スケバン刑事 -少女新生初伝編-

MEDUC



 凰鳴の前生徒会長である関は、どうやら推薦入学を勝ち取ってしまっているらしい。どうりで暇なわけだ、とサキはつぶやいた。
 現会長の森下も精力的に活動する。凰鳴学園の生徒会は、実質的に反統合生徒会の拠点となっていた。
 統合生徒会に反旗を翻した「アンチ USC 同盟」、AUL (アウル) の支持者は全国に広がっている。統合生徒会に加盟している学校からの協力を拒絶された学校、統合生徒会の施策により学校を追われた生徒、加盟校とライバル関係にある学校などだった。勿論、面白半分の嫌がらせはあったが、森下達はそれを気にかけなかった。運動に勢いがあるからであろう。
 評論家と呼ばれる職業の人間からは、いくらかの資金協力が得られた。ほんの数人ではあったが、サキと同じように、本来は雑多な存在であるはずの高校生を一つに纏め上げよう、という発想自体に気味の悪さを覚えた人々であった。彼らは、“CoStudy (コスタディ) ”の、根源的な発想の部分にはプラスの評価を与えながらも、運用面において、生徒同士の間に上下関係ができ、それがおそらくは固定化してしまうだろう、という点を指摘していた。自身のホームページを所有しているものはそこで意見を表明し、あるいは自分の連載には、AUL に事寄せた文章を書いている。
 その資金は、手紙の発送に当てられた。姿勢をはっきりさせていない学校に対して、統合生徒会に加盟した学校の実情を訴えるものである。これの反響はまだだった。手紙というメディアを使ったせいもあるであろうし、元々、姿勢を鮮明にすることを意図的に避けている学校もある。現時点では、メールを含むネットワークによる「声」が、AUL の主たる武器だった。
「なんで動かないんだ」
 予想に反して、統合生徒会は静かだった。勿論、加入校に対する“CoStudy”の導入支援や推進、教育に関する提言は定期的に行われている。その内容に関する肯定的な評価が聞かれるのもこれまで通りである。
 だが、これまでのように暴力的なやり方は影をひそめていた。
「あたしたちが声を上げたから、そういうやばいのは自粛してるんだろ」
 と言ったのは和実だった。森下達も同じようなことを考えていた。
 確かにそれは言える。統合生徒会が注目を浴びているのは事実なのだ。この時点で暴力沙汰を起こすのは得策でない、というのは誰でもわかることだ。あるいは、例のランクは、単にそれがランク分けであるだけではなく加入高の一覧表でもある。それを公表することで、準備段階を終えて、本格的な活動を開始したと考えてもいいのかもしれない。
 加入している学校は既に 500 校を越えている。全国の高校の 1 割が統合生徒会の傘下に入ったことになる。平均すれば各都道府県に 10 校。勢力拡大は一区切りで、内部を固める方向に軸足を移している、と見ることもできた。
「AUL はこの先、どうするつもりなんだ」
 と京がサキに訊ねた。
「まだそこまで話が進んでない」
「進んでない?」
 意外だったようだ。京の声がやや大きかった。
「勢力拡大しか頭にないのか」
 頷くサキ。
 京はガレージハウスの壁に寄りかかったまま腕を組んだ。それでは意味がない、と思う。
「統合生徒会はじきに反撃してくる。多分、腕力では来ない。500 校のパワーを活用してくると思う」
 とサキ。
「だからそれを押さえ込むようなことを考えておかなきゃいけないんだけど」
 京が凰鳴学園の経営陣に提出した、統合生徒会が犯罪に手を染めている、という――いくらかの創作を含む――証拠書類の使用は京が厳禁した。サキが森下に手渡しはしたが、コピーも取らせず、京の手元に戻っている。これを勝手に利用されるのは、結局のところ「捏造」したものであるし、あってはならないことだった。
 サキの方も、そうした理由は理解できたし、AUL が犯罪に近いところに踏み込んでくるのはまずい、と考えて、その方針を和実達に伝えている。情報提供者に迷惑が掛かる、と言うと、しぶしぶながらも了解された。
 だが、現実に起こった事件については、関係者に当たることはできる。サキにも京にもそこまで止める気はなかった。というより、それを止めることは不可能だっただろう。
(それにしたって…)
 京はその考えを頭から追い払った。あたしたちの頃の方が、などと考えてはならない。自分でもサキに言った通り、青狼会と統合生徒会とは全くやり方が違う。軍隊的なやり方を取る青狼会は、行動が派手なだけに、反撃もやりやすかった。今度は違う。前はともかく、現在の統合生徒会は、合法的な範囲で活動している。これに彼ら高校生が対抗するのは非常に難しい、というのは事実だ。
「無駄だったかもしれないね」
 サキが言った。京は反射的に顔を上げた。
「バカ言うな。
 お前たちの世界で起こってる事件だぞ。お前たち高校生が対抗することが無駄なはずはない」
「お京さん」
「確かに、あたしたちは若い連中を巻き込むことには反対だ。だけど、高校生が対抗するしかない領域ってのもあるんだ」
 高校生の世界を侵そうとするものには、高校生も行動を起こすべきだ、とも思う。
 未成年の飲酒は時として話題になるが、全体として若者の飲酒量と頻度は低下している。酒を飲んで酔っ払い、自分をさらけ出すのを恐れるからだ。そうして自分を隠し、無関心を装っている間に、知らないうちにがんじがらめになっている、という巧妙なやり方。今の若者はこれに弱い、という話を何かで読んだ。
「奴らが大人しいのは、逆に、暴力的な危険が減ってるってことでもある。高校生の身の危険を心配するあたしたちからは、好都合だって見方もできる。
 それを『無駄』だなんて言わない。状況が整えば、密かに支援するつもりだってあるんだ。
 お前がそんなことを言うな、サキ」
「…。
 わかった。ごめん」
「正直言って、苛々してないことはないよ。あたしも気が長い方じゃないからな」
 京はテーブルに戻ってきた。サキの向かいに座る。
「AUL にはもうちょっと先を見て欲しい。お前さんの言った通り、奴らは反撃してくる。今までよりもっと巧妙な方法でね。
 だから、問題は数じゃない」
「うん。
 あたし、大人をもっと味方につけるように言おうかと思って」
「大人?」
「そう。
 もっと、奴らは危ない、って声に出してくれる大人。学校の経営者でもいいし、もの書きでもいいし。これはガキのケンカじゃないんだ、って言ってくれる人がもっと欲しい」
「そうだな」
 すっかり冷えてしまったカップを手に取る京。サキはそれを取り上げて、新しい紅茶を入れて戻ってきた。
「問題は、バックだよね…」
「…」
「何かわかった?」
「進展は、してる」
「まだ撹乱されてるんだ」
「あぁ」
 京はカップを両手で包んだまま、それをじっと見ていた。

 森下達は、目端の利きそうな者に、統合生徒会が引き起こした事件の関係者を調べさせていた。
 それがメールの形で AUL に届く。メールは他のメンバーに転送されて、記事の体裁を整えられると、それは一旦、大人の手に渡る。
 警察 OB で、fff (フリースクールの連絡組織) の代表、矢野が目を通すのである。これは京のアドバイスでサキが依頼したものだが、事件に触れるについて、逆に名誉毀損などの訴訟となる可能性を心配したのだった。支援者の中には弁護士もいるようで、何度か、文言に関して、慎重になった方がいい、という意見も寄せられていた。
 そうして文章が公開されていく。メールや掲示板には、「ひどい!」「統合生徒会をつぶせ!」という文字が踊っていた。和実も森下も、そうした反響に手ごたえを感じていた。
 サキのアドバイスを契機に、メンバーと支援者の数を増やすのではなく層を厚くすることに重点を移した彼女たちは、明確な目標を設定した。統合生徒会の加盟校を減らす、ということだった。勿論、新規加入校を増やさない、というのも重要なことではあるが、魁星学院がそうであったように、既に加入している学校の中にも、間違い――あるいは不利益――に気づいているところはあるはずだった。そうしたところを切り崩していくことによって、活動停止に追い込むことができる、と考えていた。

 警察は傍観していた。当然である。この記事には固有名詞がない。AUL は、単なる物語と取れないこともない、という筆致に書き直したし、この程度のことで、被害届も出ていない事件について捜査を始めるはずがなかった。
 それは、予想もしていなかったところで起こった。
「なんだって!」
『ということは、以前のような、過激な学生運動とみなしている、ということでしょうか』
 記者が質問した。壇上の事務次官が答える。
『比喩であっても申し上げることは何かと差しさわりがございますが、高校生同士が、主義主張が異なるからといって、インターネットという公の場で過激な物言いをすることについて、いかがなものか、という懸念を抱いている、ということでございます』
 会見の様子が夜のテレビのニュースで流される。和実はそれを見ると直ちにサキに連絡してきた。
「どういうつもりなんだ、こいつら」
《知らないんだろうからな、統合生徒会がどういうところか》
「ずいぶんと落ち着いてるじゃないか!」
《怒鳴るなよ。相変わらず気の短い奴だな》
 和実が回線の向こうで言った。
 会見は続く。
『何か、具体的なことをお考えですか』
『今の時点で、高校生のコミュニケーションに介入する気はございません。若い皆さんのことですので、意見の衝突ということも将来の糧になる、ということもありますから、そこは、わが国の教育方針に則り、自主自立の精神を尊重してまいります。ですが』
 質問を繰り返そうとした記者を、事務次官は無視して続けた。
『今、申し上げた、「高校生のコミュニケーション」という範疇を逸脱するようなことがあれば、関係各方面のご意見を伺った上で、なんらかのアクションが必要になるかもしれない、とは考えております』
 サキは、くそ、と毒づいた。和実が、森下とも連絡取らなきゃ、と言って電話を切る。
 文部省は、AUL がホームページを公開して統合生徒会を攻撃していることについて非難しているのだった。
 方向が逆だ。法を犯し、人の道から外れたことをしているのは、統合生徒会の方なのだ。支持されこそすれ、ケチをつけられる謂れはない。
 だが、途中からこの事態を知ることになったものにとっては、ケンカを売っているのは AUL だ。それくらいの判断力はサキにも残っていた。多くの人々にとって統合生徒会は、全く知らない存在であるか、教育に関して新しい提言を重ねている建設的な組織なのだ。AUL を非難する方に回る者がいるのは、全く理解できないことではない。
 それにしても、こんな形で敵を増やすことになるとは思わなかった。
 ニュースが別の話題に変わった。
 サキは改めて携帯電話を手に取った。すっかり押しなれた番号を押す。
「お京さん、サキです」

 京は逆に、サキを連れ出した。
「ここじゃまずいんだ…」
「あぁ。お前も相当、熱くなってるみたいだしな」
 見慣れた道路を走る。30 分も経たないうちに、車は林の中に入り込んだ。「ガーデン」だった。
 京の後ろを歩く。通されたのは応接室。零に、スケバン刑事になることを提案――要求か、指示か、命令か――された部屋だった。
「久しぶりだな」
 と窓際の零。
 かすかに頷くサキ。
 彼女の表情には戸惑いが見える。
 確かに、あのニュースを見たときには頭の中が熱くなった。どういうことだ! とも思った。だが、そのことを相談しようとした京はサキを暗闇機関の拠点の一つである「ガーデン」につれて来た。
「どうして、ここなの?」
 確かに、今は慎重を要する時期だ。USC はどうやら本格的な活動を開始、これに対抗する AUL が立ち上げられ、逆に AUL が文部省からケチをつけられている。だからと言って。
「記者会見は見たんだな」
「うん」
「AUL には注意させた方がいい。
 支援者の中に弁護士はいるようだが、どうせ匿名だろう」
「そうみたい。
 ネットじゃ普通のことだけど」
「どこまで頼りになるかが問題だ。明日、なんらかの反応がなかったら相手にしない方がいいかもしれない」
「零さん?」
 サキは入り口に立ったまま零を見つめた。零の表情はいつもの通り。だが、今、零が言ったのは何だ。
「何か起こるっていうの?
 今日明日とか、そんなに早く」
「座れ」
 ソファに座る。京も隣に座った。同じく、感情の読めない表情だった。
「高見沢 幸 (みゆき) は、複数の学校に籍を持っている」
「知ってるよ。鴻仁と西三」
「城西第三は違う。単に、そこに出入りするために制服を使った、というだけだ」
「あ、そうなんだ。
 でも、それがどうしたの?」
「統合生徒会の幹部はほとんどがそうだ。必要に応じて顔を使い分けている」
「ほかにもいるんだ。
 そりゃそうだよね。あいつが一人で仕切ってるわけじゃないだろうし。
 そんなことができるのは多分、バックがいるから――あ」
 サキは腰を浮かせかけた。
「わかったんだ」
 零が頷く。
「実は、わかってからしばらく経っている。お前に報せるべきかどうかで迷っていた」
「なんで」
 いくらか不服そうだ。
「最初に言った。やることは分担した方がいい。お前が統合生徒会を、我々がそのバックを、という風にな」
「それはそうだけど。
 統合生徒会には AUL が対抗してる。あたしはそこから先に」
「AUL ではどうしようもないだろうな」
「どういうこと」
「バックが…なんと言うべきか。強力すぎるというのとは違う。近すぎる、というのか」
「近すぎる?」
 零は相変わらず窓側だった。外の木々が半月の光を受けて、ボンヤリと見えている。
「あたしたちに、ってこと?
 近いって、まさか凰鳴」
「そんな小さなところじゃない」
「じゃ」
「まだわからないのか。
 お前は既に、奴らが動き出したところを見ている」
「え?」
 またバカにしやがって、と思う。京にも何度か、鈍い、と言われている。だが、それは脇に置く。自分は既に統合生徒会のバックが動き出したところを見ている?
 これまでに起こったことをあれこれ考える。なにか兆しを見落としているのか? 今日までに一体何が。
「今日…今日?
 まさかさっきの会見が関係あるって」
「“MEDUC (メダック)”という単語は覚えているな」
「それが、あいつらの」
「“Ministry of Education”――文部省だ」
「まさか!」
 サキは立ち上がった。京は何も言わずにそれを見ていた。
「正確に言えば、事務次官の阿部 和夫が高見沢 幸を支えている。
 記者会見をやっていた男だ」
「あいつが…。
 あいつがお父さんとお母さんを!」
「それは調査中だ」
「あいつが!」
「サキ、座んな。
 まだ調査中なんだ」
「でも!」
 サキは唇を震わせながら京と零を見た。言葉が続かない。握り締めたその手も震えている。
「気持ちはわかるが、今のところ接点が見つかってない。
 阿部の指示ではないかもしれない。現場の暴走という可能性も捨てきれないんだ。
 お前の両親の、本当の仇がわかるまではもう少し時間をくれ」
「本当の仇…」
「統合生徒会が動いていた間、高校の世界が妙に静かだったのは、阿部があちこちを押さえていたから、ということだ。
 近すぎる、と言ったわけはわかるな」
「うん」
「お前の行動には、なお一層の慎重さが必要になる。簡単には動くな。危険だ」
「わかった」
 文部省の事務次官ということなら、学校というものに所属している限り、すぐ背後に敵がいるも同然だ。まさに、「危険」としか言いようがない。さすがのサキも、ここで軽々しく行動すれば、それが直ちに命取りになることはわかった。
「頼むよ。
 和実や、AUL のことも大事だけど、あたしにとっては、ここからが本番だ。お父さんとお母さんのこと。
 妙なことはしないって約束する。お願いだ、零さんもお京さんも」
「わかっている」
「交換条件なんか出すなよ」
 京が笑う。
「そんなことしなくたって、ちゃんとつきとめて、キッチリ決着つけるんだから」
「うん」
 サキは改めて力強く頷いた。

「お疲れ様でした」
 高見沢 幸は、次官室で、阿部に向かって軽く頭を下げた。
「何を言っているんだね。
 私にとっては記者会見など日常業務のひとつに過ぎない」
 と笑う。その顔だけを見れば、穏やかで大過なく勤め上げてきた一公務員という風情の阿部は、顔を引き締めると、あるいは口元だけで笑うと、うってかわって残忍な表情を見せる。
「そうでした。
 失礼を申し上げまして」
 もう一度、笑いながら頭を下げる幸。
「しかし、これで我々は USC を支持したことになる」
「ありがとうございます」
 また、目を細めて笑う高見沢。
「つまり今日の会見は、この計画における私のデビューでもある。そういう意味では、身の引き締まる思いだった、と言えないこともない」
「デビューだなんて。
 絵をお描きになったのは阿部さんですわ」
「では、やっと日の当たる場所に出た、とでも言い直すか」
「今日の阿部さんは、ご冗談が続きますわね」
 顔を見合わせて笑う。
「冗談ついでにお願いが」
「なんだ」
「例の『スケバン刑事』ですが」
「あぁ、あれか。
 心配することもあるまい。流石に、昔とは違って、現在の暗闇機関を押しつぶすのは難事だが、全く手を出せないと言うこともない。彼らに恨みを抱いているものは決して多くはないからな」
「排除の許可をいただけますでしょうか」
「排除?」
「はい」
 阿部は椅子の背もたれに寄りかかった。改めて高見沢を見る。
「君がそこまで嫌う相手がいるとはな。意外だよ」
「邪魔ですので。
 これまでは放置してまいりましたが、そろそろ排除しておきたいと思います。
 永遠に」
「構わないよ。USC のことは君に任せている。
 後始末のことは心配ない」
「ありがとうございます」
 高見沢が頭を下げる。
 二人はまた笑った。今度は満足げに。

Ver.1.0: 2004/01/11

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