スケバン刑事 -少女新生初伝編-

お前、ムカつく! サキと和実



「それにしても太田 和実の時代は短かったね」
「三日天下ってやつだね」
「また言うー」
 和実が笑いながら甲高い声を上げた。
 サキは聞くでもなくそれを聞いていた。どうやら太田 和実は、入試の時にはトップ クラスの成績であったらしい。それが現在は、全学年で真中のあたりをウロウロしている。どうやら彼女は、テストがあるたびにそのことでからかわれているようだった。
 実力テストはやり直しとなった。表向きは、欠席者が多かったから、というのが理由だったが、優等生たちが並んで成績を落としたのを、逆に、不正があったからなのではないか、と教師たちは考えたのだった。さすがにそれについては緘口令がしかれていた。今回の成績優秀者を疑うことになるからだ。だが、じきに噂になるだろう。
 それはサキにとってはどうでもいいことだった。次に考えるべきは、堕ちた優等生たちをどうやって排除するか、である。
 放課後。たった一人で、スケジュールが貼り出されている掲示板の前に立っている生徒がいた。
(高村 勇作)
 3 年生。進学クラスのエースといっていい生徒だった。
 足音を忍ばせて、その隣に立つ。
「実力テスト、やり直しだそうですね」
 高村は、ビクっと振り向いた。サキは動かない。
「実力でやりましょうよ、『実力』テストなんだから」
 そのまま歩き去る。
 不正に気づいている者がいる、ということを彼らに理解させておく方がいい、とサキは考えた。不用意な行動を誘うことができるかもしれない。

 また試験である。
 霧島さやかの落胆ぶりはサキに罪悪感を呼び起こしかねないほどだった。
(だからってやめる気はないけど)
 他の生徒と同じく問題に取り掛かる。今回も歯が立たなかった。サキはあきらめて顔を上げた。10 分しか経っていなかった。
 仲間がいる。和実も、肘をついて外を眺めていた。
(まじめにやんなよ。
 あんたはやればできるんだから)
 サキはもう一度、問題を眺めた。日本語で書いてはあるのだが、外国語の問題のようだった。

 数日たって、成績発表。
 結果は同じだった。
 学校側も警戒を厳しくしている。優等生たちは、今回は――偽のものも含め――問題を全く入手できなかったのである。それでも 80 点前後をキープしているのだから、流石といえば流石だが、この点数では「優等生」と呼ぶことはできない。
「和実、和実ー」
 彼女はまたからかわれていた。
 サキは、自分の順位を確認する気にはなれなかった。

 そして下校。
 サキは京に釘をさされた。試験がやり直しになったのは教師たちが不正を疑ったからだ、という噂は遠からず流れるだろう。そうなれば、生徒だけではなくその親までも巻き込んだ騒ぎになりかねない。そうなる前に、優等生たちの事を片付ける必要がある、と言われたのであった。
 だが、サキにはその手立てが浮かばなかった。京に、高村に声をかけて不安を誘ったのは悪くない、とは言われたが、次の手が思いつかない。こちらには証拠がないから、直にぶつかることもできない。今のサキに、ハッタリを利かせて自白を誘え、というのはリスクが大きい。夜になってから京がサキのガレージハウスに行って相談、という手はずになった。
 駅に向かう道。凰鳴の生徒たちはパラパラと見える程度だった。下校時間のピークは過ぎている。商店街に差し掛かる。
「誰か!」
 と女の声がした。
「ひったくり!」
 サキは声のした方を見た。サングラスをかぶった男が走ってくる。声の主は、不用意にも自転車の前カゴに貴重品の入ったカバンを突っ込んでいたらしい。
 男はまっすぐに走ってくる。サキは身構えた。
 が。
 その背後で、同じように身構えている女がいた。
(太田 和実…?)
 サキの意識が逸れる。それを、捕まえて! という声が引き戻した。
 まるで怯えたかのように体勢を落とす。だが、サキはカバンを横に滑らせて、すれ違いざまに男の足を払った。
 頭から転ぶ男に、周囲の者が何人か飛び掛った。抵抗する、荒っぽい声は聞こえたが、サキはそれにはもう注意を払っていなかった。
 振り返る。
 和実は、サキと目が合うか合わないかの内にきびすを返し、早過ぎない、というスピードで歩き去った。
(なんだ…?)
 和実のあの姿勢は。
(走り出そうとした姿勢だ)
 なぜ?
 仲間なのか?
(違う。
 こんな近くでそんなこと)
 深夜ならまだしも、学校のそばでひったくり事件を起こすほど迂闊な女だろうか。
 背後が静かになった。男が抵抗を諦めたようだ。
(何のために走ろうと――)
 サキは目を上げた。そして、和実の去った方向に歩き始めた。誰かが止めるのにも気づかなかった。

「それで?」
 京が続きを促した。サキが何に興奮しているのかわからない。
「猫かぶってるんだよ!」
 和実そのものは見失ったが、クラスメートを見つけた。和実と同じ中学の卒業生である、その男子生徒から聞き出したところでは、太田 和実は確かにソフトボール部に所属しており、ポジションは、控えとは言え、ピッチャーであったと言う。
「あいつは、ひったくりを捕まえようとしたんだ。
 あの姿勢、あの目つき。間違いないよ」
 京はカップを口に運んだ。まだ、サキが言おうとしていることの見当がつかない。
「目立てば仲間からはじかれる。それであいつは自分を隠して、目立たないように目立たないようにって立ち回ってるんだ」
 体育の授業でのソフトボール。離れた場所にいたはずの和実が、サキの打った打球の落下点にいたのは、反射的に体が動いてしまったからだ。そこでアウトにすればそれはファインプレーとなり目立つ。そのため和実はわざと落球したのだ。
 学校の成績もしかり。本気で解けばいい成績になるが、それをすれば目立つ。試験中にずっと外を見ていたのは、することがないからだ。
 サキが調査中に和実の視線を感じたのも、和実がサキの行動から何かに気づいたからだ。そのきっかけが、ヨーヨーの練習場面であったことは間違いがない。
(なるほどね…)
 京にもようやくサキの考えていることがわかった。
「許せない。
 なんにも不自由がなくて、まともな高校生活を送れるっていうのに、手を抜いて、自分を殺してるなんて」
「サキ」
「お京さん、許せないよ。あたしなんかよりずっと恵まれた境遇にいるのに、それを」
「サキ」
「あいつ、大っ嫌いだ! あいつ」
 京はカップを置いた。その音がサキの言葉を止めた。京はしばらく黙っていた。
「それで?」
「それで…って、お京さん」
「お前の気持ちはわかる。
 なんでもできる境遇にいるのにそれをやらずにいたら、腹も立つだろうさ。お前は何もかも奪われて、自分の命も危ないって状況なんだからな」
「だったら」
 京は、穏やかな口調ではあったが、サキの反論を許さなかった。
「だけどそれは任務とは関係がない」
「任務って」
「昼も言ったはずだ。例の優等生連中の対処にはもう時間の余裕がなくなってきてる。
 あの連中そのものは小物だけど、もし奴らを排除できなかったら、お前の敵はそいつらを足がかりにして凰鳴学園に入り込んでくるかもしれない。もし凰鳴が奴らの拠点にでもされちまったら、お前はまた居場所を無くして、両親の仇を討つチャンスはもっと狭くなっちまうんだぜ」
 サキの目が変わった。両親のことを持ち出すのは劇薬である。これは機関全体が認識している。乱用するべきではない。
 だが、今のサキは個人的な感情に囚われている。
 ひっぱたいて目を覚まさせる方法もあるだろうが、菅原 祐美は言葉で説得できる、力づくの方法は好ましくない、とも京は考えていた。
「どうする」
「わかりました」
「嫌いなら嫌いでいいよ。別に無理に好きになることはない。
 そのせいで任務に支障が出なきゃね」

 翌日、サキは呼び出された。京は、遅くまで検討する必要はなかったな、と言った。
 高村は、校舎の裏手を指定してきた。
「君がどこまで知っているのか教えてもらいたい」
 5 人揃っている。霧島さやかもいた。サキはそれには目もくれず、リーダー格であるらしい、高村と向き合った。
「何もかも、だ」
「あまりカッコつけない方がいいよ。僕達は、ひ弱なもやしっ子なんかじゃない」
 囲まれる。後ろに二人。素早かった。
「その通りみたいだな」
 サキはグローブを取り出した。右手にはめる。革が音を立てた。
「なんだ、それは」
 高村が、続いて他の 4 人が笑った。知らない者にはおもちゃにしか見えない銀色のヨーヨー。
 後ろの二人が飛び掛ってきた。右側は弾き飛ばしたが、左腕をとられる。
(訓練されてる)
 伊達やハッタリではない。確かに、大人しい優等生の動きではなかった。サキはそのまま後ろに下がり、足をかけた。それを勢いよく前に引き出す。羽交い絞めにしようとした少年が転倒した。
「ただの優等生じゃないってんなら、こっちも手加減はしないよ」
 足を踏み出し、右側の少女にはヨーヨーを放つ。鈍い音がして腹に入り、少女はうめいた。それが途切れると崩れる。
「やれ!」
 高村の左にいた少年は靴の裏からナイフを取り出した。体を投げ出してよけるサキ。その勢いを乗せたヨーヨーが少年の手からナイフを叩き落す。次の瞬間にはサキの手刀が決まった。
 ヨーヨーの鎖が霧島さやかを引き寄せた。バランスを崩したさやかに背中にサキの拳が決まった。
「貴様、何者だ」
 高村は、油断なく構えたまま問うた。
「2 年 B 組、麻宮サキ」
「なぜ、我々の邪魔をする」
 サキは無言のまま、右手を突き出した。
 乾いた音がしてヨーヨーの蓋が開く。
「桜の…代紋?
 なぜ、警察が」
「後でゆっくり説明してやる」
 サキは地面を蹴った。砂が高村の顔を襲う。その隙に、鎖が伸びた。
「うわぁっ」
 何が起こったのかに気づいたときには既に、高村の体はがんじがらめになっていた。手首を返してヨーヨーを戻す。
「麻宮!」
 サキはその声に振り向いた。
「太田 和実…」
「さやかに何を」
 和実が走ってくる。
「手を出すな!」
 さやかを助け起こそうと近寄ってくる和実の前に、サキは立ちはだかった。
「なんだって…?」
「こいつらには、こうされるだけの理由がある。余計な手出しをしたらあんたも同罪だ」
「同罪?
 どういうつもり!?」
「あんたなんかに話す必要はないね」
 和実の目の奥が光った。
「正体を現わしたね。
 クラスに溶け込もうとしないと思って見てれば、凰鳴自慢のエリートたちの後を付け回して、今度はぶちのめして悦に入ってる。
 お前の目的は何だ。凰鳴の評判を落とそうってよその学校から金でも貰ってるのか、それとも劣等性の僻みか」
「言ったはずだ。
 あんたなんかに話す必要はない」
 サキは「なんか」に力をこめた。
「言ってくれるね。
 気に食わない奴だとは思ってたんだ」
「あたしも、あんたみたいに猫をかぶった人間ってのは吐き気がするよ、元優等生」
「!」
 和実の右手をサキの左手が受け止めた。
 そのまま押す。やがて二人は走り出した。

(とんでもねぇ食わせもんだ)
 確かに、サキは全力ではない。虫の好かない女だとは言え、ヨーヨーをふるっていい相手ではなかった。するとどうだろう。勝負は互角であった。サキは和実の手を全てかわしたが、和実はサキの手を全て受け流していた。
(こいつ)
 和実の足が、サキの足を払おうとした。サキは後ろに下がってかわした。
「元優等生とは思えないね」
「これでも色々あったんだよ、中学でね」
 和実の言葉は、サキの記憶を呼び起こした。
 陸上部で、少しずつ記録が上がっていくのと並行して、一部の先輩たちの態度が変わった。それはやがて、複数の生徒たちによるいじめとなった。
 確かに、辛い日々だった。あの半年は、学校をやめる方法はないか、とまで考えたりしていた。
(けどそんなことは)
 あれも楽しい思い出、などと枯れたことは考えられない。だが。
(あの頃)
 和実の攻撃は次第に鋭くなってきた。
(お父さんも、お母さんも、もう帰ってこない)
 逆にサキの動きから鋭さが失われていく。
(そして、あたしも)
 今の自分はもう菅原 祐美ではない。麻宮サキだった。彼女は自分の名前すら口にできないのだ。
(こんなに遠くまで来てしまった)
「ちくしょう!」
 我知らず、サキは叫んでいた。
 それにはじかれたように、和実は距離をとった。
「お前…」
(もう、戻れないんだ)
「泣いてんのか」
「うるさい!」
 サキは、意味不明の叫び声を上げながら和実に突っ込んだ。和実はその猛攻に一瞬はたじろいだが、どうやら、ケンカそのものについては、彼女に一日の長があるようだった。むしろ冷静にそれをよける。逆にそのことが、サキの激情に油を注ぎ、サキの繰り出す手から威力を奪っていった。
 そして。
 鋭い音。
 二人の動きが止まった。
 和実は、サキの頬を平手で打っていた。
(なんだよ…)
 困惑しているのは和実の方だった。5 人もの相手をなぎ倒したのと同一人物だとは思えなかった。今、和実の目の前で膝から崩れ落ちたのは、ただの 17 歳の少女にしか見えない。
 サキは、地面に肘をついて、泣いていた。聞いている方が辛くなるような嗚咽。
「なんだって言うんだよ」
 人影。
「サ…麻宮さん!」
 京が走ってくる。5 人を拘束した後、様子を見にやってきたのだが、これは予想外だった。
「どうしたの、麻宮さん」
 和実は何も言わなかった。サキの泣き声だけが聞こえていた。

「弱すぎるよ、令。
 あれじゃあの娘は」
 零は回復期にあった。まだベッドを出る許可は下りていないが、上半身を起こしている。
「サキの心の傷を、まっすぐに突いたようだな。それが“MEDUC”じゃなかったのは、あるいは幸運だったかもしれない」
「幸運…?
 令、そんなことで」
「太田 和実の中学時代をもう一度、洗い直してみろ。これは、お前のミスだぞ」
「わかってるよ。だけど」
「菅原 祐美にやらせる。その線を変える気はない。
 彼女にはそれだけの強さがある」
「けど」
「使えないと思うか」
 京は黙った。使えない、とは言わない。訓練中には、こちらが驚くような強さも見せた。現在の境遇を辛く思う気持ちもわかる。だが。
「お前も見てきたはずだ。今までの麻宮サキたちだって、最初から最後まで機関が望んだとおりの強さで戦い続けてきたわけじゃない。迷いもすれば、泣き言も言う。
 まして彼女は『スケバン刑事』になったばかりだ。それくらいのことで一々動揺するな」
「わかったよ…」
「それから」
 京が落ち着くと、零が付け加えた。
「太田 和実の行動には細心の注意を払え。
 彼女がサキにまとわりつくようだと」
「あたしのようになる…」
 京が言った。

Ver.1.0: 2003/9/7

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