「ちょっと、これ…!?」
サキは、京が差し出した雑誌をめくっていた手を止めた。わずか 4 ページの記事だが、連合生徒会が出したレポートが取り上げてられていた。
連合生徒会は、“CoStudy (コスタディ)”を使った勧誘こそやめたが――すでに年末だということもあるに違いないが――加盟している高校のランク分けは実行した。そしてそれを既存メディアに対して公表したのである。各高校の名前もはっきり記載されていた。
評価項目は 100 を越える。
例えば、連合生徒会は“CoStudy”以前に、各校生徒の学習塾・予備校・通信講座の利用率を調査しているが、それが高い、ということは、その学校だけでは受験対策をカバーすることができないということである、とされ、そうした学校は下位のランクに分類されていた。同じように、地方の高校で、都会の進学校と提携しているところなどは、軒並み低い評価となっている。
他に、部活動の他の学校との共同実施、近隣の大学との単位互換など、最近になって取り入れられた新しい試みすらマイナス要因であり、果ては、周辺に博物館・美術館といった文化施設が周辺にあるかどうかなど、その学校にはどうしようもない要素すらカウントされており、記事には困惑の色がにじんでいた。
項目には経営状態も含まれる。どこで調べたのか、私立高校の借入金とその返済状況まで考慮されていた。
とにかく、生徒の教育がその学校で完結するかどうか、ということが主眼に置かれているのは確かであった。
しかし、その一方で、大学受験のみに目標を絞っている超受験校もランクは低かった。これは、生徒会に与えられている権限が弱い、あるいは、そもそも生徒会がない、などが理由だった。きびしい校則で生徒の自発的行動を制限している学校も低い評価である。
その結果、このリストは、通常、一般的に考えられているランクとは全く違う構成となっていた。
「こいつら、本当に高校生の世界をガタガタにする気なのか」
サキが半ば呆然としてつぶやいた。
ガレージハウス。ファンヒーターで暖まっているはずの部屋が妙に寒く感じられた。
今のところ、高校の偏差値には大きな変動はない。ただ、中ほどに位置する学校の中で、連合生徒会に加入して“CoStudy”を導入した学校がゆっくりと、しかし着実に順位を上げているのは事実だった。これは、一定の時間が経過した時に偏差値地図を塗り替える可能性を感じさせるに十分なものだった。
「まだ変わるぞ」
京が秘密裏に入手した資料によれば、評価項目は他にもあるようだった。今回のランク付けでは対象外となっていたが、校内の LAN の充実度、それと外部との接続速度や容量、モバイル環境で重宝される PHS 回線の容量なども含まれている。これも、文化施設と同じで、学校だけではどうにもならない。プロバイダだけではなく、依然として半ば官営企業である電話会社との交渉は必須、場合によっては地下のケーブルや電信柱、アンテナなど大規模な工事が必要になる事柄である。
そしてここが微妙なところなのだが、純然たる民間企業とは言いがたい、という点は学校も同じなのだった。子供の教育に必要だとなれば、運営主体である自治体にしても、私立学校の場合なら生徒を通わせている親やスポンサーにしても、その財布の紐を緩めがちである。今のところ、だからと言って連合生徒会の言うことに沿って動き出した自治体はないが、これは必ずしも不可能なことではない。そもそも、そうした情報インフラの整備は順次、行われているのであって、連合生徒会によって加速される、ということは十分に考えられた。
「だから、それは今のところは無視していい。
むしろこっちの、生徒会活動の方だろうな」
各校の生徒会活動については詳細な報告が義務付けられている。もちろん、部活動も対象となる。報告の間隔は隔週。これは、サキ達が感じていた通りであった。連合に加入した途端、生徒には様々な縛りがかかる。
「全国からこれだけの報告、上げさせて、こいつら、全部、読めるのかな」
「読むんだろ。
別に、高見沢 幸 (みゆき) が何もかもやってるわけじゃない」
両面作戦は連合生徒会の得意技らしかった。こうしたランクの発表と並行して、高校生の教育に関する提言が定期的になされている。驚くべきは、それをまとめたのが高校生だ、ということだった。
「ほんとかどうかわかったもんじゃないよね」
もう 1 冊の、教師向けの雑誌に、これまでの提言 3 本が紹介されていた。一部に詰めの甘いところはあるものの、生徒側にも教師側にも偏らない、客観的な文章だ、と評価されていた。
「そんなことはどうでもいい。大人が絡んでないわけはないんだからな――はい」
京の携帯電話が鳴った。
「お友達が来るようだな。
あたしは一旦、退散する」
京は立ち上がった。
「やつら、この年末年始に動くかな」
「どっちも断言はできない。
もうすぐ学校は冬休みに入るから何かしようったって誰も動かない、ということも言えるし、バタバタしてるから妙なことをしかけるには好都合だ、ってことも言える。
一応、あちこちにエージェントは張り付いてるけどな」
その筆頭は、高見沢 幸が在籍している鴻仁 (こうじん) 学苑である。取材の申し込みが多いようだが、鴻仁学苑側はそれを一切、シャットアウトしていた。一部の生徒から名簿が流れたが、高見沢 幸は、その住所には住んでいなかった。
「本部はまだ」
「わかってない」
「あいつら、最近はすっかり姿を見せなくなったからなぁ」
「なんかあったら連絡する。
ケータイのバッテリには注意しな」
「了解」
京が 1 階の裏口から出ると同時に、シャッターを叩く音がした。和実だった。
冬休みの直前に動く可能性を考えた暗闇機関は、凰鳴学園の警備と鴻仁学苑など主要加盟校の監視を強化したが、何も起こらなかった。
「今日はなんだよ」
和実はすっかりサキの仲間になったつもりらしく、自分が入手した情報を持ってサキのガレージハウスに毎日のようにやってきた。
「魁星 (かいせい) 学院が脱落するかもしれない」
「脱落?」
有数の進学校である魁星学院。ここも、他の進学校と同じように連合生徒会のランクでは低い位置に甘んじていた。生徒会はあってごく普通の活動をしてはいたものの、部活動がほとんど行われていないことが災いした。
それなりの自負もあったのであろうに、思わぬところで低い評価をされてしまい、数人とはいえ、推薦入学の辞退者を出してしまった。それはどうやら、経営側だけではなく、エリート予備軍、いや現実にはエリートとしてのプライドを持っていた生徒達も、連合生徒会には腹に据えかねる思いを抱いていたようである。
「生徒会長の名前、わかるか」
「あぁ。小学生のときに同じクラスだった」
腰を浮かせかけたサキだが、それを聞いて、動きが鈍くなった。
「なんだよ」
「つくづくあんたとは住む世界が違うと思ってね。
魁星の生徒会長と同級生とは」
「なにひがんでんだよ。
小学生の頃の話だぜ」
「悪かったな、ひがみっぽくて」
「麻宮」
「で、そいつと会えるのか」
「明日、役員だけで集まるって言ってた。顔出してもいいか、って聞いたら OK だってよ。
凰鳴は奴らにたてついた学校って有名らしいよ」
「わかった。
あんた、今度は何持ってくる」
「何、って」
「空き缶、ソフトボール、ゴルフ ボール。
今度は何かなと思ってね」
和実の表情に影が差した。
「襲われるってのか」
「奴らが黙って退会させるとは思えない。今までそういうところはなかったんだ。
その会長に、身辺には十分に注意するように教えてやるんだな」
確かに、そうした進学校の中には退会を考えているところもあるようだった。
元々、連合生徒会への加盟以前からの進学校である。必ずしも“CoStudy”のシステムが欲しかったわけではなかった。どちらかと言えば、その研究が目的である。それが自分たちにとって参考になるのであれば取り入れるし、他の学校が成績を上げて今後の脅威となるのであれば、詳細な情報は必要である。連合生徒会そのものへの関心は薄かった。不当な評価をされた上に、生徒の課外活動に妙な口出しまでされるのであれば、留まっている理由はなかった。
しかし、サキが考えた通り、連合側が退会を簡単に許すとは思えなかった。前に、凰鳴が勧誘を受けたとき、その詳細を知りたいと既に加盟した学校に問い合わせたら回答を拒否された。それほど機密保持に神経質なのである。退会などはもってのほか、と考えるべきだった。
「麻宮さぁ」
「なんだ」
魁星学院に向かう二人。
「お前、どういういきさつで刑事 (けいじ) になったんだ?」
「…」
「高校生が刑事っての、普通じゃねぇよな」
「…」
「秘密か」
「あぁ」
「それじゃ、しょうがないか。まぁいいよ。
じゃ質問を変える。
お前、なんで戦ってるんだ。
「…」
「与えられた任務だからか」
「あんたも詮索するんだな」
「別にそういうつもりじゃないけどさ」
それについては、サキの中でもまだ答えが出ていなかった。間違ったことや、悪い奴らを許せない、というのはサキ――菅原 祐美の中にはない考え方だった。自分は、そんなに立派な、そんなに熱い人間ではないはずだった。単に気が短いだけの、何をとりあげても中途半端な、どこにでもいる少女のはずだった。
だが今では、それが彼女の行動原理となっている。まだ明確に言葉にすることはできないが、それに近い考え方に沿って動いていた。
両親のこと。
スケバン刑事になったばかりの頃は、零に利用されているだけなのではないか、と思っていたが、この連合生徒会が、単に「生徒会の連合体」なのではないらしい、ということに気づいてからは、彼女の両親を殺した犯人につながっているのだ、という零の言葉に信憑性を感じるようになっている。
それはいい。どうやら自分は、間違った方向を向いたりしてはいない。
だが、犯人に行き当たったときに自分がどうするのか、というのもまた、結論の出ていないことだった。
サキは矛先を変えた。
「あんたはどうなんだよ。
なんで命かけてまでこんなことに首をつっこむ」
「間違いは間違いだ。あんな奴らに好き勝手させられない」
あんな奴ら。和実はまだ、その言葉の本当の意味を知らない。サキも知りはしないが、連合生徒会が唯一の、最後の敵ではないことはわかっている。
「まるで正義の味方だね」
「それの何が悪い」
サキはちらりと和実を見た。こんな風に明快に考えられたらどれほど楽だろうか。
個々の事件はわかる。薬品を使った催眠術、リーマン狩り、風俗店や商店街を利用した資金集め。そのそれぞれに理はない。つぶすべきだ。そう考えてつぶしてきた。だが、連合生徒会の目指しているのが何なのか。実際にはそこがわかっていない。
そこをはっきりさせないことには、その先の敵を見失ったりするのではないか。そして、万に一つの可能性として――そんなことはないだろうと思ってはいるが――連合生徒会が目指していること自体は間違っていなかったりするのではないか。
そして、自分はやはり流されているのではないのだろうか。
「あんた、“unified”って単語の意味わかるか」
「なんだよ急に」
「意味だよ、英単語の」
はぐらかそうとしているな、と和実は思ったが、無理に聞き出そうとは思ってないようだった。記憶を探る。
「“unify”ってのは、『一つにする』とかそんな意味だ。
それがどうかしたか」
「あいつら、自分たちのことを“USC”って言ってるだろ。あれは“Unified Student Council”の頭文字らしい。
なるほど、それで『連合生徒会』か」
和実が奇妙な顔をした。
「“unify”って『連合』か?」
「あたしに聞くな、元優等生。
『一つにする』なんだろ? 『連合』でいいじゃないか」
「え〜」
納得いかないようだ。
「気になるな。ちょっと本屋に寄ってかないか」
「んな暇はねぇよ」
ったく優等生は、とサキは苦々しげにつぶやいた。
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