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検事正、多摩川ドイルは頭を下げた。
若冠 10 歳。銭形姉妹にまさるとも劣らない天才少年である。
「ま、無事で何より。
お前、また背伸びたか? 育ち盛りってか」
五代がドイルの頭を撫でる。ドイルはうっとうしげにその手を払いのけた。
「五代刑事、君のその馴れ馴れしさと軽薄さはいつになったら改善されるんだね」
眼鏡の奥から睨みつける。
「お前の生意気さも全然改善されないねぇ」
とまた頭を撫でる。五代は仲良くしているつもりなのだが、それはかなり一方的な好意のようである。
「やめたまえ。
今がどういう時期だかわかっていないのじゃないだろうね」
「わかってますよ。
だからこうして君を助けてあげたでしょう?」
「僕を助け出したのは君とは別のチームだし、その謎を解いたのはそこにいる銭形警視だ。
君じゃないよ」
「あ、こいつ。銭形にゴマすって。
そうか、こないだは『みそっかす』だなんだって言いたい放題だったからなぁ。ここで挽回しないとな」
「もう一度聞くけど、君は本当に状況がわかってる?」
「だから、わかって――」
視線が五代に集まっていた。いいかげんにしろよ、という空気。
「は。
では、これで休憩時間は終わり、ということで」
総監に向かって敬礼する五代。二歩下がる。
「何かお話がある、とのことでしたが」
さすがに総監はドイルをからかったりはしない。まっすぐに見た。見下ろす形になるのはやむをえない。
「その前に聞いてもいいでしょうか」
「はい」
「警視庁内に内通者がいる、というのは本当ですか。
こうして、対策本部のごく一部だけが、総監室に集まっている、というのは極めて異例のことに思われますが」
「その可能性を否定できません。
目下、全力で解明中ですが」
「そうですか。
では、僕も戻り次第、検察庁内部を調べるよう指示しなければなりませんね」
絶対、何やってるんだ、と馬鹿にするに決まっている、と思っていた五代は肩透かしを食らわされた格好になった。
「それがよろしいでしょう」
お互いに頷きあう。ドイルは、声は高く、呂律も頼りないが、それなりに検事正としての風格を持ち始めていた。
「では、話を戻しましょう。
犯人達の会話について」
「会話?」
舞が口をはさんだ。
「一人が口にしたことなので、正確には会話ではないけど、どうやら何がしかの手がかりを含んでいるように思われるのでね」
「早く教えろよ、そういうことは。今まで隠してたのか、きさま、さては、奴らに内通――」
「五代刑事。
今の話を聞いていなかったんですか?」
「そうやってごまかそうとしたって」
頭を押さえようとする五代からすり抜ける。
「どこで話せばよかったと言うんだ。
現場?
僕から聴取した取調室?
誰が聞いてるかわからないって言うのに」
何も言えない五代。泪が、しっしっと追い払い、愛が「ハウス」と言った。すごすごともといた場所に帰っていく。
「電話を受けた犯人がこう言いました。
『タワーだな? にしひがしから 5 分の』」
「タワー?」
「僕が聞いたのはこれだけだけど…わかるかな」
ドイルは銭形姉妹を見た。
「『タワー』って」
「東京タワー?」
「『にしひがし』って?」
すぐにはわからないらしい。それぞれに考え込んだ。
「あるいは、『にし』と『ひがし』の間隔は開いていたかもしれない。微妙なところだけどね」
「『にし…ひがし』って感じ?」
「そう。
計ったわけでもないし、録音もしていないので何秒とは言えないけど、少なくとも、ほかの文字よりは開いていた。ただし、偶然の産物で、何の意味もない可能性もまた否定できない」
総監が頷いた。
「何かほかには」
「残念ながらこれだけです。ほかの発言については、すでに報告済みです」
「わかりました。
お気遣いに感謝します」
「では失礼します。
何かわかったら教えてください。
僕の方でも、思い出したことがあったらお知らせします」
ドイルは、五代や高村を無視、銭形姉妹にだけ微笑みかけると、総監室を出て行った。
「ひょっとして成長してる?」
「そうかも」
舞が愛に答えた。
「あの年頃は成長が早いのよね。
いい年して、遊び気分の人もいるっていうのにねぇ」
五代は小さくなった。高村も呆れていた。
姉妹は、盗聴器などが仕掛けられてないことが確認されている別の部屋に移動した。総監室は、「第二対策本部」のようになっているので、ずっとそこにいるわけにはいかなかったのである。
「タワーねぇ」
「そんなにないよね、東京には」
「うーん」
「『にしひがしから 5 分』の方は」
「にしひがし」
「『にし』と『ひがし』かもしれないんでしょ?
方角とも限らないし」
「『にしひ』と『がし』?
どっかにそんなお菓子でもあるのかな」
「はーい、それ確認しまーす」
舞が PDA を開いた。
「いずれにしろ、『から 5 分』なんだから、『にしひがし』は何らかの場所を指す。これは OK?」
愛の言葉に全員が、OK と答えた。
「駅?」
「『西東口』なんてないよ。『東南口』とかならともかく」
「地下鉄は?」
「東西線?
奴らのアジトは奴ら自身の頭に入っているから、東西線のあそこ、って言えばすぐにわかる…か。
でも、わざわざ『にしひがし』なんて言う? 暗号にしちゃ中途半端だよ」
「報告。
それっぽい名前のお菓子は、見つかりません」
「うーん」
「乾いたお菓子の『干菓子』はあるけど、『にし』と結びつかない」
「東京じゃない、とか」
「ドイル君を移そうとした時の電話なんでしょ。少なくとも首都圏だよ」
「班分け。
泪と舞、『タワー』。
あたしと零で、『にしひがし』」
つまり、泪と舞の二人は、「タワー」を足がかりに「にしひがし」を、愛と零は「にしひがし」を足がかりに「タワー」を調べる、ということである。
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