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「久しぶりだね」
銭形警視総監は笑って言った。
「いや、その前に、おめでとうと言うべきかな、暗闇司令」
「お好きなように」
「相変わらずだね」
銭形はいつもそうだった。穏やかに笑う。先代の暗闇司令の側近としてやってきたときもそうだったし、なにかの事件で緊迫した話し合いになったときもそうだ。暗闇はときおり、その笑顔を引き剥がしてやりたいと思うことがあった。
「本来なら代替わりのご挨拶があってしかるべきところなのですが、先にこのようなことになってしまいました」
「まぁ、それは止むを得ないだろうね。事件が事件だ」
暗闇が弥帆から海の話を聞いているように、銭形も海から弥帆のことを聞いている筈である。おそらく、雷や岡野と暗闇自身が出くわしていることも伝わっているだろう。
総監室は広い。大きな机が奥にあるだけなのだが、二人はそれを挟んで向かいあっていた。ほかには誰もいない。
「今後、どうなさるおつもりですか」
「どう、とは。
我々の勤めを果たすのみだ。特別なことは考えていないが」
「岡野警部はすでにマークされているようです」
「ほぅ、もうかね」
笑う。本当に楽しいと思っているのだろうか、と暗闇は頭の隅で思った。
「文部省の職員を一人、拘束しました」
「…」
「お孫さんも顔を見られている可能性があります」
「そうだろうね」
「危険だとお考えにはなりませんか」
「あれも自分の身くらいは」
「お孫さん達は、逮捕術を免除の上で任命されている筈です」
「よく知ってるね。
だが、刑事は単独行動はしない」
「だからと言って安全が保障されるわけではありません。それは我々暗闇機関のエージェントでも同じです」
「警察の仕事に危険はつき物だよ」
「では、折り込み済みなのですね」
流石に銭形は笑わなかった。
「今度のことでは、これまでの捜査方法は通用しません」
「どういうことだね」
「荒畑任五郎、早島琴を逮捕した功績は認めます。
確かにあれは刑事が解決してしかるべき事件だった。
ですが、今度は違います。
海王星団はテロリストとして活動しているんです」
「だから警察は手を引け、というのかね」
「お孫さん達を過信してらっしゃいませんか」
「否定はしない」
「総監…」
「だが、君が褒めてくれた通り、あれ達には実績がある。
海王星団のこともよく知っている。
それを活用しないのは損だとは思わないかね」
「ですから」
「なぜそうこだわるんだね、暗闇司令」
銭形はかすかに首をかしげた。
「君ほどの男が縄張り争いをするとは思えないんだが」
暗闇はいつのまにか机に両腕を突っ張っていた。力を抜き、体を起こす。
「適材適所。
人間についても、組織についても言えます。
それが縄張り意識だとおっしゃるのであれば、私は反論はしません」
「つまり、学校を舞台にして行われることは暗闇機関に任せろ、ということかね」
「『スケバン刑事』はそのためのシステムです」
「しかし、テロリストのためのシステムではないだろう」
「確かに」
暗闇は深呼吸のように息を吐いた。すると銭形は立ち上がった。静かに窓際に向かう。
「先代の暗闇司令がここに見えたとき、私はまだ警視長だった」
遠い昔のことだった。
「まっすぐな人だった。まるで正義を体現したかのような人だったよ。
おっしゃったことの中で、私の印象に残ったことが二つある」
暗闇は振り向いた。昼の光が目を射る。
「法律で人は守れない。
我々の対極にある考え方だ。しかし、一面の真実をあらわしている。それが暗闇機関の基本思想だな。
もう一つは」
「なんでしょうか」
「守るべきは十代の若者だ」
「…」
「弱い存在と見ていたのではないと思う。
だが、彼らは常に大人から狙われている。脅され、利用される。
そのときに受けた傷は成長した後でも残っている。不幸にもその傷が、次の世代の若者を傷つけてしまうことがある。その連鎖をも考えていたようだ。
君も同じだな、暗闇司令」
暗闇は黙っていた。
「私の孫を心配してくれるのも、『スケバン刑事』のシステムが残っているのも、そして君の時代になってからその適用例が減っているのも同じ理由によるものだろう。
私はそれを高く評価している」
「恐れ入ります」
「その代わりといっては何だが、私のこと、いや、私の孫達のことも信じてみてはくれないかね。
私だって自分の孫に傷ついて欲しくはない。だが、あの正義感をそのまま伸ばしてやりたいとも思う。
そしてそれがおそらく世の中の平和のためにいくらかの役に立つ」
「私には」
暗闇は、しばらく口を閉ざした。
銭形が振り向く。
暗闇は視線を上げずに言った。
「それが、我々が守るべき者達の無事を犠牲にしてまでやる価値のあることだとは思えません」
暗闇が機関本部に戻ると、唯と由真が待っていた。
「遅いよ、風見」
由真は、暗闇が彼女達と知り合った当時、使っていた偽名を口にした。彼女にとってはそれが一番呼びやすいようだった。
苛立っている。側近であり、かつて「ビー玉のお京」を名乗っていた京は、暗闇に視線を投げると肩をすくめた。
「警視総監のところだ」
「どうしたんじゃ」
「孫達を引っ込めろと言ったが、拒否された」
「弥帆も大分、邪魔みたいだからな。
自分の孫にそんな危ないことさせるなんてどういう爺さんなんだか」
暗闇は二人の横を通り過ぎ、自分の椅子に納まった。
「人のことが言えるのか」
「なんだと」
由真の目が攣りあがった。
「浅海弥帆を引きずり込んだのは誰だ」
「本人がやりたいって言ってるんだぞ。それを手伝ってやるのが大人ってもんだろうが」
「若者の間違いを正すのが大人の役割だ」
「何度、言えばわかるんだよ。
あたし達はな」
「彼女は風魔の忍ではない」
「風魔なら死んでもいいって言うのかよ!
好きで忍に生まれたわけじゃねぇんだぞ!」
「そういう人間をわざわざ増やすなと言うんだ」
「やめない!」
唯が怒鳴った。
「そのことは棚上げにすることに決まった筈じゃ」
全員が肩を上下させて息を吐いた。
「それで。
何の用だ」
「一人、大学教授が見つかった」
「わかりにくい」
「海王星団のメンバーかもしれないんじゃ、その教授は」
「どこだ」
「城南大学の教育学部」
暗闇の目が動いた。
「で」
「城南大学に不正入学の噂があるのは知っちょるね」
「あぁ」
「実は、不正入学したらしい生徒と――」
唯はポケットをさぐった。携帯電話のディスプレイを見たその大きな目に力が入る。
「城南大学を監視しちょる忍じゃ」
暗闇に断ることもせずに出る。
「なんじゃ。
…。
祐美が?」
暗闇の顔が唯に向いた。
「わかった。
適当なところで交代するんじゃ。
絶対に気づかれちゃいかん。慎重に」
「唯、まさか」
由真もその会話の意味するところには気づいたようだった。京の顔もこわばっている。頷く唯。
「菅原祐美がマークされた」
「どういうことだ」
「さっき、言いかけちょったんは、祐美が不正入学した生徒と接触した、ってことなんじゃ」
「接触とは」
「祐美は、その生徒の不正入学の詳細を知っちょる」
「お前達も知ってるんだろう。その様子では」
「そうじゃ。
その不正入学で金を受けとったんが、海王星団のメンバーの和泉範介 (いずみ のりすけ) って教授」
「額は」
「150 万」
暗闇は顔の前で手を組んで考え始めた。
和泉が海王星団のメンバーらしいことはわかっていた。城南大学に不正入試の噂があることも耳に入っている。
その二つがつながった。それは何を意味するのか。
不正入試が露見すれば、払った側も将来を捨てることになるが、受け取った側も身の破滅だ。それにしては小額だ。とても引き合うとは思えない。尤も、海王星団がバックにいるのなら、露見しないようにすることも可能ではある。
「菅原祐美はなぜその学生と接触したんだ」
由真がその経緯を説明した。
「つまり、学内でも噂になっていて、個人が特定できるほどになっている、ということか。
ほかにそういう学生はいないのか」
「今のところ見つかっちょらん」
「そんなことより、祐美だろ!」
由真が怒鳴る。
「祐美は海王星団にマークされちまった。
保護することを考えろ」
「風魔が監視しているのだろう」
「お前らは何もしないつもりか」
「我々が動けば、彼女にはさらに危険が及ぶ」
「なんでだよ。守ってやればいいんだろ」
「元スケバン刑事の近くに暗闇機関が現れれば、普通ならその関係を疑う。復活したと思われたらどうなる」
「復活させればいいじゃねぇか」
「なんだと?」
由真が詰め寄った。暗闇はデスクの向こうで睨み返した。
「いいか、祐美は海王星団の悪事に近づいちまったんだ。もう後戻りは利かねぇ。
危険を取り除くには、その悪事をつぶしちまうのが一番だ」
「そのために使えというのか」
「一石二鳥だろ」
「バカも休み休み言え」
「もう一遍、言ってみろ!」
「お前達も警視総監と同じだ。
使えるものはなんでも使おうとする。
それがどんな結果になるか考えもしない」
「バカだからな!」
「暗闇司令、結果についてはあたし達だって」
「菅原祐美を守るために、菅原祐美を戦いに引きずり出すだと。そんな理屈が通るとなぜ思う。
我々は、彼女達を守るために戦っているんだぞ」
「スケバン刑事の総元締めが偉そうなこと言うんじゃねぇ!」
「由真姉ちゃん」
唯はまだ言い募ろうとする由真を押しやった。
「言いたいことはわかる。
あたし達も、それがベストだとは思っちょらん。
じゃけんど、祐美にもし危険が及んだらうちで保護する。
そんときに祐美がなんと言うか、結果はそれ次第じゃ。えぇか」
「さっきも言った。
若者が間違ったらそれを正すのが大人の役割だ。
彼女が戦いたいと言っても止めろ。俺の意向はそれだ」
「年取ったな、風見」
「…」
「立派な大人だよ」
「お前達の方こそだ」
「んだと?」
「菅原祐美にもしものことがあったとき、その胸の痛みと取り返しのつかない後悔に折り合いをつけられるようになったんだな」
ガン、と音がした。由真が机を蹴ったのだった。
「行くぞ、唯」
「暗闇司令、あたし達だって祐美や若いもん達のことは考えちょる。
その上での結論じゃ」
「よかったな、楽な結論で」
ドア口で由真が、唯、と怒鳴った。
部屋は急に静かになった。京は目を閉じている暗闇を見やった。
「八つ当たりじゃないのか」
「否定はしない」
「あたし達が角つきあわせて一番困るのは」
「わかってる」
「令…」
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