|
「あー、待って待って」
愛と五代が改札を走って抜ける。バタバタと電車に飛び込んだ。
「セーフ」
五代はまだ荒い息をしていた。
「どうどうどうどう」
深呼吸。
「まったく、あなたが遅刻してくるから、こういうことになるんでしょう?」
「まぁ、いいじゃないですか。
この“1QX”だったら 5 分しか違わないし。車で行くよりずっと正確です」
「相変わらず、言い逃ればっかり、立派ですね。警視正」
「おかげさまで」
皮肉も通じない。
五代は先頭車両に移動することにした。愛も続く。
彼女達にとっては不本意なことではあるが、暗闇機関の「捜査」によって、海王星団が羽田空港を狙うのが今日であることがわかった。
既に全ての車両が詳細にチェックされている。さらに、線路上、橋、トンネルの中も詳しく調査された。湾急の技術者と、その中に海王星団のメンバーがいる可能性を考慮して、支援という名目で監視についている警察の技術者は、昨日から徹夜である。
今のところ、何も見つかっていない。
問題は、時刻も、湾急のどの列車に細工をするのか、ということもわかっていない、ということだった。これは、暗闇機関の入念な取り調べ――それがどういうものかは、誰も口にしなかったが――によっても判明しなかった。どうやら、計画の漏洩を防ぐため、数人の実行担当者しか知らないことのようだった。つまり、それがまだ網から漏れている、ということである。警察は、沿線の要所要所に捜査員を張り付かせた。
銭形姉妹は、零と高村が、湾急の管制室で運行状況を監視している。愛の、「あんた数字は得意でしょ。管制室で計器、見てなさい」の一言で決まった。彼女が「コントロール タワー」となる。
泪と舞は、柴田の鑑識チームとともに、途中駅の品川で待機。何かあれば、すぐに移動できるようになっている。
愛は、五代と共に羽田に向かうはずだったのだが、いつものごとくで遅刻、本来はパトカーで移動するところを、車では集合時刻に間に合わない、ということで、この湾急空港線で最も速い「ワン Q エクスプレス」、通称“1QX”に飛び乗った、というわけである。
「いいじゃないですか。
線路上の監視もできるし」
「電車が時速何キロだしてると思ってるんだ。
見えるわけないだろうが」
「老眼だったらわかりませんけど」
「待ちなさいよ。あなた、今、なんて言いました?
老眼?
はばかりながらこの五代 潤、子供の頃から視力は 1.2 を切ったことはありませんよ」
「老眼って遠視気味になるんですよ」
「え、嘘」
「本当です。
五代さんって、昔から老眼だったんだぁ」
悩む五代をよそに、運転士の肩越しに前を眺める愛。
「速ーい」
この“1QX”は、東京、品川、蒲田にのみ停車、終点の羽田ターミナルまで突っ走る。いくつかの駅が風のように流れていった。
《警視庁より入電中…警視庁より入電中…警視庁より入電中…》
電話を開く愛。
「君ね、電車の中では切っておきなさいよ」
「緊急事態です、五代巡査部長」
そう言いながらも、愛は電話を耳に当てた。事件はこの路線上で起きるのだ。内容が乗客に知れれば、パニックを引き起こしかねない。
《湾急空港線、品川と蒲田の中間地点で不審な電波を観測。銭形泪警視正、銭形舞警視正は直ちに現場へ急行せよ》
「あった!」
往復 4 車線の高架をくぐるトンネル。検知器を提げた泪が、ある碍子の横を指差した。
「柴田さん、早く」
鑑識チームが梯子をかけた。意外に素早いスピードで昇っていく柴田。
「こっちも」
反対側、砂利の中にも見慣れない箱が埋められているのを舞が見つける。
「大丈夫!」
柴田が大きな声を出した。小型のニッパーでリード線を切る。
「時限装置はない。単なる電波誘導式だ。
そっちは」
「おな、おな、同じ」
「落ち着け」
二郎も同じようにリード線を切った。
「消えた…」
電波が止まった。
「よかった…」
泪が電話を取る。
「零?
こっちは終わったよ」
《了解。
電波の消失も確認しました》
「じゃ、この先で待機してるから」
《了解、おねえちゃま》
「どうだ」
「無事撤去」
「そうか」
愛が電話をたたむと、五代もほっと息をついた。
「どうする気なんだろうな、奴らは」
「今日、運行に使う車両は全部チェックしてあります。車庫から出る時にも再チェックするし。
漏れるとすれば、線路上のどこか。全体を見張るなんて不可能ですから」
「さっきの奴は無事に取り除いた。チェック体制は機能してるな」
「はい。
それがいつまでか」
「長い一日になりそうだな」
また駅が後ろに飛んでいった。
「それにしても、お前、意外にいいお姉さんやってるんだな」
五代がニヤニヤしながら言った。
「なんですか、今は、そんな世間話を――」
「一番下の妹を管制室にやったのは、そこが安全だからだろう」
「…」
愛は不満げに口を尖らせた。
「いいねぇ、妹思いのお姉さん。
『零!』『おねえちゃま!』ってかぁ」
「あの子は!」
また黙る。
「なに? なになに?
おじさんに教えてごらん」
「本当にさらわれちゃったから」
「え?」
「あたしは、結局、風魔の里にかくまわれてただけだし、舞はすぐに助け出されたし、泪は自分で逃げたんだし。
あの子は、本当にさらわれちゃってたんです。だから…」
「美しい姉妹愛だ」
五代はまだふざけている。
「あたし達はそろそろ考え直さなきゃいけないのかもしれない」
「考え直すって、何を」
「あの…暗闇司令が言った。
自分の身も守れないようなのが捜査の前線にいたら邪魔だって」
「それは人それぞれでしょう。別に、あのお兄ちゃんが言ったくらいで。
俺はどうも、ああいう隠し事をするタイプは嫌いだなぁ」
「でも、本当だから。
刑事が人質になるなんてとんでもない話だし」
俺もあるからなぁ、と頭をかく五代。
愛は前を睨みつづけていた。
電車は品川を過ぎ、蒲田で停車した。
「長いな」
と五代が言ったところでアナウンスがあった。
《お待たせしております。
空港行き“1QX”は、お客様のお忘れ物を確認しております。今しばらくお待ちください》
「忘れ物?」
「違いますよ」
愛は前方を指差した。職員が線路に下りて何か調べている。
「再チェックですね」
「何で忘れ物なんて」
「『爆弾を探してます』なんて言えるわけないじゃないですか」
「あ、そうか」
でもおかしいな、と電話を開ける。
「零? 何か聞いてる?」
《聞いてないんだけど、今日は、こういうのばっかりなの。ちょっと現場が混乱してるらしくて、連絡が行き違ってるみたい》
「そう…」
《お待たせいたしました。間もなく、発車いたします》
「あ、発車するみたい。
一応、確認しておいてくれる?」
《うん》
《由真、今、蒲田だな》
京の声だった。
「そうだよ。
あ、銭形長女が乗った“1QX”が出たとこ」
《今の整備は不自然だ。掴まえて、確認してくれ》
「わかった」
風魔鬼組の副官、風間 由真は配下の青年、暁 (あきら) を伴って、その整備員達を追った。
(どうしたんでしょうね)
(社内の連絡が乱れてるらしい)
(つけこまれるかもしれないってことですか)
(そういうこと)
二人の気配も足音も完全に消えている。整備員達は改札で挨拶をしながら出て行ったが、事務所には入らず、駅舎から離れていった。
(当たりですかね)
(大当たりかもよ)
ビルの陰に入り込む。
「お疲れさん」
由真のその声を合図に、手刀が首筋に決まった。一人だけ残して全員が気を失う。
「さて、何をしたのかな」
暁が腕に首をまわして押さえている。
「早く答えようよ。
こっちには、聞く相手が 3 人もいるんだしさ」
|