「何だよ、行き止まりじゃねぇか」
商店街の、表通りではなく、どちらかといえば勝手口の並ぶ通り。サキは連合生徒会の少女を追い詰めた。
少女は、劣勢を気にする様子もなく、サキに言った。
「貴様、何者だ」
同じように、その勢いを気にもせず、サキはヨーヨーを掲げた。
「凰鳴学園 2 年 B 組、麻宮サキ。
またの名を、スケバン刑事」
乾いた音がして蓋が開く。
「父を殺され、
母を失い、
流された果てにマッポの手先。
笑いたければ笑えばいいさ…だけどね」
サキは少女を睨みつけた。
「関係のない人を、好きなように利用しようなんて根性の奴は放っておけないんだ!」
しかし、少女は低い声で笑った。
「お前が、『麻宮サキ』か。
まるで子供だな」
「なんだと?」
「子供だ。
利用する、利用されるという関係などではない。
自律的に行動することができず、他者に依存する代わりになにがしかの代償を支払う、そういう形でしか生きていけない者は確かに存在する」
「てめぇ…」
「お前もそうだろう。ヨーヨーという武器をあてがわれていい気になっているが、おまえ自身は何だ。その桜の代紋を剥ぎ取られても、お前は私たちに抗うことができるのか」
「ゴチャゴチャ言いやがって」
サキはヨーヨーを握り締めた。グローブの革が小さくきしんだ。
「私たちが気づいていないと思っているのか。
『麻宮サキ』はお前一人ではない。お前は使い捨てられるコマのひとつに過ぎない。お前は」
言葉はそこで途切れた。少女の目は大きく開き、しかし力を失っていた。
(口封じ!)
サキは振り向いた。角に戻る。確かに、一瞬の気配はあったが、どちらに逃げたのか、もうわからない。
「そうか、奴ら、『麻宮サキ』にたどり着いたのか」
京は、その少女の体を車に乗せた。車はエージェントが運転していった。
「どこまでかはわからなかったのか」
「うん。
その直後にやられちゃったから」
「わかった。意識を回復したらこっちで調べる」
「うん…」
サキはヨーヨーを見つめていた。
「どうした?」
「これが無かったら」
ゆっくりとボタンを押す。蓋が静かに開いた。
「この代紋が無かったら、お前はなんだ、って」
「そんなこと言ったのか。
お前に?」
京が笑う。
「お前はそんな軟弱な奴じゃ」
「笑わないでよ!」
サキは叫んだ。京はその剣幕に黙った。
「おい…」
「笑わないで…」
「和実ちゃーん、おめでとー」
「ありがとー」
昼休み。誰かがケーキを作ってきていた。それを切り分けている。
「はい、麻宮さんも」
「なに?」
「和実ちゃん、誕生日なの」
「へぇぇ」
誰かがハナ歌を歌っていた。美川憲一の「さそり座の女」だった。
「古いよ、それ」
笑い声が起こった。
「麻宮さんはいつなの?」
「え」
サキはいつのまにか、ぼうっと和実を見つめていた。
「誕生日」
「あたしは、7 月」
「え、どっち。かに座? しし座?」
「しし座だけど」
「しし座!
なんか、とっても麻宮さんっぽい。
ねぇねぇ、麻宮さん、しし座なんだって」
話題はいつのまにかサキの誕生日になっていた。
今年の誕生日には、女子少年院にいた。出所間際ではあったが。サキ、いや祐美は孤立していたから、誰かから「おめでとう」などと言われることは無かった。
去年は、幸せだった。両親が祝ってくれた。そのときに、今も大事にしている、龍の模様がついた切手の 3 枚目を貰った。
両親が死んだ、いや、殺されたのは、その数週間後だった。
(お前は、何だ)
唐突に、あの少女の言葉が記憶に蘇ってきた。あのヨーヨーをあたしから取って、麻宮サキではなく、菅原 祐美にしてしまったら。
(あたしは一体)
大体、あのヨーヨーを何のために持っているのだ。両親の仇を討つためだ。だが、自分はそれに向かって進んでいるのだろうか。連合生徒会が危険な組織であることはわかる。企みや、その萌芽を的確にキャッチして叩き潰すには、高校生である方が有利だろう。だが、それと両親のことは本当に関係があるのか。京や零に利用されているのではない、と誰が保証する?
(使い捨て…?)
京は、情報を小出しにする。すべてを話してくれるわけではない。藤澤さつきのこともそうだった。利用されているのではないのか? 使い捨てのコマの一つではない、と誰が言える?
サキはぼんやりと立ち上がった。
「麻宮さん?」
返事をしない。
「ね、麻宮さん、どうしたの?」
教室を出ようとして、その声に振り返る。目に力がない。
「ごめん、あたし、甘いもの、苦手で」
サキが戻ってきたのは授業が終わった後だった。足取りは、いつものサキらしくなくゆっくりだった。カバンを手にすると、机の中のものをそのままに帰ろうとする。
「おい」
声がした。ぼんやりと顔を上げる。和実だった。
「何があったんだ。
いつものお前と違うな」
「…別に」
「聡子が心配してたぜ」
和実は、サキにケーキを持ってきたクラスメートの名前を言った。
「お前、昼に菓子パンも食ってるだろ。甘いもん嫌い、なんて誰が信用すると思ってるんだ」
「食べたくなかったんだ…」
「明日でいいから、謝っときな」
心配している。聡子は、和実の兄が人身事故を起こしたとき、和実を排除する側に回った人間だというのに。不愉快だった。
「うるせぇな」
「なんだって?」
「うざいんだよ」
「八つ当たりか?
みっともねぇぞ、麻宮」
「あたしを麻宮サキって呼ぶな!」
サキはカバンを机に叩きつけた。その机が、ガタン、と音を立てる。
「麻宮…」
「うるせぇんだよ!」
サキは教室を飛び出した。
(風呂入りたいな)
サキは、モデルハウスの風呂の窓から飛び降りた。
少年院では毎日、入浴できるわけではない。慣れたと思っていたが、現在の生活に慣れるのはもっと早かった。学校に行っただけで、体育の授業も無かったから大して汗もかいていないのに、もうシャワーが恋しい。
ガレージハウスに戻る気にはなれなかった。京がやってきそうな気がしたからだ。実際、携帯電話が鳴った。出なかったが。
京は嫌いではない。いや、はっきり、好きだ、と思う。信頼していい人間だ。事が事だから、京はサキに何もかも話すべきだ、とも思わない。
今の気持ちは、おそらく京とは関係ない。自分は一体、何なのだ。
この疑問は、自分はなぜ戦っているのだ、というのとは別のものだ。その答えならわかっている。だが、その目的を達成したとき、自分に何が残っているだろう。
(…。
わかってないかも)
両親の仇を討つ、ということが、どういうことなのか、自分は本当にわかっているのだろうか。犯人が見つかったとしたら自分はどうするのだろう。
(そいつを殺す…のか?)
そんな覚悟はない。そうするべきだとも思わない。確かに、憎いのだが――
(やっぱり、あたし、流されてる)
捨て駒扱いされて当然、そういう気もする。両親が殺されたっていうのに、自分がやるべきことも見つけられないなんて。
サキは駅前に向かった。ファーストフードの店なら開いてるだろう。11 月の早朝は寒すぎる。
数ヶ月前のことだが、とある商店街が独自通貨の試みを始めた。現金と引き換えに、商店街の名前と、可愛らしい狸のキャラクターが印刷された、その商店街でのみ通用する紙幣が発行される。また、その紙幣を使うと 3% の値引きが受けられる。定期的に、その紙幣だけを対象とした安売りイベントなども企画されていた。タヌキにあやかって「ポコン」という単位が決められた。1 ポコンは 1 円である。
これは、そこに拠点をもつ地元の信用金庫が実際の運営を任されている。勿論、そこでの預金や払い出しに、その紙幣を使用することもできる。
その商店街がこれを実行するにあたっては、とある広告会社がかんでいるのだが、実はそこから 3 つほどの企業の裏の関係をたどっていくと、連合生徒会に到達する。この地域通貨は、連合生徒会の資金源なのだ。
確かに、これは当たり、その商店街の人通りは往時の賑わいを取り戻した。売上も、昨年の同じ時期に比べるとアップしている。他の商店街や自治体からの視察も多かった。
だが、例えば、その紙幣を使った場合の割引額は個々の商店が負担している。現金と交換可能な紙幣そのものも、信用金庫に置かれている事務局から購入しなければならない。つまり、盛り上がりは表面上のもので、それぞれの商店自体は増収はしたが増益になっていない。減益になっている店舗もあるほか、家電品や家具など、単価の高い商品を扱っている店では、短期の運転資金の確保に困っているものすらある。潤っているのは連合生徒会だけであった。
サキは、京が学校に行っているであろう昼の間にガレージハウスに戻り、シャワーを浴びたり着替えたりして、夜はいろいろなところに身を隠す、ということを繰り返した。機関で学んだことを悪用していることには、いくらか罪悪感があった。
京の方は、サキが何を悩んでいるかに気づいていた。この時点でそういう問題が起きるのは予想外だったが、もっと後、状況が緊迫してから出てくるよりはいい、ということは言える。問題はどう対処するか、であった。
この、連合生徒会が商店街を資金源としている、ということ自体には緊急性はない。つぶすだけなら、別にサキである必要はなかった。そういう意味ではしばらくの間なら放置してもいい。何より、その問いには誰も手を出せない。サキが自分で見つけ出すしかないのだった。
「ここ、いいですか?」
その声にサキは顔を上げた。ハンバーガー ショップで朝食を片付けていたのだが、この女は前の席に座りたいらしい。
いくらか童顔である。だが、サキよりはずっと年上のようだ。二十代後半、というところか。化粧は控えめ。邪気のない笑顔。
「すいてますけど」
今は人と話をしたくない。そう言うのが精一杯だった。
「いいじゃないですか、仲間なんだし」
女は、サキの様子には構わずトレイをテーブルに置いた。
「あんたの顔には見覚えはない」
「あたしは知ってるから」
サキは舌打ちして立ち上がった。乱暴に席を立つ。
「ねぇ、待って」
無視。早足に店を出る。
(機関のエージェントか? それにしちゃ押しが弱い。
学校…違う。
ネンショー?)
しかし、どこにもあの顔の心当たりはない。
「ねぇ、待ってってば、麻宮さん」
名前まで知っている。これまでに関係してきた事件のどこかか?
「待て、って言ってるぜ、お嬢さん」
横、ガードレールによりかかっている女が言った。サキは立ち止まった。丸顔。さっきの女よりは年上だ。この女の笑顔には邪気がある。からかっているような、あるいは、見透かしているような。
「?」
こっちには、かすかだが見覚えがある。サキは記憶をまさぐった。最近だ。
「西条さんとこで見たな」
「やっと思い出してくれたか。
近頃、見かけないから、どうしてるのかと思ってさ。ちょっと心配してたんだけど、無事みたいだね」
女は笑顔を崩さない。はっきり言って、いけすかない。
「あたしはもう…」
「もう?」
言葉が続かずサキは黙った。
「西条さんも心配してたわよ」
後ろの女が言った。
「あたしは降りたんだ。少なくともその件からは」
「…。
そう。見捨てるんだ、あの人たち」
「あたしには関係ない。
あたしは今、自分のことで手一杯だ。あんたがどういうつもりであの商店街をうろついてるのかは知らないけど、そんなに心配ならあんたが助けてやればいい」
「勿論、そのつもりだよ。
だけど、仲間が多い方がいいと思ってね。
そう。降りるんだ」
女は不躾にサキを眺めていた。首を傾けて、下から覗き込むような視線。
「育ちが悪いね、あんたも」
「そうだね。反論はしないよ。
でも、あたしは途中で投げ出すような軟弱者じゃないから」
「どうせあたしは使い捨てのコマにされるような半端者だからな」
女の目に何かが光った。
「ふ…ん」
「どうして降りるの?」
若い方の女が言う。
「あんたには関係ない」
「ま、いいさ。
西条さんには、麻宮サキは臆病風に吹かれて逃げました、って言っておくよ。
頑張んな。半端者を貫く、ってのもそれはそれで有意義かもしれない」
「もう一遍、言ってみろ!」
「あんたのガラの悪さも相当だね、スケバンさん」
サキの体がこわばった。こいつはあたしのことを知っている?
「なんかあたしに聞きたいことができた、って顔だね」
「あんた…」
「付き合うよ。それくらいの時間はある。あたしの事務所はそう遠くないしね」
女は、自分の胸倉を掴んでいるサキの手を、ゆっくりと、しかし、想像以上に強い力で引き剥がした。
「行こうか。
慧、タクシー拾って」
「はい、美咲さん」
サキが椅子に座ると、美咲は名刺を差し出した。
「浅谷 美咲…。
ライターがなんであの件に」
「経済関係が専門なんでね。ちょっと胡散臭いと思って調べてみたら、ちょっとどこじゃなかった。
これは、あたしの妹の慧」
反対側に二人が座る。
「折角の独自通貨も、増収減益じゃやってらんないよ。悲鳴を上げてる店は少なくない。
その金がどこに行ってるかって言うと、これが高校生だって言うから驚くよね」
「記事にする気か」
思わずサキは言った。
暗闇機関はまだ、連合生徒会の実態を公にしていい、という判断は下していない。連合生徒会の軍門に下る学校が増えつづけていることから、大混乱は必至だし、何より、その背後にいる勢力をまだ絞り込めていないからだった。
「今後の展開次第だね。
もし、あの商店街の誰かが負債抱えて自殺、なんてことになったら黙ってるわけにはいかない。でも、そんなことになる前になんとかできたとしたら、記事にせずに済むかもしれない」
「どういうことだ。
書かなきゃ金にならないんじゃないのか」
「全国ニュースになるだろうね、これじゃ。そんなことしたら、あそこの商店街の評判はがた落ちだ。折角盛り上がってるのに、逆にとどめを刺すことになりかねない」
「あんたのことを聞いてるんだ」
苛立つサキ。
「十分にあたしのことだと思うけど。
あそこで行われてる不正は許せない。けど、それを暴露したって、あの商店主たちのためにはならないだろ。あたしは、そういう真似はしない。
どこか変かい」
「あれは犯罪なんだぞ。
犯罪者相手なんだ。それをあんたら二人でなんとかできると思ってるのか」
「あんたは一人だったじゃないか」
「あたしは」
サキは言いかけて黙った。支えてくれる人がいる、と言おうとしたのだが。
「あたしたちが考えてるのは、あそこの商店街を食い物にしてる害虫を除去したい、ってことだけだ。あんたも同じことを考えてると思ったから声かけたんだけど。
どうする?」
「なんでそんなことを、ライターのあんたがやらなきゃならないんだ」
「やっちゃいけない?」
サキは小さく舌打ちをした。この女の言っていることは間違いではないが、言い方が一々気に触る。
「麻宮さん、あなたは平気なの?」
慧が言った。
「平気なわけないだろ!」
この女もだ。言い回しはゆっくりなくせに、どうにも不愉快だ。
「じゃ、話は決まりだ。
いっしょにやろう」
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