スケバン刑事 -少女守飛立伝世-

ひとり (前編)



 車が停まったところで隣に座っていた男が弥帆のヘッドホンを取った。アイマスクも自分で取りたかったが、弥帆はそれも男に任せた。向こうが「プロ」なのだとすれば、余計な事はしない方がいいような気がした。
 降りる。
 見た目にはごく普通の地下駐車場だったが、そこから先が違った。エレベータの脇には、呼び出すためボタンのほかにアクリル板のようなものが貼られているところがあった。男たちがそれを覗き込むとかすかな光が見えた。どうやらそれは「鍵」の役割を果たすものらしい。
 弥帆はそこを覗き込む事は要求されなかった。入ると男たちに挟まれる。この状況で逃げることを考える者がいるとも思えないのだが、そういうものではないのだろう。
 暗くて長い廊下。
 照明が不足しているのではない。それはどちらかと言えば、必要以上に煌々としていた。
 おそらく配色のせいである。黒と灰色、稀に銀色があるが、それは黒と灰色を映し出すので、色合いを明るくする役には立っていなかった。
 男たちが立ち止まる。同じようにアクリル板を覗き込むと、小さな音がした。右側の男がドアを押した。
 また動きが止まったのは、弥帆が入るべきだ、ということだろう。逆らわずに弥帆は中に入った。
 部屋は同じように暗い。
「野口さん…」
 中央の机には男が 3 人。一番背が高いのは見慣れた「二枚目」だった。
「すまなかったな。君がこんなに早く拘束されてしまうとは予想していなかった」
「…」
 促されるまでもなく弥帆は中に入った。弥帆を連れてきた男たちは、とうとう一言も口をきかないまま、部屋を出て行った。
「宮嶋、資料を」
 最も若く見える男が、机の上の資料を片付け始めた。
 一見、オフィスと言って言えないことのない雰囲気だったが、やはり、窓がない、というのは異様な感じがするものだった。配色は廊下と同じ。冷たく寒い雰囲気は、野口のこれまでの言動とぴったり合っている。
 背後で音がすると、ドアが開いた。今更のことで、特別、警戒するでもなく振り向いた弥帆の目に、唯が飛び込んできた。
「もう来ちょったか。
 空は寒かったじゃろ」
「そんな余裕なかった」
 弥帆が答えると、唯は笑った。
「ほんなごつ、面白か子じゃね」
「今のところ、水島邸に動きはない」
 3 人目の男が言った。年は、野口と、資料を片付けている宮嶋の間くらい。唯よりは上のようだが。
「そうじゃろうね。
 眠らせた 3 人はもう一時間くらいは目を覚まさん。誰かが気づかない限り、しばらくは大丈夫じゃと思う」
「3 人、って…。
 見張りが 3 人もいたってこと?」
「その通りじゃ」
「…」
 今更のようだが、血の気が引いていく。
 征一は、いや、弥帆の父親は、そこまで自分の娘を疑っていたのだ。
「今は考えるのはよせ」
 その男が言う。野口はだまって弥帆を見ていた。
「え…?」
「これから説明する。
 あれこれ考えるのはその後の方がいい」
「野口さんにはそんなつもりないんじゃないの」
 体中の気力を全てかき集めて口答えをする弥帆。
「状況が変わった。
 君の今後のためにも、全てを話すべきだ、という結論が出た」
「全て…」
「座ってくれ」

 野口は、まず、君の好奇心に応えておこう、と言った。
「好奇心…?」
「『スケバン刑事』についてだ」
 弥帆の視線はかすかに、隣に座っている唯に向いた。
「やっぱり気づいちょったか。
 あたしは一応、三代目の麻宮サキちゅうことになっちょる」
「三代目…?」
「二代目にも会っているようだな」
「…。
 それは、心当たりがない」
「早乙女志織だ」
「え…。
 え?!」
 弥帆は言葉を失っていた。あの弁護士が、スケバン?
 いや、確かにそうだ。話の内容は弁護しらしからぬものだったし、そういえば、やけに「スケバン」という言葉にこだわっていたような気がする。
「ほかにも何人かいるが、こいつは、そのすべてと行動を共にしている。
 零、説明してやれ」
 その第三の男は「零」というらしかった。
「『スケバン刑事』の本来の目的は、学校を舞台にして行われる犯罪、あるいは、十代の少年や少女たちが重要な位置を占める犯罪の捜査だ。
 学校というのは、意外にガードの固いところで、その内実を外に見せる事はほとんどない。まして、それに犯罪が関わっている場合はなおのことだ。そこで我々『暗闇機関』は、高校生に秘密捜査官としての特権を与えて潜入させる。それが『スケバン刑事』だ」
 弥帆がネットや街の噂でかき集めてきたことと、さほどずれていない。そうした漠然とした、あるいは、胡散臭い話から、いかにも作り話めいたことを取り除けば、今、零が言ったようなことになる。重要なのは、それが都市伝説などではなく事実だ、ということだった。
「ヨーヨーは、子供が持ち歩くことができるもの、という観点で選択されたものだ。また、鎖を切られない限り手元に取り戻すことができるから、弾丸を補充する必要がないというメリットもある。
 最大のポイントは、殺傷能力が低い、ということだ。高校生に持たせることができる武器、という点では、この辺りが限界だ」
 それは作りによるだろう。これも噂だが、鋭い刃を持ったものもあるらしい。それに、鍛え方もある。きちんと鍛えて、ヨーヨーに体重を乗せられるようになれば、それを頭や胸にたたきつけて人を殺すことができるようになるかもしれない。
「我々のヨーヨーには、このような機構がある」
 零はポケットから出したヨーヨーの周囲をつかみ、指に力を込めた。乾いた音がして、化粧用のコンパクトのように前面が開いた。
「…。
 桜の代紋」
 これも噂になっていた。それこそが本物の麻宮サキの印だ。
「これは、犯人を威嚇する目的もあるが、本来、秘密捜査官である『スケバン刑事』が、既存の警察機構と協力するためのものでもある」
「どういうこと?」
「一定のランクより上にいる警察官は、『スケバン刑事』というシステムの存在を知っている。彼らは、『スケバン刑事』を、このヨーヨーで判別することになっている」
 それは知らなかった。ということは、警察の幹部連中は、知っていてあの噂を放置しているのか。
「それってまずくないの?」
「我々にとっては、都市伝説になってくれたほうがありがたい。そのことで、多くの人々が、『スケバン刑事』など実在しない、と思ってくれる」
「なるほどね…」
「たとえ啖呵であっても、それを口にするのは危険なことだ、というのは理解しているな」
 弥帆は頷いた。
「今、麻宮サキはいないの?」
「…。
 いない」
「なんで、って聞いてもいい?」
「『スケバン刑事』『麻宮サキ』は若者達のために犯罪捜査をする。
 だが、麻宮サキ自身も若者だ」
「どういうこと?」
「若者を守るために、麻宮サキという若者が傷つくのは、あるべき姿ではない。
 現在の我々は、『スケバン刑事』というシステムの利用には慎重になっている」
「ふ…ん」
 野口は、つづけろ、と言うと立ち上がった。零が、どういうことだ、と野口を視線で追うと、「会議のことも」と言った。
 それには唯も驚いたようだった。零と視線を交わしている。
「会議って?」
 零は、困惑した様子で口元をなでた。当の野口は、コーヒーメーカーに粉を落としている。
「我々は、『牧童会議』という組織をマークしている」
 やっと零が口を開いた。
「ぼくどう会議…」
「牧場の『牧』に、『児童生徒』の『童』だ。
 牛飼い、羊飼いの子供のことだ」
「なんなの…それ?」
「彼らの目的は、この世界を正しい方向に導いていくことだ」
「正しい…方向?」
「ルールを守る。
 必要な事は全力でなしとげる。
 逆に、必要のないことをしない。
 そういう人間だけの社会だ」
 こんな状況ではあるが、弥帆は自分が笑いそうになったのに気づいた。そんな社会が存在しうるのか? いや、それ以前に。
「そんな人間いるの?」
「ごくわずかだが、いる。
 正確に言えば、牧童会議は、自分達の信ずるところに則って行動している。したがって、彼らは自分自身がそういう種類の人間だと考えている」
「バカみたいだよ、それ」
「だが、彼らが現在の我々の社会の一部を掌握、支配しているのは確かだ」
「支配…って。
 そんな作り話みたいなこと」
「作り話に見えるという点では、『スケバン刑事』と大差ない」
 後半はそうかもしれないが、まだ納得できる話ではなかった。
「『牧童会議』というのは、迷える子羊を導く羊飼い、という意味でつけられたものだ。
 彼らの観点から見て、間違った方向に進んでいる若者を正しい方向に誘導して、次の世代を担うリーダーを育成する。彼らの理想を現実にするための重要事業だ」
 弥帆は返事をしなかった。
「会議は、自分達の理想に適合した若者だけを育てて、リーダーとして指名する。
 そこには、揺れもないし、許容範囲も狭い」
「ごめん、意味わかんないんだけど」
「『いい子』だけの社会を目指している、と言ったら想像できるか」
「『いい子』だけの社会?」
「小学校のときを思い出してみろ。クラスに一人や二人、先生や親の言うことを聞く子、その代理のような子供がいただろう。
 社会に存在する全ての人間がそうなったら、ということだ。
 牧童会議の究極の目標はそこで、今は、そのための準備段階だ」
 気持ち悪い、と言いかけた弥帆は黙った。少し考えた後、口を開く。
「つまり、その『牧童会議』が先生とか親だってこと?」
「そうだ。
 命令を下す側の人間と、それに忠実に従うだけの人間とにはっきり別れる、ということになる」
 今と対してかわんないよね、と思ったが、今度も弥帆は黙った。
「スケバン刑事」や「牧童会議」というのが、一見作り物だが実は現実、ということであれば、その裏返しで、自分達の毎日の現実と会議が目指す社会がそう違っていないように見える、というのが作り話、幻想なのだ、と考えることもできるのではないか。
「ピンとこないのも無理はない。
 会議は我々の社会に浸透してしまっている。会議が存在しなかった社会を想像するのは難しい」
「そういうことみたいだね」
「次世代のリーダーとしては、そういう『いい子』の中から、特別に優秀なものが選ばれる。
 自分達の言うことを聞く、しかし、頭の回転はよく知識が豊富な若者だ」
 弥帆の目は、零を離れて、黒い壁に注がれた。次には同じく黒い天井へ。
 なんだ。そういう言い回しをどこかで聞いたことがあるような気がする。なんだった。
「GGG…」
「そうだ」
 時事問題を扱ったコント グループ。毒も刺激もないコントばかりだった。弥帆は一度で飽きたが、あれを強烈に支持している人は少なくない。
「GGG は、牧童会議の宣伝部隊だ。あれを受け入れられる人間は、会議が求める人間像に近い、というわけだ」
「でも、そんなことだけで、次の世代とかって」
「一方で、若者に関係のある犯罪は増えている、しかも凶悪化の一途。
 その反動として、若者達だけではなく、その親の世代も GGG を支持し始めている」
「でも、木田隆介が近づこうとしてたじゃない」
「木田は死んだ」
「それは確か、自殺って――まさか、殺されたの?」
「木田のような攻撃的な志向の人間が GGG に入れば、牧童会議の考えからは大きく外れることになる。会議がそれを認める事はない。
 問題は GGG じゃない。GGG に見られる考え方、つまり、牧童会議の支配を受け入れる考え方が支持を得ている、ということだ」

Ver.1.0: 2008/9/21

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