スケバン刑事外伝・番外編 -“Obituary ZERO”-

“17”-ケータイ刑事 vs. スケバン刑事-

犯人は“SD”〜五代・高村誘拐事件 (前編)



(あいつだ)
(うわ。
 いかにも、のオヤジ)
(頼んだよ)
(はいはーい)
 泪は角を曲がった。小走りにやってきたその男とぶつかる。
「あっ」
「どこ見てるんだ!」
 さっきまでおどおどとしていたくせに、こういうときには居丈高になる。小物の犯罪者の典型例である。
「いったーい!」
 泪は悲鳴をあげた。転んだ姿勢のまま足をさする。
「痛いよー、足、折れちゃったかも。
 あーん、痛ーい」
「お、おい。騒ぐなよ」
「痛ーい。えーん、おかーさーん」
「馬鹿、泣くな!
 こんなちょっとぶつかったくらいで折れるわけないだろうが」
「痛ーい。誰かー」
 周りをあたふたと見渡す男。泪の声で人が集まってきそうだ。
「静かにしろ。
 てめぇ。うるせぇっ!」
「痛ーーーい」
 泪は更に声を張り上げた。
「いいかげんにしろ、ぶっ殺すぞ!」
「なんだって?」
 男は不意にその右手をグイと掴まれた。
「大丈夫か」
「痛いよー」
 いくらか声が小さくなる。
「あんた、どういうつもりだ、女の子を怪我させるなんて」
「ちょっとぶつかっただけだ――あいたたた」
 美咲はその腕をねじり上げた。
「ちょっとぶつかっただけで、『ぶっ殺す』なんて口にするもんか。
 傷害の現行犯、殺人未遂もつけてやろうか」
「貴様、サツか!」
 男は体ごと美咲にぶつかってきた。その勢いにさすがの美咲も体勢を崩す。走って逃げる。
「泪!」
 泣き喚いていたのが嘘のようにケータイを振り上げる泪。ストラップは長く伸び、男の背後で広がった。
「うわっ!
 な、なんだこれっ!」
 その網に絡め取られてしまう。男はジタバタともがくだけだった。それを見下ろす美咲。
「下着泥棒やら盗撮やら。色々と忙しかったようだけど、それで被害届が出てる。
 大人しくしな」
「だましたな!」
「やかましい!」
 美咲の一喝。泪はさらにその網を締め上げた。

 睨み返す女。だが、舞は動じなかった。
「もう一度、聞きます。
 契約書を書き換えたのはあなたですね」
 唯は気づかれないように重心を移動させた。
「くそっ!」
 女は机の上の書類をばらまいた。紙の束と、鋏やピンなどの凶器が舞に降りかかる。
 だが、唯の方が早かった。こちら側の机のデスクマットを引き出してかばう。
 唯はそれをそのまま払った。大きなマットに女の体が押し倒される。だが、女は床に手をつきながら体勢を立て直し、ドアを開けて外に飛び出した。カンカンと音を響かせて階段を下りる。
 階段を飛び降りる唯。先回り。
「通せんぼじゃ」
「どけ!」
 女が腕を振り上げる。その手にはペーパーナイフ。
「唯さん!」
 踊り場の舞がケータイを振った。まっすぐに伸びる真っ赤なリボン。
「ぐっ!」
 リボンが腕を捉える。女はその格好のまま動けなくなった。
 唯がペーパーナイフをもぎ取る。
「私文書偽造。
 わざわざ傷害やら公務執行妨害やらをつけくわえることはなか」
 女はその場に崩れ落ちた。
 舞はほっと息をついた。

「もう、美咲さんったら、最っ高!」
「唯さんって、かっこいいんだから!」
 祐美は、興奮してまくし立てる二人を、いささか引きつりながら見ていた。その気持ちはわからないではないが。
「静かにしなさいよ。もう、子供なんだから」
 愛が言う。
 その夜は、祐美が銭形家に招待されていた。とは言っても、両親達の気遣いで彼女達だけのパーティになっている。末の妹は用事があるとかで出かけていた。急な予定変更は嫌いなたちらしい。
「おねえちゃまだって、美咲さんに会えばわかるよ」
「署長さんの仕事は終わったんじゃないの」
「まだ次の辞令ないし…」
「愛さんも、ケータイ刑事に戻りたいの?」
「別に」
 無理している様子ではない。
 彼女達が、なぜケータイ刑事をやったのかについては、祐美も関心がある。
 どうやら、「麻宮サキ」達に選択の余地がなかったのとは事情が違うようだ。
(正義感、だけ…?)
 祐美にはそう見えた。犯罪に立ち向かうことによる危険に対してどこまで覚悟ができているのかは残念ながら疑問が残る。
(「刑事」と「スケバン刑事」は違うんだけどね)
「今度、祐美さんにも紹介しますから」
「やめてよ、祐美ちゃんは普通の高校生なんだから」
「別にいいじゃない、紹介するだけなんだから」
「でも、おねえちゃまを助けてくれた人だから、素質はあったりして」
「いや、そんなことは…」
「すいませんねぇ、至らない姉がご迷惑を」
「あんただって、逮捕術免除だから警視になれたんでしょ」
「おねえちゃま、それは言っちゃだめでしょ」
「あたし達、そこはおんなじなんだから」
「いいなぁ」
 祐美の一言で注目が集まる。
「なにが?」
「楽しいなぁ、と思って」

「五代さん!」
「早乙女さん、逃げて!」
 流石である。さっきまで、何を期待していたのか鼻の下を伸ばしていた男の顔が引き締まった。
(3 人)
 全員が警棒を握っている。
 はっきりしない街灯の下で目出帽。顔はわからない。
 敵は志織など眼中にないようだった。揃って五代に襲い掛かっている。志織は、その内の一人の襟をつかんで引き剥がした。
(プロじゃ)
 身のこなしが違う。引き剥がすことができたのは、彼らが志織を相手にしていなかったからだ。
 志織はスラックスのポケットに手を入れた。ヨーヨーをつかみ出し、それを握ったまま相手の頬を殴りつける。
「やめるんだ!」
 五代が駆け寄ってくる。男達もそれについてきた。彼らは見方を変えたようだった。志織にも飛び掛ってくる。
「早乙女さん!」
 五代は志織をかばうようにして後ずさった。
(こん男)
 護衛の対象ではあるが、この状況では邪魔だ。やむをえない、一瞬だけ盾として使わせてもらうか。志織はヨーヨーを肩先に掲げようとした。
 足に何かが当たる。通路の手すりだった。
 男達が一斉に飛び掛ってくる。五代は、いきなり後ろを向くと、志織の体を押した。
「な」
 手すりを越えて志織の体が落ちる。志織は芝のスロープを転がり落ちた。
 肩から落ちたらしい。立ち上がると、右肩に激痛が走った。
「余計なことを」
 五代としては、志織を守るためにやったのだろうが、それはやはり余計なことであった。
 痛みを堪えながら脇の階段を駆け上がったが、既に五代の姿も襲撃者の姿もなかった。

 警視庁。
 泪と舞が呼び出された。いくらか青い顔で指定された部屋に向かう。美咲と唯が待ち構えていた。
「何か要求は」
「ない」
 美咲が手紙を差し出した。泪が中を開く。

ごだいくんはあずかった
12349*0# 124679*0

「これだけ?」
 新聞やチラシの文字を貼り付けた、よくある脅迫状だった。だが、書いてあるのはこれだけ。交換条件も要求もない。
「封筒にも、その紙にも指紋はない。
 糊についても、今のところ特殊なものだって話はない。
 この手紙は、あんた達が見たら、鑑識に戻す。
 コピーは渡しとくよ」
 泪と舞は、改めてその手紙のコピーを見つめた。
「その数字、なんかの意味があると思う。
 解読、あんたたちに任せていい?」
 二人は唯の言葉に頷いた。
「あたしたちはその結果で走り回る。頼りにしてるよ」
「姉さんは?」
 美咲が首を傾げる。
「おねえちゃまは、おじいちゃまのところに」
「総監の?」
「復帰の辞令を出すようにお願いするって」
「そうか…。
 あたしたちは出かけてくる。頼むよ」
「がんばります」

「この記号、なんだろ」
「覆面算かな」
 泪の言葉に、舞はその数字を、縦に並べてホワイトボードに書き写した

12349*0#
124679*0

「使われてない数字は…5 と、8…。
 アスタリスクかシャープのどっちかが 5 で、どっちかが 8?」
「アスタリスクが 5 だとすると」
 赤でアスタリスクを 5 に書き換える舞。
「待ってよ。
 計算式がわかんないと」
「そうか。結果もないし」
 覆面算というのは、

 というような式である。それぞれの字が何らかの数字を表している。
「い」に着目する。同じ数字を足した結果がまた同じ数字になる、という数字は 0 しかありえない。したがって、この式は

0
0
0

 となる。
 十の位は繰り上がっていない。したがって「あ」、つまり「る」と「ま」を足した値は最大で 9 である。
 また、「る」と「ま」は 0 ではなく、かつ別の数字を指すから、「る」と「ま」の最小の組み合わせは 1 と 2、その場合、「あ」は 0、1、2 のいずれでもないので、3 から 9 のどれかということになる。
 このように手順を踏んで行くのだが、この場合、これだけでは「あ」「ま」「る」の値を特定することはできない。ほかの情報が必要だ。
 手紙の暗号も同じである。まず、二つの値を足すのか引くのかがわからない。そして、その結果がいくつなのかも書かれていない。
「通信のコマンドは?」
 舞が端末を取り出した。電話を使ったデータ通信では、数字と、‘*’や‘#’を含むごく少数の記号を使って内容をやりとりする方法がある。
「でも、どこと?」
 データ形式は、通信する機械によって微妙に異なる。通信処理をする相手を特定しなければ、そのデータ形式から意味を読み取ることはできない。犯人と彼女たちがともに知っている筈の相手…。
「警視庁、とか」
「今時、外に直接、繋がってる電話なんて FAX しかないわよ」
「う…ん」
 FAX は画像をやり取りするためデータ量は膨大である。この程度では何も送れない。
「関係ないのかも。
 暗号は、平仮名の方?」
「“1234”だもんね…」
 たしかに。暗号を作っていて、“1234”というような安易な数字の羅列になってしまう可能性は決して高くない。目くらましかもしれない。
 そして、「五代君は預かった」という文に、新聞などで見つけることの難しい字はない。すべて平仮名なのは、別の読み方をするためなのかもしれない。
「舞、数字の方やって。あたしは平仮名をやる」
「うん」
 二人はホワイトボードを部屋の真中に移動した。それぞれが一方の側を使って分析にとりかかる。

Ver.1.0: 2004/8/29

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