「地上のほうが迫力ありますよ」
 リリィは、目じりに涙をたたえたまま笑った。

Ver.1.0: 2007/9/23


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