スケバン刑事外伝・番外編 -“Obituary ZERO”-

“PACIFIC”-ケータイ刑事 vs. スケバン刑事 [take 3]-


二人の仲間 (前編)



「こんにちは」
 相変わらずの大きな玄関。表向きは道場なのだから当然なのだが。
 出てきた青年は、弥帆の様子に一瞬、いぶかしげな表情を見せた。
「風間結花さんに会いたいんですが」
「どちらさまでしょうか」
「浅…水島弥帆です」
「水島様ですね。
 少々お待ちください」
 何度来ても不思議な雰囲気である。
 ここにいるのは柔道や空手を習いに来ている青少年ではなく、プロの戦士、忍者なのだからそれもやむをえないのではあろうが。
 それにしてもさっきの青年は、不審者に対する表情がはっきりと出てしまっている。あれでは門番としては役に立たないのではないか、などと弥帆は偉そうなことを考えていた。
 奥から、やや乱暴な足音を立てて女がやってきた。弥帆には見覚えのない女だった。
「水島弥帆さん、だね」
「はい」
 女はそれきり何も言わず、弥帆を見ていた。弥帆も見返す。誰だ、こいつは。
 第一印象とは違ってよくみると大きく印象的な目。明らかに場慣れしている態度、不躾な視線。
「風間由真さんですね」
「…。
 よくわかったね」
 あの二人に似ている。風魔の頭領である唯とは血はつながっていないらしいが、この三人で風魔全体を束ねているというから友達などという程度の絆ではあるまい。似てきて当然とも言える。
「上がんな。
 姉貴もすぐ来る」
 靴を脱ぎ、由真について行く。連れて行かれたのは見慣れた客間だった。
「ちょっと待ってな」
 由真はそこに弥帆を待たせると小走りで奥へ戻った。
「姉貴、姉貴」
「どこ行ってたのよ、会わせようと思って探してたのに」
「見た見た。
 いい顔つきだね、あいつ」
「ちょっと、そういう子供みたいなことしないでよ」
「あたしのこと睨み返してよこしたよ。なかなかの度胸だ。さすが姉貴と唯が褒めただけのことはあるよ」
 由真は楽しそうであった。さっきまでの仏頂面はどこへやら、という様子ではしゃいでいる。結花は諦めた様である。黙って肩をすくめた。
「久しぶり」
「お邪魔してます」
 弥帆が手をついてお辞儀をすると、結花はわずかに微笑んだ。わずかの間に成長したらしい。自分の妹はまだまだ子供だというのに。
「由真、お茶くらいだしなさいよ」
「あぁ、忘れてた。
 おい、誰か」
 今度は女性が出てきた。由真に言われると直ちに下がる。
「あんたに言ったのよ」
「まぁ、いいじゃん。
 で、今日は何の用」
 その変わり様に弥帆も由真が何をしたのかを理解した。試されたらしい。合格したのかどうかはわからなかった。
「あ、進路が決まったことの報告かな」
 結花が言った。この時期に高校生の知り合いが尋ねてくるといったらそれしかない。
「いや、それは、まだで」
「そうなんだ。
 じゃ、就職じゃなくて、受験?」
「まぁ」
「どうなの、調子は」
「お前、勉強得意なのか」
「あんまり」
「ま、なんとかなるもんだよ」
「あんたが言うことじゃないわよ」
 さっきの女がお茶を持ってきた。結花が、どうぞ、と勧めるが、弥帆は手をつけなかった。
「進路の話じゃないとすると、何かな。
 受験勉強の気分転換?
 なんならちょっと体動かしていく?」
「あ、あたしとちょっとあわせてみるか?」
「実は、相談があって」
「相談?」
 なるほど。お辞儀やお茶の遠慮はそういうことか。しかし、そうなると一体、何の相談か見当もつかない。
「あたしに相談って」
「受験やめて、風魔に来る?」
「由真、茶化さないで」
 深刻な相談だろう、と結花は考えた。「スケバン刑事」「麻宮サキ」であることは危険なのだ、ということを知っている弥帆がわざわざ風魔の東京拠点であるここに来る、ということはそういうことである。
「実は…。
 あたし、警察にマークされてるらしいんです」
「警察に、マーク?」
「何やったんだよ」
「由真」
 話が進まない。結花は由真を黙らせた。
「心当たりないのね」
「うん」
「いつ、気づいたの」
 弥帆はこれまでのことを説明した。
 去年の秋に赴任してきた教師、頻繁に進路指導を受けている後輩、彼らが持っていたファイル、弥帆の名前がチェックされていた名簿。
 そして、教師の上着のポケットに警察の身分証らしいものが入っていたこと、後輩の名前は偽名で本当は「ぜに」ではじまる名前らしいこと。
「『ぜに』…?」
 弥帆は、結花と由真が視線を交わしたことに気づいた。
「結花さん?」
「秋からって言ったわね」
「うん」
「その後輩はいつから? ずっと清真の生徒?」
「調べてないけど…それ、どういうこと」
 結花は、弥帆の質問には答えず、由真に「写真持ってきて」と言った。由真も、もう混ぜ返したりせずすぐに立ち上がった。
 戻ってきた由真が渡したファイルを開くと、結花は 8 葉の写真を弥帆に渡した。
「その後輩、この中にいる?」
 写真をチェックしていく弥帆。やがてその手が止まった。
「こいつ」
 長い髪、切れ長の目。間違いない。
「それは…次女ね。
 階級は警視正」
「本当に刑事なの?」
 弥帆は写真を手に持ったまま言った。
「彼女達はね、警視総監の孫」
「警視総監の孫?!」
「この写真の全員が IQ180 の天才少女。その頭脳で多くの難事件を解決してきた」
「でも、警視正って、すごく偉いんじゃないの?」
「そうね。
 警視正と言ったら、大きな警察署の署長をやるくらいのランク。
 これまでの活躍に嘘はないと思うけど、高校生が警視正なんて異例としかいいようがない。
 中には」
 結花は弥帆の手から写真を抜くと何枚か示した。
「この子達は警視監。北海道・東北とか、近畿とか担当区域を割り当てられてる」
「警視監って」
「その上は、警視総監だけだよ」
 由真が口を挟んだ。冷たい口調だった。
「そんなこと」
「あなたもそうかもしれないけど、彼女達は情報収集と分析のために携帯電話をフル活用する。
 それだけじゃなく、特殊な加工をしてあって、逮捕のためのロープやツールが中に仕込まれているっていう話。
 通称、『ケータイ刑事』」。
「ケータイ刑事?」
 弥帆はさきほどから結花の言葉を繰り返しているだけだった。それほどの話だった。
「暗闇機関に『スケバン刑事』がいるのと同じように、警視庁でも優秀な子供に捜査特権を持たせることを考えた、ということね。
 それがたまたますべて警視総監の孫だった」
「たまたまかどうかわかったもんじゃないけどね」
 由真だった。由真はどうやら、この「ケータイ刑事」というシステムに好感を持っていないらしい。
「それは…。
 それはいいとして」
 よくはないが、それは概ね弥帆が想像した通りのことだった。
「そのケータイ刑事がどうして清真学園に」
「はっきりしたことはわかってない。
 実は唯が今、そのことの情報交換で暗闇機関に行ってるの。細かいことはそこでわかるかもしれないんだけど」
 風魔の総大将が暗闇機関に。
 それは、弥帆はまたしても、一般の人にとっては想像もできないような大事件に首を突っ込んでしまったらしい、ということだった。
「海王星団っていうテロ組織の名前は聞いたことある?」
「ない…」
「まぁ、誰でも知ってるってところじゃないけど」
「そいつらが、清真に、何を」
「まだわからない。
 でも逆に、その『ケータイ刑事』達が潜入捜査してるってことだから、海王星団が清真学園に手を伸ばしてるんだっていう証拠にはなるわね。
 質問してもいい?」
 結花が座りなおし、由真も身を乗り出してきた。
「うん」
「最近、清真学園に変わったことはない?
 二人が来たのが去年の秋だとすれば、その前くらいからってことになるんだけど」
「その頃は…」
 自分の苗字が変わる事件に巻き込まれていた頃である。それどころではない。
「そうだったわね。
 なんでもいいんだけど」
「登校拒否、くらいかな」
「登校拒否?」
 場違いな言葉に、結花と由真の声が揃った。
 しかし、弥帆の説明を聞きながら、その表情も落ち着いていく。いや、真剣なものになった。
「なにかあるのかな」
「わからないけど、清真にしては多い、っていうあなたの言葉を信用するんなら、それは十分に疑う価値のある現象ね」
「でも」
 弥帆には、テロ組織と、自分の学校の生徒との間にどういう関係があるのか見当もつかない。
「誘拐ってことはないと思う」
 由真が言った。
「金持ちのいる学校ならそれは真っ先に考えるところだけど、そんなに一気にさらったらどこかから破綻する。
 身代金の要求もないしな」
「旅行ってことはないの」
「そんなに?」
 結花がまた由真を睨む。
「長期不在の理由としては旅行もありうる。特にお金持ちなら、ちょっと海外旅行って線もある」
「でも、確かに由真さんが言う通りだよ。
 そんなに一度に海外旅行なんか」
「じゃなくて、その登校拒否生徒の中に、海外旅行組がどれくらいいるかで、その登校拒否の異常さがわかるかもしれない、ってこと」
「なるほど…」
 弥帆と由真が同じタイミングでうなずいた。
 しかし、次のアイディアが出るわけではない。三人はしばらくそれぞれの考えに沈んでいた。
「調べてみようかな」
「ちょっと」
 弥帆が言うと、結花が叫んだ。
「自分がどういう状態だかわかってるの?」
「でも、うちの学校の生徒がそんなのに狙われてるなんて」
「去年、十分に働いたじゃない。
 あなたはもう自分のことだけを考えてていいの」
「それとは関係ないと思うけど」
「いいからあたし達に任せなさい。
 テロ組織なんて、人を殺すことに何の躊躇もないんだから」
 弥帆は引かなかった。
「でも、どうやって調べるの」
「なんとでもするわよ」
「うちもこれから受験でバタバタするよ。試験問題なんかもあるから、人の出入りには厳しくなるかも。あたしが動いた方がいい」
「あんたね…」
 弥帆は真剣だった。
「あたしにはほんの何人かしか友達はいない。愛校精神なんてものも持ってない。
 でも、知ってしまった以上、知らなかったことにはできない」
「こないだは、それで大変なことになったんじゃないの」
「でも、解決した」
「あんたが解決したわけじゃないでしょう」
「一人でやるなんて言ってない。結花さん達が必要としてる情報を集めてくるだけならできる」
「学校内にテロリストが入り込んでたらどうするの。その場で殺されるかもしれないのよ」
「…。
 清真を狙ってる奴がそんなことしないでしょ。人が死んだら、いくらなんでも大騒ぎになる」
「根拠になってない!」
「落ち着きなよ、姉貴」
 巻き込みたくないという結花の気持ちもわかるが、弥帆はどうやら説得のきく相手ではないらしい、ということも由真にはわかっていた。
「あんたも物騒な性格だね」
「今更、変えようがない」
「正義感は怪我の元だよ。わかってるんだろ」
「それだけじゃない」
 意外な言葉に結花も表情を変えた。
「どういうこと」
「こいつ」
 置きっぱなしの写真を、叩くように指差す。
「深海弥生って偽名なんでしょ」
「そう。
 本名は銭形海」
「そんなふざけたことをする奴は許せない」
「ふざけた、って…」
「自分の名前を平気で変えられるような奴」
「名前?」
 由真はわからなかったようだが、結花にはその意味がわかった。
 弥帆は自分の名前を失ったのだ。
 長年、親しんできた「弥帆 (みほ)」が本来とは違う変名であり、さらにそれも奪われた。まだ、「弥帆 (やほ)」という呼ばれ方にも慣れていない。
 名前をもてあそぶような行為には我慢がならないのだろう。
「でも、潜入捜査なんだからさ、それはしょうがないだろ」
「あたしの知ったことじゃない。
 でも、どうしようもなくムカツく。
 そんな奴に縄張りをかきまわされるのも嫌だ。
 それくらいだったら、あたしが体はって調べた方がずっとマシだ」
「体はるって…」
 結花は頭を抱えた。気持ちはわからないことはない。しかし。
「よし、気にいった」
「ちょっと、由真」
「いいじゃん、心強い援軍だと思うぜ。
 勝手はわかってるんだろうしさ」
「無責任なこと言わないでよ。
 この子の命がかかってるんだから」
「その本人が、やりたい、って言ってるんですよ、結花さん」
 弥帆が宣言した。
 結花も由真もそれ以上、止める言葉がなかった。

Ver.1.0: 2009/3/15

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