スケバン刑事外伝・番外編 -“Obituary ZERO”-

“PACIFIC”-ケータイ刑事 vs. スケバン刑事 [take 3]-


二つの振り子 (前編)



「遅くなってごめんなさーい」
 雷と海の姉妹が無造作にドアを開けて入ってくる。
 そこは警視総監室であった。総監の側近達が敬礼をする。雷は歩きながら、海は丁寧に答礼した。ついてきた岡野と松山は、総監室ということでガチガチになっていた。
「なんか信号がつながらなくって」
「おねえちゃま、お客様みたいだよ」
 まるで自分の家のように振舞う雷の袖を引っ張る海。雷も遅ればせながら、総監の机の横に立っている男に気づいた。そして、顔をこわばらせる。
「あなたは…」
「先日はどうも」
 男が形ばかりの会釈をした。
「おねえちゃま、会ったことあるの?」
「郷君じゃないか」
「え、岡野さんも?」
「おじいちゃま」
 雷は総監を怒りのこもったまなざしで見た。
「なぜ、暗闇機関の人がここにいるの」
「暗闇機関?」
 海はあらためてその男を見た。地味なスーツ、それと同じように地味な印象。この部屋にいるから気づいたが、街角ですれ違ってもおそらく何の印象も残さないのではないかと思われた。この男が、暗闇機関のエージェント。
「まさか、あたしのことで」
「海の捜査の邪魔をした『スケバン刑事』とやらの話?」
「そういう言い方はやめなさい」
「だって、おじいちゃま」
「まず、こちらに来て、ちゃんとご挨拶を」
 大好きな「おじいちゃま」の命令ではしょうがない。二人は総監の机に近づき、その男に敬礼をした。
「警視監、銭形雷です」
「警視正、銭形海です」
 男はやはり会釈を返しただけだった。雷の顔が不機嫌に歪む。
「ご自分は名乗らないんですか」
「この人は、自分から名乗ることを好まない。
 私から紹介しよう」
「おじいちゃまに紹介させるなんて、よっぽど偉い方なんでしょうね」
「この人が、通称、『暗闇司令』だ」
「え」
 祖父の「通称」という言葉で、かっこつけるつもりか、と更に苛立った雷だったが、それは一瞬で消えた。
「あなたが、暗闇司令…」
 暗闇は三度、会釈をした。
「で、誰なんだよ、結局」
 松山が痺れを切らしたように言う。
「内閣機密調査室の一部署です」
 暗闇本人が言った。
「機密調査室…」
「諜報機関でもありますので、これでご容赦を」
 雷も海も、そういう組織がある、という程度のことしか知らされていない。内閣機密調査室に所属というのは形だけのことで、独自の哲学で行動し、その内閣すら手を焼いている謎の組織。例えば岡野などよりもはるかに若く見えるこの男が、そのリーダーだとは。
「文部省には何をしにいらしたんですか」
 それはそれだ。雷が言った。この男が暗闇司令なら、あの日のことには別の疑問が生じる。
「捜査上の秘密ということになります」
「暗闇司令自らが高等教育部部長にお会いになったわけですよね。でも、私達は約束をキャンセルされた。そこにはなんらかの関係があると考えられます」
「私が高等教育部部長に会いに行ったのだ、と考えた理由をおうかがいしてもよろしいでしょうか」
「それは」
 確かに、そんなことは言っていなかった。たまたま時間が同じだっただけだったのかもしれない。
「ですが、あなたが自ら」
「文部省内に、私が暗闇機関の人間であることを知っている者がどれだけいるとお考えですか」
「…」
「いないと考えて差し支えない。
 したがって、私が行くことが異常事態だと考える必要はありません」
 その通りである。雷は黙るしかなかった。
「私からもお聞きしたいことがあります」
 海だった。
「なんでしょう」
「清真学園の浅海弥帆さんはご存知ですね」
「えぇ」
 あっさり認めたのに彼女達は驚いた。だが、この男が暗闇司令であることもうわかったのだし、彼女が「麻宮サキ」だったことは暗闇機関自らが警察に通知してきたことだった。
「彼女は、現役の『スケバン刑事』ではないのですよね」
「えぇ。
 彼女の経緯については総監にお知らせしていますが、お聞きになってはいないのですか」
「知らせたのは警視長までとうかがっています」
「お姉さまのお耳には入っているでしょう」
 海が見ると、雷は慌てて目を逸らした。細かいことは覚えていないらしい。小さな声で、あたし日本にいなかったし、と言い訳をすると、海は唇をゆがめた。
「では、そういうことだとして。
 彼女はなぜ今回の事件のことを調べているのですか」
「自分の学校で起こっている事件だからでしょう。
 私が命令したわけではありません」
「そんなことで警察の捜査を妨げたりしますか」
「あなたは、警察官として清真学園にいらしてるのですか?」
「ですが、彼女は知っています」
「偽名を使っての極秘捜査であることに変わりはないでしょう」
「潜入捜査なんだからしょうがないだろう」
 松山が声を荒げた。
「彼女が以前、水島姓だったことはご存知ですね?」
「それがどうかしましたか」
「そういう経験があれば、わざわざ自分の名前を偽ることに嫌悪感を覚えるのはごく自然なことだとは思いませんか」
「名前…」
 海は答えられなかった。考えてもみなかった。そういえば、随分とそのことにこだわっていたような気もする。
「そんなこと、捜査の邪魔をする理由にはならんぞ」
「そんなこと?」
 暗闇の体が彼らに向いた。
「彼女は大きな事件に巻き込まれて、自分を育ててくれた親を失ったんですよ。そして苗字も変えざるを得なかった。社長令嬢であった立場も一変して、そのことも彼女の将来の進路に影響を与えている」
 さらに、育ての親が殺される場面を彼女は目にしている。珍しく興奮しているらしい暗闇も、そうした詳細を口にすることは避けた。
「それが、『そんなこと』ですか?」
 海達が黙る。
「あなた方の生きる世界では、親しい人が死んだりはしていないのでしょうね」
「暗闇司令、それくらいにしてやってくれないか」
 これまでの話を見守っていた総監が言った。
「お前達もだ。
 今日、集まってもらったのは、こんな口論をするためではない」
「ごめんなさい、おじいちゃま」
 雷と海が声を揃え、岡野と松山が小さく頭を下げた。
「さっきの内容をもう一度、説明してやってくれないか、暗闇司令」
「わかりました」
 もう一度、向き直る。
「岡野警部と松山巡査を含む、警視庁所属の刑事の皆さんへの送金記録を抹消することを提案します」
「なんで知ってるんだよ!」
 松山が叫んだ。岡野もうろたえている。
「個人情報をみだりに漏らしたりしたら、あんた」
「使うべきではありませんでしたね。
 すぐ引き落としたりしたら、ますます贈収賄の疑いが強くなるというのに」
 また黙らざるを得ない。尤も、雷と海も、だから言っただろう、と二人を睨んではいたが。
「岡野警部、松山巡査。
 すまないが、君達がお金を使ったことは私から話した。案を検討するには必要だと思ったのでね」
 総監に言われては、どんなに不本意でも、笑って答えるしかない。
「でも暗闇司令、それは記録の改竄ってことになるんじゃありませんか」
 海が言うと、雷も反論した。
「そうです。もし、後で改竄したことがばれたら、もっとまずいことになります」
「なりません。
 記録は完全に書き換えます。万が一、そういう噂が流れたとしても、それを裏付ける証拠は絶対に出てきません」
「どうやってやるんですか、そんなこと」
「我々にお任せいただければ」
「そんなことが可能なんですか」
「岡野さん!」
 一縷の望みにすがろうとした岡野を怒鳴りつける雷。
「使った分は、自分でお支払いください。
 通信販売ならなんとかなりますが、人を介しての買い物ですので、キャンセルするとそれも余計な疑惑を招くことになる。何事もなかったような顔をして払ってください」
「やっぱり…」
 肩を落とす岡野。松山もため息をついた。
「ねぇ海、松山さんは何を買ったの?」
「日焼けサロンのパスポート」
「あれって、そんなにするんだ」
「百年分だって」
「ひゃ」
 開いた口がふさがらない。そんなに焼いてどうするというのだ。それに、百年後にその店があるとは到底思えないではないか。
「お二人には貸しませんからね」
 海が冷たく言った。
「おい、銭形。そこをなんとか」
「知りません」
「じゃ、暗闇司令さん、ちょっと用立ててもらえないかなぁ」
「ちょっと先輩、あの人は」
「暗闇機関に貸しを作るといいことはありませんよ」
 雷が止める。暗闇は気を悪くしたようでもなかった。だが、雷と海の表情は硬い。雷は断固とした調子で言った。
「さっきの提案は、再検討をお願いします」
「時間がありません。
 海王星団がそんなことをしたのはなぜだと思ってるんですか」
「おそらく、海王星団の首領逮捕に貢献のあった私達と、その仲間を捜査から外すためでしょう」
「それはいつ起こりますか」
「今頃、新聞やテレビにリークされているかもしれませんね」
「だからたった今、証拠を抹消する必要があるんです。
 そこの二人だけじゃない、15 人もの刑事が一線から外される。
 そして、一般市民は警察に対する信頼を失う。
 彼らはそれを狙っているんですよ」
「わかっています」
「でも、私達は警察官です。
 証拠の改竄をするわけにはいきません。
 それが、自分達に不利な証拠であっても」
 海が、声を上げる雷とは対照的に、静かに言った。岡野と松山も、そうだそうだ、と尻馬に乗った。
「それに、岡野さんも松山さんも、賄賂を送られる理由がありません。身の潔白を証明することはできます」
 後ろからは、そうだそうだ、という声しか聞えない。
「どこで」
「法廷に出ることも厭いません」
「何の裁判で法廷に出るというんです」
「それは」
 暗闇の表情が険しくなった。
「まさか、海王星団の事件ではないでしょうね。
 あなた方が法廷でその申し開きをするのは、あなた方抜きで捜査が行われて、それが解決した後のことなんですよ。
 失望しました。
 お二人は大変な天才少女と聞いていましたが、その知能は全く生かされていない」
「なんですって!」
 雷と海が同時に叫んだ。
「メディアの流す情報がどのように扱われるのか全くわかっていない。
 いいですか。
 刑事が賄賂を受け取っている、というニュースが流れた時点で、あなた方の負けなんです。
 それが本当に事実なのだろうかということは誰も省みません。報道された時点でそれは真実で、それを根拠にして人々はものを考えて行動する。
 釈明の機会など与えられません」
「謝罪会見はよく見るぞ」
「そうだ。テレビでよく謝ってるじゃないか」
「あなた方は、あのときの説明をすべて信用しますか。まだ隠してるんじゃないか、もっとほかに出てくるぞ、そう疑いながら見ているんじゃありませんか」
 それはそうですけど、と岡野の声も小さくなる。
「だから、出てくる前に潰しておく必要があるんです」
「岡野さん、松山さん」
 雷は振り向いて二人のもとに行った。
「正直に答えてください。
 記録の抹消、して欲しいと思いますか」
 二人の目を見る雷。声は低い。岡野も松山も、弱りきった顔でお互いを見、雷を見た。額に汗がにじむ。岡野は唇を噛み、松山は柄にもなくうつむいた。雷も、海も、静かにそれを見守っていた。
 やがて。
「いや、やっぱり、いらない」
「僕も、いらないよ」
「俺達に後ろ暗いところはない」
「そうだ。
 でも、記録の改竄なんかしたりしたら、それこそが不正だ」
「わかりました」
 雷は海の隣に戻った。満足した表情で頷きあう。
「結論です、暗闇司令」
「ご理解いただけず、残念です」
 暗闇はスーツを調えると、警視総監に向き直った。
「我々のチャンネルは開けておきます。何かありましたら、いつでも連絡をください」
「ありがとう、暗闇司令」
 また無言で会釈だけをすると、暗闇司令は総監室を出て行った。雷は冷ややかに、海は静かにそれを見送った。

Ver.1.0: 2009/3/29

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