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「自分の立場がわかっとらんようじゃね」
唯は舞の MTB の前に立ちはだかった。
「だって五代さんが」
「狙われてるのはあんたじゃ、舞」
「でも!」
「あたしらのチームが護衛しちょってもあの二人はさらわれてしもうたんじゃ。
あんた一人で何ができる」
彼女達のケータイの電波は機関が捕捉してあった。唯や美咲のケータイでその通信内容を把握できる。敵は、五代や高村を助けたければ一人で来い、と連絡してきたのだった。
「唯さん、お願いです。行かせてください」
「どうやって助け出すつもりだ」
美咲は泪の懇願を一蹴した。
「あたしが行かないと」
「あんたが行けば、奴らは決定的な人質を手に入れることになるんだ」
「そんなこと!」
「五代 潤にしろ高村 一平にしろ、黙ってさらわれたわけじゃない。
本人は抵抗してるし、こっちがつけた護衛は大怪我してる」
暁は尾行を気づかれ、これも深手を負った。五代を襲撃したときの、志織の「抵抗」から、彼らもやり方を変えたらしい。
「殺された奴だっているんだぞ。
そんなところにあんたが一人で乗り込んでいってどうなるって言うんだ」
「美咲さん!」
「帰るんじゃ
あんたを警護するのもあたしの任務のうちなんじゃよ」
「いくらパートナーだからって、そんなことまで」
「舞、戻ろう」
「わかりました」
はっきりした、だが低い声。舞は、言葉とは裏腹に MTB のスタンドを立てた。そして身分証をかざす。
「あたしは警視、唯さんは警部補。
年齢では先輩でも、職階はあたしが上。
命令です。あたしを通してください」
「舞…」
「あたしに権威を振りかざしたって無駄だよ。つきあいは短くたって、それくらいわかってると思ったけどね」
泪は睨みつづけている。
美咲は小さく笑った。
「スケバンまで張ったこの麻宮サキが、何の因果か落ちぶれて、今じゃマッポの手先。
笑いたければ笑えばいいさ…だがなぁ」
顔を上げる。泪の顔がこわばった。
「可愛い後輩を危険な場所に行かせるほど老いぼれちゃいねぇんだよ」
ヨーヨーをかざす美咲。乾いた音がして蓋が開いた。
「桜の…代紋」
「あんたは頭もえぇ。今、あんたが掴まったらどういうことになるかわかる筈じゃ」
「唯さんが、スケバン刑事? 暗闇機関の?」
「五代さんと高村さんは必ず助け出す。今のところは堪えるんじゃ」
舞は身をよじって叫んだ。
「唯さん!」
「まだわからんのか。
自分がやったことを考えてみぃ。
あんたは、警察が警備している銭形邸にも抜け穴があるってことを自ら証明してしもうたんじゃ」
「抜け穴…」
「いいか、やつらの最終目標は銭形警視総監なんだ。人質になるのは、あんたのオヤジさんやオフクロさんでもいいんだよ」
泪の目が大きく開いた。
「あんたらみたいな小娘を誘拐したところで人質として使うのがせいぜいだ。そんなことより、警視総監の首を好きな奴に挿げ替えれば、やつらはこの東京を好き勝手に」
舞は唯の話を聞いていなかった。
「スケバン刑事…」
「東京だけじゃなか。高村さんの異動には警察庁も」
「“SD”!」
ケータイを構える舞。
「その異動が、暗闇機関の仕業じゃないって証拠はない!」
「舞…」
「手紙には指紋が残ってなかった。
五代さんが、自分が知らせたんだってことを悟られないようにやったのかもしれない。
あたしたちだけにわかるように、ケータイを使った暗号で『スケバン刑事』が何かを企んでるってことを知らせようとしたんだ」
「舞!」
「じゃぁどうして自分の正体を隠してあたし達に近づいたの!
警部補だなんて嘘なんでしょ!」
「あんた達を守るために」
「うるさい!」
舞がケータイをふる。赤いリボンが飛んできた。
唯は、表情をゆがめながらも、その先にある古銭を叩き落すと、ヨーヨーを放った。
「あっ!」
ケータイを握った手を鎖が捕らえる。舞は振り払おうと抵抗したが、唯の力には勝てない。唯はじりじりと近づくと、ケータイに手をかけた。
「舞…」
「放して」
絶望的な強さだった。唯はケータイをもぎ取った。
泪のリボンは美咲の目の前で大きく広がったが、美咲の動きの方が速かった。上体を前に投げ出すようにして逃れた美咲は、その勢いをヨーヨーに乗せた。
ヨーヨーが泪の右手を掠め、鎖がケータイを巻き取る。次の瞬間には美咲の手元にあった。
「身柄は拘束させてもらう。
あんたのためなんだけど…聞く耳持たないって顔だね」
美咲を睨む泪の目に涙。
それは嘘ではなかった。
愛は祐美のマンションに移された。
銭形警視総監は、泪と舞は、警備を確実にするために別の場所に移した、ということだけを伝えた。末の妹は、まだケータイ刑事として顔を知られているわけではないから自宅での警備で十分だが、愛については工夫がいる、と理由をつけ、祐美と一緒、ということにしたのである。
だが、当然、外出は禁じられたし、マンションの周囲には警官――実際は暗闇機関のエージェントがうろついている。監禁と言ってさほど的外れでもなかった。
2 日が過ぎた。
泪と舞のケータイに連絡をしてきたのは確かに五代と高村のケータイだったが、発信地点は、暁が尾行を妨害された場所からも、泪と舞が指定された場所からも遠く離れており、おそらく五代と高村のケータイを奪い、全く別の場所から発信したのだろう、と考えられていた。
警察庁のルートは解明されていない。だが、手がかりが少なすぎるところを見ると、点なのではないか、と暗闇機関では考えていた。警視総監を脅かすような真似を組織ぐるみでやっていたとすれば、それは、噂になっただけで大変なことになる。そういう者が何人かいる、という程度だと考えられる。
桜井が扇動する銭形バッシングは、収まったとは言わないものの、弱くなり始めていた。当の総監が、前向きな姿勢を見せ始めたからである。これは銭形特有の駆け引きであろうが、あるいは桜井には、銭形にしゃべられてはまずい事情があるのではないか、と零は考えていた。
「小崎の件か」
京は零のデスクの上にカップを置いた。
「あぁ。桜井自身が手を回したんだ、ってことを言い出す奴がいれば、かなりの傷がつく。それが警視総監自らであればなおのことだ。
奴が総監を叩くについては別のことを考えてたんじゃないか」
「銭形姉妹」
「人質にする、というのも手だし、異例ずくめの存在であるケータイ刑事そのものも攻撃材料にできる」
「『証拠物件』か」
「高校生が警視正をやっている、と口で言っても、誰も信用しない。
だが、手元に一人でも押さえてあれば話は別だ。参考人として呼んでおいて、これはどういうことだ、と突きつけてやればいい」
「そっちか…」
「だが、これは推測だ。
こっちにも証拠がない。
もう一本、糸があればいいんだが」
志織の怪我は順調に治っている。
由真は。手をやられている、と暁が報告してきた。完全に撃たれたのではなく掠めたという程度ではあるだろうが、誘拐犯が適切な処置をするだろうか。
「銭形姉妹はどうしている」
「愛はまだいいとして、泪と舞がな」
彼女達はそれぞれ別のマンションに入れられた。唯と美咲が見張りと世話を兼ねているが、彼女達は口を開かなかった。
「“SD”は『スケバン刑事』か。すっかりはめられたな」
「早めに適当な組織をでっちあげておけばよかったよ。あんな簡単に結びつけるとは思わなかった」
それも罠。愛自らが言ったように、単純な暗号であるがゆえに、天才少女達は逆につまづいてしまう。つまづいた、と思うから、見つかった手がかりが強烈に刷り込まれる。
「気づけ、というのは無理か」
あれが犯人の暗号だとしても、銭形姉妹にだけ伝えなければならない理由はない。五代や高村が、「スケバン刑事」が犯人だということを伝えようとしたのだとすれば、なぜ、犯人が送ってよこす手紙にそんなことが書いてあるのか。筋はまったく通らない。彼女たちは、五代や高村が狙われたことで普段の冷静さを失っていたとしか考えられない。警察が刑事達にペアを組ませるのは、複数の視点を維持する、という点で有効だが、それは状況によっては足かせにもなる、ということだった。
「同じだよ。
美咲さんの弱点は慧、唯の弱点は結花と由真、お前は――」
「浅谷 美咲はともかく、唯がああいうやりかたをする、というのは俺には少し意外だ」
「え?
だってあの場合」
「いや、いい。独り言だ」
さすがにまだ暑い。
愛は締め切った部屋でクーラーを効かせ、マンションの窓から外を見ていた。
祐美は部屋のドアを静かに開けた。
(このまま閉じ込めておくのかな、お京さん)
解決がいつになるのかわからない。五代と高村を救出すれば終わり、というものでもなかった。
(わからないことはないけどさ…)
「愛さん、コーヒー飲む?」
「うん…」
だが愛は動かない。
祐美はカップをトレイに乗せて部屋に入った。隣に座る。
「はい」
「ありがとう…」
両手でカップを抱える愛。彼女が視線を上げることはほとんどなかった。
「祐美ちゃん」
「え?」
「何か、おじいちゃまから聞いてない?」
「え、何を」
突然の問いに顔を覗き込んでしまう。
「変だな、と思って」
「変…?」
「4 人を護衛するために、別々の場所に移すって言うのはわかる。
でも、なんであの子達は夜中に移動しなきゃいけなかったのかな。
なんで、あたしが知ったのは移動した後だったのかな。
なんで、ケータイも取り上げられちゃったのかな」
「それは」
銭形警視総監は、敵がどの勢力だかわからないから、ケータイを傍受されている可能性は 0 ではない、と説明していた。泪と舞は本当に取り上げられていたが、愛のケータイはまだ彼女が持っている。ただし、絶対に二人を呼び出すな、と言われていた。
「でも、それだったら、別の連絡方法を確保してもいいと思うんだ」
「連絡係の人はいるし」
「おじいちゃまをいじめてた桜井も最近は大人しいよね」
鋭い。祐美はつばを飲み込んだ。
「ごめんね。
連絡の電話を取るのはいつも祐美ちゃんだから、何か聞いてるかと思って」
祐美は膝の上の両手を握り締めた。
京が言った。そもそも疑われない限り、銭形姉妹が「麻宮サキ」に気づくことはない筈だ、と。
だが、この天才少女たちを騙し通せるのだろうか。祐美は既に疑われているのではないか。そう考えてみれば、祐美のマンションに移動することで敵の裏をかく、という説明には説得力が乏しいという気もしてきた。
「まさか」
その声に、祐美の意識は愛に戻った。
「さらわれちゃったんじゃないよね…」
「愛さん」
「泪と舞がさらわれちゃったんじゃないよね。
おじいちゃまが、あたしが危ないから、あたしが飛び出していくかもしれないから、隠してるんじゃないよね」
泣いている。愛の目から涙が流れている。
祐美は答えられなかった。
「泪と舞は無事なんだよね」
「愛さん…」
どうすればいい。
「あの子達に何かあったら…あたしが刑事なんかになったから、あの子達も。
どうしよう。
あの子達に何かあったら、あたし…」
祐美は目をそらした。
「泪…、舞…」
愛の手が祐美の腕をつかんだ。愛は、そのまま祐美の膝の上で泣いている。
「やめるから…刑事なんか…あの子達が無事なら刑事なんかやめてもいいから…」
放してくれ。祐美は声に出さずに叫んだ。
「五代さんも、もうからかったりしないから…お願いだから」
強く目を閉じる祐美。
駄目だ。これが限界だった。
「来て」
祐美は愛を立たせた。戸惑う愛を引っ張って 1 階に下りる。
「こっち」
護衛が見張っている。祐美は裏口に愛を連れて行った。
「祐美ちゃん」
「静かに」
壁を乗り越える。建物の間の幅が 1m もない道をくぐると小路に出た。
「待ちなさい」
止まる。
「結花さん」
風間 結花。ということは、一瞬で二人を取り囲んだのは、風魔鬼組の紫雲隊。
「戻るのよ」
答えない。祐美は、逃げる隙を探して周りを見渡した。見つからなかった。
「自分が何をしてるかわかってる?
彼女を危険にさらしているのよ」
「行かせて!」
「祐美!」
「結花さんならわかる筈だ。
彼女達は姉妹なんだよ。こんな風に引き離すのは間違ってる」
「姉妹だからこそ、全員の安全を確保したいの。
戻りなさい、祐美」
「断る!」
祐美はヨーヨーをかざした。乾いた音とともに蓋が開き、桜の代紋が覗く。
「父を奪われ、
母を失い、
流された果てにマッポの手先
笑いたければ笑えばいいさ…だけどな!」
祐美にかばわれている愛が大きく目を見開いている。
「あたしだって麻宮サキだ。スケバンなんだよ!
自分の信じたことをやらせてもらう!」
蓋を閉じると同時にヨーヨーを放つ。結花は小さな動きでそれをかわした。
「しょうがない駄々っ子ね。
連れ戻しなさい」
部下達が包囲を狭めた。
「邪魔だ!」
祐美は、その忍たちに容赦なくヨーヨーを打ち込んだ。気味の悪い音がして、二人が倒れる。
「走るよ!」
愛を連れてそこを駆け抜ける。
背後に気配。鋭い空気の流れが、祐美の上着の裾を切り裂いた。
「!」
それは祐美の前方で一回転した。戻ってくる。そして足元に。
祐美は転倒してしまった。
「行け!」
倒れながらも愛の体を押す。
アスファルトに突き立っているのは金属の鶴。
上体を起こすまでもなく、祐美は結花に襟をつかまれ、体を持ち上げられた。
「あたしたちは十数人もの要人を同時に護衛してるのよ。たった一つの遺漏があっという間に大きな穴になる。志織と由真の件でわかってるでしょう」
「放せ」
「あんたは、あの頃のあたし達に比べれば大人だと思ってたけど、見込み違いだったみたいね」
鋭い音とともに頬を張られる。
「祐美ちゃん!」
愛の声。紫雲隊の忍に連れられている。
「愛さん…」
風魔からそう簡単に逃げられる筈がなかった。
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