スケバン刑事 -少女守飛立伝世-

お嬢様?みたいな (前編)



 相手は、あんたかよ、と言った。
 弥帆 (みほ) は、あたしが立候補したわけじゃない、と言おうと思ったがやめた。
「どこにでも顔を出すんだな、水島」
「頼まれちゃったからね」
 この公園に来たのは初めてだ。普通、こういう揉め事の解決には工事現場やガード下などが選ばれるものだが、ここの公園は街灯が半分くらい壊れていて、そこそこ薄暗くなっている。あるいは、彼女達と同じような誰かがそのために壊したのかもしれなかった。
(そのうち直されちゃうんだろうけどね)
 この感じでは、ここがそういう目的に使われるのは初めてではなさそうだ。もう近所の住民が区役所に苦情を言ってるかもしれない。
(ってことは、早めに切り上げなきゃダメか)
 時間をかけていると警察に通報されたりしてしまうかもしれない。いくら父親が金持ちでも、警察を動かしてもらうような真似はしたくなかった。そもそも、そんなことしてくれるかどうかはわからない。
「この子たちも謝ってるんだし、勘弁してあげたら」
「頭下げりゃいいってもんじゃないだろ!」
 怒鳴るなよ、と思う。
 しかし、西沢高校の小山田の目はマジだった。両隣の腰ぎんちゃくも肩を怒らせている。そのずっと後ろには湯川という小山田のオトコがいたが、これはどうやら怯えていた。
 そもそもの発端は、弥帆の通っている清真学園の生徒が、その湯川にちょっかいを出したことで、あの様子だと湯川も小山田にこっぴどく「折檻」されたに違いない。で、もう一方の当事者である清真の生徒は、困ったときの神頼み、ということでいつものように弥帆に泣きついてきたわけだった。
「頭下げるだけじゃダメだって」
 弥帆は振り向いて、その原因二人の顔を見たが、彼女達は冷や汗をかきつつも弥帆に向かって手を合わせるだけだった。
 あんたが飽きられてるんじゃないのか、という台詞も弥帆の喉元まで出掛かっていたが、それもやめる。小山田の怒りに油を注ぐ結果になりかねない。
「この子たちも二度とやらないって約束してるし、勘弁してやってよ」
「そんなわけに行くか!
 おい」
 湯川の後ろから男が二人、姿を見せた。弥帆の頬が一度、痙攣した。
「呆れるよ。
 最初からそのつもりだったんじゃないか」
「他人のオトコに手を出したんだ、それなりの報いは受けてもらう」
 助太刀の右側が、「おい、どっちにする」と言うと、左側が「俺、ちっちゃい方」と答えた。弥帆の後ろの二人が悲鳴をあげそうになるのがわかった。
「弥帆さん…」
「逃げないで。ほかにも隠れてるかもしれないから」
 また引き攣った声。
「あたしのそばにいて」
「お願い、助けて」
 ここは、あるいは大声でも上げて、誰かに警察を呼んでもらうべきかもしれない。いや、そのチャンスはまだある。
 その二人が近づいてきて弥帆の前に立った。
「あー、俺、この子でもいいや。なかなか美人じゃん」
「いいよなぁ。清真のロングヘアの美女」
「じゃ、ふたりでやっちゃう?」
 どちらも似たようにいやらしい顔になった。
 弥帆の肩に彼らの手がかかった。と同時に、右側の男の顔が歪んだ。
「ってぇな!」
 弥帆に足を思い切り踏みつけられた男が叫ぶ。だが弥帆は残った左足を、もう一人の男の股間に叩き込んでいた。こちらは悲鳴を上げる余裕もない。
「てめぇ!」
 半歩、下がった弥帆は組み合わせた拳を最初の男の腹に入れた。全力だったからこれも相当に効いた筈である。
 二人がうずくまると、小山田に引きずり出された湯川が及び腰ながらかかってきた。
 チャンス。
 弥帆は右手をポケットに入れると何かをつかみ出した。
 その右手を大きく振る。円形のものが飛び出し、真っ白な糸が伸びていった。
(やった)
 うまくいった。それは湯川の首に巻きついた。
「水島!
 お前、雨宮佐緒里にでもなったつもりか」
「あたしは、麻宮サキって聞いたけど」
 先日、聞いた話が気に入ってヨーヨーを買った。まだ練習を始めたばかりだが、奇跡のようにうまく行った。湯川は苦しそうにうめいている。
「この辺にしようよ、小山田のお姉さん。
 そうしないと、あんたの大事な彼氏が大変なことになっちゃうよ」
「お前…!」
「どうする。
 この二人を許して、二度とちょっかい出さないと約束するか。
 それとも、こいつら 3 人と一緒にメタメタにして欲しいか」
 返事はない。弥帆は糸を引いた。湯川の声が更に苦しげになる。
「わかったよ」
「何が」
「そいつらにはもう手は出さない」
「本当に?」
「本当だ」
「よし」
 弥帆は紐を引く力を緩めた。湯川に近づく。
「しゃがんで」
「え…」
「しゃがんで。ほどいてやるから」
 まだ苦しそうな顔のまま湯川がしゃがむ。弥帆は首に巻きついたヨーヨーをほどいてやった。
「今だ!」
 小山田が叫んだのと、湯川が弥帆の腕をつかもうとした時、さらに、弥帆の肘が湯川の脳天を打ったのとが同時だった。頭を抱えたまま倒れこんでうめく湯川。
「まだやるの?」
 小山田は弥帆を鬼のような形相で睨むと二、三歩下がり、そのまま走っていった。腰ぎんちゃくが追いかけていく。
「あんたたちもだよ。
 妙なこと考えないでね。
 この次に会うまでには」
 弥帆は糸を巻き終わったヨーヨーを倒れている男たちの前で揺らした。
「もっと上手くなってると思うから」
 靴音。
 弥帆がそちらを見ると、当の揉め事の原因である二人が走っていく背中が見えた。
 肩を上げてため息。
 いつものことだ。
 弥帆がこうやって何かと揉め事に借り出されるのは、弥帆のケンカの実力のほかに、父親の影響力が期待されているからだ。万が一のことがあっても、もみ消してもらえるに違いない、と皆が考えている。
 だが弥帆は、征一はそんな事はしないだろう、と思っていた。成績や出席日数の問題で進級できない、という程度のことなら口も出すだろうが、警察沙汰になってしまったら、公正な処分を願い出るに違いない。今のご時世、そんなことに蓋をしたところで、じきにどこかから漏れる。そしてそれが漏れたとき、征一の会社は、そう簡単には回復できないダメージを蒙ることになる。
 弥帆にそういう依頼をしてくる連中も、それなりにいいところのお嬢様たちで、自分の親のことを見てればそれくらいはわかりそうなものだ、と弥帆は思った。
「あたしだってわかってるのに」

 野口はその報告を聞くと笑った。
「零の意見を聞きたいところだな」
 暗闇機関。
 最高裁判事であった男が、理不尽な影響力によって下った誤った判決を覆すために作り上げた、警察と諜報の機能を兼ね備えた秘密の組織である。形式的には内閣秘密調査室の下に位置づけられているが、暗闇機関が内閣の決定を尊重したり首相の指示で自らの方針を変えたりする事はない。あらゆる組織の弱みを握っているとも言われ、恐れられつつも疎まれている、ある種の人間にとってはとてつもなく厄介な組織であった。
 彼らは、闇に葬られることの多い種類の犯罪捜査を手がけることがほとんどである。その中には、学校という閉鎖社会を舞台にした事件も少なくはなかった。学問の自由、独立性ということを盾に警察の捜査を拒むことがあり、また、それを構成する生徒達は絶対的存在である教師達に逆らうことができず容易には口を開かない。そこで起こった事件が握りつぶされることを避けるため、暗闇機関は自らが選んだ生徒に捜査と逮捕の権限を与えて密かに送り込むことがある。
 それが「スケバン刑事」である。
 確かにこの手法は有効であった。これまで複数の「スケバン刑事」が活躍し、さまざまな犯罪を解決してきた。決して彼女達の活躍が表ざたになる事はないのだが、まさに赫々たる成果であった。
 ただしこのシステムには、未青年が事件に巻き込まれる、有体に言ってしまえば、彼らが事件の真っ只中に放り込むのだが、彼らが守ろうとしている未成年自身に危険が及ぶ、というジレンマがあった。それは以前から指摘されており、いろいろな形で機関のメンバーや関係者がサポートはしていたが、その網は時に破られることがある。
 数年前にも、「麻宮サキ」を名乗り「スケバン刑事」として活動していた少女が命を落とす、ということがあり、暗闇機関は――特に、それを主導していた「零」というエージェントが――「スケバン刑事」のシステムを封印したのだった。
 その麻宮サキがまた現れた。
 勿論、偽者である。
「スケバン刑事」というのは秘密の存在であるとはいえ、じかに接触した者は記憶に留めている。まして、活動中の「麻宮サキ」は高校生なのであり、どんなに大人しくしていたところで、少なくとも数十人のクラスメートは存在するわけだった。勿論、公式にはそれぞれの学校に麻宮サキという生徒がいたという記録は抹消されており、後からそれを確認する事はできないのだが、人間の記憶までを抹消する事はできない。
 そうした人々が、ときおり「伝説のスケバン」こと「麻宮サキ」のことを話題にする。それに尾ひれがついて都市伝説となっているのだが、暗闇機関は、都市伝説となることで逆に実体がぼかされ、あるいは、作り物だと決めてかかる人がでてくることからそれを放置、寧ろ歓迎している。
 であれば、それを真似る者が出てくるのも当然の結果である。
 今回のケースでは、本当にヨーヨーを使っていた。「麻宮サキ」や「雨宮佐緒里」や「天城サリー」たちがそのシンボルであるヨーヨーをかざす、ということは時折あったのだが、ヨーヨーを使って人を拘束したり弱点に叩き込んだりというのはそう簡単にできることではない。珍しいケースだった。
「だが、水島弥帆となるとあまり笑ってもいられないな」
 清真学園高校の「裏番」である弥帆がヨーヨーを使った事は周囲にあっという間に広まっていた。それも一度や二度ではないらしい。
「結局、彼女が舟木邸に行ったのは、本当に単なる使いのためだったんだな」
 野口が部下の宮嶋に質す。
「はい。父親の水島征一が荷物を預けたことを確認しました」
「やはり我々が舟木を拘束したときに彼女が来たのは偶然だったわけだ。
 その次に行ったのも見舞い半分ということになるだろうが…」
 ひっかかるのは、三度目があるということだった。
 あれから数日経っている。関東フェニックスモーターズ販売の社長が病を得た、ということはすでに公表されており、静かに療養してもらうため、入院先は非公開とする、という会社および家族の意向も示されている。弥帆がそこへ何度も行くのはなぜか。
 水島征一と舟木康孝が、それぞれの娘と息子を結婚させようという意向を持っていたのは確かだが、弥帆はそれを歓迎していない筈だ。弥帆の舟木邸へのこれまでの訪問頻度が、婚約者にしては高くないことも状況証拠としてある。
「やはり、舟木のことを調べているのでしょうか」
 野口は背もたれに寄りかかり、天井を見てから視線を宮嶋に戻した。
「だとすれば現象面での説明はつくが、彼女には舟木のことを気にする理由がない」
「単なる好奇心という事は考えられないでしょうか」
「…」
「彼女は真面目な生徒ではないようですし、そういう理屈で動くこともあると思いますが」
「ありうるな」
 さらに、弥帆が社長令嬢だ、という特殊事情もある。
 会社経営が必ずしもクリーンなものではない、ということは知っているだろう。社長が逮捕されたということを会社が隠し、警察は警察で例えば共犯をあぶりだすために発表を遅らせる、そういうこともある、という想像が働いても不思議はない。それを覗いてみたいだけ、ということはありうる。
「それだけならさして問題はないが」
 そういうことであれば、一介の女子高生がこの「暗闇機関」に到達する事はないと考えていい。
「頭の片隅においておくべきなのは、彼女が父親の意を受けて動いているのではないか、ということだ」
「まさか…」
「彼女自身が知っているかどうかは別問題だ。使いと称して渡そうとしたものが一体、何なのか。メモだったりはしないのか、ということは注意するべきだな」
「しかし、舟木の家人が受け取った様子はありません。
 会話も当たり障りのないものですし」
「玄関先で済ましているんだったな。
 だが、辞去しようとして頭を下げたときに胸のポケットから紙切れが落ちる、ということはあったかもしれない。映像を再チェックしろ」
「わかりました」
 宮嶋が出て行く。
 確かに、厄介な相手だ。零が、気をつけろ、と言ったのを思い出す。
 好奇心だけで動く。
 自分が知っていることが全てだと思っている。
「…」
 さっきは心配ないと考えたが、そう断言するのは危険だった。ふとしたことで隠されている事実に気づいてしまうこともないではない。何しろ彼女は、野口たちの監視対象の一人である水島征一と同じ屋根の下で暮らしているのだ。さすがにその中にはカメラもマイクも設置できていないから、何が起こるかはわからないわけだ。野口は、弥帆がこれ以上、舟木邸に出入りするようなことがあれば、なんらかの形で手を引かせるようにしなければならないと考えを変えた。
 普通ならば、父親に、お嬢さんは夜遊びが過ぎます、などと教師や他の父兄を装って耳打ちすれば済むこともあるのだが、今の暗闇機関が水島征一にコンタクトを取るわけには行かない。それに、水島が弥帆のやっていることを知って、それを利用しようと考えるようなことがあれば薮蛇でもある。
 痛い目を見せてやることが有効かどうかはわからない。あちこちでトラブルを解決しているところを見ると、腕には自身があるのだろうが、それを叩き潰すことで大人しくなる性格かどうか。「スケバン刑事」たちを見てきた経験から言うと、却って火をつけてしまう可能性は否定できない。
 だが、今はまず丁寧に監視することだった。いよいよとなれば、彼女を拘束しておく、ということもできる。乱暴な手ではあるが。
「『牧童会議』に利用されるよりはマシだ」

「入院じゃないよなぁ、あれ」
 勿論、舟木が逮捕、連行されていくところを自分で見た、ということもあるが、弥帆が訪問した二度とも奥さんがいた。征一は、奇跡的に軽かった、と言ったものの、脳梗塞という病気は誰かが常につきそっていなければならないようなものではないのだろうか。
 弥帆が結婚させられそうなところだった長男は、会社の今後のことで手が話せないというから、そちらが行っているとも思えない。不自然だった。
 父の征一と、兄の誠は変わりない。少なくとも、知っている人が警察に逮捕された、という様子ではないように思う。寧ろ、舟木の病気で結婚話がなくなり、完全に頭から抜けているように見える。
 しかしその一方で、弥帆自身もそのことについての関心を失おうとしているところだった。それはやはり、どうでもいいことだったからである。彼女に、舟木の長男と結婚するつもりがあったのであれば、それは心配でたまらないことだっただろうが、彼女にはその気は全くなかった。むしろ、こういう事件が起こってくれてラッキー、という状態だったし、それが病気なのか犯罪なのかは問題ではなかった。逆に、それが万一、犯罪がらみのことであった場合、あの家に頻繁に顔を出すのは問題だった。いや、すでに、花嫁候補だったことが知れているかもしれない。だとすれば、面倒なことになってしまう可能性はないではない。
 そろそろやめるべきだろう。
(でもな…)
 あの背の高い刑事。
(ちょっと勿体ないよなぁ…)
 別にどうしようというつもりがあるわけではないし、舟木が彼に逮捕されたのであれば、関係者と捜査以外でのコンタクトを持つ事は問題になるだろう。ただでさえ、向こうは大人でこちらは高校生、相手にされない可能性が高いというのに、その障害は高くて険しい。勿論、そんなことを気にせず、若い女だからといって身を乗り出してくるような男はごめんだったが。

Ver.1.0: 2008/7/13

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