「下がってくれ!」
ヘリオスクワッドの三人がギグスで飛び込んできた。
化学物質の輸送車が襲われた。
それだけであれば単なる強盗あるいはテロリストの可能性もあるのだが、ips の恐怖は浸透してしまっている、ということだろう、人々はそうした事件が起こると ips のことを思い浮かべるようになっていた。今回も警察からラボ・ルナティックに連絡が行った。
LLN とベース・ムーンライトもその現場付近に i 光量子を観測しており、警戒しようとしていた矢先だったため、ヘリオスクワッドが短時間で到着することができた。
ボイズの集団を蹴散らしていく三人。自分達の名前が広まったことを知ったのであろう、ボイズたちの服装は、どこかに必ず‘i’の意匠を伴うようになっていた。それは服に描いてあることもあれば、ブレスレットのときも、ベルトのときもあった。今日のボイズは、顔を隠すマスクの右耳に‘i’があった。
「ロボットがいないね」
合間を縫ってスパークが言った。
「どこかに隠れているかもしれない。気をつけろ」
「貴彦、後ろ!」
ラスターの声に振り返ると、ボイズが小型のバズーカのようなものを構えていた。身を翻すグレア。
しかし、わずかに間に合わない。
光の玉が左の踝を掠めた。
「貴彦」
膝をついたグレアの前にスパークが立ってカバーする。破損したリフスーツは、その一瞬の間に修復された。r 光量子の塊と言っていいリフスーツは、ヘルメットの中に格納されたスペック・サイテーションを通じて r 光量子の転送を受けることにより再構成ができるのである。
「今の弾丸、i 光量子を使ってる」
ラスターが解析結果を報告してきた。
「新兵器って訳か」
「じゃ、これだね。
リプレイザー、ラッシュ・スタイル!」
スパークのリプレイザーが鞭となって伸びる。器用に操ると、それはボイズが持っていた「新兵器」に絡みついた。
「やった!」
それをグイと引く。
「!」
しかしその武器は、ボイズとスパークの間で、短い破裂音を残して爆発した。
「そりゃそうよね」
ラスターが呟く。直ちに分析されてしまうのはわかりきっている。新しい兵器をむざむざ彼らに渡す筈がなかった。
「あ、ボイズがいない」
今の爆発に気を取られている間に、ボイズたちは消えうせていた。
「逃げたか」
「まぁ、しょうがないよね。ロボットがいないんだから」
スパークは軽口を叩いたが、彼らの胸の中に、生身の人間であるボイズと戦わずに済んだ、という気持ちがあるのも事実だった。
マスター・バシュトワルは、スクリーンに映る光景を満足げに見つめていた。
それは、ips に参加するためにやってきた人々の選抜作業であった。ボイズたちが、知性、体力、健康面、思想などさまざまな点から評価していく。彼らは、どことも知れない場所に連れてこられているというのに、全く怯えていなかった。「高潔な理想」がそうさせているのかもしれない。誰も彼も、表情に希望を、目に意志をたたえ、背筋が伸びていた。バシュトワルは時折、画面を切り替えさせ、その結果に目を通している。何度も頷いている。
リダ・ローダが入ってきた。
「もうしわけありません」
「どうした」
「薬品輸送車の取得に失敗しました」
「ヘリオスクワッドか」
「はい」
「やむをえまい。
i 光量子銃を持たせたのだ。検知もされる。
あれは効いたのか」
「はい。
スーツの一部を破損させたようでございます」
「そうか」
バシュトワルは、そうか、と何度も呟いた。
「破損個所は直ちに修復されたという報告があります」
「大方、r 光量子を追加して再構成したのであろう。それは予想通りだ。
しかし、それが確認されたことには意味がある」
バシュトワルはスクリーンに目を戻した。
「今回の者たちは中々粒揃いのようだな」
「はい。
せっかくお預けいただいたデアグ・ループを犠牲にしてしまいましたが、これでいくらか気が楽になります」
「これは立派な成果だ。その価値は十分にある」
「そう言っていただけますと」
リダが頭を下げる。
バシュトワルはそれには答えなかった。機嫌を損ねたか、と思ったリダが遠慮がちに覗き込んだが、そうではない。バシュトワルは考えていた。
「ラボ・ルナティックを叩いておこうと思う」
「は。
それはよき作戦かと思いますが、なぜ今、それを」
バシュトワルは向き直った。
「奴らは、あの彼らが ips にやってくるところを見ておる」
「はい」
「おそらく、我らが誘拐をしたのでなく、彼らが自分の意志でやってきたのだ、ということに気づいたであろう」
「当然です。
我らが誘拐などとそのような姑息な手段を使う事はありえません」
「そうだ。
自分の誤りに気づいた賢き者達が、自分の過ちを食い、他の人々を正しく導くために ips に集う。その高潔な意志に奴らが気づいたとすれば、奴らの戦略が変わる虞がある」
「なるほど」
「その前に戦力を削いでおきたい」
「その役目、ぜひともこのリダ・ローダにお与えください」
「勿論だ。
わしの片腕たるリダ・ローダ、わしが戦略を授ける。お前が指揮を執れ」
「は」
「ショット・スタイルの大きなものだと思えばいいんでしょう。
そう大騒ぎすることだとは思えないんだけど」
《え?》
スクリーンの向こうの三枝が、肩透かしを食った、という顔で言った。こちらの穂積は落ち着き払っている。
「こっちに r 光量子があるんなら、向こうにだって i 光量子がある。それを使った武器を兵士に持たせようと思うのは当然の発想。
脅威じゃないとは言わないけど、別に意外なことじゃない」
《なんとかいうか。
ある意味、あなたらしい発想なのかもね》
「どういうこと」
《リフスーツは r 光量子の塊。
そこに、i 光量子をぶつけるっていうのは…なに?》
三枝と穂積は同時に顔を上げた。
「LLN 外延部に侵入者を検知しました」
「『ユーティズ』を出して。
HSQ も待機」
“Utility”から「ユーティズ」と名づけられた警備チームが出動した。
「装着しますか」
「まだいい」
「了解」
「美穂、そっちも警戒して」
《わかった。
さっきの話は後でね》
ラボ・ルナティックは東京近郊にある。背後になだらかな傾斜の丘を擁し、緑に囲まれている。敷地の約 2/3 は背の低い木と草原が占め、研究施設を囲んでいる。これによって静謐な研究環境を確保している。量子物理学において雑多な電磁波は邪魔者でしかない。このような環境は絶対に必要なものだった。島田博士がファウンデーション・アポロンのような大規模な支援組織を必要としたのはこれが理由である。
その静かな一帯に胡乱な影が近づいていた。リダ・ローダとボイズたちである。彼らは音も立てずに LLN の東側に展開した。
だが、もう一つ、音を立てない者達がいた。
草原にいくつか穴が開いた、と思った瞬間、中から濃い緑色の服を着た者達が飛び出してきた。彼らは言葉を発することもなく、手に持った警棒でボイズに襲い掛かった。穂積が「ユーティズ」と呼んだ、LLN とベース・ムーンライトの警備チームである。
ボイズたちは不意をつかれ、あっという間にその何割かが倒れた。しかし、直ちに応戦を始める。
どちらも持っているのは警棒のようなものだけである。そこからは互角となった。さきほどまで風の音しかこえなかった一帯に、その打ち合いの音と、時折、ユーティズかボイズのどちらかが倒れる音だけが聞こえた。
情勢は互角、いや、ユーティズの方が幾分、優勢だった。その緑地帯にはいくつもの出入り口が隠されており、彼らは状況に応じて兵員を追加したり、劣勢になればそこから一時撤退して体勢を立て直したりして、損害を抑えることに成功している。また、武器も隠されているようであり、警棒を叩き落されたり破壊されたりすることがあっても、直ちに補給を受けているようである。
それを見てとったリダ・ローダが何か指示を飛ばした。
ボイズが飛び出してきた。二人のユーティズが向かう。そのボイズが突き出した腕を、前の一人が警棒で受け止める。もう一人が警棒を振り上げた瞬間、二人は何かスイッチが入るような音を聞いたが、それを報告する暇はなかった。
爆発。
BML 司令室の全員が息を呑み、LLN の三枝も立ち上がった。
「自爆…?」
貴彦の口から言葉が零れ落ちた。
「何かデータはとれてた?」
「ちょっと時間を」
「早く」
「次が来てます!」
スクリーンを見守っていたカレンが叫んだ。
「ユーティズ、そのボイズとは組み合うな。データを取れる者はいるか」
穂積の指示に重なるようにオペレータの声が響いた。
「金属反応過多」
「武器じゃないの?」
「違います。サイボーグか――」
「割り込みます。
アンドロイドです」
別のオペレータが叫び、スクリーンを半分に区切って解析データを出した。
「ロボットってこと?」
「干渉波出力最大。
新しいボイズ周辺のユーティズは下がれ!」
「干渉装置セット完了」
「やって」
「はい」
二秒後、そのボイズが爆発した。
「やった」
「脆い」
《消耗品だと思って制御装置の手を抜いたのね》
穂積が呟くと、三枝が言った。三枝が考えたのは強烈な電磁波でアンドロイドの制御装置を撹乱する、ということだったが、ボイズは爆発してしまった。
「出ます」
「待て。しばらく様子を見る」
穂積は貴彦を止めた。
「通常の爆薬です。放射性物質その他、危険な物質は検出されません」
「…」
「馬鹿にしてません?」
穂積が考え込むと、雄志が憤然としたように言った。
「偵察かもしれないぞ」
「そうね。
ここの装備がどういうものかを確認するために、単純な装備を持ち込んだのかも」
貴彦とカレンが次々に言う。彼らはスクリーンに近づいた。
「撤退してるのか?」
「偵察が終わった、ってことでしょうね。
ユーティズ、現在の位置で警戒態勢に入って。
美穂、そっちは大丈夫?」
《異常なし。
偵察が終わって、向こうはどうすると思う?》
「当然、本番に入る」
《シフトの用意が必要?》
「…。
その方がいいと思う」
《わかった。
10 分いい?》
「もうちょっと時間の余裕はあると思うけど、早いにこしたことはない」
《すぐやるわ》
三枝が通信を切った。
「ベースムーンライトはバックシフトに入る。
準備作業完了は 10 分後」
「了解」
「貴彦、雄志、カレン」
「はい」
「装着してギグスで待機。
シフト中のスタートもありうる」
「わかりました」
三人が走っていく。
オペレータたちはそれを見送ることもしなかった。
そういう会話の間にも、彼らは忙しく計器をチェックしていた。それと並行してデスクの上を片付けている。紙とペンを使う事はほとんどないが、全くないわけでもない。そうした小さなものを手際よく揃え、不要なものは破棄し、必要なものはしまう。普段から整理されているが、完璧といっていいほどすっきりした。
同じ事は、LLN でも行われている。こちらは研究施設であり、そうしたものは BML よりもはるかに多いが、研究員達は手際よく作業を進めた。三枝のところに「完了」の報告があったのは彼女が言った通り、指示を出してから 10 分後だった。
《こっちは完了》
「こっちも。
まだバックシフトに移行するかどうかは決めてない」
《ガーディアン・シフトでしょ》
「これは子供のマンガじゃないんだから」
《守ってくれるんじゃないの?》
「それとこれとは別」
穂積はすでに戦闘態勢に入っている。三枝をそれをわかっていてからかっていた。
「大型車両、接近中」
「出して」
トラックである。LLN の方向に近づいている。まだ公道のせいか、運転しているのは少なくとも外見は普通の人間だった。
「同型車両を補足」
「こちらもです」
「佐緒里」
《いつでもいいわよ》
「二号車両と三号車両、合流しました」
「一号車両、セカンドコーナーを入りました」
もう一度、曲がれば、LLN への道に入る。
「二号車両、続いています。
三号車両のみ直進」
「ボイズが接近しています。
合流しました」
「ユーティズ、レントゲンはとれる?」
《2 チーム出しました》
無論、本当の「レントゲン写真」などではない。通常の金属程度なら中のシルエットがわかる、という撮影装置である。穂積は以前から、その装置を道沿いに配置したいと考えていたが、そこは公道で、公的機関ではない LLN や BML がそんなことはできない。
《撮れたようです。送ります》
スクリーンが切り替わった。
減速していたせいか、完全にトラックのシルエットが写っている。
トラックのシルエットしかない、ということは中が透視できなかった、ということである。つまりこれは、通常のトラックではない。
《停車しました》
ユーティズのリーダーが報告してくる。それに続いて通常の映像が送られてきた。
「なんだ…」
トラックの後部ドアが開き、黒いものが姿を現した。
「HSQ、スタート!」
《Say Halo!》
「バックシフト!」
「了解」
オペレータたちがシートベルトを確認する中、穂積は立ったままスクリーンを睨んでいた。
トラックから降ろされたのは戦車だった。LLN を砲撃するつもりである。
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