スケバン刑事 -少女守飛立伝世-

無礼無用 (前編)



「ふうん」
 商店街を通り抜ける弥帆。ある老夫婦とすれ違った彼女は、彼らがお揃いのブローチをつけていることに気づいた。いや、男性の方はブローチとは言わないからバッジとでも言うべきなのかもしれないが、はっきりとは見えなかったものの同じデザインだった。
 年上ながら先輩というよりは友達の福原理枝によれば、昔の夫婦はあんなことしなかったものだそうだが、最近は手をつないでいる人たちも見かける。あの程度の小さなアクセサリーを揃えることくらい、どうということもないのだろう。
 威張り散らすジジイや、そんなジジイに面従腹背のババアよりよっぽど立派だと思う。年を取ったら、ああいうふうに恋人気分を維持したままでいたいものだ、と思ったが、その瞬間に野口の顔が浮かんできてしまったのは止むを得ないことだろう。尤も、野口の方はその年齢層にかなり近い、という事実はある。それは意外に簡単なのかもしれなかった。
「はぁ」
 ため息が出るのもまた止むを得ない。
「どこが簡単だって」
 現実的には、これを失恋と受け止めて次に進まなければならないわけだ。弥帆にはそれがとてつもなく遠い道のりに思えた。

「どうだ、読んでみるか」
 一人の夕食を終えて席を立とうとしたところで父の征一が帰宅した。尤も、着替えてからまた会食に出るのだから帰宅ではないのかもしれないが。
 自分の前に置かれた本をパラパラとめくってみる。本当は、タイトルを見ただけで中身の見当がついてしまったので、その気にもならなかったのだが、父親の手前、一応そうやってみた。
『若者が傍若無人である百の理由――解決篇――』
 著者は見なくてもわかる。太田弘幸。
 若者バッシングの急先鋒で、四十代以降の大人の支持を得ている。それだけならいいが、弥帆が不快なのは二十代の青年層にも支持者がいることで、彼らは一緒になって自分と同年代の若者や十代の高校生達を叩いている。ネットの世界では、こうした人々は太田のイニシャルから“HO”であることから「ホの連中」などと呼ばれ、支持者も多い一方で、反発する者も少なくない。こうした人々が出会うと大喧嘩になるのが常だった。
 太田の本は発売されるたびにベストセラーになっている。この本も「解決篇」というサブタイトルでわかる通り続編なのだが、弥帆は、あぁまたか、と思わずにはいられない。
「お前は、そこそこ礼儀は心得ているが、言葉遣いが悪い。それを読んで勉強しなさい」
 始まった。
「わかりました」
 こういうのは慇懃無礼という。よくそうやって怒られるので知っている。
「いや、礼儀を心得ているとは言えないのか。いつかの太田先生のパーティでも勝手に帰ってしまうし。今度、機会があったら絶対にご挨拶するんだぞ」
 固くご遠慮いたします。こんなやつと同じ会場で同じ空気を吸ってると思っただけで腹が立つ。
「あたしはまだ父さんのパーティに出られるほど大人じゃないよ」
 弥帆は本をテーブルの上に置くと食堂を出た。そのうち、部屋の机の上においてあった、ということになるかもしれないが、そんなことしたらゴミ箱直行だ。

 思い立って弥帆は足を伸ばした。
 そういう店なら渋谷に多いのかもしれないが、どうも渋谷とは相性が悪い。歩いている人の質が弥帆とは合わなかった。「チーム」とかいうのができたのは弥帆が小学生のときのようだったが、徒党を組む人間は嫌いだ。そのせいで友達ができないのかもしれないが。
 どういうものか弥帆の雰囲気はそういうのを集めてしまうことがあるらしい。何度か行って、何度もトラブルに巻き込まれそうになったので、二度と行かないことにした。
(「スケバン」って奴なのかもね。
 体質的に)
 誰のせいなのだろうか。
 そういう意味では、いわゆる「マニア」と言われる人たちの方が楽だ。彼らは目が合ったくらいで絡んできたりはしない。多分。
 だからと言って秋葉原に行く気はなかった。弥帆は本屋に寄り、その方面の雑誌を見て、行き先を決めた。
 普段、降りることのない駅を出てしばらく歩く。
「…」
 予想以上に雑然としていた。店の前にはいくつもの台が並び、そこから商品があふれている。いくつか、石だか置物だか判然としないものもあったが、その上にもいくつか品物が載っている。多分、あの石は置きっぱなしで雨ざらしになっているのだろう。
 平たく言えば、中古雑貨屋である。頼めば加工もしてくれると書いてあった。
 弥帆はヨーヨーを手に入れようと思っていた。
 野口を疑っているのではない。あれ以来、ネットで検索しただけではあるが、色々と調べた。確かに、「麻宮サキ」は単なる「秘密捜査官」ではないようだ、という文章もたくさん見つかった。
 当然、その信憑性には疑問がある。大財閥を一つつぶしたとか、ある役所を壊滅に追い込んだとか、さすがにそんなことを真に受けるわけにはいかない。だが、塾に殴りこんだ、というようなことなら、彼女が「スケバン」であることを考え合わせれば納得がいく。だが、それではなぜその塾が警察に目をつけられるようなことになったのかははっきりしない。評判が悪いという程度では警察は動かないだろうし、脱税の類なら税務署だろう。こういう、胡散臭い話も含め、はっきりしない情報が山ほどある、というのは、あるいは、二十年経っても公にできない事件だったからではないのだろうか。
 となると、たとえ単なる景気付けであっても「麻宮サキ」の名前を口にするのはまずい、という野口の言葉は理解できる。
 だが、それはそれである。何度か使っただけだが、確かにヨーヨーは便利な代物だった。叩き込む、巻き取る、振り回す、握って殴る。使い方は豊富だし、例え失敗しても紐がついているから手元に取り戻すのは簡単。問題は、市販のヨーヨーについているのはタコ糸で、相手がナイフを持っていたら簡単に切られてしまう、ということだった。
 どうやら「麻宮サキ」のヨーヨーは紐ではなく鎖だったらしい。そこで雑貨屋、というわけだった。
 弥帆自身は、それを積極的に使うつもりはない。野口の言葉は信用している、という前提で、万が一のときのために、というつもりだった。一昨日も、また後輩に頼まれてトラブル処理をしてきたところだが、それこそ相手がいきなりナイフを取り出した、ということは今までに二度ほどあった。素手ではまずい、ということは現実にある。お守り代わりのヨーヨー、というつもりだった。
 中に入る。外の雰囲気から想像される通り、薄暗かった。しかし、予想外にも、客層は広かった。扱っている商品が雑多だからだろう。アクセサリーを探しに来たと思しい女子中学生、フィギュアに見入っている長髪の男、大皿を眺めている老人。
 弥帆が探しているものは一般にはオモチャである。したがって、彼女はその長髪の男の隣に立つことになった。
 それは拍子抜けするほど簡単だった。額から想像するに、儲けになりにくいものなのだろう、籠の中に数十個も詰め込んである。
 弥帆はそれを一つ一つ取り出してはチェックした。中には、中央のジョイントが死んでいるのか左右が空回りするものもある。
 長髪の男が時々様子を伺っているのがわかる。弥帆が嗅いだことのない匂いがする。それが、この店で売っている何かの匂いなのか、この男の体臭なのかはわからなかったが、どうも後者のような気がする。こちらを見るについては、一応、遠慮はしているようなのだが、却って動作が不自然で、遠慮が台無しになっている。要するに、お友達にはなりたくないタイプである。
 つくりのしっかりしているもの、傷の少ないものから、一番重いものを選ぶ。残った四つの中から更に、側面の平たいものを選び出した。
 本気でケンカに使うのなら樹脂の重さではどうにもならない。重りを貼り付ける必要があるが、それはさすがに加工を断られそうな気がする。おそらく、自分でやらざるを得ないだろう。となれば、貼り付けやすい平面でなければならなかった。
 奥の、レジらしき一角へヨーヨーを持っていく。店主らしい男はスキンヘッドだった。
「これ、ちょっと加工して欲しいんですけど」
「はいよ」
 これまた予想外に軽い声が返ってきた。
「ペイント?」
「いや、この紐を鎖にして欲しいんです」
「鎖?」
「アクセサリーとかで使う、細いのがあるでしょ。あれに」
「なんで、そんなこと」
 店主の声が低くなった。
「…。
 ディスプレイしたときに映えるでしょ」
 ヨーヨーと、弥帆の顔を見比べる。
「アクセサリー用の鎖でいい?」
「うん」
「引っ張れば切れるような奴」
 うん、とは言えない。店主は、その躊躇を逃がさなかった。
「じゃ、ダメだね」
「ちょっと」
「そんなことしたら武器になっちまう。うちではそんなもの売れない」
「別にそんなことには使わない」
「切れちゃ困るんだろ?」
 声は更に低くなった。スキンヘッドと細い目にピッタリの低さ。
「じゃ、いい。
 ヨーヨーだけもらうよ」
「それもダメだ」
 弥帆は一瞬、店主を睨みつけてしまった。同じように鋭い視線が帰ってくる。
「中古品の販売はね、古物商って言って、警察に届けなきゃいけない商売なんだよ」
 男は視線で奥にある額縁のようなものを示した。それがどうやら許可証らしい。
「そんな危ないものは作れないし、そういうことを言う人にも売れない」
「わかった」
 きびすを返す。苛立った状態で、狭い店内を、商品をひっくり返さずに通り抜けるのは至難の業だった。

「くそ」
 吐き出す弥帆。混んだ道を、人々の間をすり抜けていく。
 悟られてしまった。初対面の男に。完全な拒絶。腹が立つ。何度か、追い越そうとした人の腕が肩に当たったが弥帆はそれを無視して進んだ。
「!」
 バタ、と靴の音がしそうな勢いで弥帆は立ち止まった。
「邪魔!」
 さっきの長髪の男が突然、目の前に現れたのだった。
「ご、ごめんなさい!」
 ものすごい勢いで頭を下げる。彼が肩にかけている鞄が揺れてガシャガシャと音を立て、長い髪がそれにつれて流れる。弥帆の口元がゆがんだ。さっきの匂いは、この男がつけているコロンかなにか。どこに売ってるんだ、そんなもの、と思う。
「どいて」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「何!」
「ヨーヨーです」
「え?」
 一瞬、にらみ合う二人。
「さっき、ヨーヨーを買おうとしてたでしょう。鎖つけて」 
「それが」
「やってくれる人を知ってます」
「…え?」
「そういう加工をやってくれる人を知ってます。案内しますよ」
 男は微笑んだらしい。笑顔には見えなかったが。
「なんで」
 弥帆が言う。そういう親切にノコノコついていっていいものだとは思えない。
「いや、理由はいろいろと」
「じゃ、いい」
 胡散臭いことを白状した、と思った弥帆は男の脇をすり抜けようとした。
「待ってくださいよ、欲しいんじゃないんですか、ヨーヨーが」
「あんたについてったってロクなことにならない」
「だから、ちゃんと案内しますから」
「だから、そんなことする理由を聞いてるんだ!」
「ですから、その、その人にはお世話になってますし」
「は?」
「その人には、僕も色んな加工とか製作とかをお願いしていて、お世話になってるもんですから、もし誰か、新しいお客さんになるような人がいたら、紹介してあげたい、ってずっと思っていて」
「怪しさが増してるよ」
 弥帆はいつの間にか腕を組んでいた。男は更に低姿勢になる。
「別に、そんなことはしません」
「そんな、って?」
「それは…」
 反対側を抜けようとする弥帆の手を男がつかんだ。
「放せ!」
「露店ですから!」
「放せってば」
「道端でアクセサリー売ってるじゃないですか。そういう人ですから!」
「道端…?」
 品物を布の上に広げたり、鞄みたいにたためる箱の上に広げたりしているあれのことだろう。だとすれば、妙なところに連れ込まれたりする心配はない、ということになる。残る問題は一つ。
「で、なんであんたはそんなに客引きに熱心なわけ」
「…」
「じゃ、やめとく」
「手数料が」
「あ?」
「マージンがもらえることになってるんです…3%…」
 上目遣いに、申し訳なさそうに言う。弥帆はまた顔をしかめながら、肩を大げさに上下させてため息をついた。それならわかりやすい。最初からそう言えばいいものを。尤も、だからと言ってこの男をすぐに信用したかといえば、それは“NO”だが。
「それなら、案内してもらおうか」

Ver.1.0: 2008/8/3

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