スケバン忍法帳

名跡返上 さらば風魔のサキ (前編)



 一見、郊外に建っている体育館だが、これは、人を襲う技を身につけるための施設である。
 境田率いる首都検察庁 特捜部 青少年特別対策室は、未成年者の犯罪を抑制する、という名目で、「学籍管理法」を首都検察庁全体が指示する、というコンセンサスを取り付けた。
 だがこれは、未成年者そのものの管理である。彼らの行動を監視、制限しよう、というのが、隠された、本来の目的だった。
 こうした考え方を指示する者は多い。境田は密かにそうした者達から有形無形の支援を取り付け、StID Supporter という若者自身による推進チームと、それを妨害するものの排除を目的とした StID Soldier というチームを組織した。この大型体育館は、彼らに戦闘術を学ばせるために建てられたのだった。
 サキ達は一斉に時計を確認した。
 1 分前。
 身の危険を感じた境田は、StID Soldier とともに、ここに移動した。おそらく、自分のマンションにいれば危険だ、という程度の意識しかない。ここに移動したが為に襲われることになる、とは夢にも思っていない。
 勿論、風魔の頭領である風間 唯は、その施設に自信があるからだ、という釘は指している。そして、風魔の誰も油断はしていなかった。
 30 秒。
 StID Supporter は放置されていた。境田に見捨てられたのである。
 彼らはそれには気づいていた。これまで、多くの者が風魔に捕まっているが、境田は全く動かなかった。換えのきく道具に過ぎない、ということは薄々わかっていたのだ。
 そして、この「篭城」によって、それは明らかになった。怒った StID Supporter は、近づいた風魔の忍に、いとも簡単にこの設備の情報を与えた。
 5 秒。
 それはすでにサキ達の頭に入っている。
 悠希はブレザーの裾を撫でた。人通りはないが、もう、早朝という時刻ではない。この建物の周りに、30 人もの少女がたむろしていることを不自然に見せないよう、各自、制服を着ていた。勿論、中に着ているのは、ストッキングも含め、衣組が開発した特別の生地だ。
 10:00.
 タイヤが鳴る音がした。角を大きなバンが曲がってくる。サキ達はそれを見送った。
 門の近くに潜んでいた忍が動いた。軽々と飛び越えると、門衛を打ち据える。厳重な門が開くと同時に、バンはその中に飛び込んだ。
 またタイヤが鳴って急停車。バンのスライド ドアと後ろのドアが同時に開く。
 次の瞬間、すさまじい爆発音が響いた。

「なんだ!」
 塚本がデスクの上の電話を取った。制御室に状況を問い合わせている。だが。
《今のところ、異常は見つかっていません》
「あれだけの爆発音だぞ!」
《調査中です》
 受話器を置く。
「わかりません。
 混乱しているのかもしれません」
「この窓からだって閃光は見えたぞ!」
 彼らは館長室でこれからのことを検討していたところだった。
 境田は我を失っている。瞳子はそれを黙って見ていた。

 バンを追うように、雷組の忍、そしてサキ達が突入した。飛び出した StID Soldier に一斉に襲い掛かる。
 爆弾などを使ったのではない。大音響と強力な光により、何かが爆発したかのように見せかけたのだ。これは、雷組の得意技である。バンは直ちに移動した。他の場所でも、同じことを繰り返すのだ。
 これによって、警備に当たっているものが飛び出してくる。それをつぶしていくことによって戦力を殺ぐことができる。
 勿論、音の方向を正しく設定すれば、ガラス窓程度であれば、広範囲に破ることも朝飯前。これを、非常に高い周波数にすれば戦意を失わせることが出来るし、超音波に近い周波数にすれば発狂させることも可能。ただ、その方法は、唯によって厳しく禁止されていた。
 これには、短時間しか効かない、という欠点がある。誰かが、今回の方法で言えば、このバンを目撃して、そこから音が出ているだけだ、と報告してしまえば、撹乱戦法としてはおしまいである。出てきた敵を素早く始末することが重要だった。
「ここはいい!」
 雷組のリーダーが言った。
「わかった」
 悠希が合図すると、同じ年頃の少女たちが、開け放たれたままの入り口に飛び込んだ。内部で二手に分かれる。最後尾の少女が何かを放ると、これはドアの辺りで本当に炸裂した。ドアが吹き飛び、後続の侵入を阻むものはなくなった。

「なんて奴らだ。
 この建物ごと破壊する気か」
 境田は苛々と歩き回っていた。様子を見て来い、と制御室に行かせた塚本からはまだ報告がない。
「風魔と暗闇機関を過小評価した報いです、境田室長」
「なんですって…」
 言葉はそこで途切れた。
 境田の、上等なスーツの胸元が赤く染まっていく。
「やはり、あなたのような人間を選んだのは失敗だった。
 つくづく私には、男を見る目がない」
 瞳子が右手を翻すと、それは境田の胸元から、瞳子の元に戻った。
 境田の体がデスクの陰に崩れおちた。
 振り向く。
 そこに立っていたのは、塚本だった。
 無言。
 瞳子は、塚本に微笑んで見せた。
「状況は」
 答えられない塚本。
「状況は?」
「あ…あ、あぁ。
 かなり大規模に突入してきています。StID Soldier も応戦はしていますが」
「無理でしょうね。
 俄仕込みで勝てるわけがない」
「阿川先生」
「どうしますか、塚本さん」
「は、何が、でしょうか」
「ここで徹底抗戦しますか。
 それとも、捲土重来を期しますか」
 塚本の視線が、デスクの脇からはみ出ている、境田の足に移った。
「あるいは、私に報復しますか」
「いえ」
 それは、即答だった。
「室長のやり方が、正しかったとは、思いませんので」
「そう。
 では、残りの二つから選んでください」
「もう一度。初めから」
「賢明ね。
 脱出ルートはあるのでしょうけど、使えそう?」
「調べさせます」

 広い。
 施設は、上にも十分に高いが、地下にも広がっていた。
 境田がいそうな場所は分担しながら当たってはいるが、今のところ、見つかった、という報告はない。それぞれのサキは、苛立ちを感じつつも、割り当ての範囲の部屋を丁寧に調べていった。
 後には、自由を奪われた、あるいは、気を失った StID Soldier の体が横たわっているだけだった。

「わからない?!」
「奴らが広く展開しているので」
「指揮系統が混乱しているのではないの」
「それは」
「こちら側の話よ」
 情報が上がってこない。流石の瞳子も苛立ちを隠せなかった。脱出ルートは複数あるが、そこが無事なのか、風魔が押さえてしまっているのかがわからないのだ。
 塚本は、StID Soldier を掌握していない。それはわかっていたが、ここまでとは。
 あるいは、StID Soldier は、目の前に現れた敵に応戦しているだけなのではないか。少なくない数が敗れているかもしれないし、勝った者があったとして、それはどうするだろう。状況を、塚本なり、制御室なりに報告するような才覚はないのではないか。

 女は無表情に頷いた。作った無表情だった。納得していない、ということがはっきりわかる。
「では、伊賀と甲賀は学籍法を支持しない、と約束していただけたと考えていいでしょうか」
「くどい」
 羽鳥の声に、都沢はかすかに肩をすくめた。この書斎では、羽鳥の声はよく響いた。
 下院議員である都沢 惣介が率いる甲賀。
 それをサポートする伊賀は、羽鳥 水絵を頂点とする。
 風魔と同じように、現在の社会を陰から支える存在ではあるが、風魔とは折り合いが悪い。敵対関係ではないが、特に伊賀は風魔を快く思っていない。
 唯は、SWG が廃案を答申して解散するよう、自ら動いている。そのために、裁判官訴追委員を務め、法曹界に影響力を持つ都沢の協力を求めたのである。
 都沢は、首都検察庁には口出しできない、とそれを暗に拒否、羽鳥の方は、風魔に協力する気はない、と露骨に拒絶した。彼らは、風魔と暗闇機関を同一視している。その司令官が復帰した、というのもマイナス材料のようだった。
「青少年特別対策室は、甲賀の支援を受けているのですか?」
「バカなことを言わないでくれたまえ」
「人の話を聞いていなかったの。我々は、首都検に手を出したりはしない」
「では、その姿勢を貫いていただけますか」
「…」
 唯は一人。赤雲隊の美芹と成美は入室を許されなかった。
 だが、声には自信がみなぎっている。勝ちは見えた。後は、それを現実にするだけなのだ。
「もう一つ。
 学籍法を支持している議員も少なくありません」
「私たちに、その説得をしろ、というのではないだろうね」
「ご理解が早くて助かります」
「いい加減にしろ!」
 唯は引かない。
「伊賀にも甲賀にも若い方はいらっしゃる筈。
 彼らが、ID カードを持たされ、活動の全てを監視されたらどうしますか。
 それだけではありません。それが成功すれば、次には、大人がターゲットになります」
「風魔は、その程度のことで活動に支障をきたすのか」
「今までできていたことができなくなる。
 それは損失ではないのですか、羽鳥殿」
「ひ弱だな」
「やめたまえ。
 それは、風間殿のおっしゃる通りだ。
 今は色々なところにカメラも設置されている。それと、カードの動きを照らし合わせれば、市民の監視は簡単にできる。いくらカードを偽造して変装するにしても、それが障害になるのは事実だよ」
「自分でやれ、風間」
 都沢は羽鳥を手で制した。
「それで差し支えなければ」
 唯が視線を返す。
 それは困る。伊賀と甲賀の影響力の低下を招きかねない。彼らが掴んでいる実力者たちは、彼らの影響下にとどめなければならない。
「わかりました。
 ですが、こちらにも都合はある。一部の有力者だけ、ということで」
「わかりました」
 話がまとまった。唯が立ち上がる。
「恩に着てもらうぞ、風間。
 我々は、お前のミスの尻拭いをするのだ」
「えぇ。
 感謝しております」
 ドアが閉まった。
「佐々木 行成の方針だ。やむをえないね、羽鳥」
 羽鳥は答えなかった。

「俺の名前を使っていい、という許可は与えてないはずだぞ」
「禁止もされていなかったと思う」
 佐々木 行成は、零の返答に怒ったのか、手元にあった如雨露をぶつけようとした。零は、空のそれを両手で受け止め、足元に置いた。
「境田のように切られたいのか」
「そうなってしまうのであれば、それも止むを得ない」
 佐々木は零を睨みつけると、車椅子を回して背を向けた。
 彼らは工作の際に、佐々木の名前を出した。あの佐々木 行成は、SWG を主導していた首都検 特捜部 青少年特別対策室を見限った、と。
 それは勿論、表向きには何の意味ももたない。境田は SWG の責任者ではないし、佐々木は公安 OB であって、SWG にも青少年特別対策室にも命令権を持たない。
 だが、警察や弁護士グループの中には、佐々木の影響力を知らない者はいない。直接の関係はなくとも、各省庁を代表して来ている者で、佐々木の名を聞いたことがない、あるいは、周囲から知らされていない、という者もいなかった。
 そうした彼らにとって、そのことは、佐々木 幸成が学籍法を好ましく思っていない、ということに等しいのであった。
 SWG は、今日の会議で、学籍管理法の成立は時期尚早、という結論を出す。おそらく、あと 15 分ほどのことである。
「お前の責任だぞ、零」
「わかっている」
「俺が言うのは、学籍法そのもののことだ」
 零の復帰は既に知れ渡っていた。
 ここ数日の間に、零のところにある名簿は成長しつづけていた。今、こうしている間にも、テラスの入り口で控えている天城のところに、元メンバーから連絡が入っているかもしれない。零とそりが合わなかった古参メンバーも、「俺は『零』のことは嫌いだが、『二代目の暗闇司令』のことは十分に認めている」と語った。そのような重鎮を何人か訪れた上で、零は、暗闇機関を復興することを決心したのである。
 かつての、零が就任したころの暗闇機関は、恐れられ、かつ、疎まれている存在であった。
 こうした組織の常で、ほかの組織の弱みを数多く握っている。そして、設立当初から、内閣機密調査室にありながら独自の哲学で行動し、政府や議会、それを支える巨大企業に対して牙を剥くことがある――それも頻繁に――この組織は、まさに「獅子身中の虫」であった。集会健全化法をでっちあげて、暗闇機関をつぶしてしまおうと考えるものが出るのも当然のことだったのである。
 それゆえ、集会健全化法そのものは消え去ったが、暗闇機関が被った壊滅的打撃はそのまま、機関の潰滅という結果をもたらした。風魔以外に、支援する者がいなかったからである。
「お前が逃げ出すから、こんなことになったんだ」
「…」
 その条件に変わりはない。駆け出しのころから跳ね返りであり、先代の暗闇司令ですら抑える側に回ることのあった零が暗闇司令として復帰すれば、彼らにとって不愉快の種となることは間違いないのだ。
 だが、そうした彼らにとって、境田のような者の出現もまた不愉快だったのである。
 学籍法はむしろどうでもよかった。未成年が管理できるのなら、それはそれでよい。だが、境田が自分の栄達を図っていることは与党筋を中心に既に知られていたし、そのような者が政界を引っ掻き回す、ということ自体が問題だった。SWG が設立されて、容易にはつぶせない状態になってしまったのは、彼らの落ち度であり、境田の勝ちでもあったが、それをどうにかしたい、ということもまた、彼らは考えていた。
 そこに零が復帰したのである。
 零達が流した、あれは青少年治安局の亡霊で、境田は関根 蔵人の後継者だ、という噂を彼らは喜んで鵜呑みにした。
 つまり彼らは、自分たちの代わりに、事前に、あるいは事後に、掃除をする者を欲していた。暗闇機関が存在していれば、このようなことにはならなかったのではないか、と口にした。
「まぁ、お前の作戦勝ちか」
「わざとやったのではない」
 零の強い調子に、佐々木は顔を上げて、にやりと笑った。
「運も実力のうち、と言う。
 お前は、まさに絶好のタイミングで戻ってきた。
 しかも、俺まで味方につけてな」
 佐々木の名前を使ったのは零が勝手にやったことだが、佐々木が境田を見限った、という内容そのものは正しかったことで、その世界の人々は、佐々木が暗闇機関の復活にお墨付きを与えたのだ、と思い込んだ。
「好きにしろ。俺は邪魔はせん」
「それは助かる」
「二つだけ言っておく」
「なんだ」
「学籍法のような試みは、俺は否定はせん。止めろ、と言われても俺は耳を貸さん」
「先日、聞いた」
「もう一つ。
 これも前に言った。お前の理想主義は諸刃の剣だ。それが直らない限り、お前が引っ張る組織は危険な状態のままだ。
 今度、暗闇機関を危険にさらすようなら、俺はお前を見限る。よく覚えておけ」
「わかった」

 サキは立ち止まった。地下の長い廊下。このフロアの西側は、彼女のチームが調べた。どこにもいない。
(なんでだ)
 秘密の脱出ルートは勿論あるだろう。だが、それは全て押さえた。水組や雷組、30 人の麻宮サキの、誰も境田を見つけていない。
「悠希…」
 30 人は、2、3 人のグループに分割した。彼女のそばには、衣組 (きぬぐみ) と巴組の麻宮サキがいる。深呼吸。
(境田の行動パターン)
 それはわからない。まだ会ったことはないのだ。だが、一番よく知っているのは彼女のはずだった。
(思い出せ、悠希)
 これまでの事件を反芻する。
(StID Supporter も StID Soldier も、トカゲの尻尾。こういう大きい作戦で、保身を考える奴)
 二人が集まってきた。悠希は気づかずに考えつづけた。
(唯様は、学籍法の本質を別にすれば、青少年治安局との関連をうかがわせるものはない、と言った。阿川 瞳子が飾りなのか、境田がその意見を容れないのか)
「悠希さん?」
(ここは?)
「誰かやられたって連絡は」
「ない。
 少なくとも、麻宮サキは全員、無事」
 大した施設ではない。武器も罠もあり、何人か怪我はしているようだが、全て蹴散らした。問題になるのは StID Soldier の数だけだった。先日の採石場跡の方が強力だったと言ってもいい。
(…。
 よし。大馬鹿野郎のエリート、に 1 票)
「手隙の麻宮サキを体育館に」
 直ちに連絡が飛ぶ。
「どうするんですか」
「上に行くには、体育館が早い」
 1 階からの吹き抜けになっているホールの周囲に様々な部屋が並ぶ、という構造になっている。ロープを引っ掛けて一気に飛ぶのが一番だった。
「裕 (ゆたか)、その『スレッド』で 3 人登れるかな」
「無理です。
 このサイズだと、保証できるのは二人まで」
 衣組の忍が答えた。
「わかった。あたしが行く。あんたたちは後から」
「どこに行くんですか」
「館長室」
「まさか」
 その部屋の連絡設備は内線電話しかない。本人が携帯電話を持っていれば複数回線にはなるが、外の様子を目で確認することは出来ない。まさか携帯電話のカメラを使ったりはするまい。扉も普通のドアである。どちらかと言えば、新しい StID Soldier を迎えたり、境田のスポンサーを招いたり、という形式的な目的で使う部屋だった。そこは、篭城するときに大将が入る部屋ではない。最初から捜索対象に入っていなかった。
「由真様が言った。バッカだなぁ、こいつ、って。
 境田は、篭城って意識がないのかもしれない」
「そんな馬鹿…な」
「でも、見つからないんだ。調べてみる価値はある。
 あんたたちには援護を頼む。飛んでる最中は無防備だから」
「わかった」
 階段を駆け上がり、体育館に飛び込む。それに気づいたのか、StID Soldier もやってきた。四方から仲間が飛び込んできて混戦になる。
「裕」
「気をつけて」
 裕が小さなバトンのようなものを渡した。二人は、悠希に向かってきた StID Soldier を迎えた。

Ver.1.0: 2004/12/26

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