|
「『陰』であると同時に、アヤカシ?」
「そうじゃ。今の戦いを見ちょってやっとわかった」
シンケンジャーは首をかしげているが、唯も、副官の結花も由真も、やはりそうだったか、という顔だった。
「アヤカシは隙間を通ってこの世界に現れるそうじゃな」
「その通りです」
「あいつは、隙間は通っちょらん」
「何を言ってるんですか、あなたは。
どうしても我々に難癖をつけないと気がすまないみたいですね」
「池波さんちゅうたな。
本当に隙間じゃったか?」
「あたりまえじゃないですか。奴はアヤカシなんですよ」
「そない言うたら」
イエローが口を挟んだ。
「岩場で戦ったとき、どの隙間だかわからんかった」
「あそこは岩だよ。隙間なんかいくらでも」
「思い込みとは違うんか」
「あんたの方こそ」
「待て」
言い募るグリーンをレッドが止める。
「あの時…」
レッドが考えていたのは、楓陣形が破られたときのことだった。
ピンクとイエローが横から突き、レッド、ブルー、グリーンが上から飛び掛る。「ウミワタリ」はその中央で消えた。確かに、そこも岩場、隙間はあるだろう。だが、そのとき、もう一つあったのは。
「俺たちの影」
真夏の太陽が三人のくっきりした影を落とした筈である。
「奴は、闇を渡ると言うんですか」
「そうじゃ。
あれは、『ウミワタリ』なんかじゃなか。
差し詰め『ヤミワタリ』じゃな」
「だと思ったから、奴の結界にあたしらの結界を重ねて、薄暗くしたんだ。
そうすりゃ奴は姿を隠す必要がなくなる。
逆に言えば、こっちから仕掛けやすくなるんだ。
それを破りやがって」
由真が言った。
「でも、そうしないと皆を避難させる事はできないじゃないですか」
ピンクの反論は由真も認めざるを得ないようだった。
「大体、証拠があるのかよ」
グリーンが由真を指差しながら言った。
「あいつには、俺たちのアヤカシ センサーが反応してる。アヤカシだってことは間違いないんだ。
あんた達の言う『陰』だって証拠はあるのか」
「お前が壊しちまっただろうが」
「俺が?」
「あたしが触るなって言ったのに、陰の裾を拾い上げて、光にさらしただろう!」
「え…」
「あれがあれば、あいつがどの程度まで陰で、どの程度まで『アヤカシ』かわかる筈だったんだ。それをぶち壊したのはお前らだ」
「そんなこと俺が知ってるわけねーじゃん!」
「触るなって言ったろ!」
「聞こえませんでしたぁっ!」
由真も頭に血が上っているらしい。結花が止めようとしたが、唯は何も言わなかった。
「ブービートラップって知ってるか」
「知りませんね」
「撤退するときにわざと残していく落し物だ。
大方は爆弾かなんかだけどな、追ってきた方がそれを拾い上げた途端にドカンだ」
「爆弾…?
裾って言ったじゃねぇか」
「落ちてるものを簡単に拾ったりするな、って言ってるんだ。そんなことも知らないのかよ、この小僧は」
「なんだと」
「どういう教育してるんだよ、志葉家じゃ」
「おい、どういう意味だ」
ブルーが色をなす。
「志葉のサムライはなってねぇ、って言ったんだよ」
なおも言い募ろうとするブルーをレッドが抑えた。
「言葉が過ぎませんか」
「足りないくらいだな」
「由真姉ちゃん」
唯も由真を下がらせた。
「丈瑠殿、あんた達があたしらのやろうとしたことをぶち壊したのは事実じゃ」
「俺たちには、あなた達が何をやろうとしているのかを知ることはできない」
「話は持ちかけた筈じゃ」
「ぶち壊したのはあんただろ。
ガキ扱いされて怒らねぇやつがいるかっつの」
「そこら辺にあるものを不用意に拾うようなことをしてるうちは、子供扱いされても文句は言えんじゃろ」
「いい加減、頭にくるんですけど!」
話が進まない。レッドはピンクに言ってブルーとグリーンを下がらせた。
「あんた達、『プロ』じゃないんか」
「…。
どういう意味ですか」
「あんた達にとってのアヤカシを倒す方法をあたしは提案した。あんた達に足りないものも指摘した。
なんでそれで怒ったりするんじゃ」
「それは…」
「あたしは志葉家に期待しすぎたのかの」
チャ、と音が響いた。レッドがシンケンマルを握った手に力を込めたのだ。
「いい加減にしろ」
「…」
「俺のことはともかく、こいつらと、俺の父や先祖を侮辱するな」
「あんたもプロではなかったようじゃな」
唯の手が翻る。右手に現れたのは愛用の竹の鞭であった。グリーンが鼻で笑ったのが聞こえた。
「そんなものでどうする」
「あんたが何をするかによる」
「では!」
丈瑠がシンケンマルを払った。
無論、唯を切るつもりはない。ただの脅しであった。唯がよけるであろうことを見越し、ギリギリのところを掠めるだけである。その筈だった。
「なに!」
ブルーが叫び、グリーンもピンクもイエローも呼吸を忘れた。
「なんだと」
唯はシンケンマルをその鞭で受け止めたのだった。
多くの候補の中から強くしなやかな竹を選び、配下の衣組 (きぬぐみ) が特別に鍛えたものではあるが、真正面から刀を受け止めればひとたまりもない。しかし唯は長年、愛用してきたその鞭の使い方を心得ていた。
唯は体を翻すと同時に、シンケンマルを上からその鞭で押さえつけたのだ。鞭がしなり押さえつける力は一層、強くなる。レッドは予想外のことに体勢を立て直さなければならなくなった。
押す力には、引くことで対処できる。レッドはシンケンマルを下げたが、唯はそれも予測していた。流れに逆らわず、鞭が下がった勢いで体を回し素早くレッドの懐に入る。
「く…」
今度は手だった。唯がレッドの手を押さえているということは、レッドはその刃を唯に向けられない、ということだ。
そして竹には節がある。そのまま引けばレッドの利き手に傷がつく。更に唯の足はレッドの足の隣へ吸い付いたように置かれている。わずかに足を入れ替えるだけで、人間の弱点である足の甲を叩くこともできる。配置だけで言えば、レッドにもその攻撃は可能だが、重心のかけ方が違う。最初からそのつもりで足を持っていった唯の方に分があった。
結花や由真は涼しい顔をしていた。シンケンジャー側には風魔を倒すつもりはないだろう、ということはわかっていたし、唯から、丈瑠はどうやら自制が利く性格らしい、ということも聞いていた。これは単なる警告だ。
しかしシンケンジャーは違った。同じように、レッドに唯を切り捨てるつもりはないことはわかっていたものの、唯がシンケンマルを竹の鞭で止めるなどとは予想もしていなかった。グリーンなどは、竹に見せかけた刀なのではないかと思ったくらいである。これは只者ではない、と全員が感じていた。
レッドの肩が震えた。押しても引いてもシンケンマルは阻まれる。唯の、小柄な体と、すばしこさ、自分のことをよく知りそれを活かした戦法に、「警告」にとどまる戦いは無理だ。手を引くか、真剣勝負をするかしかない。そして、この状況で真剣勝負を挑む理由はなかった。しかし、刀を収めるタイミングがない。今、不用意に力を抜けば、唯の攻撃を誘うのは間違いなかった。
「待って」
「ことは!」
「待ってください!」
いきなりイエローがそこに飛び込んだ。二人の手をつかむ。
「ことは、何を」
「二人が戦うたらダメです!」
レッドが顔を上げ、唯の大きな目がことはを睨んだ。
「今は、アヤカシと『陰』を倒すことが大事。
唯さんと殿様が剣をあわせることには、何の意味もありません」
ふいに唯がその力を緩めた。
「ええじゃろ」
まるで何事もなかったかのように姉たちの元に戻る唯。
「ここで見といちゃる。
『ヤミワタリ』、倒してみい」
「…」
「それができるのかどうか。
できるとして一体、どういう手を使うのか。
それを見極めることで、お互いの進むべき道が決まる」
「わかった」
風魔が後ろに引く。
レッドがシンケンマルを握りなおし、広場の中心に戻った。サムライたちもそれに続く。
「いるぞ」
気配を感じる。五人は、いつもの隙間に加え、暗くなっているところも警戒した。
「しつこく隠れてやがるのか」
「あたしたちがもめて、どっちかが倒れるのを待っていたのかも」
ピンクの言葉は全員の胸にかすかに刺さった。確かにあの衝突は、必要なものではなかった。
「集中しろ」
レッドの言葉にも、いくらかの棘があった。自分に対する棘だった。
「やるじゃん」
由真がつぶやいた。シンケンジャーの五人から伝わってくる気迫は本物だった。
「結花姉ちゃん」
「なに?」
「ヤミワタリがここに留まってるのはなんでじゃろ」
「多分、私達がいるから」
「あいつも物心がついて、風魔が陰にとってどういうものなのかを思い出したって訳だ」
「だとは思うけど。
今となっては、シンケンジャーも入ってるかも」
「どういうことだよ」
「自分に仇なす存在だってことを理解したとすれば、復讐の機会を狙ってる可能性はある」
「どっちにしろ面倒臭ぇやつだな。
やっぱり、あいつらが邪魔しなかったら、今頃」
「そうとも限らん」
唯が低い声で呟いた。
「来た」
結花が叫ぶと同時にシンケンジャーが宙に舞った。
「巧い」
「頭使ってるなぁ、やつらも」
シンケンジャーは姿を現したヤミワタリの北側に回った。昼の太陽は南、少なくとも自分達の影がヤミワタリにかかることはない。低く入った五人のシンケンマルが決まった。ヤミワタリの裾が千切れて飛んだが、それはすべて太陽の光に焼かれて消えた。由真の舌打ち。
「本体を狙う。
烈火大斬刀」
レッドが振り回す烈火大斬刀の炎にヤミワタリがひるんだ。
「大筒モード」
全員のディスクを背負った烈火大斬刀が光を帯びた。
「兜五輪弾」
まさに大砲。烈火大斬刀から光の奔流が伸び、ヤミワタリの体を貫いた。
「やった」
「一の目ゲット!」
次にはそれが巨大化する。アヤカシが持っているもう一つの命、「二の目」である。グリーンは気の早いことに折神を取り出し、ショドウフォンを構えた。
ヤミワタリのいた場所から立ち上っていた煙が薄くなり、その煙が形を取り始める。
「来た」
巨大な怪物となったヤミワタリ。グリーンに続いてブルーたちも体勢を整えた。が。
「まだおる!」
イエローが叫んだ。レッドの視線も釘付けになっている。
「一の目が、滅んでいない?!」
アヤカシの「二の目」は、「一の目」が滅びたときに現れる、言わば「断末魔」の姿、最後の力である。これまで、「一の目」と「二の目」が共存していた事はなかった。
「それが、『陰』の力、ってこと…?」
ピンクがかすれた声で呟いた。
「二手に分かれる。
茉子、ことは、しばらく持ちこたえろ。
流ノ介、千明」
「はっ」
三人はシンケンマルに別のディスクをセットすると回転させた。それを天にかざすと、回転によって生じたエネルギーが新たな折神を呼び出す。
「天空大変化」
兜折神、舵木折神、虎折神が合体、巨大な鳥が出現した。
「ダイテンクウ、天下統一!」
「こいつはお前たちに任せる」
「おっしゃ」
そう言うとレッドは飛び降り、一の目に立ち向かっているピンクとイエローの元に戻った。
「待たせたな」
「どうするの。大筒は効かないんでしょ」
「半分がアヤカシなら水切れには弱い筈だ。
ことは、俺と茉子で奴を弱らせる。その隙に攻撃しろ」
「はい」
「ヘブンファン!」
ピンクのシンケンマルは美しい扇に変わった。それが巻き起こす強い風がヤミワタリを翻弄する。そして確実に水分も失われていく。
「火炎之舞」
レッドのシンケンマルが、炎を噴き出す。それはヘブンファンの風に乗ってヤミワタリに襲い掛かった。
「ことは!」
「ランドスライサー」
イエローのシンケンマルは三つの大きな刃を持った手裏剣となった。
「はいっ!」
ランドスライサーは風に乗り炎を巻き込んで飛んだ。
「やったか」
手ごたえはあった。
空中に轟音が響いた。ダイテンクウが巨大ヤミワタリに攻撃をくわえている。
「おらおら」
グリーンの声は威勢がいい。確かにヤミワタリの体からは火花が上がっている。
「よし、次で」
言葉は続かなかった。ヤミワタリを掠め、旋回しようとした瞬間、ヤミワタリの体から蔓が延びた。
「うわっ!」
蔓が翼に絡まる。バランスを崩したダイテンクウはヤミワタリに振り回された。
「流ノ介! 千明!」
「丈瑠、ヤミワタリが」
ピンクが指差す。
ヤミワタリの一の目は崩れ落ちたように見えたが、まだ滅びてはいなかった。ゆっくりと立ち上がる。
「不死身か、こいつは」
苦戦は空も同じだった。蔓は引きちぎったものの、巻きつかれたところには汚れが付着している。泥に見えるそれは、むしろカビのようであり、ダイテンクウを侵食し始めていた。
「流ノ介、舵木の力でどうにかなんねえのかよ」
「ダメだ。
頑張ってはいるが、舵木折神と反対側の虎折神の侵食がひどい」
「おい、落ちるよ!」
ダイテンクウは高度を維持できなくなっている。少しずつ降下を始めていた。
「や、やばいよ、これ」
《合体を解け》
「しかし、殿」
《急げ。墜落したら大変なことになる》
「わかりました」
やむをえず、ブルーとグリーンはダイテンクウの合体を解いた。
「うわぁっ!」
さすがに受身を取りはしたが、空からの落下である、ショックがないわけではなかった。
「い、痛…」
「くそ。
あ、殿の方は」
顔を上げると、巨大なヤミワタリはグラデーションを見せると小さくなり、「一の目」に重なった。それは今までとは予想もつかないすばしこさで後ろに下がると、ビルの柱の隙間、あるいは、その隙間の中の闇に消えた。
逃がした。
いや、負けたのだろう。シンケンジャーたちは言葉もなく立ち尽くしていたが、やがて変身を解いた。
「殿!」
「無事か」
「申し訳ありません、取り逃がしました」
「折神があんな状態になったんではしょうがない。
ディスクは無事か」
「え、あ、あれ」
流ノ介と千明がポケットを探っていると、三姉妹がやってきた。
「これのことか」
三人が一枚ずつディスクを持っている。
「おぉ、無事だったか」
流ノ介は結花の手から舵木折神のディスクを受け取った。その途端である。
「え」
真っ青なディスクは、灰色のカビに覆われたように瑞々しさを失った。黒い模様があるから辛うじてそれとわかる、という状態だった。
「何をした!」
「何もしてない」
結花が憮然として答える。
「よこせ」
千明は由真の持っていた虎折神をもぎ取った。やはりこれも灰色に変わった。
唯は無言で兜折神のディスクを丈瑠の前に差し出した。丈瑠はできるかぎり静かにそれを受け取ったが、やはり同じだった。
「力つきたか…」
「殿!」
「あたしらは何もしちょらん。
落ちてきたのを拾っただけじゃ」
「わかっています。
モヂカラのないあなた方にそんなことができるとは思わない。
これはさっきの戦いによるものでしょう。
色もあのアヤカシと同じですし。
そうだな、流ノ介」
「…。
は」
「心配はするな。かすかだが鼓動が伝わってくる。死んではいない」
丈瑠の言葉とは裏腹に視線を落とす五人。
「だから言ったろ。
お前たちには無理だって」
「うるっせぇな」
千明が由真に食ってかかる。しかし、これは空元気である。由真の言う通りだった。
「炎や風で乾燥させるという着眼はよかったんだろうと思うわ。
でも、あいつは陰。体の中に『闇』を持っている。
闇に閉ざされた淀んだ水を乾かす事はできない」
結花が静かに言うとことはの表情に不安が広がる。茉子も表情を曇らせた。
「あとは風魔でやる」
「どうするつもりですか!」
流ノ介が叫ぶ。
「それはこれから考える。
あたしらにはロボットはないけど、あんたらの言う『一の目』の内に倒せばえぇんじゃろ」
「しかし、そんなことが」
「早く帰って、その円盤を助けてやったほうがえぇ」
唯が背を向けると、姉達も続いた。
空はいつの間にか晴れている。日差しも力強さを増していたが、五人にはその温もりを感じる事はできなかった。
|