電光戦隊 ヘリオスクワッド

Their own Lives (前編)



「どうしたの?」
「さぁ」
「お悩みモードって感じだよね」
 三人が小声で話をしている。
 話題の主は穂積であった。今朝は、一言二言、挨拶をしただけで口を開いていない。おしゃべりで無駄な時間を使うタイプではないが、それを嫌っている、というほどの堅物でもない。眉間の強張り具合を見ても、何か考え込んでいるのは間違いのないところである。
「貴彦、何か失敗したんじゃないの?」
 雄志がずけずけと言った。慌てる貴彦。
「俺はそんなことしてない。雄志こそ、なんか勝手なことをしたんじゃないのか」
「例えば?」
「知るか。自分で考えろ」
「子供のケンカしないで」
 カレンが二人の間に割って入った。そのまま穂積のデスクの下へ。
「司令」
「ん、どうした」
「いえ、司令こそ、どうなさったんですか?」
「あぁ…そういうことか。
 悪かったね、心配かけて」
「いいえ、それは別に」
 穂積は立ち上がった。
「ちょっと佐緒里のところに行ってくる。
 その後でお前たちに頼むことがあるかもしれない。ちょっと待機してて」
 穂積は、彼らの「了解」という返事に送られて司令室を出て行った。

「捜査二課の山崎悠です」
「ラボ・ルナティックの里中貴彦です」
「よろしくお願いします」
 貴彦の返事にかぶさるようにして山崎は言葉を継いできた。
「いやぁ、ヘリオスクワッドの方と一緒に捜査できるなんて光栄ですよ。いや、刑事になってよかった」
「は、はぁ…」
「じゃ、行きましょう。
 色々お話聞かせてくださいね」
 山崎は快活を絵に描いたような男だった。車の中でも質問攻めに会い、貴彦は正直、辟易していた。
 穂積のところに、彼女が警視庁にいた頃の友人から情報がリークされてきた。最近の行方不明者についてだった。
 科学者、技術者が多い、というのである。その友人は、ips に戦力として誘拐されたのではないか、と考えていた。穂積はその調査を三人に指示した、というわけだった。
 警察も、今となっては、ips の件は LLN の妄想などではなく、対策を真面目に考えなければならない事件だということを認めざるを得ない。対策本部の設置を検討している、とのことだが、設置ではなく、検討中だということには穂積も三枝も大いに不満を持っている。
 窓口として指名されたのは、この春に配属になったばかりの若手であり、しかも担当はその山崎一人だということが、警察の姿勢を如実にあらわしていた。
「まぁ、僕も最初はびっくりしましたよ。一応、課長がリーダー兼任なんですけど、僕にそんな重責をってねぇ。
 でも、課長が言うには、警察にもノウハウのない種類の事件だから、フットワークの軽い若い奴がいいんだ、って言われて、もうファイト満々ですよ」
 それが、山崎に対する「おだて」であり、外部に対しては言い訳だ、ということは、つい先日まで研究一筋だった貴彦にもわかる。どう対処するべきか、と思いながら、貴彦は山崎が用意してきたリストに目を通すことにした。
 およそ百件ある。
 そのすべてが科学者や技術者である。分野はさまざまだったが、生活に困って失踪、ということはないような気がした。
「どれもこれも注目されてる分野ですよねぇ。
 別の会社に引き抜かれて、ってことはあるかもしれないけど、失踪なんかしませんよ。
 やっぱり ips に誘拐されたんですかねぇ」
「さぁ、僕にはちょっと」
 それは警察の仕事だろう、と思う。こっちは本来は科学者なのだ。人探しとか聞き込みとかは苦手分野だ。

「え、じゃ張り込みとかしたりもするんですか」
「当然だよ。
 雨の日も風の日も、マルタイの様子をじっと見守ってだな」
「マルタイって?」
「対象者のことだよ。
 我々はなんたって秘密商売だからな。他人に聞かれてもいいようにこういう略語を使う」
「へぇぇ、面白そうですねぇ」
「バカ言ってもらっちゃ困る。
 そう簡単にできることじゃないんだ」
「そうですか。小林さんはエキスパートなんですね」
「ま、まぁな」
 雄志は、警察に届けられていないケースもある、という穂積の判断で探偵との接触を指示された。この小林という調子のいい探偵を指名したのは穂積である。どうやら刑事をやっていた時代に知り合ったらしい。
「それにしてもあんたみたいなのがヘリオスクワッドだとはなぁ」
「変ですかね」
「いやぁ、そんなことはねぇけど。
 かなりのイケメンだろ。別の道があったんじゃねぇのかい?」
「そうですかね」
「そうだよ。モデルとかタレントとか」
「でも、ああいうのって人間関係とか面倒くさそうじゃないですか」
 小林は、なる自信はあるのかい、とつぶやいた。

 貴彦が山崎に連れて行かれたのは、郊外のアパートだった。
 ドアの前に立つ。貴彦はリストとつきあわせた。
「白河聡史。
 捜索願が出てから半年も経ってるじゃないですか」
「ご両親が、帰ってくることを信じて、家賃を払い続けてるんです。
 ときどき掃除とかに見えてるようです」
「見てるこっちも胸が痛くなりますよ」
 鍵を開けてもらうために連れてきた大家が半ば泣きそうな声で言った。
 中に入る。確かに、こぎれいにまとまっている。
「でも、掃除なんかしたら、証拠とかとれなくなっちゃうんじゃありませんか」
「いや、警察としてはもう調べるもんは調べたってところです。
 調書を見たんですけど、メールの送受信から、ケータイの履歴から徹底的に追ったみたいですよ。それでも何も出てきませんでした」
 机の上はきれいになっているし、本棚もきれいに整っている。
 どうやら電子工学を研究していたらしい。
「ちんぷんかんぷんですよ。里中さんならわかるでしょうけど」
「いや、僕にもさっぱり」
「また、そんな」
「いえ、本当です」
 自慢に聞こえるかもしれないのでそうは言わないが、高校の理科の授業とは訳が違う。大学院に進み、やがて研究そのものを職業とするようになると、深く掘り下げていくことになるので、自分の専門分野以外の事はほとんどわからないものなのだ。
 ここの住人が電子工学をやっていた事は、そういう本があったからわかっただけで、もしタイトルに「電子」のない本だけを集めたら、貴彦には見当もつかなかっただろう。
「触ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ。
 物取りとかの話じゃないんで、指紋はとりませんし。
 もうご両親があちこち触ってるでしょうから」

「こんちは」
 小林は、まるで友人の家のように入っていった。奥から出てきたのは 60 を越えたと思しい婦人であった。
「あ、小林さん、どうもごぶさたしております。
 その節は」
「あぁ、それはなしにしてくださいよ。
 結局、俺はお役に立ってないんだから」
 女性はなおもお礼の言葉を続けようとしたので、小林も畳み掛けた。
「今日はね、ちょっと、また部屋を見せてもらいたいな、と思って。
 この」
 小林が雄志を紹介しようとしてこちらを見た。雄志は、言うな、というつもりで眉に力を込めた。
「…若いのが、見習いなんだけどさ。ちょっと勉強がてら、息子さんのことをもう一遍調べてみようかと思って」
 危なかった。ラボ・ルナティック、ヘリオスクワッドという名前は既に知られているのだが、だからと言って、更に広めて歩く必要はない。モデルやタレントではないのだから、駄目押しで顔を売ることはなかった。
 どうぞどうぞ、と招き入れられる。小林は、この調子のよさで信頼を勝ち取っているらしい。そう言えば、穂積がいい加減な相手を紹介する筈はなかった。
 二階の部屋へ。小林が、お構いなく、と言いながら上がってくる。後で休んでってくださいね、という返事があった。探偵と依頼者と言うより、確かに、知り合いと言っていい関係になっているのかもしれなかった。
「う…ん」
 入るなり雄志は唸った。模型が幾つか並んでいる。それだけを見ると子供の部屋かと思えるのだが、そうではない筈だ。
「あ、建築方面の人かな」
「その通り」
 それはオモチャなどではなく、建物の構造模型であった。
「そろそろ涼しくなり始めた秋口、いつもと同じように出勤してそのまま。
 さっきのお母さんは当然、警察にも届けたが、一考に埒が明かない、ってことで俺のところに来た」
「二人暮しだったんですか」
「あぁ」
「じゃぁ、どうやって生活してるんですか」
「静岡に次男がいる。生活費はそこから出てるが、楽ではないな。
 次男は引き取ろうと思ってるらしいが、お母さんは長男の帰宅を信じているから、ここを離れられない」
「そうですか…。
 勿論、心当たりはないわけですよね」
「なんか悩んでた様だ、とは言ってるけどね。
 本人は仕事上の悩みだ、と言ってたそうだ」
「悩み…」
 雄志は机の上の紙を取り上げた。計算用紙のようだが、グルグルと落書きのような模様が並んでいるだけだった。
「悩んでた、か」
「ところが会社の話では、特に仕事で面倒な事は起きてなかった。寧ろ、近頃の不況のせいで建築関係はそれほど忙しくはない。無理な残業とかさせてたわけでなし、仕事で悩んでいたとは思えない、ってことだった」
「その不況で、将来を悲観した、とか」
「そこまで経営状態が悪かったわけでもない。
 人間関係も良好。会社には失踪の理由は見当たらない。警察も俺も、そこで足踏みだ」
「あれ…」
「どうした」
 雄志は落書きを見つめていた。
「これ、なんかの記号なのかい」
「‘i’だ」
「アイ?」
 ぐるぐるとした模様と点。ただの落書きだと思ったが、これは筆記体の‘i’を続けて買いたものだ。
「アルファベットの‘i’ですよ、これ」

 貴彦は、壁に貼られたポスターを睨んでいた。
「どうしたんですか」
「なんだか」
 引っかかる。なぜ天の川の写真が。
「普通じゃないですか。
 星なんて理系の人じゃなくたって興味あるだろうし」
 山崎は、何が問題なのかわからない、という顔だった。
 自分の経験だけを尺度にするのは問題だが、電子工学の専門家が、更に天文学に興味を持つ、ということはあるだろうか。いや、あっていけなくはないし、おそらくそういう人も少なくないのだろうが、逆に言えば、貴彦の周りにはそういう研究者はいなかった。趣味だとすれば、自分の専門分野とは全く違うところに興味が行くのが普通ではないのだろうか。
「まぁ、人それぞれですよ」
 山崎はまた本棚に移動した。そうして光の加減が変わった一瞬。
「え?」
 ポスターに顔を寄せる。暗い夜空の部分に何か書いてある。
「マジックか」
 黒いマジックで何か書いてある。
「どうしたんですか」
「ここに、何か書いてありますよ。黒い字で」
「黒?
 黒いところに黒い字なんて、暗号じゃあるまいし。
 あ、でもありますねぇ。なんだろう、‘C’かなぁ」
「‘C’?」
 貴彦はポスターを横から見る位置に移動した。確かにそれはアルファベットの‘C’だった。
「‘C’…‘O’…」
「なんですかね」
「“Cosmos”…」

《貴彦、雄志!
 大量の i 光量子を観測。現場に急行!》

Ver.1.0: 2010/1/31

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