スケバン刑事 -少女守飛立伝世-

あんたも…スケバン? (前編)



 弥帆は言葉を失った。
 彼女をこの喫茶店の前に連れてきたのは、例によって清真学園の生徒だったが、一人はその表情の変化に息を呑んだ。
「おねがいします、弥帆さん」
 もう一人はのんきに手を合わせた。
 弥帆は、驚いてあけてしまった口を閉めた。固く。
 入り口のドア、ちょうどノブの辺りにシールが貼られていた。
「無礼無用」。
 例の、若者バッシングで有名な評論家、太田弘幸の本に付録となっていたシールである。その喫茶店の入り口に、そのシールが貼られていたのだ。
(こいつもなのか)
 言葉遣いが悪い、思いやりがない、自分勝手だ、そうやって若者を叩くことに喜びを感じる人間がここにもいる。
 すべてを若者のせいにして、それを公言することにいささかの羞恥心も抱くことのできない人間がここにいる。
 弥帆は知らずに手を握り締めていた。
「弥帆さん…?」
 後ろで、おい、という声がした。会社員と思しい男だった。この店に入ろうとしている。邪魔だ、ということらしい。
「これが読めないのか」
 シールを指差すと、薄ら笑いを浮かべながら入っていった。
「昼間でしょ。
 仕事中じゃないの?」
 さっきまで弥帆の表情に怯えていた少女が怒鳴った。あるいは、弥帆の怒りがうつったのかもしれない。
「知らない顔して入っていったら?」
「追い出されたんです」
「え?」
 弥帆は、のんきな方の少女に振り向いた。
「子供の来るところじゃないって」
 舌打ちをする弥帆。シールを貼るだけでは満足できず、行動に移したわけだ。
「諦めるしかないね」
「うそ」
「弥帆さん、そんなぁ」
「こいつらは、あたしたちとは手を切る、って宣言したんだ。泣いても喚いても無駄だ」
「お願い、なんとかしてください」
「あたしたち、ここのコーヒー好きなんです。この辺りじゃ一番おいしいって」
「奴らは、そんなこと言われても喜ばない」
 反対に、少女達の口が開く。理解できず、頭が空転しているのだろう。
「だって、客商売でしょ」
「ありえない」
「まともな商売人が、客を追い出すわけないだろう!」
 二人が息を呑む。弥帆の態度が、いつもとは違う、ということに気づいた。彼女達自信も、頭の片隅には、たかだか喫茶店の一軒、という気持ちがある。弥帆に泣きついてなんとかなるなら儲けもの、という程度だった。
 だが、この弥帆の剣幕はどうだ。明らかに、「たかだか喫茶店の一軒」の域を超えている。
「弥帆さん…」
「ほかを探すんだね。
 このシールを貼ってないところ」
「え…」
「ほかにもあるんですか?」
 のんきなのは二人とも同じらしい。もう一度、怒鳴りつけてやろうかと思ったが、それは八つ当たりだった。弥帆に面倒を押し付けるだけとは言え、同じ学校の生徒。弥帆は我慢した。
「ちょっと来て」
 歩き出す。二人は、狐につままれたような顔を見合わせると、黙って弥帆についてきた。
 コンビニに入る。ここにも置いてある筈だ。さすがに、コンビニでは「無礼無用」のシールは貼ってなかった。
「これだよ」
 雑誌の棚の手前に、よく見えるように陳列してある。
「『若者が…」
「『ぼうじゃくぶじん』」
「ぼうじゃくぶじんである百の理由――解決篇――』?」
「後ろ開いてみて」
 言われた通りに、一番後ろを開く。二人は、あ、と叫んだ。
「このシール!」
「傍若無人って意味はわかるよね。
 よくある、あたし達をバカ呼ばわりする奴らが好きそうな本だ」
「あ…」
「え、弥帆さん、じゃ、こんな本が一杯売れてるの?」
「ほかにもあんなシール貼ってる店、あるんですか?」
「あるよ、多分。
 あたしは、それと同じ柄のブローチをつけてるババアも見たことある」
「うっそ」
「信じらんない」
「本、戻して。
 出るよ。いつまでも立ち読みしてるとまた何か言われるかもしれない」
 弥帆は、店員に視線をやった二人を置いて店を出た。これはやはり八つ当たりかもしれない。

 野口はまたかすかに笑った。
 太田の本がベストセラーになったのはこれが最初ではない。相当に儲かっている筈だが、彼は駆け出しの頃と大して変わらない質素な生活を続けていた。それは、軽薄な若者を叩くことで儲けている以上、自分が軽薄なことをするわけにはいかない、ということなのだろうが、その金には使い道があることが判明した。
 出版社を作るつもりなのだ。
 勿論、ほかにも出資者がいなければ、この出版不況の時代に会社を起こすことなどできない。手を上げる者が非常に多いのは、太田の本がどれだけ支持を受けているか、という証拠でもある。
 だが野口達には、その顔ぶれの一部を見ただけで、その正体がわかった。
「牧童会議」だった。
 彼らが追っている組織を構成する企業、あるいは関連企業が名を連ねている。
 そうして、捜査の方針が定まったところで調査を続けてみると、これは以前から周到に計画されていたことだ、ということがわかった。いくら売れっ子作家でも、太田一人の本だけで会社がやっていける筈はない。同じような人気作家や腕利きの編集者に声がかけられていた。これはつまり、「牧童会議」自身が遂行しているプロジェクトなのだった。
 そして、更にもう一つの計画が見えてくる。
 その出版社は、そうして数年という短期間で足場を固めた後で、放送局を買収することを考えていた。「牧童会議」には、出版社や新聞社はあるが、放送局が参加していない。これは、「牧童会議」の目的とテレビ放送という事業の性質とが合わない、水と油と言っていいほど違うことが理由だと考えられていたが、言うことを聞くメディアを持っていない、ということは彼らにとってはマイナス要因の筈である。
 そこで、出版社を親会社として放送局を傘下に入れる、という手を考えたのだ。出版業と「牧童会議」とは相性がよい。そうしてメンバーとなった会社の配下にあれば、資金面からも締め付けることが可能で、まさに手足のごとく働くメディアを手に入れることになる。
 だが、それを仮に来年とすれば、通常の感覚で言えば、急ぎすぎの展開である。絶対に無理が生じる。勿論、事業面での無理については「牧童会議」が全力でカバーするのだろうが、例えば金銭面ではどうか。
 そこには、粉飾や虚偽記載、事業を始めた後には脱税というような不正が起こりうる。起こらなければ、暗闇機関が作り出す。侵入、妨害する方法はあった。
 買収のターゲットになっているのは、東洋テレビという局だった。
 これには数年ほど遡る必要がある。
 東洋テレビの会長職を務めたこともある、鷺山 毅という男がいた。
 鷺山は、厳格に定められたルールによって設置される中央権力が、市民のすべての活動を監視するべきだ、という理論を実践しようとして、各界の実力者に働きかけ、それを半ば実現するところまで推し進めた人物である。
 その企み自体は、暗闇機関と当時の「スケバン刑事」、さらには多くの協力者の手によって崩壊に追い込まれた。それが明るみに出ることによって、東洋テレビの名前と信用にも傷がつき、株価は下落して常に買収の噂が絶えず、スポンサーもつきにくく番組制作力も落ちている。新しく作った会社が狙うには絶好のターゲットだった。
 しかし、それだけではないことも野口はつかんでいる。太田は鷺山信者だったのである。確かに、鷺山が唱えた「Frame Father 理論」と、太田の本の内容とには共通点がある。太田は、「牧童会議」の力を借りて第二の鷺山になろうとしている、暗闇機関はそう結論付け、鷺山の事件で共に戦った忍者組織、「風魔」に協力を依頼した。それは、太田のみならず、鷺山の亡霊を根絶やしにする必要がある、という彼らの意思によるものである。
 このプロジェクトの弱点は、会社の設立と成長を急ぐ必要があるという無理と、今のところ太田弘幸が前に出ている、ということである。会社が設立される前なら、太田一人をつぶすだけでプロジェクトそのものが瓦解する。野口は作戦の進行をスピードアップさせた。
 デスクの上の電話が鳴った。氷室と、氷室のもとに弥帆を案内した男を調べていたエージェントだった。
《男は、単なるマニアであることが確認できました。
 雑貨屋で見かけた水島弥帆が美人であることから、声をかける口実として、氷室のもとに案内した、ということのようです。結果的には追い払われています。これは私も見ました》
「水島弥帆は何を探していた」
《やはり、ヨーヨーです》
「…」
《紐を鎖に付け替えるように依頼しています》
 約束を守ることを期待する方が間違っていたのか、と野口は思った。
「マニアの男が帰されたのは、そのやり取りを聞かせたくなかったからだろうな」
《そうだと思います。帰したのは氷室の方ですから》
 また、いい目のヤツを見つけた、などと言うのだろうか。
「わかった。
 水島弥帆がそれをどう使うつもりなのか、しばらく監視する必要があるな」
《それなんですが》
 野口のデスクのコンピュータが、メールが来たことを知らせた。
「今、メールが来たが、これはお前か」
《はい。
 その水島弥帆について調べました。是非、目を通してください》
「今か」
《先頭に要約があります。それだけでも》
 言われた通り、野口はマウスを操作して、そのメールを表示させた。
「…。
 すぐにここへ来い。詳しい話を聞きたい」
《了解しました》

 弥帆は舌打ちしながら歩いていた。家にとじこもっていてもムシャクシャするだけなので、宿題を片付けに図書館へ行こうとしたのだが、気づいてみると、「無礼無用」のグッズは思っていた以上に多いことがわかった。
 ブローチやバッジをつけている大人、自動ドアにシールを貼った古本屋、さらには、自分の暖簾をやめて「無礼無用」の縄暖簾をさげている蕎麦屋もあるのには開いた口がふさがらなかった。
 賑やかな声。公民館か何かである。講演会でもあったのか、多くの人々が集まっていた。テレビカメラもある。弥帆は、声の方に目をやって、次の瞬間には顔を引き攣らせた。
(太田弘幸!)
 中心にいるのは、そのロゴを普及させた張本人、太田弘幸だったのである。
 弥帆は反射的に木の陰に隠れた。見られてはまずい、と思ったのだが、よく考えれば、父親に無理やり連れて行かれた太田の出版パーティからは、挨拶させられる前に抜け出している。向こうは、遠目には見ていたかもしれないが、弥帆の顔は知らない筈だった。
(えっらそうに)
 多くのファンと取材陣に囲まれ、満面の笑みをたたえて何かまくし立てている。若者の悪口を言っているのに違いない。聞こえないのは幸いだったが、人々の笑いが巻き起こるのは不愉快だった。
(護衛までつれちゃって)
 しかしその護衛は、ファンに押し出されでもしたのか、どちらかといえば、遠巻きに見ているだけだった。
(気の毒に。
 いろんな意味で)
 最も気の毒だと思うのは、あんなやつの護衛をさせられていることだ――
(?)
 一瞬、視線があった。物陰から覗き込んでいるのだから、護衛なら警戒して当然だが、その顔には見覚えがある。
 だが心当たりはない。ガードマンに面識はないし、父親の関係で顔をあわせた、ということもない。どこかのパーティで金持ちの家に行ったときにでも見たのだろうか。しかし、よっぽどのことがなければ覚えていたりするとは思えない。あとは、ああいう雰囲気というと、警察か。
「…。
 野口さんだ」
 思わず声に出る。
 先日、助けてもらったときにいたメンバーの一人だ。だったら、記憶に残っていて当然。弥帆は、さっきまでの不快感など吹き飛んだ様子で、遠回りにその男に近づいた。
「あの」
「はい」
 男の表情は変わらなかった。任務中だからか、それとも本当に覚えていないのか。
「ちょっと聞きたいことが」
「すいません、私はちょっと。道でしたら公民館の方に」
「いや、そうじゃなくて。
 野口さんのチームの方ですよね」
「なんのことでしょう」
「え、そうですよね」
 弥帆はそれでも気を遣って声を小さくしていた。気を遣うほかに、太田に気づかれたくない、というのもある。
「なんのお話だかわかりません。
 申し訳ありませんが、私は今、仕事中ですので」
「すぐに終わりますから。
 野口さんに――」
 弥帆はそこで気を失った。傍目には、暑さで立ちくらみを起こしたようにしか見えなかった。

Ver.1.0: 2008/8/10

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