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退陣要求者の一覧が届いた。警視庁の総監室では、中核となるベテラン刑事達と、泪、舞、零と三人の「ケータイ刑事」たちが、その手紙を見つめていた。
銭形警視総監の名は、警察庁長官の次にあった。警視庁幹部は 2 人が含まれている。
ほかに、検察庁長官、有力検事が 2 名。
国家公安委員が 1 名。
最高裁判所の判事が、現役と OB を含めて 3 名。
「もっと多いかと思ったんだがね」
すべての公安幹部というわけではないが、ポイントを押さえてあると言えた。
例えば、責任者が変わると組織の雰囲気が大きく変わることがある。その一人を除くだけで、彼らにとって有利になる、ということがあれば、名前を並べずにその責任者だけを指名してある。
「しかし、これをすべて護衛するということになると」
「そうだな。
組織間の綿密な連絡とスムーズな連携は欠かせない」
「おっしゃる通りです」
ドアの音が騒がしくなった。
「総監!」
「騒がしいぞ。
状況をわきまえたまえ」
「お孫さんが!」
3 人は顔を見合わせた。ここにいないのは。
愛だ。
「おねえちゃま!」
警察病院に急行する。手術中だった。混乱しているのか、舞はそのドアを叩こうとした。泪に止められる。
「舞、落ち着いて」
「おねえちゃま。
おねえちゃま!」
「舞、大丈夫だから。おねえちゃまは大丈夫だから!」
その場に崩れる舞。それを支えきれず、泪も一緒に崩れた。
「おねえちゃま…」
愛はグラウンドの隅で、うつぶせに倒れているところを発見された。後頭部を殴られており、出血もあった。
「手術は始まったばっかりだって。
頭部だとすれば時間かかりそう」
零が走って来た。この子はいつも冷静で助かる、と泪は思った。
どうやら、襲われてすぐに通報されたのではあるらしい。だが、この手術の結果がどう出るかはなんとも言えない、とのことだった。
「舞、しっかり。
ここに座って」
小柄な舞を後ろのベンチに座らせるのは楽だった。泪が隣に座ると舞は肩に顔を乗せた。
零も泪の隣に座った。彼女は「手術中」のランプを睨んでいたが、泪が掌を乗せると強く握りかえしてきた手は冷たかった。
「病院にはいらっしゃらないのですか」
「両親も向かった。私が行く必要はない」
「総監」
その時刻、暗闇司令が警視庁を訪れていた。
「学校というのは死角が多いところです」
それは、スケバン刑事と共に戦った経験でよく知っている。
「一刻も早く、別の場所で保護なさるべきです」
銭形総監とは何度も会っているが、剃刀のような気配も、圧迫してくるような権威も感じたことがない。その制服さえなければ、普通のよき祖父なのではないか、と思うほどだった。
だが、今の銭形総監には、変わった様子が全く見られない。それでこそ警視総監だ、ということになるのだろうか、と暗闇は思った。
「すまないな、私事でわずらわせてしまって」
「私事?
これは、警視庁に対する脅しですよ」
「何か懸念点があると聞いたが」
孫の話をするつもりはないらしい。やむを得ず暗闇は話題を変えた。
「一覧を拝見しました。
妙な名前があります」
「あぁ、そうだ。
それは私も気づいた」
最高裁判事の中に、すでに退官した判事の名前がある。しかも彼は、ごく最近、他界しているのだ。
それは、ある判決に疑義を呈して判事の職を辞し、別の組織を作りあげた男の名前だった。
先代の暗闇司令である。
「君に意見を聞きたいと思っていたところだ」
「まだ分析の途中ですが、現時点では、暗闇機関の存在を白日の下にさらして解体に追い込もうと考えているか、逆に、あえてその名前を出すことによって、実は機関は海王星団となんらかのつながりを持っているのではないかという疑いをまこうとしているのか。この二つを有力と見ています」
「そうだな。
どちらもありそうだ。
君の組織は中々――」
「嫌われていますから。
摩擦を起こさないよう、メンバーには留意させます」
「すまないな。
私は、君のことを信用しているが、部下達の全員がそうであることは、流石に保証しかねる。おそらく、ほかの組織も一緒だろう。
今の仮説については話をしてもいいかね」
「はい」
「わかった」
「話を戻します。
お孫さんたちを別の場所に隔離してください」
「それはできない」
「なぜです!」
銭形は暗闇を凝視した。
「なぜ、君が興奮するのだ」
「…いけませんか」
「わかっているよ。
君になってから…いや、それよりも前か。『麻宮サキ』が有名になる頃から、暗闇機関は微妙に方向を修正している。
なんと言えばいいのかな。君たちは若者を守ろうとしている。
役人風に言うなら、社会の安寧を確保するには、若者達を健全に活躍させる環境を整えるべきだ、というところかな。
君のその指摘はおそらく、何人もの『スケバン刑事』を使ってきたことから生まれた考え方だ。
不躾な指摘で申し訳ないが」
「…」
「私はそれを否定はしない。
だが、このことは別だ。
私も、子供達も、そしてあの孫達も警官。我々は警察官なのだよ」
「警察官のプライドで彼女達を危険にさらすおつもりですか」
「あれを隔離するということは、海王星団に屈する、ということだ」
「総監。
彼女達は、4 人姉妹です」
「そうだな」
「私も不躾な指摘をさせていただきます。
敵は、3 人までは殺せるんです」
「…。
そうだな。
その通りだよ」
「3 人殺しても一人は残る。それでもまだ人質として十分に機能するんですよ」
「暗闇司令。
私にもそれくらいの計算はできる」
銭形は黙った。話は終わった、というつもりらしかった。暗闇の目に光が宿る。彼は背筋を伸ばした。
「わかりました。
今後は、我々は主体的に活動します」
「主体的?
この事件では複数の組織の連携が――」
「無視するつもりはありません。適宜、報告もします。
ですが、いつもの通り、独自の活動となります」
「わかった…」
また黙る。
暗闇司令はうって代わって静かな表情できびすを返した。
泪と、今日のパートナーであった若い刑事はお互いに敬礼をかわした。
「お疲れ様でした」
「明日の朝、またお迎えに参ります」
「よろしくお願いします」
そうして門をくぐる。
こんな小娘と若い刑事を組ませるのはなぜだろう、と思ったのだが、一緒に行動してみてわかった。
彼は、若いからとか、女だからとかいう見方をしない種類の人間のようだった。男社会の警察では、逆に肩身が狭いのではないだろうか、と思うほどである。だが、今の泪にとっては、気を遣ったり遣われたりする事のない、彼のような刑事はありがたかった。
長い付き合いということで、五代ということも考えられただろうが、五代自身も、愛の昏睡状態が続いていることで沈み込んでいると聞いた。逆に、空元気を振り回すこともありそうだが、今の自分達はそれに苛立ってしまいそうな気もする。
(おじいちゃまかな)
玄関を閉める直前に靴を揃える音がした。最近は、三人で行動している。その刑事ともう一人、私服の、刑事ではない巡査が同行した。若林と名乗った彼は、退陣要求を突きつけられている幹部の関係者、つまり、この場合は泪の護衛を担当としているのだが、今日はそのまま銭形邸の警備につくのだそうだ。
(早く解決しないと)
関係者、という線をどこまで引くかは問題になっていたが、警視総監の孫が狙われたことよって対象者は 150 人に膨れ上がった。それぞれを二人で護衛するとすれば、300 人。更に、捜査を専門に担当する人々。その全員が、寝食を削って走り回っている。
「おねえちゃま、お帰りなさい。
今、スープあっためるから」
零も、今は病院で愛に付き添っている舞も、愛が一命を取り留めたことで、いくらかの余裕を取り戻した。まだ意識は戻らず、家族が交代で面倒を見に行っているが、できるだけいつも通りのペースを維持することに家族の意思は固まっていた。海王星団には屈しない、そして、愛は治る。
「あんたはもう食べたの」
「うん」
「ちょっと付き合って。お茶くらい入るでしょ」
「はい」
「いいお返事だね」
「あたしはいつもいい子だよ」
湯気の向こうで零が笑った。
6 時頃に目が覚めた。なんだか外が騒がしい。疲れているんだからゆっくり寝かせてくれ、と思ったが、自分の立場を思い出した泪は、急いで着替えて居間に下りた。舞と零も続いてきた。
「パパ。
高村さん」
立ったまま、深刻な顔で話をしているのは 父と高村だった。
「やぁ、久しぶり」
「どうしたんですか」
父親は娘達の顔を見ると、顎に手を当てた。
「私からお話しましょう」
「えぇ…はい」
高村はいつものように、手振りを交えながら話を始めた。口元は、いつもの表情を維持しようとしている、という風に強張っている。
「実はね、この家を警備していた警官が襲われたんだ」
「襲われた?」
「そう。
え…っとね。
言いにくいんだが、頭を殴られている」
娘たちは何も言えずに、ただ息を飲んだ。愛と同じ。
「彼の場合は、出血もなくて、救急車で運んだ時には意識もあったんだ。診察が終わったら、事情を聞く予定なんだけど…」
「それで」
「その彼って言うのは、昨日、君と一緒だった巡査なんだよ」
「若林さんが?」
「そう。
だから」
「まさか私を狙った誰かが」
「おねえちゃま」
泪の顔が強張る。零がその腕を掴んだ。
「なんとも言えないけどね」
「無関係なはずがないじゃありませんか!」
「いや、偶然の可能性だって」
「あたしが行きます。
あたしに調べさせてください」
「銭形君、落ち着いて」
「高村さん!」
その勢いに、高村は父親を見た。父親は、しばらく躊躇していたが、頷いた。
「妹さんたちは、ちょっと家にいてくれてた方がいいかもしれない。
ま、その辺はお父さんと相談して」
泪は慌しく準備を整えた。
「おねえちゃま、気をつけてね」
「おねえちゃま」
舞と零は玄関までついてきた。
「大丈夫。高村さんも一緒だし。
あんた達も気をつけてね」
力強く頷く妹達。本当にいい子だ、と泪は思った。
「じゃ、行ってくる」
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