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「ケータイじゃないんです」
「ケータイじゃない?」
愛は紙に升目を書きながら答えた。
「あたしたちにこういう暗号を送ってくるとしたら、まず考えられるのは、前と同じ、五代さんと高村さんを誘拐した犯人。
でも、それだったら、舞に送ったメールみたいに途切れるのはおかしい。1 行目が打ち間違いだとしたら不注意すぎる」
「じゃ、誰なんだ」
「五代さんと高村さん自身」
泪が引き取った。
「普通の文章で打ち込んだんでは、悟られたときに、何を知らせたのかが一目瞭然。だから暗号にすることを考えた。
でも、暗号化のルールなんてとっさに考えつくのは無理。最近、目にした方法を借りた、と考えるのが自然です」
「それはそうじゃ…」
「二人はケータイを取り上げられてます。こういう暗号で何かを伝えようにも方法がない」
「メールは川上エンジニアリングとかいう会社だって言ってたな。そこの会社のパソコンでも使ったのか」
「はい」
誰かが入ってきた。ノート型のコンピュータを広げて美咲に見せる。その会社の支店や営業所の一覧だ。数が多すぎる。それぞれの場所のネットワーク管理者に情報を提供させれば送信個所はわかるかもしれないが、それよりは銭形姉妹の推理を聞いた方が早い。
「あ、あるんだ」
「でもおしかったな。ノートじゃね」
3 人は顔を見合わせて含み笑いをした。
「続けな」
美咲が先を急がせる。
「そのノートでもいいんです。テンキーの代用キーがありますよね」
ノートパソコンのキーボードには、デスクトップ型では右端についているテンキーがない。ただ、別のキーを押せばテンキーの代わりに使えるようになっている。
「そこにあてはめればいいんです。
ポイントは、数字の並び方が、ケータイとは上下が逆だってことです。電話は上から 1、2、3 だけど、電卓やテンキーは下から 1、2、3」
「ほんとじゃ。ちゃんと‘.(ピリオド)’もある」
舞が後を引き継いだ。
「もう一つのポイントは‘0’です」
美咲が眉をひそめる。
「思い出して見てください。
デスクトップ型のパソコンでは、‘0’は一番手前の段に、横長の形になってます。‘1’と‘2’を合わせた幅なんです。
この暗号の中の“00”はそれを指しています」
「‘0’が一つだけっていうのは、‘1’の下か‘2’の下かどちらか」
「‘1’の下だと仮定して塗りつぶすと、こうなります」
舞が紙を掲げた。
7948130.
7945130.
7894300.
7451300
「“7948130.”は、順番がおかしいし、字にならない。これが打ち間違いです。
“7945130.”が‘K’.
“7894300.”が‘S’.
“7451300”が‘b’.
五代さんたちが伝えたかったのは、“KSb”です」
愛の言葉に、美咲がノートパソコンのリストを覗き込んだ。
「こいつか」
全員が集まる。
「『ケイエスビル』ってのがある」
本部の京を呼び出す美咲。
《ケイエスビルのオーナーは川島 栄作です》
「川島…桜井の後援会長!」
つながった。唯と美咲はうなずきあった。
唯の前に進み出る舞。
「わかったんですね、唯さん」
「美咲さん、どこですか。教えてください」
泪が言う。
愛も、祐美も二人の大人に迫っていた。決着は近いのだ。
「ところでさ、お京」
美咲は口調を変えた。
「あたし、すごい勢いでにらまれて困ってるんだけど」
《ビルにはもう人をやりました。
世田谷に向かってください》
桜井の私邸である、
「いいの?
坊やの OK はとった?」
《言い出したのは美咲さんですからね》
「なんて奴だ」
《銭形姉妹と…祐美のこと、頼みます》
「わかった」
4 台の MTB が軽快な音を立てて進んでいく。美咲と唯の車はともすれば信号で引っかかり、彼女達に遅れそうになった。
「信号無視だぜ、警視と警視正が」
二人はもう苦笑するしかなかった。
「17 か…」
「永遠の 17 ってつもりはあったんですけど」
「あんたもあつかましいね、唯」
「ひどい、美咲さん」
美咲はわずかにアクセルを踏み込んだ。
「どうやら揃いも揃って忘れてたみたいだね。
後で謝っておかなきゃ」
「うん…」
「由真と…誰より、あの子達にね。
もうすぐだ。あたし達は外を固めるよ」
「はい」
慧は堂々としている。志織はその様子を見てかすかに笑った。
「お待たせしましたな」
立派な体格、と言えば誉め言葉になる。「偉い奴」を絵に描いたような太り方だった。志織と慧は柔らかすぎるソファから静かに立ち上がって一礼した。
「矢島さんからのお使いとのことですが」
警察庁の青田長官は、椅子を勧めもせず、自分だけが座った。
「手紙を言付かってまいりました」
ゆっくりとした動作で、志織はそれを机に乗せた。
「そうですか。
でしたら、秘書にでも預けていただければ、お待たせすることもなかったのに」
「申し訳ありません。
お返事をいただくように言われてますので」
「はぁ。
何か緊急のご用事ですかな」
日本でも五指に入る企業グループを率いる矢島家の当主にして次のグループ総帥、矢島 雪乃からの親書である。警察庁長官といえども適当にあしらうわけにはいかない。雪乃の性格を偲ばせる、丁寧な文字と折り目の手紙を、それに似つかわしくない乱暴な手つきで開く。
読み始める。しかし十秒後には長官の顔が引きつった。
「いかがでしょうか」
引きつったままである。答えがない。
「長官?」
「こ…こ…」
「YES か NO かで承るよう言われております」
長官の息が荒くなっている。
慧は静かに後ろに下がった。扉の前に立つ。
長官は手紙を机の上に置いた。そのまま、手を机の下に。
「動かないで!」
慧のよく通る声が響いた。
「あんたに聞いてるんだ。
警備員なんかに相談する必要はないよ」
「侵入者だ!」
長官が叫ぶ。同時にドアが押し開けられたが、慧は体ごとそれにぶつかって押し返した。何人か倒れる気配。そのままドアの取っ手を縛って固定してしまう。
「おまんも騒がしい男じゃな」
志織がヨーヨーを掲げた。
「鉄仮面に顔を奪われ十と七歳。
生まれの証さえたたんこのあてぇがなんの因果かマッポの手先…。
こがいに名乗っちょった頃もある」
「ま、さか――麻」
「けんどなぁ、自分の地位を守るためにつまらん謀 (はかりごと) をめぐらすほど、おちぶれちゃおらんぜよ」
乾いた音とともにヨーヨーの蓋が開いた。
「さ、桜、桜の」
「そうじゃ。
同じ桜の代紋を預かった者同士、理の通った話し合いをしようかの」
「そんなに難しい話でもないよ、おじさん」
「桜井と手を切るのか、切らんのか。それだけのことじゃ。
たった今、答えとうせや」
桜井邸。
書斎で電話をかけている、桜井 晋介。
「そうか、掴まえたか。
どんなボンクラでも、相手は刑事だと何度も言った筈だ。今度、妙な真似を許したら、お前達でもただでは済まさないぞ」
電話の向こうが沈黙している。
「おい、返事をしないか。
おい!」
桜井は舌打ちをした。やはりチンピラに任せたのは間違いだったか。ちょっと叱責するとすぐにそういう態度に出る。今度の計画が成功したら、処分しなければなるまい。
受話器を置く。
「?」
電話機の小さな液晶が消えている。線をたどったが抜けたりはしていない。もう一度、受話器を上げて見ると、何も音がしなかった。
「停電か?」
書斎を出る。
(なんだ)
妙に静かだった。家人はいないのか?
「おい」
返事がない。
「お――」
背後に人の気配。
「この世にはびこる悪の舞。
上手に踊ったつもりでも、あんたのステップ、ずれてるよ」
「貴様!」
振り向いた桜井の視界、廊下の奥に少女のシルエット。
「正義の舞様ステップ、受けてみな!」
真っ赤なリボンが飛んできた。それは、すんでのところでかわした桜井の顔を掠め、背後の照明に突き刺さった。激しい音とともにガラスの破片が飛び散る。
桜井は走った。居間、食堂。誰もいない。
「ひっ」
首筋に水滴。
「泪の裏には悪の影。
まんまと泣かしたつもりでも、最後はあんたが泣く番よ」
「銭形の孫娘か!」
「あたしの泪でおぼれなさい!」
真紅の網が桜井を襲う。だが桜井は上着ごとそれを剥ぎ取って、あたふたと外に飛び出した。
「愛の光で闇を打つ。
あんたが悪事を隠しても、尻尾とあんよが見えてるよ」
「その手は食うか!」
桜井は愛の声とは反対側の方に走った。だが。
「な、に…?」
鎖が滑る音。祐美がヨーヨーをもてあそんでいた。無言で立ちはだかる。
たたらを踏んだ桜井は 4 人の少女に取り囲まれてしまった。
「小崎さんは、あなたの計画に気づいたんですよね。
あなたはそれで、口封じのために小崎さんを殺した。
そして、そのことを逆に利用しておじいちゃまを追い落とそうとした」
愛はケータイをかざした。
「青田長官は落ちたよ。
警察の中の掃除も始まった。
あんたはもう孤立無援だ」
祐美がヨーヨーを引き上げた。革を叩く音が響く。
「おじいちゃまに辛い思いをさせた」
舞が迫った。
「妹とおねえちゃまを襲った」
泪が詰め寄った。
そして、愛が見据える。
「その名も人呼んで」
「スケバン刑事」
「そして、ケータイ刑事。
そこらへんのギャルと一緒にすると、やけどするよ!」
愛がケータイを振る。緋色の紐が飛んだ。
「よせぇっ!」
だが無駄であった。絡め取られた桜井は体の自由を奪われ、その場にだらしなく崩れ落ちた。
いつもの川べり。MTB を押しながら歩く 4 人の少女達と、二人の大人。
「総監は無事、銭形君たちも無事、僕たちも無事。
平和な毎日が帰ってきたねぇ。よかったよかった」
「俺はまだ一平さんのケツに顔をつけた感触が残ってて」
それを聞いて、先を歩く愛の顔が歪んだ。
「しょうがないだろう、あの場合。
それともほかに目隠しを取る方法があったか?」
「そりゃそうだけど」
「通じないよ!」
舞は自分のケータイを睨みつけた。
唯に電話が通じないのだ。かすかに、泣きそうな表情。それを見た祐美の表情が曇る。
「あの人たちは…」
「ねぇ、祐美さんも知らないの?」
「うん…。
ごめんね」
「じゃーん」
泪が名刺をかざした。
「それは美咲さんのでしょ」
「美咲さんだったら知ってるんじゃないかな、唯さんの連絡先」
「そうかな」
舞は祐美に向き直った。
「知ってるかな」
「多分」
「やった!」
小さくガッツポーズ。
「祐美ちゃん、ありがとうね」
愛が言う。祐美は今度も目をそらした。
「祐美ちゃんがいなかったら解決しなかったよ。
ね」
「そうだよ」
「そうですよ」
愛は MTB のスタンドを立てた。泪と舞も続く。
「はい」
手を伸ばす愛。泪はその上に自分の掌を乗せた。そして舞も。
祐美はそれを見つめた。そして 3 人の瞳を。
どれも、「早く」と言っていた。
静かに MTB のスタンドを立てる。
祐美の掌が重なる。
やさしいぬくもりが伝わってきた。そして 4 人の笑顔。
「おー、いいねぇ。
Friendship.
It's beatuful and graceful.」
「俺も、俺も」
五代が加わろうとする。少女達は素早くその手を引っ込めた。
「うわっ」
バランスを崩して手すりに辛うじて掴まる五代。
「俺も仲間に入れてくれよ」
「いやです」
「おい、銭形」
「だって、五代さんは転勤しちゃうんでしょ?」
愛がニヤニヤ笑っている。
「え?」
「高村さんも研修ですよねぇ」
泪が小首をかしげた。
「ちょっと銭形君、それは桜井の陰謀で」
「でも、辞令は辞令ですから」
舞は MTB のハンドルを握った。3 人も続く。
「あたしたち、新しいパートナーもできちゃったし」
「おい、ちょっと待て」
「待ちたまえ、銭形君」
「じゃ」
愛の一声で 4 台の MTB は、二人の大人を残して走り出した。透き通った笑い声が小さくなっていく。
街は、そろそろ涼しくなりはじめていた。
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