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「シンケンマル!」
五人は束のディスクを回転させた。高速で回るディスクからほとばしるエネルギーが刀の周りをうねり、力を注ぎ込む。岩に砕ける白波の音が重なった。
「木枯之舞!」
真っ先に切り込んだのは、シンケングリーン・谷千明である。
「あれ?!」
しかしそのアヤカシはやわらかい体をズルっという音とともに滑らせ、グリーンの刀から逃れた。
「逃げんなっ!」
「天空之舞!」
千明の罵声に続いてシンケンピンク・白石茉子が飛び込んだ。が、これも同じように逃げられてしまう。
ことはが絡まった昆布と言い、千明がヘドロ男と呼ぶアヤカシ。まるで真っ黒に汚れた襤褸布を貼り合わせたような姿には嫌悪感を覚える。
「一人では駄目だ。
ことは!」
「はい!」
シンケンブルー・池波流ノ介とシンケンイエロー・花織ことはが同時に飛んだ。
だがアヤカシはまるで風船から空気が抜けるようにしぼみ二人の切っ先は空を切った。
「おのれ、ふらふらと逃げおって」
歌舞伎役者であったブルーが時代がかった悪態をつく。
「二人で駄目なら、五人で行く。
楓陣形」
リーダー、いや、「殿様」であるシンケンレッド・志葉丈瑠が言うと、彼らはそのアヤカシを取り囲むような配置を取った。五つの点が円上に並ぶそれを、彼らは「楓」と呼んでいる。
「参る」
「はぁっ!」
レッドとブルー、グリーンが上から切りかかり、ピンクとイエローが横から突く。逃げ場のない戦法である。アヤカシの体に、三つの影が伸びた。
しかし。
「なに」
「消えてもうた」
彼らは辺りを見回した。夏の日差しが降り注ぐ岩場には隠れる場所などない。
「隠れたんじゃない」
レッドが低い声で言う。
アヤカシはいつも「隙間」からこの世界に侵入し、「隙間」から帰っていく。この岩場には隙間などいくらでもあった。
「気をつけろ」
ブルーがそれをサポートするように言うと、全員が姿勢を低くした。
じりじりと足をずらして静かに移動、全神経を研ぎ澄まして気配の変化を感じ取る。ブルーがシンケンマルを握りなおした。
「うわっ!」
その足元から、アヤカシが飛び出した。体を大きく逸らし、辛うじて直撃を逃れたが、尻餅をつくことは避けられなかった。
「ヘブンファン!」
「ウッドスピアー!」
「ランドスライサー!」
グリーン、ピンク、イエローがそれぞれの得物を展開し、アヤカシに叩きつけたが、それは空中で黒い玉になると回転、すべて跳ね返した。玉は岩場で一度、バウンドするとレッドに向かう。
レッドはシンケンマルを構えたが、アヤカシは二度目のバウンドと見せかけて、レッドの足元で消えてしまった。
「…。
今度は逃げたか」
気配も消えている。
それでもしばらくは警戒していたが、やがて彼らはシンケンマルを収めた。
「戦の最中に刀を持ちかえる奴があるか」
装備を解くレッド。丈瑠は日差しに目を細める。
「面目ございません!」
続いて彼らも変身をとく。流ノ介はその場に膝をついた。
「これやろか」
シンケンレッドのいた場所に、ことはがしゃがみこんだ。波に浸食された岩に切れ目がある。あのアヤカシはこの隙間から逃げたのだろうか。
「いつもより小さくない?」
「いいんじゃねぇの、一人だけだったんだし」
兵卒と考えられている「ナナシ」が今日は現れなかった。
「そういうもの?」
人数が少なければ隙間は小さくていい、そんなものだろうか。外道衆が物理的な存在なのかどうかは怪しいものだというのに。
「まあいい。
戻るぞ」
屋敷に戻る。
彼らは、そのアヤカシを「ウミワタリ」と名づけた。千明の「ヘドロ男」は却下された。
通常、外道衆のアヤカシには、この世界における妖怪の言い伝えの元となる要素があるものだが、あのアヤカシにはそういう要素が見当たらない。また、珍しく名乗りもしない。とりあえず、ということで、海に現れて隙間を渡る、と見たままの名前をつけた。
「被害はさほどでもなかったようですな」
志葉家の「じい」、彦馬が言った。黒子たちがそれぞれの前に冷えた麦茶を置くと、千明はあっという間に飲み干してしまった。
外道衆は、自分達の世界である「三途の川」の水を増やし、この世界をそれで満たしてしまおうとしている。その水を増やすには、人間達の絶望と悲鳴が必要である。アヤカシたちはそれを集めることを目的として、「隙間」を通ってやってくる。
「今回の、せこくね?」
「うちもそう思った」
「海水浴場が一日二日、営業できなくなっただけだもんねぇ」
ウミワタリはその一帯を闇に包んだ。上を見れば青い空に真っ赤な太陽が見えていると言うのに、熱が全く伝わってこない。裸になるなどもってのほか、どれだけ着込んでもガタガタと体が震える、という寒さだった。
確かに営業妨害にはなった。いいところ二ヶ月程度しか店を開けない浜茶屋にとっては大打撃だろうが、いつものアヤカシはもっと人間の根源を攻めてくる。魂に襲い掛かって涙を搾り取るのだ。今回のはどちらかと言えば「いやがらせ」とでも呼びたくなるような雰囲気があった。
「油断はいかんぞ」
流ノ介が大きな声で言った。
「あれは我らを油断させるための作戦かもしれないんだ。
そんなことで気を緩めてはダメだ」
「自分がヘマしたもんだからはりきっちゃって」
茉子が言うと流ノ介がいきり立つ。千明もそれに乗って流ノ介をからかった。
「流ノ介の言う通りだ。
あれが『ウミワタリ』の実力かどうかはわからない」
「ほら。殿もそうおっしゃっている」
「まぁね、こっちに来たばっかりでまだフルパワーじゃないのかもしれないし」
「茉子ちゃん、そういう弱いの好きやねんな」
「アヤカシは対象外」
笑いがおきると黒子が静かにやってきた。彦馬が出て行く。来客らしい。
そうして、戦いが一段落、緊張感がほどけたせいかおしゃべりに興じていると、彦馬が戻ってきた。困惑の表情である。
「どうした」
「殿に、お客様です」
「誰だ」
「それが…」
「我らは席を外します」
流ノ介が気を利かせる。
「いや、そういう話ではない。寧ろ、いてもらった方がいいようだ。
ちょっと、思いも寄らぬ方で」
「思いも寄らぬ…?
まぁいい。お通ししろ」
黒子達が茶碗を片付けていく。丈瑠が姿勢を正すと、四人も両脇に座りなおした。
彦馬がつれてきたのは女性であった。
先頭の女性は小柄である。後ろの二人は中肉中背。
しかし、それを平凡と形容する事はできない。三人はただならぬ雰囲気を発していた。
驚いたことに彼女は丈瑠の前で胡坐をかいた。二人はその脇で正座をしている。
中央の女性はその膝の先に手をついた。
「お初にお目にかかります」
張り上げているわけでもないのによく通る声だった。丈瑠が頷きかける。
「風魔鬼組頭、風間唯と申します」
「風魔…?」
丈瑠が呟いた。誰も声を出せない。しばらくあって、千明が口を開いた。
「ってことは、忍者?
俺、マンガで読んだことあるけど」
「これ」
彦馬がたしなめる。唯は頭を下げたままだった。
「風魔は」
またしばらくの沈黙の後、丈瑠が言った。
「宮崎に本拠を構えていると聞きます」
「殿、ご存知なのですか」
「俺たちサムライがまだ生きているように、忍者も現在の現実の存在だ。
いくつかの組織があるが、風魔は中でも最も有力なところだ」
「恐れ入ります」
唯が顔を上げた。その大きな目に五人の視線が吸い込まれていく。
「宮崎からこちらにわざわざいらしたのは」
「失礼ながら、皆様は本日、『陰』とお手合わせなさったと聞き及びます」
「カゲ?」
「ウミワタリのことですか」
「その名前は存じませんが、その名の通り、闇を具現化した存在だと思っていただければ」
「闇…あぁ、『陰』や」
得心のいったことはが指で「陰」の文字を書こうとした。
「おやめください!」
その声に辺りが凍りついた。
「皆様、文字については強い力をお持ちと聞きます。
我らの敵、『陰』の字を書くなど恐ろしい事はお控えください」
「ごめんなさい…」
唯の剣幕に顔を見合わせる。
「風間殿、『モヂカラ』は書けばなんでも形になるという単純なものではありません。それなりの精神統一が必要で、手を動かしたからと言ってすぐに何事か起こるわけではないのです。心配には及びません」
「それは…ご無礼をいたしました」
「話を戻しましょう」
丈瑠が促す。流ノ介たちが深呼吸をした。
「確かに私たちはさきほど、アヤカシと手を合わせました。
ある一帯から光と温もりを奪う、というやり方からすると、どうやら『闇の具現化』と言ってもいいと思います。
それがどうなさいましたか」
「陰はそれを目的としています。
世界を闇にとざし、欲望をむき出しにした人々が命を奪い合う、地獄の亡者だけの世界を作ろうとする邪悪な者たちです」
「つまり、あのアヤカシが『陰』だとおっしゃるのですか」
「はい」
丈瑠たちはまた顔を見合わせた。唯の言っていることが理解できないのである。
「お伺いしてもよろしいでしょうか」
流ノ介が座りなおした。
「それは、人間なのですか」
「そうであるとも、そうではないとも言えます」
「とおっしゃると」
「元々はこの世界の住人です。したがって、人間であった、とは言えます。
ですが、闇の世界の住人になったが最後、それは人の心を失い、獣となります。ですから、人間ではありません」
「はぁ…」
「化け物?」
千明が言った。
「さほど離れておりません」
「宇宙人じゃないんですよね…」
「この宇宙全体を闇に閉ざす力を得ようとしたことがあります」
「え…」
さらに雲をつかむような話になってしまった。
だが唯も嘘は言っていない。あるいは、陰の存在、その恐ろしさは、実際に見て感じるまでは理解できないのかもしれなかった。
「それで、その『陰』を」
「倒さなければなりません」
「当たり前じゃん」
千明が笑いながら言った。唯は視線を動かしもしなかった。
「陰を倒すことが我ら風魔の使命。
そのためにはあらゆる手段を講じる覚悟がございます」
「あらゆる手段?」
唯は座りなおした。今度は正座である。
「本来、忍は武家に使えるもの。
もしお許しいただけるなら」
唯はその場に手をついた。後ろの二人も続く。
「志葉の殿様にお召し抱えいただき、微力ながら、お力添えをさせていただきたく」
三人がその場に額をつけた。
「あっぱれ!」
叫んだのは流ノ介だった。口元を押さえているのは涙ぐんでいるからだ。茉子と千明は、また始まった、と頬を引き攣らせている。
「風間殿、見事なお覚悟。
さぁ、お手をお上げください。これよりわが殿の元で、一緒に手を携えて戦ってまいりましょう」
流ノ介はその言葉の通り、唯の手を取り、ぐいぐいと振った。
「なんと立派なお言葉を聴いたものです。
まさに武士の真髄を極めていらっしゃる。お前たちも見習え。
まったく、忍者にしておくのは惜しい」
唯の後ろに控える親衛隊「赤雲隊」の二人の目が不快な色を帯び、ことはが息を呑んだ。
「馬鹿を言うな、流ノ介」
「ですが、この方達に加わっていただければ、これほど心強いことは」
「戻れ」
「しかし、殿」
「流ノ介、戻れ」
自分だけがはしゃいでいた、ということに気づいたらしい。流ノ介は静かに自分の席へ戻った。
「風間殿」
「はい」
「流ノ介の無礼を許してください」
「いえ…」
え、という顔をする流ノ介。自分のどこが失礼だったのかわからないようだ。
「それと。
俺は、家来だの主君だのという考えは持っていません。
ですから、さっきの言葉は、聞かなかったことにさせていただきます」
「丈瑠殿」
「一緒に戦いたい、という申し出であれば、それは喜んでお受けします。
ですが」
また唯の目が細められた。
「外道衆との戦は我らの仕事。
我々にお任せください」
「そうだよ。
あんなフニャフニャ野郎、チョチョイのチョイでやっつけちまうからさ」
千明はまだ笑っている。だが、ことはと茉子は唯の表情の変化に気づいていた。
「できますか」
「簡単だって」
「先ほどは取り逃がしていらっしゃる。
何を以って、倒せるとお考えですか」
「さっきは…」
千明は口ごもった。根拠はなかった。
「あなたでも構いません。
あなたたちサムライが陰を倒せるとお考えになる根拠をお聞かせください」
「我らを愚弄するつもりか」
不躾な質問を投げつけられた流ノ介が色をなした。
「丈瑠殿は、『任せろ』とおっしゃった。
ですが私は」
唯は言葉を切った。丈瑠を正面から睨む。
「とてもお任せできない、そう考えてやってきたのです」
空気がひんやりと凍ったようだった。誰もが言葉を失った。
「いい加減にしろよ」
「そうだ。
我らを甘く見るな」
「なすすべもなく取り逃がした事は事実でありましょう」
「次は」
「次があると思っているうちは、陰は勿論のこと、赤子にも負けます」
「そこまでにしないか」
流ノ介はまた立ち上がった。
「我らだけならいざ知らず、殿まで愚弄するとは無礼千万。
そもそもさっきから黙って聞いておれば、『丈瑠殿』『丈瑠殿』と。
あなたはよその人間、しかも、世が世なら殿にはお目にかかることも許されぬ存在だ。それを、まるで自分と同格か、それとも目下の人間のような口を利くなど言語道断」
「流ノ介」
「いえ、ここは言わせていただきます。家臣には家臣の分というものがございます。それをわきまえぬ田舎者、厳しく教えてやらなければなりません」
「そうだよ。
何もしないでいきなり現れて言いたい放題。かなりむかつくんですけど!」
「何もしない?」
「そうだよ。
忍者とか言って、どうせ煙でドロンがいいとこなんじゃねぇの?」
「…。
必要とあらばお見せしますが」
「いいかげんにしろ!」
丈瑠だった。
「流ノ介、千明、お客様に対して失礼だぞ。謝れ」
「殿」
「いやなこった」
二人はそれぞれの席へ、どっかりと背を向けて座り込んだ。
「風間殿。
二人の無礼については謝ります。
ですが、二人が怒るのは理由のないことでもない。
我らにできそうもないとお考えの理由を聞きたい」
「できないものはできませぬ。
陰を倒すことができるのは、この広い世界に我ら風魔のみ」
「それでは答えにならない」
「ですから、ご協力の申し出をしに参ったのですが」
唯は辺りを見回した。千明は完全に背を向けているし、流ノ介も腕を組んでそっぽを向いていた。
「そういう雰囲気ではないようですね。
残念です」
「あんたがケンカ売ってきたんだろ」
唯が立ち上がると、赤雲隊の二人も続いた。お騒がせしました、と頭を下げて出て行く。
「あの」
ことはが立ち上がり後を追ったが、もう誰もいなかった。
「もういてはらへんかった」
「まるで忍者みたいだな」
流ノ介が吐き出すように言った。
「殿様…」
「どういう組織なの、風魔って」
冷静なのはことはと茉子だけである。
「詳しい事はわからない。
なにせ忍だからな、そう簡単に全貌を見せたりはしない」
彦馬が後を継いだ。
「古くは関東の北条氏に使えていた。
徳川の時代になって北条氏は滅びたが、風魔は密かに生き残った。
今では服部や雑賀など及びもつかぬ大きな組織になって、ときおりこの表の世界に現れては大きな悪事をつぶしているという噂は聞く」
「悪事をつぶす?」
「っていうことは、やっぱり仲間になれるかもしれないんや」
「冗談だろ」
「私も断る」
流ノ介も千明も完全に腹を立てている。丈瑠はため息をついた。
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