「あー、マチャコー。
お父さん、大丈夫?」
少女は、小さく頷いた。作った微笑が却って痛々しい。
凰鳴学園の朝。マチャコと呼ばれた少女と、その友人は肩を並べて校舎に入っていった。
その、田代 雅子の父親が「リーマン狩り」に遭ったのは 1 週間ほど前のことである。5 人ほどの、高校生くらいと思われる少年の一団に襲われ、鉄パイプなどで殴られた上、金を奪われている。重症とはいいながら命に関わるほどの怪我はなかったが、引きずりまわされたときに頭を打っており、右手の指先に痺れが残っていると言う。
凰鳴には、もう数人、父親や親戚が襲われた、という者がいる。犯行場所は散っているが、組織的に行われている、と警察は考えていた。
ただ、犯人グループについては、高校生の間だけで密かに噂が流れていた。
「加納山高校ね…」
サキのガレージハウス。その情報が京に伝えられた。
主犯格は加納山高校に在籍している、密かに「リザード」と名乗っている 4 人グループであった。犯行に関わる人数はそのときによってまちまちで、単に彼らの都合なのか、「リザード」が割り振って指示しているのかは不明である。
京はあまりいい顔をしなかった。乗り気ではないらしい。だが、サキの方では、これをなんとかしたい、と考えていた。
「加納山はもう連合生徒会に加盟してる。
そんなところに、『リザード』みたいなグループがまだ残ってるのはおかしいよ」
「なんか企んでるってのか?」
「そんな気がする…けど」
証拠はない。勘だけである。サキの声は小さくなった。
「一つ確認しておくけど、あの田代 雅子に同情して、っていうんじゃないだろうな」
「それはあるよ」
サキは、これははっきりと言った。田代 雅子の父親は、会社員ではあるが、休日には書道を教えている。師範の免状もあるという。利き手の指先が痺れる、というのは大変な問題だった。父を失ったサキにとっては、全く他人事ではない。
「許せない」
京は、サキをしばらく見ていた。そして、持ち帰って検討する、と言った。
「お京さん」
「一日だけ待ってな。
あたしたちも気にしてないわけじゃないけど、奴らとの関係がはっきりしてない以上、お前さんが動くべき事件かどうかは微妙なとこだ」
「そんな」
「だから待てって」
「麻宮サキと言います。
よろしくお願いします」
サキは頭を下げた。視線が突き刺さる。無関心な、早く終われよ、という視線と、見慣れない顔に対する好奇心丸出しの視線。
(『リザード』が生まれるだけのことはあるよ)
どっちにしろ不躾な視線ばかりだった。
加納山高校は、ほんの、この夏まではあまり評判のいい学校ではなかった。悪いのが半分、真面目なのが数 %、残りはどっちつかず、という構成であった。それが、連合生徒会へ加盟するのと時期を一にして「大粛清」が行われた。問題を抱えた生徒の半数が退学処分になったのである。連合生徒会側が、そのような条件を提示したらしい。人数は大幅に減ったが、生徒たちは、授業が維持できる程度にまでは大人しくなった。これは、学校側が連合生徒会への加入を推進した、珍しい例だった。
(けど、『リザード』だけは残ってる)
基本的に、彼らは事件の表には立たない。指示を出しているだけだったらしい。今回のリーマン狩りは特別だ、という評判だった。それゆえ処分を免れたのか、正体を知っているからこそ処分できなかったのか、それはまだわからない。
京は、そういう情報を一日で集めてきた。その程度のことは暗闇機関側も知っていたのだった。わざわざ麻宮サキを出すほどのことはない、と考えていたのだが、サキが手を上げたことで、今回の作戦となった。サキは、加納山高校の 2 年 4 組に転入した。
これはさほど目立たなかった。転入生は多かったのである。人数を減らしたから、編入枠はいくらでもある。ことに、比較的、成績のいい生徒が応募してきていた。これは連合生徒会の差し金ではないか、と疑われている。
そんなことがあるせいか、リザードは、サキが転入したその日に、全く気にすることなく、リーマン狩りを行った。翌日にはもう、小声で噂が立っている。襲われた人には申し訳ないが、サキにとっては好都合だった。
「30 人!?」
「声が大きい!」
何も知らない転校生の好奇心、という顔で、サキは隣の男子生徒から話を聞きだした。
リザードは全部で 30 人程度はいる、というのである。半分は他校の生徒らしい。彼らの交友関係なのか、リザードがそれだけ支持を集めているのか、いずれにしろ、迂闊には動けなくなった。
(1. 頭の 4 人を叩く
2. 罠を仕掛けて一網打尽にする
3. …その他)
放課後。
サキは校舎内を歩き回っていた。
リザード幹部の 4 人の名前はすぐにわかった。2 年生が 1 人、3 年生が 3 人。どれも、滅多に学校には来ない。残りの 10 人は来たり来なかったり。だが、サキが動けば、彼らから 4 人に情報が上がることは間違いない。
(スピード勝負だな)
勘付かれて 30 人集められたのではたまらない。動き出すと同時に決着をつけなければ。
他の生徒の助けは期待できない。生徒会は、彼らを存在しないものとみなしているようだった。
それは逆に、リザードと連合生徒会の関係を否定する材料だった。この学校は連合生徒会に参加している。その生徒会がリザードから逃げている、ということは、リザードは連合生徒会とは無関係という可能性を示す。どうやらリザードの方も、生徒会などは眼中にないようだった。
(1 番もなぁ)
頭の 4 人だけを叩く、というのも中々、難しい話だった。そもそも、彼らは学校に来ない。どこを根城にしているのかはこれから調べることになるが、もしリーマン狩りを組織だってやっているのであれば、それなりに警戒しているだろう。なにせ、この事件は新聞沙汰になっているのである。まだリザードにはたどり着いていないが、警察も動いている。古臭いが、偽の果たし状など出したところで乗ってこないだろう。下っ端は来るかもしれないが、それを一々相手にするのは面倒だ。
何日かかけて噂を集め、罠をはれるような場所はないかと校舎を回る。前者は、確かに多くの情報が入ってきたし、後者も、何箇所か使えそうな場所は見つかった。
(それにしても学校の裏手ってのは)
サキは、半ば他人事のようにつぶやいた。どこも似たようなものだが、木などが植えてあり、校舎に窓はなく、悪いことをしてくれといわんばかりの構造になっている。どこにいても人目、特に教師の監視の目がある、というのも嫌だが、もうちょっとやりようはあるだろうに、とサキは思った。
だが、この場所は逆に使いにくい。誘い込もうにも、向こうが警戒する。運動部室の並ぶ建物に面した校舎の非常階段の方が使いでがある。音がするのが欠点だが――
「あなた、何しているの」
女の声。サキは素早くそちらに顔を向けた。
背の高い女だった。教師か。
「授業は終わってるわよ。早く帰りなさい」
はい、と返事するのにサキは躊躇した。本当に教師なんだろうか。ガラのよくない高校にいる教師にしては美人過ぎる。いや、美人がいてはいけない、というのではないが、不愉快なことは少なくないはずだ。
「あなた、転校生ね。
ひょっとして迷ったのかしら」
「…はい」
そういうことにしておく。女は、切れ長の目を細めて笑顔になったが、それは逆にサキの警戒を起こさせた。
「どうしたの。
怖い顔して」
サキは、自分でも気づかないうちに足場を固めていた。顔には出ていないはずだが、女をそれを見抜いたらしい。
「この校舎沿いに、こっちへ行けば正面に出るわよ」
この雰囲気は何だろう。京や零のような暗闇機関のエージェントとは違う。女子少年院の職員や入所してる連中とも。だが、知らない雰囲気ではないような気がする。確証はないが。
サキは、女の脇をすり抜けようとした。
「そうそう、もう一つ」
サキの、上の方から女の声。
「リザードには不用意に近づかないこと。怪我をするわよ」
「なんだって?」
女は笑顔を崩さない。
「色々と調べて回っているようだけど、リザードはここだけじゃなく、複数の学校にメンバーが散っている。つぶすのは簡単じゃないわ。それに、腕も立つわよ」
「大きなお世話ですよ、先生」
言ってから、しまった、と思った。
「1 年生の英語担当、河合 和泉」
「じゃあ、河合先生。
知り合いの親父さんがやられてるんだ。後遺症もある。ほっとくわけにはいかないね」
「友達思いなのね」
「邪魔はしないで欲しい」
「あなたのために言ってるのよ」
「だから、それは大きなお世話だ」
河合は、そう、とだけ言って、自分が指した方向に歩き去った。
「美人」
《お前、女の形容詞、それしか知らないのか》
電話の向こうで京が言った。
《ケータイにカメラついてるだろう》
「このカメラじゃ近づかないと撮れないよ」
《教員名簿は。去年の卒業アルバムとか》
「載ってなかった。二学期になって来たばっかりなんだ」
それくらいは調べた。
《じゃ、手がかりは『河合 和泉』って名前だけなんだな》
「そう」
電話の向こうが沈黙した。
「お京さん?」
《リザードは》
「30 人は越えてる雰囲気だね。40 人はいないみたいだけど」
《多いな…。
その美人は、なんか動いてるのか》
「特別、そんな感じはない。あたしを見張ってるわけでもないし」
《なんの気配だかは思い出したか》
「まだ…。
よく考えれば、単なる、生徒に対する警告とも取れるけど」
《よし。じゃ、任せる。
そいつが邪魔する前に片付けちまうってのも手だ》
「わかった」
《考えはあるのか》
「奴らが、警察につかまる分には問題ないんだよね」
《あぁ》
「すっげぇ馬鹿力」
流石に、抵抗する男を「落とす」のはサキにとっても大仕事だった。確かに、身軽だから後ろを取ることができた、ということは言えるが、その首の血管をしばらく押さえているために、相当のエネルギーを費やした。
持ってきてあった紐で両手両足を縛る。
鉄橋のかかる川。水量も丁度いい。サキはその男の体を転がして、下半身を川の中に入れた。
「起きねぇな」
まだ、水が冷たい、という季節には早かったか。サキは首筋を蹴った。
男が目覚める。何が起こっているのかわからないらしい。
「おはようさん。
足は冷たくないかい」
「な、なに。え、あ。貴様!」
サキは男の肩に足を乗せた。
「状況がわかったところで、さっきの質問に答えな」
「馬鹿にするな。誰が」
「そう」
サキはその体勢のまま腹にヨーヨーをぶつけた。男がうめく。
「早くしなよ。
あたしがあんたの肩をちょっと押し出してやれば、あんたはすぐに流されていくんだぜ」
男は起き上がろうとした。またヨーヨー。
これは、下中里高校にいるリザード メンバーである。
リザードは、警察や学校側はともかく、生徒たちの間には緘口令のようなものを敷いていなかった。やっても無駄ではあっただろうし、口にするにしても小声ではあったが、いずれ、その全容は簡単に把握できた。河合という教師のこともあり、サキは加納山高校で動くのはやめて、別の学校を当たることにしたのだった。
「自分がどれくらい気絶してたかわかるか?」
ほんの数分である。
「少しづつ水量は増えてるみたいだね。
もう夕方だし、寒くなるよ」
沈黙。やがて、男は口を開いた。
「今日の 10 時」
「22 時?
場所は?」
「下中里公園」
「あんたの地元か。
それが本当だって証拠は」
「ケータイにメールが残ってる」
「これか」
サキは、真っ先に叩き落した携帯電話を取り上げた。手袋をした左手で操作すると、確かにそういうメールが出てきた。発信者は、加納山の 2 年生。
「なるほど。
もう一つ質問。
あんた、最後にリーマン狩りをやったのはいつ?」
「なに?」
「早く答えな」
「2 週間にはなる」
「そ」
サキは立ち上がった。田代 雅子の父親の件に関わっていたらもう一撃、加えてやろうと思ったのだが。
「おい、どこに行く。
ほどけ!」
「やだよ。あたしの話が漏れちゃ困る。
もし、今日の襲撃が中止になったりしたら、このケータイは証拠物件として警察に行くからね。覚えておきなよ」
男はまだ叫んでいたが、サキは無視した。
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