ケータイ刑事 銭形 聖

登場! 慈悲を説く刑事!!〜右往左往殺人事件〜 (後編)



 上木さやか (うわき さやか) は、おずおず、という様子で封筒を差し出した。
 聖と高村は、白い手袋をはめてそれを手に取った。慎重な手つきで開く。中の紙には、ワープロで打ったと思われる大きな文字が並んでいた。

泥棒猫
お前の人生をメチャメチャにしてやる

「脅迫、ですね」
 丁寧に調べた結果、麻生は一度だけ、このさやかと浮気をしたらしいことがわかった。
 それは直ちに真由美にばれた。同僚達の証言では、数週間、弁当を作ってもらえなかったらしい、ということだった。
「何かありましたか。金銭を要求されたとか」
「いえ」
 さやかは、自分のアパートの部屋だというのにすっかり小さくなっていた。
「でも、色んな嫌がらせは。
 郵便受けにゴミが入れられたり、何度も電話が鳴ったり。
 いつも夜中のことなので、しばらく、友達の家に泊まってました」
 麻生が殺されたことで、犯人が逃げ回っていると思われるかもしれない、と戻ってきたのだという。
「この手紙のことは、警察に届けなかったんですね」
「だって」
 さやかが顔を上げた。
「そんなことが会社に知られたら」

 アパートを出る。MTB を押しながら考えている聖。高村も浮かない顔である。
「となると、奥さんも怪しい、ということになってしまうんだけどね。
 あ、別に彼女が美人だから認めたくないってわけじゃないよ」
「右利き、というのがひっかかりますね」
「そう。麻生さんは大柄だ。あの奥さんが、右利きの人がやったと見せかけるために、自分の利き手じゃない右手を使って麻生さんを殴った、というのは考えにくい。一撃だったんだからね」
「はい。
 失敗の可能性が高くなるし、失敗したら逆に自分の身に危険が及ぶ。
 脅迫が、奥さんではなく、彼らの浮気を知った別人だった、ということは考えられます」
「そうだね」
 会話が途切れる。チェーンの音だけが響いた。
「地味も良いか。赤いよ紅葉 (ジミモヨイカアカイヨモミジ)」
 聖がつぶやいた。
「なに?」
「回文です。
 おじい様に教わりました。
 困ったときには、物事を反対から見てみるといい、って」
「反対ねぇ」
 MTB を止め、ケータイを取り出す。現場写真を見直す聖。
「現場自体はシンプルそのものだね」
「あれ…」
 聖は、被害者のハンカチの写真を見つめていた。
「どうしたの」
 何かが引っかかる。どこかでハンカチを見た。どこだ。誰のハンカチだ。
「あ」
「どうした」
 動かない。聖の中で様々な情報がめぐっている。これは…。
「謎は解けたよ、ワトスン君!」
「お、君、発音いいねぇ。
 Good pronunciation!」

 麻生邸。真由美が、化粧を落とそうとしているところだった。
 鏡の中の自分を見つめ、パフを手に取る。
「利き手の時計を外さないと、化粧品がついてしまいますよ」
「誰!」
 振り返る。急に灯りがつき、真由美の視界が真っ白になった。
 その白い幕を突き破って迫ってくる輪があった。それはくるくると回転しながら真由美に襲い掛かった。ケータイから伸びるカール コードにがんじがらめになってしまう。
「心の泉は聖なる鏡。
 そっと覗いて見てごらん。あんたの悪事が映っているよ。
 その名も人呼んで、ケータイ刑事・銭形 聖」
 聖の視線が真弓を貫く。
「救われたければ、祈りなさい!」
 カール コードを引く。真由美は、鏡台の椅子から滑り落ちた。
「あなたが犯人ですね、麻生 真由美さん」
「その時計に騙されるところでしたよ、マダム」
 聖と高村だった。
「お父様が左利きなんですね。ご実家で確認させてもらいました」
「なんのこと。
 父は関係ないでしょう」
 真由美は刺すような視線を聖に向けた。
「普通、右利きの人は左手に、左利きの人は右手に腕時計をする。
 ところが、お父様が左利きだったあなたは、子供の頃に、腕時計は右にするものだと思い込んでしまった。あなたは、右利きなのに、時計を右にはめるようになり、その習慣は大人になっても続いていた。
 私たちが事情を聞いたとき、あなたはハンカチを右手に持っていましたよね。今もそうです」
「いいかげんにして。
 大体、失礼よ。私は主人を」
「上木さやかさんにとられた、そう思ったんでしょう」
 真由美の表情が強張った。
「それまで非の打ち所のない夫婦だったのに、その一度の浮気で、幸せな家庭が崩壊してしまった。
 ご主人はもともと穏やかな方。あるいは、あなたに対する負い目もあったのかもしれない。ますます優しくなる。ところが、あなたにはそれが逆に不快だった。
 その思いはやがて殺意に変わる。
 そしてあるとき、あなたは自分の右腕の時計に気がついた。これで、人を騙すことができる」
 目をそらす真由美。
「凶器は、ペットボトルですね」
 答えない。
「麻生さんはちょうど汗をかいて帰宅したところ。奥さんが水の入ったペットボトルを持って近づいてもさして気にしないでしょう。
 そして、着替えるために上体を倒したところを狙えば、大柄な人の頭を一撃にすることも難しくはありませんよね」
「そうよ!
 水はシンクに流したわ。ペットボトルは洗っておいた。
 あなた方の目の前にあったのよ!」
「麻生 真由美、麻生 日太郎殺害容疑で逮捕する」
 高村が手錠をかける。高村はゆっくりと真由美を立ち上がらせた。
「あなた」
 真由美の視線は固いままだった。
「一度の浮気って言ったわね。
 間違いよ。あいつらの関係はずっと続いていたの。
 あの日だって、そうよ。
 考えて御覧なさい。なんで平日の昼間に、着替えに戻ってこなければならないの。帰ってきても私に声も掛けないで、シャツを洗濯機に放り込んだのはなぜなのよ!」
「事務所で席替えがある、という話は聞いてませんでしたか?」
 聖の静かな声。
「その日の午前中は席替えだったそうです。棚を動かしたり、机を運んだりで、思った以上に汗をかいた麻生さんは、着替えをしに戻ってきた。
 ゴミ箱にはあなたが飲んだ頭痛薬のパッケージが捨てられている。それに気づいたら、起こしたりはしませんよね」
「嘘よ!」
「本当です。
 麻生さんは、同僚に浮気のことを相談したとき、泣いていたそうですよ。バカなことをしたって」
「嘘よ」
「上木さんにも確認しました。
 彼女は、あなたの嫌がらせに怯えて、あれ以来、麻生さんとは口も利いていません」
 唇を震わせる真由美。高村が追い討ちをかけた。
「あなたの頭痛は、夜中に出て行って、上木さんに嫌がらせをしたせいでしょう。睡眠不足が原因だ」
「嘘よ…」
 真由美の肩が震えていた。
「あなたは、麻生さんの浮気を知った瞬間に、もう麻生さんの声に耳を傾けることができなくなった。そのせいで、職場のことを話す麻生さんの言葉も耳に届いていなかった」
「あたしのせいだって言うの?
 あいつは私という妻がいるのに、別の女に手を出したのよ。そんな獣のようなあいつを許せっていうの?!」
「気持ちはわかります。
 でも、麻生さんは十分に反省していたんです」
 聖は真由美を見据えた。
「それを許すのが本当の愛じゃないんでしょうか」

 すっかり遅くなった。明るい道を選んで歩く。
「君の言う通りになったねぇ。
 あの夫婦に、あんなことが隠されていたなんて」
「はい」
「何はともあれ、お疲れ様。
 銭形警視正の初仕事は無事解決だよ」
「高村さんのおかげです」
「君は素直だねぇ。見所あるよ」
「ありがとうございます。
 じゃ、おやすみなさい」
 MTB を急がせる聖。
 残った高村のケータイが鳴った。
「お、なんだ銭形君じゃないか。
『でも、ふしだらはいけませんよ。聖 (-人-)』」
 ニヤリと笑う。
「そういう生意気なところは彼女達と一緒だよ!」

 高村の返信は、親指を立てた自分の顔写真だった。
「噂どおり、わかりやすいオジサマですね」 
 それに文章が添えられている。
「え…『まさか姉さんや妹がいたりしないだろうね』?
 言ってるそばからセクハラ質問だ。
 これは、正しく導いてあげないと」
 聖は微笑んだ。ケータイをたたむ。
「よし。
 じゃ、がんばりましょうか」

Ver.1.0: 2005/10/2
登場! 慈悲を説く刑事!!〜右往左往殺人事件〜
「ケータイ刑事」シリーズは、BS-i・DREAMAX TELEVISION が製作、著作権を有している作品です。

PREV登場! 慈悲を説く刑事!!〜右往左往殺人事件〜 (前編)」へ
ホームページへ戻る
NEXT‘B’の悲劇〜デジタルミュージック殺人事件〜」へ


(c)Copyright 2005 by makiray. All Rights Reserved.