電光戦隊 ヘリオスクワッド

Say Halo! (前編)



 都会に闇が現れた。
 ある春の朝、池袋駅を中心とする、半径 2km の領域が闇に包まれたのである。
 そもそも交通量の多い地域でもあり、それが通勤時刻と重なったことで周辺地域はパニックに陥った。その「闇」からいくつか煙が上がっているところを見ると、なんらかの事故が起こっているに違いないのだが、それが何であるのかを知る方法はなかった。
 自動車は勿論、鉄道も運行を停止、混乱が一段落したのは昼前のことだった。もちろん、事態が好転したわけではないし、メディア各社も集まってきている。騒然としていることに違いはない。
 警官達は中に入らなかった。勿論、勇敢な何人かはその闇の中に入って市民を救出しようとしたのだが、そこに足を踏み入れると、そのつま先が見えなくなってしまうのだった。皿にもう一歩、進んで行ったものは、手を伸ばしても、その指先が見えない、と報告した。
 それを受けて巨大な投光機が用意されたが無駄だった。普通なら目を開けていられなくなるほどの強力な光は、まるで砂漠に水を撒いたように吸い込まれ、何台並べても、その闇の中が見えるようにはならなかったのである。
 次には防衛軍が到着した。
 だが人々は落胆せざるを得なかった。
 防衛軍が誇るレーダー装置は、確かにいくつかの影を捉えた。だが、それはすぐ目の前の部分だけだった。闇の縁から 10m 先にあるはずの電信柱を検知できなかったのだ。
 直ちに偵察機が飛んだが、同じだった。半径 2km もの闇の中にあるはずのビル、駅舎、鉄道用の施設など、巨大な建物が一つとして見つからない。
 存在していないのではない。その闇の中は、技術の粋を凝らして構築されている電子の目をもってしても、全く見ることができないのだった。
 勇猛果敢な防衛軍の隊員は、その闇の中に入っていった。だが、そこはすでに警察から報告されている通り、まさに「鼻をつままれてもわからない」という状態である。警官と同じように、腕を伸ばしてみた隊員は、自分の腕が、肘の辺りで消えてしまっているのを見て戦慄した。
 仮に入っていくことはできても、市民の救助も、原因の究明も不可能だった。
 並行して、その闇が一体何であるかの調査も続けられていた。だが、何もわかっていない。わかったことと言えば、それはガスや霧、煙の類ではない、ということだった。何かの物質が光を遮っているのではなく、そこにはただ闇があるだけだった。
 正午には、各局のテレビが一斉に現場中継つきのニュースを流したため、さらに殺伐とした空気となったが、それもやがて収まった。防衛軍の偵察機が成果を出せなかったことから、危険を感じた各メディアはヘリによる取材を中止、地上からの情報収集に切り替えていた。
「あ、あれはなんでしょう」
 時間は、ニュースからワイドショーの頃に移っていた。事態に似合わない軽薄さの残るレポーターが叫んだ。
 それはオートバイだった。
 3 台。
 いや、オートバイではないのかもしれない。特有の爆音が聞こえない。オートバイにしては大型なのだが、それはまるで電気自動車のように、中継車やパトカーの間を滑るように走り抜けた。
「停まれ。
 停まりなさい!
 警官が静止すると、その 3 台は静かに停まった。
「この先は危険だ。帰りなさい」
「LLN の者です」
 中央の青年は、礼儀正しくヘルメットを脱いだ。態度にふさわしい、穏やかな顔つきである。
 警官は、いぶかしげな顔つきで、青年が差し出す身分証を手に取ったが、それはやがて苦笑に変わった。
「あぁ、LLN ねぇ」
「お役に立てるかと思ってまいりました」
「いや。
 そういう連絡は受けてない。通すわけには行かないな」
 突き出すように身分証を返してよこす。青年は気分を害した様子でもなかった。
「お願いします」
「いや、だから」
「ダメでもともと、ってこともあるじゃないですか」
 これは別の青年だった。同じようにきちんとヘルメットを取っているが、どことなく軽さが感じられる。
「きっとお役に立てると思います。
 お願いします」
 髪の長い女が言った。その言葉に合わせるように、3 人ともオートバイを降り、両手をきちんと揃えて頭を下げた。
 警官は、困った顔をしていたが、責任は上司に、とでも思ったのか、ちょっと待っていろ、と言うと、無線機を取り上げた。
 その間、二番目の青年が、市販のものにしては精巧な飾りのついたサングラスをかけ、奥の方に視線をやった。
「どう?」
「行けそうだよ」
 女の問いに、楽しそうに答える。
「来たみたい」
 サングラスを取り、ライダージャケットに戻す。
「LLN か」
 走ってきたのは警官ではなく、防衛軍の方だった。
「これはお前らがいつもやってるようなお遊びじゃないんだぞ。
 人の命が」
「私達はお遊びの研究をしているのではありません」
 中央の青年は、怒った様子でもなく、しかし断固として言った。隊員は、いくらか気おされているようだ。
「どうするつもりだ」
「近くまで行かせていただけませんか」
 あるいは、静かに怒っているのかもしれない。3 人とも口元を固く結んでいる。
「いいだろう。
 こっちだ」
 ヘルメットをかぶりなおし、オートバイを静かにスタートさせる。
「これか」
 目の前にすると、これはやはり異様だった。目の前に、急角度で山がそそり立っている。その山は、半球形で、かつ、「闇」なのだ。
 オートバイを止め、ヘルメットを横に固定する。3 人は同じように、さっきのサングラスを取り出した。
「あぁ」
「よかった」
「ね」
 中央の男は納得し、女は安心の声を漏らし、もう一人の男はやはりうれしそうである。
「どうだ」
 防衛軍の、指揮官らしい男が横に立つ。
「ご覧ください」
 サングラスを渡された男は、最初は、場に不釣合いなオモチャを渡されて困惑していたが、それを持ち上げると表情が変わった。慌てたように目元に当てる。
「こ、これは」
 見える。
 見えるのだ。そこは、その男もよく知っている池袋に間違いなかった。
 方向を変えると、景色も変わる。色合いは多少、違っているが、変化の様子に不自然なところはない。決して、このサングラスに別の場所から送信されている嘘の映像が映し出されているとか、そんなことではない。見えている。
 サングラスを下ろすと、そこは元通りの、闇だ。
「どういうことだ」
「この『闇』は、i 光量子の塊だ、ということです」
「あいこうりょうし?」
「わかりやすく言えば、われわれが知っている光とは正反対の性質を持った物質です」
「電気にはプラスとマイナスがありますよね。
 僕らの光がプラスだとすれば、この『闇』はマイナスの光だってことです」
「マイナスの光…」
 それを聞いてすぐに納得できるほど、科学に詳しいわけではない。指揮官は唸るように言った。
「私達の研究がお役に立つようです」
「中に入れるというのか」
「見えますからね」
 指揮官はもう一度サングラスを取り上げた。今度は、目元にかざすだけではなく、きちんと弦を耳にかけた。
「確かに…見える。
 あ、おい。
 あれはなんだ」
 指揮官は急に闇を指差した。彼には、その闇の中にうごめく人影が見えていた。それは、どう見ても、何かの目的を持って動いている。彼にも覚えがあるその行動パターンは、見張りのそれである。間違っても、闇に閉じ込められておびえている一般市民ではない。
「ips の尖兵でしょう」
「いぷす?」
「i 光量子を使って世界制服をたくらんでいる組織です」
「世界征服だと?」
 指揮官が怒鳴る。あたりにいた隊員や警官の何人かは失笑を漏らした。
「だからお前達は、お遊びの研究屋だといわれるんだ。
 世界征服などと漫画のようなことを」
「現に、この半径 2km は征服されているんです」
 女が宣告した。笑った者達も、それについては反論のしようがない。
「もし半径が 50km になったら、東京が征服されちゃいますよね」
 その青年は肩に力が入らないタイプのようである。恐ろしいことをさらりと言ってのけた。
「おそらく、この半球の中心に、i 光量子を生成する装置があるはずです。それを破壊すれば、この闇は消えます」
「装置…。
 こいつら、武器を持っているな」
「そのようですね。
 どういうものだかわかりますか」
「いや、この距離では。
 ライフルのように見えるが、はっきりせん」
「入りましょう」
「なに?」
 指揮官が振り向いた。細身でファッショナブルなデザインのサングラスは、迷彩服には不釣合いだった。
「人々を救出し、装置を破壊します」
「待て。
 中が見えることはわかったが、奴らは武器を持っている。慎重に計画を立てなければ」
「小型レーダーを 3 機、用意してありますので、お貸しします」
「待て。
 落ち着くんだ」
 青年は手を出した。指揮官は、しばらくその意味を理解できなかったようだが、はっと気づいたようにサングラスを取って乗せた。
「あの闇って、少しずつ広がってますよね」
 指揮官は、今まで気づいていなかったらしい。あちこちに視線を投げ、飲み込まれかかっている建物の窓ガラスの数で、それが正しいことを知った。
「明日の朝には、この場所も闇に飲み込まれますよ」
 女が畳み掛ける。だが、指揮官はまだ躊躇していた。
「できん。
 向こうはライフルを持っているんだぞ。そんなところにそう簡単に入っていけるか」
「わかりました」
 携帯電話を取り出す。
「里中です。
 我々だけで突入することになりそうです。
 …。
 了解」
「OK?」
「あぁ」
 電話で里中と名乗った青年が頷くと、他の二人はまたオートバイにまたがり、ヘルメットを装着した。
「おい、待て」
「やっぱり一緒に行きます?」
「そんなことを勝手にさせるわけにはいかん。
 うかつに入れば」
「すでに半日、浪費しました」
 青年は慣れた手つきでヘルメットをかぶった。ゴーグルを下ろす。
 指揮官は、彼らの事務的な進め方には大いに戸惑っているが、彼らがヘルメットの横にあるボタンを押すと、ゴーグルがサングラスと同じ色に変わったことには気づいた。
「カレン、雄志 (ゆうし)、行くぞ」
 静かにスタートするオートバイ。彼らは躊躇することなく、その「闇」の中に入っていった。

《人影がないね》
《建物の中に閉じこもってるんじゃない》
《ips も姿を隠したようだな》
 視界にはなんの問題もない。それでも彼らはゆっくりと進んだ。
《あ、貴彦》
《人か》
《こっちだよ》
 オートバイを止める。
《おーい…って言っても、見えないのか》
《近づいてみる》
「警戒しなくてもいいわ!
 あなたたちを助けに来たの!
 志田カレンが声を張り上げた。彼らのゴーグルには、子供を二人、抱きしめた母親が映っている。母親は、当然、何も見えていないが、声だけは聞こえているはずだ。あるいは感覚が過敏になって、気配を感じ取っているかもしれない。おびえて周囲を見回している。
「あなたたちだけ?
 ほかにはいませんか?
 今、行きますからね」
「だれ?
 誰なんですか?」
「LLN ――ラボ・ルナティックのものです。
 みなさんを助けに来たんです!
「LLN…?」
 聞いたことがないのかもしれない。その名前は、彼女の不安を取り除く役には立たなかったようだった。
「もうすぐです」
 声を落とすカレン。彼女にははっきり見えているが、向こうにはこの距離まで近づいても何も見えていないはずだからだ。いきなり現われば警戒されることは目に見えている。
「見えますか。
 もう目の前にいます。
 大丈夫だった?」
 抱きかかえられている子供の肩にてをあてる。ビク、という反応。やむをえまい。
「これ、つけてみてください」
 彦野 雄志はサングラスを母親の手に触れさせた。
「つける?」
「この中でも見えるようになる眼鏡です」
 腕の中に子供を抱えたまま、サングラスを目の高さに上げる。
「あ」
 彼女はそれきり黙った。見える、ということがもたらす安心感に浸っているようだった。
「大丈夫です。ここから外まではそんなに遠くありませんから、すぐに出られます」
「はい…。
 あの、ありがとうございます!
 やっと、助かるという実感がわいてきたのだろう。母親の声に、力が戻ってきた。
「貴彦、OK だよ」
 雄志が立ち上がると、貴彦は大き目の銃を構えた。「闇」の外に向かって構える。
 バシュ、という音と共に「鉤」が発射された。その後ろからロープが着いていく。
「さすが」
 鉤は、歩道のガードレールに絡みついた。こちらの端をビルの配管に結びつける。
「おかあさん、手を」
 カレンが、気を使って優しく引く。その手に抱かれていた方の子供は、母親の手が離れることに恐怖を抱いて泣き声を上げそうになったが、カレンは代わりに自分でその小さな手を握った。そして、母親の手にロープを握らせる。
「これをつたって行けば、外に出られます。
 絶対に離さないで。
 僕達も。いいわね」
「はい」
「すいませんけど、サングラスは返してください。
 たくさん用意できればよかったんですけど」
 当然、母親は、世界が見えるようになるサングラスをはずすのは恐ろしかったはずだが、雄志もそれがなければ困ったことになる。渡すわけにはいかなかった。
「すいません」
 ゆっくりとはずす。
「じゃ。
 そのロープ、絶対に放さないでくださいね」
「ありがとうございます」
 心細げな声。
 だが、脱出できるのだ。母と子は、ゆっくりとロープをつたって歩き始めた。

 彼らはそうして、別のロープをつなぎながら人々を脱出させていった。
 当然、「闇」の外では、歓喜の声が上がっていた。ドラマの再放送をやっていた局も、特別番組に切り替えた。
「何人?」
「やっと 20 人」
 巨大なスクリーンを睨んでいた女は、苛々と短く答えた。
「半径 2km…。
 一体、どれくらいの人がいたのかしらね」
 尋ねたのは白衣の女だった。穏やかそうな顔つき。今は、その人々に対する心配の気持ちが勝っているようだ。
「一万人だとしても驚かないわ、私は」
 こちらは、濃紺の、高い襟のスーツ。表情は厳しいままである。
「それをこんなペースで救出してたんじゃ、夜になるまでに 300 人に届くかどうか、ってところよ。
 警察と防衛軍の石頭ども」
 白衣の女は小さく笑った。
「せっかく、できたてのレーダーを貸してあげる、って言ってあげたのにね」
「そのチャンスをつかむことに躊躇するのは、あいつらが目的集団になってないから。
 もっと早く辞めるべきだったわ」
「もっと早く来てもらえばよかった」
「ここにいていいの、美穂」
「心配だもの」
「もうすぐ奴らが泣きついてくる」
「そうしたら LLN に戻るわよ。大喜びで」
 LLN――Labo Lunatic.
 いや、その前に、「r 光量子」と「i 光量子」について説明しなければならない。
 古典素粒子理論では、粒子の自転を「スピン」という単位で表現する。それは、地球が太陽の周囲を回りながら、自分自身も回転しているのに似ている。
 光の実体である素粒子、「光子」は、古くは「光量子」と呼ばれたが、1 というスピンを持っている。現象面では、1 公転周期で、一度自転する、ということだが、それが素粒子理論上、どういうことであるかは、ここでは割愛する。
 自転の回数である以上、それは実数、つまり、0 もしくは正の値をとる。しかし、それが虚数である素粒子も、理論的には存在しうる、ということを発見した者がいた。城南大学の島田善三博士である。
 博士は、スピンとして虚数を持つ光子を、虚数を示す“imaginary”という単語から、「i 光量子」と名づけた。それに対して、我々が知っている光をなす光子を、実数 (real number) から「r 光量子」と呼んだ。
 この理論は、否定するものこそいなかったが、検証の方法がないことから、理論というよりは「読み物」という扱いをされ、島田博士の業績となることはなかった。しかし博士は、理論的に存在しうるのだから、それは必ず存在するのだ、という信念の元で研究を続けた。それに没頭するあまり、大学教授としての職務がおろそかになり、また「マッド・サイエンティスト」として揶揄されたりしたこともあったため、城南大学を追われることになった。
 だが、博士は自分の理論を捨てたりはしなかった。あちこちの基金をたずねまわった挙句、スポンサーを獲得することに成功、「i 光量子」のための研究所の設立にこぎつけた。それが、この「ラボ・ルナティック」である。
 博士自身は、自分の健康を省みない研究が元で、数年前に他界している。跡を受け継いだのが、この白衣の女性、島田博士の弟子だった三枝 美穂 (さえぐさ みほ) である。
「3 人は?」
 三枝が言うと、もう一人の女がオペレータに確認した。
「異常ありません」
「当然でしょ」
「堅い信頼」
「事故が起これば、スペック・サイテーションが通知してくるわ」
 三枝は苦笑いしながら肩をすくめた。
 r 光量子も i 光量子も、「光」である。つまり、エネルギーを持っている。これの有効活用が科学者にとっても、一般の市民にとっても重要なことは言うまでもない。
 だが、島田博士は、i 光量子の活用に道筋をつけ、それを邪な目的で使おうとする者が出てくることを恐れていた。それは、研究が進み、r 光量子と i 光量子の性質が明らかになるにつれ、確信となった。
 そのことと、多少の危険を冒しても、r 光量子の積極的な活用を試みるチームの必要性とがあいまって、ラボ・ルナティックの別働チームが結成された。
 それは「ベース・ムーンライト」と呼ばれる。今、二人が状況を確認しているこの施設が、ベース・ムーンライトの司令室である。先ほどから厳しい発言をしているこの女性は、ベース・ムーンライトの司令官、穂積 佐緒里 (ほづみ さおり) である。
 つまり、勇敢にも闇の中に入っていった 3 人は、彼女の部下であり、あのオートバイや、闇の中を見通すことできるサングラス――それが「スペック・サイテーション」なのだが――は、r 光量子の積極的な活用の成果なのである。
 その 3 人が張り巡らしたロープが功を奏したらしい。脱出してくる人々はペースを上げて増えてきていた。100 人に達した頃、オペレータが振り向いた。
「三枝代表、警察からお電話が入っているそうです」
「ほら来た」
「わかったわ。
 LLN に戻ります」

Ver.1.0: 2010/1/3

ホームページへ戻る
NEXT 電光戦隊 ヘリオスクワッドSay Halo! (後編)”へ


(c)Copyright 2010 by makiray. All Rights Reserved.