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「右肩を強く打ってるけど、骨に異常はない」
零の作戦室に安堵の息が漏れた。志織の怪我は心配したほどではなかった。
「熱血だね、五代巡査部長は」
「よしあしだな。
高村巡査にも気をつけるように由真に伝えろ。表面的にはともかく、似た傾向がある。
銭形姉妹はどうしている」
「家には帰したけど」
結局、泪と舞はその暗号を解くことはできなかった。そもそも、暗号ではなかったのかもしれない。
ただし、あの数字が覆面算なのだとすれば、計算方法と計算結果が別便で届けられる可能性はある。そもそも、五代をさらっておきながら要求が何もない。次がある、というのは自然な考え方だった。
だとすれば、高村の身柄が危ない。彼女達に、すでに護衛をつけてあることを納得させるのは一苦労だった。どうやらここにきてやっと、事態の深刻さに気づいたらしい。唯は二人を半ば引きずる様にして家に帰らせたのであった。
「唯、増員はできないか」
「どこに?」
「高村巡査の方。
北海道研修の筈がまだ東京にいる」
「受け入れ先の準備がどうこうって、由真姉ちゃんが」
「本当かどうか怪しいもんだ」
「暁 (あきら) がついてはいるけど…わかった。言っておく」
「道警の方は、どうだ、お京」
「警察庁だね」
零は、やっぱりか、と言いながら椅子に沈み込んだ。
「どうする」
「慧を使ってやってくれよ。
しびれ切らしてるからさ。毎日、あたしもあたしもってうるさくって」
美咲が言った。彼女の口調にはいつも余裕がある。
「一人では出せない。
調査には機関のエージェントを出すにしても」
「やっぱり…あいつかな」
京は零の返事を待たずに電話を取り上げた。
「What's happening...?」
「見た通りだよ」
見える範囲で 5 人。向こうが銃を構えているのはわかるが、それで全部かどうかはわからない。
零たちの懸念通り、高村が襲われた。強盗事件が起こった、と言われて人気のない夜の公園に急行したのだが、捜査するより前に高村と由真が襲われてしまった。
さすがの高村も銃を取り出した。木の陰に実を隠す。
「ところで君はまた不思議なものを持ってるねぇ」
「あたしもそう思うよ!」
由真の手からリリアン棒が飛ぶ。使い慣れた銀色の槍。それが襲撃者のすねに突き刺さった。低いうめき声を上げた隙に白い糸が伸びる。
高村が口笛を吹く。あっという間に男は街灯に結び付けられてしまった。
「使いようだねぇ」
「あんまり余裕かましてねぇ方がいいぞ」
「Well, well, well...」
高村の銃が火を噴く。反対側で金属音。正確に銃を弾き飛ばしたらしい。
「やるもんだね」
「ロス仕込みだよ。自慢じゃないけど」
「3 人か」
まだいるのかもしれない。
「ちょっと見ててくれよ」
「What?」
由真は右手を額にかざした。止観。目を閉じ、心の目で周囲の気を捉える。木々の葉ずれ、風、足音…。
(ライフル!)
顔を上げると同時に、高村の体を引っ張る。倒れた瞬間に、高村のいた場所に弾丸が突き刺さった。そして、狙撃手のいるであろう方向に顔を向けた瞬間に銃声。
「!」
由真の右手から鮮血が飛び散った。
「風間君!」
「伏せてろ!」
銃を構える高村。だが不用意だった。さきほどの意趣返しか、その銃は別の方向からはじきとばされた。
襲撃者達は姿をあらわした。4 人。狙撃手は含まれない。
わかっていた。部下達の気配が、暁ともう一人分しか感じられない。半分が、どこかでやられたか、あるいは足止めを食っている。ライフルの銃口は高村か由真に狙いをつけている筈だ。ここで動くのは危険だ。
(由真様!)
「来るな!」
その声が、自分達に向けたものであることを悟った暁は、顛末を唯に知らせるため、その一人を脱出させた。そして、高村と由真が乱暴にバンに載せられるのを見届けて尾行を開始する。
「高村さんまで」
泪は立ち尽くした。
「おねえちゃま…」
「文面は同じだ」
美咲が手紙を差し出す。
たかむらくんもあずかったよ
12349*0# 124679*0
泪は手を出さなかった。舞が受け取る。
「どう、難しそう?」
「まだ…」
ホワイトボードには先日の試行錯誤の後がまだ残っていた。
するとドアが乱暴に開いた。
「泪、舞!」
「おねえちゃま」
愛だった。
「はじめまして。
銭形 愛です。
たった今、おじいちゃまから帰任の辞令をもらってきたところです」
「噂は聞いてるよ」
後ろからついてくるのは祐美。美咲と唯は、短く目配せした後、誰だそれは、という顔を作った。
「あ、この人は菅原 祐美さん。
前にも助けてもらったことがあるんですけど、今回、お手伝いをお願いしています」
祐美は、全員知った顔ではあるが、深々と頭を下げた。
「ちょっと、もう一回見せて」
舞が手紙のコピーを渡す。愛は、それを穴が開くほど見つめた。
12349*0# 124679*0
(本当に覆面算?
計算方法も結果もまだ知らされないのに)
「あ、柴田さんは」
もう一人、彼女達に近くて狙われる可能性がある人物がいた。
「鑑識に、自宅から出すな、って言ってある。護衛もついてるよ」
「そうですか」
では、次の手紙を待っていても無駄だ。これだけで解かなければならない。
(数字は増える一方。数字で何かの文字を示してるわけじゃない)
ア行を 1、カ行を 2、さらにア段を 1、イ段を 2、という風に数字をふっていけば、例えば「マイ」は 71-12、「ルイ」は 92-12 という様に表すことができる。だが、暗号化のバリエーションを考えるにしても、このような方法を使えば数字は入り組む筈だ。この暗号は、途中は抜けているにしても、1 から 9 へと増えている。
(0 は特別扱いのことが多いし)
「あんたたちを狙ってるとは限らないよ」
「おじいちゃまかも」
美咲と泪。
そうかもしれない。祖父をゆさぶるための足がかりとして銭形姉妹、そして彼女達を締め付けるために五代と高村。それは考えられる。
(それとこれとは別。今、ターゲットになっているのはあたし達)
末の妹には、やはり、外出するな、と言ってある。銭形邸はもとも警察の警護対象だし、今回のことで警備は強化されている。まずは安心だ。
(狙われているのは、あたし達、ケータイ刑事)
愛は、ハッと顔を上げた。
「おねえちゃま」
自分のケータイを取り出す。
「どうした」
「謎は解けたよ、ワトソン君」
「和田さん?」
美咲が困惑する。唯は、ほかに誰かいるのか、とあたりを見渡した。
「向こうが、五代さんと高村さんを狙った以上、あたしたちがケータイ刑事だってことを知ってると思われます。
暗号をよこすとしたら、そこにひっかけてくると考えるのが自然です」
愛に余裕の笑みが戻ってきていた。
「わざと、ってことか」
「解けるように作ってあるんじゃね」
「はい。
ですから、そんなに複雑な暗号ではない可能性が高い。
泪と舞は、難しく考えすぎた。それでつまづいてるんじゃないかな」
「難しく?」
「教えて、おねえちゃま」
「話は簡単」
ケータイを掲げる。
「そこにある数字を押していけばいいんです」
「数字?」
唯はホワイトボードの隅に枠線を引いた。愛のケータイ電話と見比べながら、数字のある場所を塗りつぶしていく。
12349*0#
124679*0
「鍵カッコ?」
「アルファベットの‘S’と‘D’だと思うよ」
「‘S’と‘D’?」
「何?」
「…知らない」
「それじゃ」
「何にもならないじゃない!」
「暗号が解けただけでも進歩でしょ!」
「わかった。
そういう組織がないかどうか調べさせるよ」
美咲がとりなした。
「単純な方法を敢えて選ぶ、ってのいうのも手なんじゃね」
唯がマーカーを置く。
「泪が言ってた海王星団は?」
「海王星は“Neptune.”‘S’も‘D’もないよ」
「“Secret”、“Division”、“Death”…怪しい組織が使いそうな字ではあるよね」
舞が言うと泪も愛も頷いた。
眠れない。泪は何度目かの寝返りを打った。
ケータイ刑事、ひいては、警視総監に対する人質として捕らえられたのであれば五代も高村も無事だろう。だが、拷問などうけたりはしていないだろうか。
(早く“SD”の謎をとかないと)
ケータイが振動した。泪は飛び起きてそれを手にとった。ディスプレイに「高村」とある。
「高村さん!」
警備陣の目を逃れて MTB をひっぱり出す。うまくいった。家を離れてから漕ぎ始める。
「夜間はライトをつけなきゃ駄目だぜ、警視正」
角から聞こえて来たのは美咲の声だった。
「この夜中にどこへ行く気だ。高校生が」
「五代さんと高村さんを助けに」
二人はにらみ合った。
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