スケバン刑事 -少女新生初伝編-

謎の美少女と連合生徒会 (前編)



 バタバタと足音。授業が終わって、足早に家路につく者、クラブ活動に向かう者、これから塾だという者。
「麻宮さん、じゃぁね」
 サキは、自分からは何もしていないのに、いつのまにかクラスに受け入れられていた。高村の件で動いたのがいい影響を与えているらしい。サキは、黙って手を挙げた。今の彼女には「じゃぁね」という可愛らしい言葉は語彙の中にない。なんと答えればいいのかわからなかった。
「君が、麻宮君?」
 背後から少年が声をかけた。サキは無言で彼を睨んだ。少年はわずかにたじろいだようだった。
「あ、失礼。
 俺、3 年 F 組の関っていうんだ。一応、生徒会長」
「何か」
「いや、例の不正を暴いたのが君なんだなぁ、と思って」
 そういう視線もここのところ感じるようになっていた。少し目立ちすぎたな、と思ったが、それは任務なのだからしょうがないことだった。京も、この程度なら折り込み済みだ、と言った。
「まぁ、僕も、生徒会長なんて言ってる割に、島本君があんな事する人だなんて見抜けなかった。恥ずかしいとは思っているんだよ」
 島本というのは、例の自主退学した優等生の一人である。生徒会事務局のメンバーだった。
「今、帰り?」
 頷くと、関はサキを通した。そして隣を歩き始める。
「事務的なことは得意な人だったんだよね、彼女は。だから、かなり頼りにしてたんだ」
 サキは視線はやったものの何も言わなかった。生徒会の内部などに興味はない。
「彼女がいなくなってから事務局もバタバタしてさ。僕まで資料整理とかやらされてる」
 だったらとっとと行けばいいだろうが。サキはやや苛立ちを感じ始めていた。
「君、もし帰宅部だったら、手伝ってくれない?」
「なんで」
 思わず声が出る。またたじろぐ関。
「いや…。
 君みたいに正義感あふれる人だったらきっと」
「あたしには関係ない」
 この、会長と言うには隙だらけに見える少年に他意はないだろう、とは思うが、なんでそんなわずらわしいことに関わらなきゃならないんだ。サキの声は、穏やかと言うには程遠いものだった。
「何、暴れてるんだ、麻宮」
「太田 和実」
 和実は、相変わらず、サキとの距離を埋めようという気はないようだったが、周囲にクラスメートがいないときは、サキを「麻宮」と呼び捨てにする。そのことがサキの苛立ちを増す。
「会長さん相手に失礼だぜ。上級生なんだし」
「わかった」
 関に向き直る。
「会長さん、こいつはあたしのクラスメートで太田 和実。
 正義感だったらこいつの方が強いから、あたしの代わりにこいつを使ってくれ。
 心配はいらない、こいつも帰宅部だから、事務局の活動に専念できる」
 二人が何か言おうとする。関の困惑と、和実の驚愕。
「大丈夫だ。会長さんはやさしいから、人付き合いの下手なあんたにも懇切丁寧に教えてくれるよ。
 じゃ、任せたから」
 と言って足早に歩く。二人の声はやがて聞こえなくなった。

「え、和実、生徒会事務局に入ったの?」
「ちょっと成り行きでね」
 翌日の放課後。和実は、サキに鋭い視線を送った。
「麻宮さん、一緒に行こうね」
 帰ろうとしていたサキの動きが止まる。
「え、麻宮さんも?」
「関会長がね、麻宮さんの正義感に惚れたんだって。それで是非に、って」
「なるほどねぇ。
 確かに、不正を許せない麻宮さんだったら生徒会で活躍できるかも」
「次期会長も狙っちゃったりして」
 和実の言葉はあっという間に膨らんだ。え、誰が次期生徒会長? と男子までが話に加わってくる。
「関係ないよ、そんなこと!」
「麻宮さんはまだ転校してきたばっかりで凰鳴 (うち) のことはよくわかんないだろうから、あたしが保護者ってわけ。
 ね、麻宮さん」
「え、それは太田が参謀ってこと」
「悪代官?」
「尾張屋、くるしゅうない」
「よっ、元優等生!」
「だから、しばらくは一緒に帰れないんだ。ごめんね」
「OK、OK.
 じゃ、次期会長と参謀をお見送りだ」
「ありがとぉ〜」
 話が盛り上がる。和実は大げさに手を振り、サキを伴って教室を出た。
「逃げられるとでも思ったの」
 一転して声を落とす和実。サキの腕をしっかり掴んでいる。
「生徒会なんかに興味はないよ」
「なんか、とは言ってくれるわね。来て日が浅い転校生の癖に」
「あんた、そういうの好きなのか。だったら適任」
「嫌いじゃないね。自分でやることになるとは思わなかったけど、ああいう真面目な連中は好きだ」
「意外だね」
「人に押し付けて逃げられると思ったら大間違いだ。
 黙ってついてきな。やることは、関会長が懇切丁寧に教えてくれる」
 どうやら逃げられないようだった。

 関は大喜びだった。他の 4 人の事務局員たちも、2 人も仲間が増えたことを純粋に喜んでいる。島本をたたき出す原因になったのは、ここにいるサキなのだが、どうやら、不正をする方が悪い、と彼らは考えているようだった。
「あくまで一時的な手伝い」
「まぁ、それは後でゆっくり考えてくれ」
 なし崩しにする気だな。サキは反論しようとしたが、関はにこやかに椅子を進めた。和実に引きずられるようにして座る。
「実は、忙しいのには理由があってね」
 いきなり切り出す関
「生徒会の連絡組織を作ろう、って話があるんだ」
 関は、サキの反応を待っているようだったが、サキが何も言わないので、やむをえない、という顔で話を進めた。
「すでに準備委員会っていうのができてて、そこから手紙が来てる。詳しく説明するから日程を決めてくれ、と言うんだ。
 こちらも、最終的にはそれなりの情報を公開して生徒総会に図らなきゃならないし、何も準備しないで迎えるというわけにも行かない。日常の業務もあるし、それで人が足りない、というわけなんだ」
「掃除でもすればいいのかい」
 サキはまだ不満そうだった。そんなことはどうでもいい、「スケバン刑事」には無関係なことだ。
「いや、実は昔、生徒会連絡会議、っていうそのものずばりの組織があったんだ。聞いたところによると、別の組織がそれを利用して生徒を扇動しようとして、結構な騒ぎになったらしいんだな」
「扇動?」
「一番上の指導者層は、日本の掌握、なんてことを言っていたらしいけど。
 まぁ、それは妄想だとしても、そんなことがあったから、学校側もちょっと生徒会同士の付き合いには慎重なんだよ。もちろん、僕らも、そういう風な妙なことに荷担したくはないから、それも含め、過去の事例はきちんと調べておきたい」
「それをあたしたちが?」
 これは和実だった。どうやら乗り気らしい。
「具体的には後で決めるけど、凰鳴の歴史、というような話になるから、麻宮さんにはちょっと面倒な作業かもしれないね。太田さんは OK だよね」
「はい」
 即答しやがった。サキは、あきれた顔で和実を見つめた。

 その日は、基本的なルールの理解に忙殺された。生徒会を運営するのに、あれだけ申請用紙があるとは思わなかった。
「そんなに好きなら、なんで最初っから生徒会に入らないんだよ」
「お前はなんでそうやって人のことに口出しするんだよ」
 帰り道。サキの問いに、和実が逆襲する。
「聞いてるだけだ」
「…」
「嫌ならいいよ、別に」
「弱い奴同士が手を組む、って考えは基本的には正しい」
 サキは立ち止まった。予想もしていなかった答えだった。和実は、それに目をやったが、気にしない風でまた歩き始めた。サキも続く。
「あんた、5 年位前に、卒業式の開催方法でもめた学校があったの覚えてるか」
「いや…」
「なんだ。新聞からテレビから大騒ぎだったぜ。
 そんなに学校主催の卒業式が嫌なら、自分で会場借りてやれ、とかいう意見が出た。
 正論だよ。
 だけど、高校生に 100 人も 200 人も入る会場を貸してくれるところなんてあるか?」
「難しいだろうな」
「ないんだよ。難しいんじゃなくて。
 高校生ってのは、何もできないようになってる人種だ。社会の仕組みがそうなってる。
 だけど、もし 100 人集まれば、声を出すことはできる。それを聞いてくれる奴も出てくる。そうやって力を持つのは間違いじゃない」
「力を持つ、って」
「ケンカじゃどうしようもないんだよ。
 こないだの事故のことだって、確かに、あたしがクラス全員をぶちのめして言うことを聞かせることはできたかもしれない。けど、そんなの無意味だ。
 力と言ってわかりにくけりゃ、『権威』って言ってもいい」
 サキはもう一度立ち止まった。
「権威?」
「自習時間中は静かにしろ、って、あたしやお前が言うのと、クラス委員が言うのと、教師が言うのとじゃ効き目が違うだろ。そういうことだ。
 そういう力をあたしたちが持つには手を組んで大きくなるのが手っ取り早い」
「ちょっと待てよ、それとケンカとどこが違うんだ」
「違うだろ。全然」
「同じだよ。
 結局」
「別に、あんたにわかってもらおうとは思ってない」
 歩き出す。
「そうは思うけど、自分が先頭に立つのは真っ平だ。あたしは、大過なく高校生活を送って、『大学デビュー』するつもりだ。
 これで質問には答えたな」
 サキはその場に立ち尽くした。

 やはり掃除はしなければならなかった。
 元々が雑然とした部屋だったし、古い資料を引っ張り出したりもしたから、色々なものがあるべき場所に収まっていない。それを片付けて、客に薦められるような椅子をどこから調達して、と時ならぬ大掃除となった。
 やっと落ち着いた頃、関につれられて、準備委員会のメンバーがやってきた。3 人。
 一番最後に入ってきた少女を見て、サキは驚いた。先日の、ロングヘアの美少女だったのである。少女は、サキと目を合わせたが、何の表情も見せずに生徒会室に入った。
「鴻仁 (こうじん) 学苑高等部の高見沢 幸 (みゆき) と申します」
 穏やかな物腰で、ゆっくりと頭を下げる。見とれていたのはサキだけではなかった。
「さ、まぁ、どうぞ。お座りください」
 関などは声が上ずっている。
 全員が席につく。とは言いながら、中央のテーブルは関や高見沢など主要メンバーで、サキや和実は空いた場所に並べた椅子に座った。
「今日は、お時間を割いていただきまして、ありがとうございます」
「い、いえ、こちらこそ」
 見合いじゃないんだからさ、と隣の事務局員が小さな声で言った。関は高見沢の向かいに座って、すっかりどぎまぎしている。
「説明を始めさせていただいてよろしいでしょうか」
「は、はい。お願いします」
「ご存知の通り、私たち高校生を取り巻く環境は、お世辞にも良好と言える状態ではありません。
 特に、私どもの鴻仁学苑や、こちらの凰鳴学園をはじめとする私立高校は、経営状態に余裕がなく、いつ学費の値上げを言い出すかわかりません。公立の学校でも、額の違いはあっても、全体的な傾向に変わりはありません。
 これに反対することは簡単です。おそらく、関会長のように人望のある方が声を上げられれば、値上げ反対の波を起こすことはできます。値上げの額や時期によっては、保護者をも巻き込むことができると思います。
 でも、私たちはそこに満足したくありません」
 高見沢は言葉を切り、室内を見渡した。
「現実に、経済情勢は厳しいのです。学校という、これだけの大きな施設は、存在を維持するだけでも大変です。
 ですから我々は、単に反対を唱えることはしたくない。学校側は、単に安易な方策を採っているのかもしれませんが、本当に、乾いた雑巾を絞るような経営努力をした上で値上げを提案しているのかもしれない。そこを知った上で話し合いたい。
 学費だけではありません。学校で行われるあらゆる事柄について、お互いに相談できるような存在でありたい、と思うのです」
「そんなこと、可能でしょうか」
 副会長が口を挟んだ。
「そのための連合体です」
 高見沢は、いいところに気づいた、という顔で副会長を見つめた後、力をこめて言った。
「1000 人の在校生の代表であるだけでなく、全国の高校生の連合体を構成する生徒会である、ということです。その連合体のバックアップを受けて、対等と言っていい体制を整えて話し合いに臨めば、子供だからと軽視されることもありません」
「全国?
 そんなに大きな組織を作って」
「足並みの乱れをご心配ですか。
 それには組織が大きい方がいいのです。
 3 人や 5 人であれば結束するのは簡単です。これが 10 人、100 人となると、難しくなります。
 ところが何千人という単位になると、逆に簡単なのです」
「どういうことですか」
「組織を存在させるため、つまり、何もしない、という状態を保つだけでも規則が必要になるからです。
 規則が整えば、後は、それを守るだけです」
 すごい、と和実が言った。何度も頷いているのがサキにも見えていた。
 この違和感はなんだろう。サキは戸惑いながらも一生懸命に考えた。言っていることはまっとうなことだ。建設的と言うこともできるだろう。だがサキには、関のように、それはすばらしい考えだ、と言うことはできなかった。

Ver.1.0: 2003/9/21

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