二人が作業小屋から出てくると同時に、地鳴りが起こった。
「え、地震」
「違います。
大崎さん、危ないから離れてましょ」
「何が」
「こっち」
グイと大崎の腕を引いて、やや駆け足になるリリィ。
「危ないって――えっ?」
作業小屋の向こうで地割れが起こった。いや、それは地割れではない。まるで引き戸が開いたようである。
「大崎さん、時計見してね」
リリィは、大崎の左腕を引き寄せた。
「5……4……3……2……1……発射!」
地鳴りは爆発音に変わった。大崎は、やや怯えながら、その地割れを見ていたが、やがてそこから丸いものが姿を見せた。いや、丸ではない。それは次第に太くなる。長いものであることがやがてわかった。
「ロ、ケットか?」
「そう。
エゴロスの緊急脱出ロケットです」
土煙が彼らの周りを走っていく。
リリィと大崎は、それをずっと見上げていた。
「ありがとうございます」
しばらくの沈黙の後、リリィが言った。
「え?」
「まさか、大崎さんが助けに来てくれるなんて思わなかった」
「いや。
リリィが言ったことつなぎ合わせると。
あ、友達は、どうなってるんだ?」
リリィの笑顔が曇った。
「亜矢ちゃんと、真美ちゃん?」
「うん」
「やっぱり、こんな騒ぎのことは覚えてないほうがいいと思うから」
「なぁ、一体」
リリィは、握り締めていた大崎の腕を放した。何歩か前に出る。
「私こと、リリ・シュペア・リステラは、この地球から遠く離れた、ボウテールという星の住民です」
「……。
は?」
「休暇で、この星に来ました。
ボウテール人のままだと色々と不都合なので、地球の女子高校生の姿を借り……あ、忘れてた」
コズメアのスイッチを慌てて押すリリィ。また、晴嶺学園の制服に戻る。
「……!」
大崎には絶句するしかない。
「最初に来たのが、ガイドブックに、素敵なレストランがある瀟洒なホテル、と書かれていたこの場所。
リリ・リステラは、そこで」
大崎に背を向ける。
「素敵な男性に出会ってしまいました」
「……」
「ところがその男性が勤めていた会社は、惑星間観光開発会社『エゴロス』に利用されていたのです。
エゴロスは、小さな事件が起こったのを口実にそのホテルを閉鎖、解体工事に紛れて、観光開発部隊を受け入れるための施設を建造していました」
「え、じゃ、中川専務は、そのエゴロスの」
「第三開発部部長、です。
秘書の人も同じく」
「え……」
「地球人に秘密で開発をしようとしていた二人は、自分の会社の社員と、その社員にまとわりつくボウテールからの観光客とが、彼らの秘密を知っているのではないか、という疑いを持ちました。
女の観光客は説得に耳を貸しません。
業を煮やした専務は、彼女が恋愛感情を抱いている男性に狙いを変えました。お前が地球にいる限り、その男性の安全は保障できない、というわけです……」
「ちょっと待てよ。
君、そのため、俺に黙って帰ろうと」
「彼女は、帰ることに決めましたが、男性を傷つけたエゴロスが許せません。
最後に嫌がらせの一つもしてやろうと思い、秘密基地にやってきたのですが、結局、その男性の力を借りないと何もできない、ということがわかっただけでした」
「リリィ、そんなこと」
大崎が前に出る。リリィは後ろに下がった。
「ごめんなさい。
あたしのせいで危険な目にあわせてしまって」
「リリィが悪いんじゃない」
「いいの。
ありがとう」
リリィはふいに顔を上げた。空を見ている。
「どうした」
「大崎さん、これ、見えますか?」
コズメアを操作する。コズメアの上に、丸い輪が出来た。それを目の高さに掲げるリリィ。
「何――え?」
単なる光の輪で、向こうが素通しになっているのだと思ったが、そうではなかった。輪の中では、森の上に「船」が浮いていた。大崎は、信じられずに、輪の外と中を何度も見比べた。
「客船です。
あたし、あれで帰ります」
「リリィ」
「楽しかった。
大崎さんには迷惑だったかもしれないけど」
「俺だって楽しかったよ。
だから、ちょっと待てよ。こんな、ゴチャゴチャに混乱したままにしたくないよ」
「でも、休暇はそんなに残ってないから。
あのね」
言い募ろうとする大崎を止めるように声を上げるリリィ。
「だからって、遊びで大崎さんに近づいたんじゃないよ。
私、本当に……。
もし、大崎さんがあたしのほうを向いてくれたら、全部話をして、わかってもらうつもりだった。
嘘は一杯ついちゃったけど、大崎さんを騙すつもりはなかった」
もう何も言えない。大崎は、わかってる、と言っただけだった。
「でも、しょうがないよね。
人には好みがあるし」
「リリィ」
「あんまり期待を持たせないで。
大崎さんにとっては、あたしはただの女子高校生でしょ。
もし、私が地球に残ったら、大崎さんは私を彼女にしてくれる?」
「それは……」
正直だ。喜ばせるための嘘もつけない。大崎を選んでよかった、と思う。
「だから、ここで、帰る」
リリィはコズメアをポケットに入れた。指先に、タイピンのケースが当たったが、それは持って帰る。大崎にはプレゼントしない。してやらない。
「そうか」
うつむく大崎。
「俺の、記憶……消すのか?」
え、とリリィの口が開く。考えてもいなかった。
「俺はしゃべらないぞ。秘密は守る。
だから」
「いいんですか?」
「あぁ」
「後悔するかもしれませんよ」
「しない」
「いい女を逃がしたな、って」
笑う。
「そういう後悔なら大歓迎だ」
嘘つき。最後の最後に。
「キツいかもしれないよ。
あたし、本当にいい女なんだから」
「あぁ」
笑う。
リリィも笑う。いや、笑おうとした。無理だ。
「じゃ」
「元気でな」
「うん」
「大崎さんも。
仕事、頑張りすぎちゃダメだよ。
外食もダメ。
それから」
私がいい女だ、なんてことに納得するようじゃ、先行きおぼつかないぞ。
本気の恋を実らせることも出来ないような女が、「いい女」なはずがない。
「リリィ」
「バイバイ」
きびすを返す。
客船の牽引ビームがリリィの体を持ち上げていく。大崎には消えていくようにしか見えないはずだが。
この、足元に何もない感覚が、今のリリィにはぴったりだった。
「さようなら」
大崎は地上で、何度もリリィの名を呼んでいるが、もうリリィには聞こえない。
さよなら、リリィ。
リリィ。
大崎は、レンタカーの店から出てくると肩を落とした。
急いでいたので無茶な乗り方をしたし、すぐ近くでロケットが発射されから土埃で相当に汚なくなってしまったため、料金が上乗せされてしまった。
「しょうがねぇよな」
力の入らない声で言うと歩き出す。
「あ」
前からやってくるのは、晴嶺学園の制服。
亜矢と真美だった。
「いやだよ、恋愛ものは」
「行こうよ。
亜矢ちゃんは、化粧ばっかりで恋愛経験少ないんだから、映画とかで勉強しないと」
「化粧したこともないあんたには言われたくないね」
「もう、そんなに怒らなくたって」
「うるせ。
あー、ムカツく」
「亜矢ちゃんってばぁ」
「お前に『ちゃん』呼ばわりされる謂れはねぇ!」
「『謂れ』なんて、古い言葉」
「うるせぇよ」
二人は、脇に寄った大崎のことなど気づかない様子で通り過ぎた。
「友達じゃない」
「大体、なんで、お前なんかとつるんでるんだよ、あたしともあろう者が」
真美が立ち止まる。亜矢も続いた。
「何だよ」
「そう言えば、どうしてだっけ。
春頃なんか一言も口きかなかったよね。席が隣同士なのに」
「……。
知らねぇよ」
見送る大崎。
その理由を教えてやりたい誘惑は、どうにも強いものだったが、なんとか我慢した。
約束したのだから。
二人を結びつけたリリィとの。
リリ・シュペア・リステラではなく、小田リリィとの約束だから。
|