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「同窓会ならそれなりの会場を選んだらどうだ」
零は指先でコツコツと机を叩いた。
誰も何も言わない。彼女達は肩をすくめただけだった。
「確かに風魔には依頼を出した。だから、唯がいるのはわかる」
そして自分のパートナーである京が作戦室にいるのは当然のこと。だが。
「五代巡査部長とは何回か会ったことがあるの」
今は弁護士である二代目麻宮サキ、早乙女 志織が言った。
「で?」
零は視線を移した。
「あたしの方は、面識はないんだけどね。
警視総監の孫娘たちが秘密の刑事をやってる、って聞いたんで、ちょっと調べた」
初代の、今は浅谷 美咲と名乗っている、麻宮サキが言う。彼女が、零に対して含み笑いをして見せるのは今に始まったことではない。
「ま、ええじゃなかね。
あっちも人数が多いかい。こっちも人海戦術で」
「枯れ木も山の賑わいと言うからな」
精一杯の皮肉だったが、麻宮サキたちは顔を見合わせながら肩をすくめただけだった。零は、高校生の頃、女子高の前を通過したときに感じたのと似た居心地の悪さを味わっていた。
「そう言うなよ。みんな心配してきてるんだぜ、あの子達のこと」
京が助け舟を出す。誰を助けるためなのかはともかく。零は椅子を回して横を向いた。
彼女達を無理やりに帰したところでどうにもならない。勝手に動かれればその方が困る。
そして、唯の言う通り、人数が欲しいのは確かだ。それも、できれば、暗闇機関のエージェントでない人間が望ましい。風魔に声をかけたのはそれが理由だが、それに、勝手のわかった人間が二人増えた、と考えることもできた。
「それで、一体どこまで掴んでるんだ、我らが麻宮サキは」
秘書は、丁寧に頭を下げて見せ、零を応接セットに誘導したが、体は万一に備えて緊張しているし、後ろをついて行く零に対する警戒もはっきり感じ取れた。あるいは、内閣機密調査室は統制が取れていないな、などと考えているのかもしれない。
警視総監は、例の参考人招致の要請に対する検討のため会議に出席している。そもそもの発端が、内閣官房の職員の死亡――自殺か他殺かはまだ不明である――事件で、官房の下部組織である内閣機密調査室からも誰かが出席している筈だ。その留守に機密調査室の人間が訪れる、というのも奇妙な話だった。
だが、そこが「機密」調査室であるだけに、総監秘書と言えども知らされることのない様々な事情がうごめいている、というのもまた事実。そこを不用意に詮索するような真似をすれば、出世に関わる、ということは誰でもわかる理屈だった。
(出世できなくなる、というだけで済めば、それはむしろ喜ぶべきことだろうな)
深いソファに納まって足を組む。向こうは警視総監で、しかも、高校生の孫娘がいるほどの年長者。こちらは、すでに戸籍も名前も失い、陽の当たらない世界を走り回っている秘密機関のメンバー。それでも下手には出ない。それは、彼が暗闇機関のエージェントであるからであり、また、名前を失う前の彼自身が持っている性向によるものでもあった。
しばらく待つとドアが開いた。
「これはこれは」
銭形警視総監が方向を変え、ニコニコと近づいてくる。零も立ち上がった。
「ごぶさたしています」
「そうですねぇ、何年ぶりになりますか。
あぁ、怪我をなさったと聞きましたが、その後、いかがですか」
視線が零の左側に移る。頭を打ち、それによる網膜剥離で左眼が失明していることを言っているのだ。
「慣れました」
「そうですか。
随分とお待たせしたようですね。ここのところ、ちょっと立てこんでいましてね。
さ、こちらへ」
総監室へ通される。大きなドアが閉まった。
「さて」
銭形は大きな机を回り、大きな椅子に納まった。
「近くまで寄ってもよろしいでしょうか」
「勿論です。遠慮することはありません」
遠慮ではない。不意に近づけば、この総監室を監視している警備員が飛び込んでくるからだ。
「失礼します」
同じように机を回り、その横に立つ。
「護衛の体制はどうなっていますか。強化なさいましたか」
「誰のですか?」
「お孫さんのことです」
「いいえ」
にこやかな表情のままで言う。
「なぜです」
長女の愛は、神無島からフェリーで戻ると同時に襲われている。半日逃げ回った後、帰ってきはしたが、襲撃者が捕らえられたわけではない。
「戻るのを一日遅らせたのは、狙われているのがわかったからではないのですか?」
迎えに行った舞が無事だったのは、現在の護衛が働いたおかげだろうが、それを強化したわけではない、と言う。
「それは、刑事をやっている以上、避けられないことです。あれも覚悟の上で刑事になったわけですし」
「本当に」
本当にそうなのか、と言いそうになる。零は口をつぐんだ。人のことが言える立場ではない。
「では、人事異動の件は」
「異動?
この時期にですか」
「はい。
二人ほど、異動の打診をされた者がいる筈です」
「…」
五代 潤の異動については、志織が本人との世間話で耳にしていた。
彼は、昨年の春、小笠原の神無島に赴任したものの半年で本庁に戻され、その 3 ヵ月後にはまた神無島に戻ったのだが、更に 3 ヶ月経った今年の春、また本庁勤務となった。そして、さらに転勤の話があるのだ、と志織に語った。優秀な刑事はひっぱりだこだよ、と強がりでもなく、おそらくはそう信じているらしく、本当にうれしそうだった、と志織は苦笑まじりに付け加えた。
そして、高村 一平については、北海道警での研修の話がある、という。これも、警視庁の捜査一課に配属されたのは今年の初めで、随分とあわただしい人事である。
だが、警視総監に対する異例の参考人招致要請、孫娘に対する襲撃の試み、彼女達と組んだことのある二人の刑事が急な転勤。これを無関係と考えるのは無理である。
銭形の沈黙は長かった。異動の話は初耳だったらしい。確かに、警視総監のところまで、個々の職員に対する異動の内示までは伝わってこないだろう。最終的には総監が許可の印を押し、辞令も総監名で出るのだろうが、そうなってしまってからではどうしようもない。
「しかし、今は色々と事件が相次いでいてね」
「差し支えなければ、私が人を出しますが」
「おぉ、それはありがたい」
狸め。零はつぶやいた。
眼光鋭いナイフのような男、見るからに裏でよからぬ事をしているに違いないと思わせる男、あるいは穏やかで人当たりのよい男。そのいずれでもない。ごく普通の、この制服がなければ全く印象を残さないのではないか、というくらい特徴を感じさせないこの男こそが、現在の警視総監なのである。「孫煩悩」な好々爺というのは見せかけで、警察の世界の表と裏に通じた男なのに違いない。そうでなければ警視総監などつとまるわけがない。大体、「スケバン刑事」のように超法規的とは言わないまでも、「ケータイ刑事」もまた特例づくめのシステムである。一筋縄で行く人物ではありえない。
まぁ、それはいい。
五代と高村を銭形姉妹から遠ざけようという動きがある以上、警視庁内部にも敵はいる、少なくとも、敵の遠隔操作が可能な人間はいる、ということだ。警視庁から彼女達の護衛を出すわけにはいかない。銭形も苦慮していたのであろう。そこに暗闇機関がしゃしゃり出てきたのは渡りに船、というわけだった。そして客観的に見ても、このような事態で動ける組織は暗闇機関しかない。
「では、一任いただけますか」
「そうそう、検察は」
「押さえました」
警察内部のトラブルであれば、身を乗り出してくるだろう。まして銭形姉妹と面識のある検事正もいる。その多摩川ドイルは小学生、動きを封じるのは容易だった。まったく、組織というのはありがたいものだった。
「あぁ、それと、『彼ら』とはうまくやってください」
「…はい」
代々、銭形家を守ってきた一族がある。白く長いスカーフを誇りとする彼らのシルエットを零は頭から振り払った。あのテンションにはついていけない。誰か適当な奴をあてがうことにしよう。
《警視庁から入電中…警視庁から入電中…警視庁から入電中…》
泪はケータイをとりあげた。事件ではないようだった。
「白山の喫茶店“mar”に向かえ?」
目的がわからないが、指示は指示だ。MTB を走らせる泪。
ドアを開ける。全体が飴色で統一された、小さいが落ち着いた店だった。髪の長い、エキゾチックな美人が、いらっしゃいませ、と言った。足元には赤いレンガ。港町の倉庫街、という雰囲気。
「あの、こちらに浅谷さんって方は」
奥の方で物音がした。
「銭形さん?」
笑顔の女が顔を出した。かすかに下がった目尻が人柄を偲ばせる。やわらかな声も心地よかった。
「はい」
どうぞ、と店の美人が進めた。奥のテーブルに入る。
「はじめまして。
浅谷 美咲、といいます」
「…銭形 泪です」
美咲はカバンから紙を出してきた。異動の辞令だった。
「捜査一課…?」
そして身分証をかざす。警部補。
「高村さんに代わって、あなたと組むように命令を受けた。
よろしくね」
「あ、そうなんですか」
なぜか体が固くなる。浅谷 美咲は、笑顔は見せるが、気を抜かない。油断しない、と言ってもいい。
だが、彼女は捜査活動のパートナーである。相手を理解しないことには始まらない。
「あの」
「なに?」
「前は、どちらにいらしたんですか」
「出戻り」
「は?」
予想していない単語だった。
「結婚の話があって、刑事をやめたのよ。でも破談になっちゃってね。
それでブラブラしてるうちにこの年。戻るのなら今しかない、と思って」
「破談」
「女は魔物とか言うけど、男ってのも、意外に本性、隠してるものなのよ。
銭形さんも気をつけてね。マリッジ ブルーになった花嫁をほったらかしにする男は選んじゃ駄目」
「はぁ」
相変わらず、笑顔ではあるが、緊張感は残っている。
だが、こんなことを、今朝の朝食はトーストだった、というようなことと同じレベルで口にする人間は初めて見た。しかも初対面なのに。
(もともと、壁を作らない人?)
もうすこしつついて見るか。
「恋多き人、だったりして」
「わかる?」
大きな目を開く泪。
「高村さんにはちょっと会ったんだけど、フラっと行きそうになった」
「えっ?!」
「だって、いい男でしょ。渋い感じで」
「は、はぁ」
「性格が問題だけどね
あれについていくのは疲れる」
首を振る。泪も吹き出した。
「ですよね」
「そうか、銭形警視正はこういうのと 4 ヶ月も組んでたのかー、って。言い方は悪いけど、それだけで尊敬しちゃう」
「ま、ちょっと」
「ああいう親父は、掌で転がしちゃう?」
「はい、コロコロと」
また吹き出す泪。美咲も静かに笑った。
信号が赤になる。舞は MTB を止めた。
なんだか気分がくさくさする。祖父に対するバッシングは一向におさまらないし、現役「ケータイ刑事」の泪が忙しいのはしょうがないとしても、帰ってきたばかりの愛もなんだかんだと外出しがちである。
隣に男が立った。反対側にも。
「?」
なによ、と言いそうになる。それくらい近い。
「自転車を降りろ」
右側の男が低い声で言った。気配を感じて振り向こうとすると、止められた。後ろにも一人。
「我々について来い。
逃げようとしても無駄だ」
後ろで撃鉄を起こす音。
(誰?
まさか、おねえちゃまを襲った奴ら)
信号が青になる。後ろのタイヤを押す気配があった。やむをえず大人しく MTB を降りる。舞は、3 人の男に囲まれるようにして、MTB を押しながら信号を渡った。
(どうしよう…)
MTB をぶつけてやれば右側の男はなんとかできる。だが、左側の男に捕まるかもしれない。後ろの銃はどうする。音だけかもしれないし、モデルガンかもしれないが、試してみるわけにはいかない。
(どうしよう…)
渡りきってしまった。
「公園に入れ」
やむをえずついていく。彼らは林のようになっている方へ舞を誘導した。大声を出せば、そこにいる人たちが気づいてくれるかもしれない、と思ったが、よく見れば、親子連れ――父親ではなく、母親――ばかりだ。いぶかしげな視線は感じられるが、助けになるとは思えない。
(大体、よちよち歩きの子供がいるところで、騒ぎ起こせないよ…)
動けない。今は両手でハンドルを持っているが、片手を離しただけで向こうの動きを誘ってしまいそうだった。
(どうしよう…)
風が吹いた。かすかに舞の左側の頬をなでる。
「伏せて!」
一瞬、反応が遅れた。左側にいた男がいなくなっているのだ。だが、これはチャンスだ。舞は走った。
そして振り向く。
銃を構えた男のもとに、上空から何かが飛んできた。銃が叩き落される。
「え?!」
その塊が、立ち上がりざま、拳銃を持っていた男の顎を下から跳ね上げる。
残った男が、その女に飛びかかろうとした。
「危ない!」
だが、その鋭い目の女は、舞がケータイをとりだすより早く、男の首筋に手刀を入れていた。
「すごい…」
「大丈夫?」
「え、は、はい」
女が駆け寄ってくる。だが、その表情は一転して柔らかいものになっていた。背も高くはない。舞よりわずかに低いくらいだった。これが、3 人の男を一瞬で倒してしまった人だとは信じられない。
「よかった、間に合って」
すると手元のケータイが鳴った。
《警視庁から入電中…警視庁から入電中…警視庁から入電中…》
「え?」
この着信ボイスは、「ケータイ刑事」への連絡時にしか使われないものだ。去年の暮れ、しばらく勉強に専念しろ、と言われて以来、この声が響いたことはなかった。
メールだった。
「おじいちゃま?」
《本日付で、ケータイ刑事への帰任を命ずる。
パートナーとして》
そこまで読んだところで、視界で揺れるものに気づいた。
その女が微笑みながら身分証を掲げている。
職階は警部補。
「本日付で、警視庁 捜査一課に配属になりました、風間 唯です。
よろしくお願いします、警視殿」
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