「麻宮、麻宮!」
朝の教室に和実が飛び込んできた。だが、始業 5 分前、サキはやはりまだ登校してきていない。
「まだ来てねぇのかよ、あいつ」
和実は、サキの机を指で何度かたたいた。
「和実ぃ」
「ん」
「まだ、AUL (アウル: 反 USC 同盟) とかやってんの?
学校から言われてんでしょ。やばくない?」
和実は、森前を一瞬だがにらみつけてしまった。
「え、ごめん…」
森前ははビクっと息を飲んた。
「あ、ごめん。
あたし今、すごい顔しちゃった?」
「…」
「ごめんね、そんなつもりじゃ」
「うん、いいよ。あたしが変なこと言っちゃったからだよね」
「違うよ、そういうわけじゃ」
サキが登校してきたが、和実はサキに向き直ることもできず、森前になんと言えばいいのかもわからず、その場に立っていた。やがて、教師がやってきてしまった。
「何かあったのか」
「別に。
それより」
1 時間目が終わると、和実はサキを廊下に連れ出した。
「統合生徒会の総会がある」
「…。
知ってる」
「高見沢 幸 (みゆき) が出てくるって噂だぞ」
「らしいな」
「どうする」
「あんたは、どうするつもりだ」
「決まってるだろ、ぶっつぶして」
「さっきのことだよ。
森前と何があった」
「それは関係――」
「ないわけないだろ。
こっちは、他の奴らから見たら変人なんだよ。あんた、この先ずっと変人やってくつもりか。
猫かぶるのはやめたってんならいいけどな」
「お前はどうなんだよ」
「あたしは納得づくでやってるんだ」
「…スケバン刑事だからか」
和実は、遠慮したのか声を落とした。
「そうだよ」
「また、あたしたちと別にやるつもりじゃないだろうな」
「もうすぐケリがつく。
そろそろ、その後のことも考えておかないとキツいぞ」
「お前に説教されるとは思わなかったよ」
「総会のことについてはこっちも考えてる。
あんたにはちゃんと話をするからちょっと待て」
チャイムが鳴る。サキは教室に戻った。
零たちとの打ち合わせは、またしても、自分が子供だということを認識させられる出来事だった。
野口は、内容も言い方もドライで、まさに「スパイ」という感じがしたし、零はいつもの通りでそうでもないが、京が、進路資料室担当の「萩原 京佳」と違うのは勿論、ガレージハウスでサキと話をする時とも相当に違っていた。
彼らの話から想像するに、かなりの数のエージェントが動いているらしい。
サキは当初、自分が相手にしている統合生徒会は“PAS Project”のごく一部だったのだ、ということで少なからずショックを受けていたのだが、逆に、最も進んでいる作戦が統合生徒会であるということで、それを叩き潰すことの影響はかなり大きいことを知った。やはり、『麻宮サキ』が最前線にいる者だということに変わりはないのだった。
零達は、これまで統合生徒会が、北島 寛子などの高校生、あるいは藤澤さつきなど、高校生の教育に関心を持っている大人を、彼らに敵対する象徴的な存在として襲撃してきたのと同じことを考えている。つまり、統合生徒会は“PAS Project”の、現時点での象徴なのである。これを失敗に追い込むことはかなりの打撃になる。勿論、将来を背負うことになる子供たちを“PAS Project”の影響下から解き放つことの意味は、中長期的な観点から見れば、かなり大きい。
その手段を練っていた矢先に、統合生徒会の第 1 回総会が開催される、という情報が入ってきた。これまで、活動の初期に各学校を説得に回っていたのを除けば、名前が出るだけで姿を現わすことのなかった高見沢 幸がスピーチをするという。
これを直前に妨害することを提案したのはサキだった。同じように、象徴として、である。
最初の総会であり、統合生徒会が一定の規模に拡大した後に加入した学校にとっては名前だけの存在であった高見沢 幸を初めて見る機会。これを妨害し、総会を混乱に陥れることの意味は大きい。これまで、表向きは全く失敗をしたことのない統合生徒会が、最初の総会で最初の失態を演じるのである。加入して日が浅く、統合生徒会に対する信頼感の弱い、大多数の学校を揺さぶる効果があることは間違いがない。そして、高見沢を暗闇機関が拘束することができれば、阿部、ひいては磐田に対する牽制、あるいは取引材料としてこれ以上のものはない。
野口はこれに対して、別の観点から賛成した。後 2 ヶ月もしないうちに新年度が始まる。そうなれば、100 万人を超える新一年生が生まれる。その前に統合生徒会を潰滅に追い込んでおくべきだ、と言う。それは正しかった。もし統合生徒会が 4 月以降も永らえたとすれば、その後で潰滅に成功したとしても、その 100 万人が統合生徒会と接触する。仮に、統合生徒会の影響を受けるのがそのうちのわずか 1% だとしても、1 万人を超える支持者が生まれることになるのだ。彼らが入学する前の時点で、統合生徒会はあってはならない存在である、ということを明確にしておくべきだった。
「ちょっと待て。危険すぎる」
ガレージハウスでサキは、機関は前に出ないで欲しい、と京に言った。できれば一人でやりたい、と言う。
「気持ちはわかるけど」
「子供だけでやったってことにしたいんだよ。
守ってもらったって言うんじゃ、他の連中が入り込む穴を残すことになる。
確かに、あたし一人じゃどうしようもないけど」
「太田 和実は」
「一緒に来るって聞かないだろうね。
AUL のメンバーならどうにかなると思うけど」
「あたしが、お前たち二人だけで行く、なんてこと許すと思ってんのか」
「高見沢 幸だけつかまえればいいんでしょ。
会場につっこんで、あいつを連れ出すだけだ」
「奴らがどんな武装してるかわからない」
「楽屋だよ。
銃なんか撃ったら会場に聞こえる」
「サイレンサーは見たことあるだろうが」
「和実は連れて行きたいんだ!」
叫ぶサキ。
「なんだって?」
「あいつ…まだわかってないとは思う。
でも」
「責任持てるのか。
彼女にもしものことがあったら、お前、どうするつもりだ。
統合生徒会は単独で存在してるもんじゃない。秘密警察を作ろう、なんてことを考えてる奴が実行してるんだぞ。ホールの中にガスを撒いて、参加者全員を操るなんてこともするかもしれないんだ。そんなところに」
「頼むよ!
そうしないと、あいつ」
「サキ、お前、誰かに頼ろうなんて気持ち起こして」
「違う!」
京はサキの腕を掴んだ。和実に同情する気持ちになっているか、あるいは、怖気づいているのか。そのどちらかだとしか思えない。
「あいつ、クラスで浮き始めてるんだよ」
「…浮く?」
「AUL に関わった連中は全員、そんな感じなんだ。変わり者って目で見られ始めてる。関なんか、推薦で受かる奴はいいよな、なんてやっかんでる連中だっている」
それは京も知っている。だが、面と向かって何かを言われる、というところまでは行ってはいないはずだ。時期的に学年末に向かい始めていて、生徒にそれほどの余裕はない。余裕が完全になくなれば、爆発の危険がある、とは考えているものの、まだそう危険ではないはずなのだが。
「ほかの連中はいいけど、和実は生徒会の役員でも事務局員でもない。あいつは何なんだ、って雰囲気だ。こないだも、いつまで AUL なんかやってる、って言われてた。あいつ、睨み返しちまったから…」
なるほど。それは怒るだろう。そして、一瞬にしろ敵意を見せてしまった以上、彼女が再び「いじめ」の対象となる可能性がある、ということだ。
「だから、彼女に勝たせたい、ってことか」
頷くサキ。
例え変わり者と言われても、やっていたことは正しかったのだ、ということがわかれば、それは帳消しとなる。喉もと過ぎれば、で、今はその記憶も薄れてはいるが、統合生徒会が危険な存在だということは凰鳴学園の生徒なら知っている。結果を出せば、それは喝采を以って迎えられると考えていい。
そう意識してはいないのだろうが、サキは和実に成功体験をさせたい、と考えているのだ。
「1 日、待てるか」
「お京さん」
「お前とあの子だけを向かわせる、なんて、令も野口さんも、暗闇司令も、機関の誰も許可しない。目立たない形でガードする、ってところに落ち着くことになると思うけど、お前がそれで手を打ってくれればその手はずをつける」
「ありがとう、お京さん」
都心を外れた町に立つホール。大きなコンサートも行われるこのホールで、統合生徒会の第 1 回総会が開催される。
出席するのは加盟校の、主に生徒会役員である。学校によっては校長や理事長など、大人が出席するところもある。
最大の目玉は当然、会長たる高見沢 幸のキーノート スピーチである。
その前には、これまでの成果が報告されるのだが、授業の運営に、本格的に生徒を参加させる学校が 2、3 出てきているようだった。それに関する報告がなされることになっている。学校の存在理由である教育が、ついに学校の手を離れ、統合生徒会に移りはじめたのだ。それは即ち、“PAS Project”を推進する磐田 光之助が教育を掌握する第一歩でもある。
会場には出席者が続々と集まり始めている。一見、それは若者に人気のアーティストのコンサートか、と思われる年齢層ではあったが、彼らは一人の例外もなく学生服、セーラー服、あるいはブレザーと制服に身を包み、その襟や胸元には、やわらかな曲線の“USC”のバッジが誇らしげに輝いている。それは、スーツに身を包んだ大人たちも同じであった。
一点だけを見つめる黒、紺、灰色の若者の集団。統合生徒会は間もなく、高見沢 幸の号令一下、この集団を足がかりに、400 万人を統合するための事業に着手することになる。
サキが窓を開ける。
「うわ…」
ホールは 1 階にある。上階には会議室やレストランがあるのだが、機関はその会議室を押さえていた。
サキは、机を窓際まで動かし、机の足にロープを結び付けると、もう一方の端を下にたらした。和実はそれを見ると思わずつぶやいた。
「この部屋の下が大ホール。間に通風孔兼作業用ダクトがある。そこを伝って楽屋に入る。さっき言った通りだ」
京が入手した図面を見せて説明したはずだが、やはりその高さを目の当たりにすれば、躊躇するな、という方が無理だ。下は普通の 1 階ではなく、収容人員 3000 人のホールなのである。2m や 3m の高さではない。
「無理にとは言わない。
あんたはまだわかってないみたいだけど、これから本当に命のやり取りになる。勿論、ここから落ちたらお陀仏だ、ってことも含まれる」
「森下達に隠すわけだ」
このことは当然、AUL には知らせていない。ただ遠まわしに、そろそろ組織固めをしておいた方がいい、とは言ってある。何かが起こる、ということではなく、これから新学期にむけて統合生徒会が仕掛けてくる可能性がある、全国に残っている AUL メンバーの結束を再確認しておいた方がいい、という形である。今日の結果が、大きな波を引き起こすのは事実だからである。すぐに動けるように、というつもりだった。
今日は平日である。これは、統合生徒会の影響力がそこまで強くなっている、ということを示すものだが、サキにとっても好都合だった。この作戦が終われば、勿論、暗闇機関は不都合な噂が流れないよう情報操作に走り回るが、統合生徒会が潰滅した、ということだけは逆に広めなければならない。そして、万が一、警察沙汰になった場合でも、真っ先に容疑者とされる可能性のある凰鳴生徒会のメンバーは学校にいるわけだから、疑いようのないアリバイができる。関は 3 年生でもう学校には来なくなっているが、京が手を回して、中間報告ということで担任に呼び出されている。AUL の全員というわけにはいかないが、少なくとも、急先鋒と見られている凰鳴のメンバーについては労せずして手当てすることができた。
「大勢で来るわけにはいかないからな。
で、どうする」
「行くに決まってるだろ」
「大丈夫か」
「愚問」
「あたしが先に行く」
「麻宮先」
和実の軽口を無視する。緊張しているな、とサキは思った。
外に乗り出す。風はない。だが、やはりこの高さは恐怖だ。落ちたら無事ではすまない。自分は訓練を受けているからまだしも、和実は問題だった。ロープに足がかりになる結び目はあるし、カラビナもつけているし、コツも教えてはあるのだが、二人の体を結んでおけばよかったな、とサキは思った。
どれだけ過ぎたものか。ぶらさがっていては時計を見る余裕はないが、とてつもなく長い時間のような気がした。やっと、目標の通風孔が見えてきた。改めてロープの握りを確認して、その蓋に足を当てる。息を止めてゆっくりと押し付けると、足の下で蓋が緩むのが感じられた。よし、と覚悟を決めて、何度か蹴る。蓋は内側に倒れた。
縦横 1m もない穴に入り込む。サキはロープを二度、引いた。
和実が降りてくる。さっきよりも長い時間に感じられる。足が見えたときには、サキは安堵の息をついた。
(慎重にな)
事故が起こりやすいのは、始めたときではなく、終わる直前である。その思いが通じたのか、和実も無事にその通風孔に入り込んできた。
「行くぞ」
「ごめん、ちょっと待ってくれ」
「どうした」
「頼む、ちょっと」
恐怖感だろうな、とサキは思った。和実は膝をついて、入ってきたままの姿勢で息をしていた。やむを得ず、1 分ほど黙って待つ。
「悪かった。もう、行ける」
「よし」
二人はそのまま通風孔の中を進んだ。
下でも、ホッと息を吐いたものがいた。風魔鬼組の紫雲隊、東京拠点を率いる風間 結花であった。
「俺はやっぱり、どうかと思うな、二人というのは」
「あたしも、そう思わないこともないけど…それが、新しい『麻宮サキ』の方針なんだから」
夫であり、副官である練道 武昭と共に見上げていた視線をおろす。万が一の場合には彼らが受け止める手はずを整えていたのだ。
それだけではない。会場内にも、通風孔を含む管理設備内にも、紫雲隊の忍が潜んでいる。いつでもサキと和実をバックアップし、危険が及べば救出する態勢を取っていた。これは、暗闇機関のエージェントではそう数を割くことができないのと、既に顔が知られている可能性が否定できないことが理由である。作戦が成功すれば、機関は直ちに“PAS Project”の停止に動かなければならない、ということもある。更に、サキや暗闇機関とは全く異質の手法を使うことで、統合生徒会側を撹乱する効果も期待できる。風魔の関与が知れるのは、こちら側の包囲網が広く厚いことを阿部や磐田に認識させることになるので、それはプラスの影響である。こうしたことを考えて、京が手配していた。
「行くわよ」
二つの影が次の持ち場に移動した。
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