スケバン刑事外伝・番外編 -“Obituary ZERO”-

“PACIFIC”-ケータイ刑事 vs. スケバン刑事 [take 3]-


ケータイ刑事 vs. スケバン刑事 (前編)



「よく来てくれました」
 満面の笑顔の海に迎えられ、弥帆は逆にたじろいだ。これまでに見たことのない顔だった。
「どうぞ」
 中に通される。もう一人、女性がいた。
「はじめまして。
 海の姉の雷です」
「どうも」
 差し出された手をおずおずと握り返す。暖かくて柔らかだった。
 自分でも、何を緊張しているのだ、と思う。だが、ここが警察であること、雷が警視監であることが原因であることは間違いない。
「あの…」
 なんと言えばいいのかわからずに困っていると、また海が微笑んだ。
「あぁ、あのおじさん達は気にしなくていいです。
 ヒゲのある方が岡野警部、日に焼けている方が松山巡査です」
「どうも」
 二人はそっぽを向いた。その理由はわざわざ聞かなくてもわかる。先日まで、弥帆と海がぶつかっていたのと似たようなものだろう。海は、一緒にやろう、と言ってきたが、まだわだかまりが取れていない人はいる、ということだ。
 暗闇司令は、この計画をいとも簡単に承諾した。二つ返事と言ってもいいくらいである。
 それは、暗闇の頭に最初からあったということと、それによって弥帆の身の安全を図ることができる、ということによる。
「早速、捜査会議を始めます」
 雷が言うと海が席に着いた。どうしたものかと思っている弥帆も、海に呼ばれてその隣に座った。岡野と松山は、一つ置いて座った。
「浅海さんにもちょっと話してあるけど、警視庁の刑事が持っている銀行の口座に、休眠口座から数十万単位のお金が振り込まれています。
 一応、一部については、振り込んだ人間の写真が撮れています」
 雷がホワイトボードに写真を貼る。振り込んだ時間と監視カメラの画像とを照らし合わせたものだ。しかしそれは個人を特定できるようなものではなかった。季節のせいもあり、深く帽子をかぶりマスクをしている。マフラーで口元を隠している者もいた。
「という状況なので、犯人――まだ犯罪だと決まったわけじゃないから、犯人と呼ぶのは問題があるけど、振り込んだ人間から事情を聞くというのはまず不可能だと考えていいと思います」
「口座の持ち主には?」
 弥帆が言った。海が答える。
「一応、当たっては見たけど、自分がそういう口座を持っていたことをすっかり忘れていた、っていう人ばっかり。カードの暗証番号も思い出せないくらいだった」
「それで、私達が考えたのは、これを公表してしまう、ということです」
 岡野が机に突っ伏し、松山が頭を抱えた。彼らの不機嫌の原因はもう一つあったわけだ。
「何か組織的な犯罪が行われている可能性がある、ということで、全国に注意を喚起します。これにはおそらく、振り込め詐欺に関する注意との相乗効果が見込めます。
 一方で、この方法が警察には通用しないということを犯人へ暗に伝えることもできます」
「こっちから白状しちゃうわけね」
 弥帆が言った。海は、「こっち」という言葉で、彼女が仲間になったことを実感でき、一人で微笑んでいたが、岡野と松山は「白状」という言葉に何か引っかかっているようだった。勿論、弥帆は二人が金を使ってしまったことまでは知らないので、そんな意図は無かったのだったが。
 内線電話が鳴った。海が取る。
「はい。
 わかりました。お通ししてください」
 受話器を置く。
「もうお一人が到着したみたいですよ」
 まもなく案内されてきたのは、菅原祐美だった。
 これは暗闇が出した条件だった。いや、暗闇の気持ちとしては依頼である。祐美は自分でも気づかないうちに海王星団にマークされてしまっている。だからと言って由真が言うように仲間に引き入れてしまうのはできない相談である。
 しかし、弥帆が海に呼ばれたのはいい機会であった。警察と一緒に行動することで安全を図ることができる。
 今度は雷が迎えた。
「はじめまして」
「菅原祐美です」
「どうぞ」
 中に入った祐美が最初に見たのは弥帆だった。祐美には、彼女が「スケバン刑事」であることがすぐにわかったのだった。二人はしばらく視線を交わし、頷きあった。
 海が自己紹介をする。祐美は同じことを言った。岡野と松山はまたそっぽを向いた。
 確認の意味を含め、と雷はさっきの説明を繰り返した。
「犯人に伝える…」
 祐美だった。
「どうかしましたか」
「いや、それにどういう意味があるのかと思って」
「海王星団は作戦の立て直しを迫られる筈」
「立て直し…」
「警視庁の刑事が 15 人。
 これがすべて捜査の前線から外れることを期待しているんだとすれば、大きな違い」
「うまくいくようなら他の刑事も、とか考えてそうだもんね」
 海が言った。
「そうなれば、こちらの付け入る隙も生まれる」
「テロリスト集団だよね。
 それくらいで隙を作るかな」
 雷は眉をしかめたが、弥帆が追い討ちをした。
「あたしもそう思います。
 作戦が一種類ってことはない様な気がする」
「君達に何がわかるんだ」
 岡野が立ち上がった。
「ただの高校生と大学生じゃないか。
 こっちは警察だぞ。海王星団に関する情報はこちらの方がたくさんあるんだ。
 その私達が立てた計画に文句をつけるなんて、どういうつもりだ」
「そうだ。
 お前達は素人、こっちはプロだ。黙って言う通りにやれ」
 松山も尻馬に載る。これはおそらく八つ当たりだろう。
「じゃ、この入金のことを発表すれば、海王星団は必ず浮き足立つ、と、そういうことですね」
 祐美が睨みつけると岡野と松山は言葉を濁した。
「二人の言う通りかもしれない」
「おねえちゃま」
「向こうだってプロだもんね。すべての作戦がうまくいくなんて前提は置かない筈。
 スペアの作戦は用意してあると思う」
「でも、公表はしておいた方がいいと思う。
 向こうにすっぱ抜かれるのはまずいから」
「うん」
 雷が頷いた。
「ところで」
 祐美がホワイトボードを指差した。
「あの写真なんだけどさ」

 雷に続いて祐美が入った。
 中の刑事は雷に向かって、おそらく最敬礼と言ってよさそうな姿勢となった。雷も落ち着いた答礼をした。
 机の向こうの男はチラリと目を上げた。入ってきたのが若い女、というより、学生程度の年齢であることにいぶかしげな表情になったが、すぐに関心を失ったような視線を落とした。
 銀行の防犯カメラに映っていた、休眠口座から金を振り込んだ男だった。祐美は、さすがに警察だな、と思った。
「何か証言は」
 刑事は、雷の言葉に首を振った。防犯カメラの映像がはっきりしないことを盾に人違いだと言い張っているようだった。
 雷はきびしい視線を向けたが、男は逆にニヤリと笑った。雷のきびしい視線自体が、証拠がなくて困っていることの証拠だと思ったのだ。
「お巡りさん、そろそろ帰らせてもらえませんかねぇ」
「おまえ!」
 刑事が机を叩いたが、男は顔を反らせただけで、さして気にもしていないようだった。
「ちょっと二人だけにしてくれるかな」
 祐美が言った。刑事は勿論、雷も、驚いた顔をしたが、祐美には余裕があった。
「大丈夫ですか」
「あぁ」
「わかりました」
 雷は、二人の刑事を連れて外に出た。
「ねぇ、おねぇさぁん」
「あんた、これ見たことある?」
 祐美は、からかうような言葉遣いを続ける男に近づいた。そしていきなり男の顔の前にヨーヨーを突き出した。
「!」
 椅子が鳴った。
「知ってるんだ」
「お前…」
「この顔に見覚えない?」
 顔を近づける祐美。男は一旦は反らした顔を、おそるおそるという様子でゆっくりと戻した。
「…」
「忘れた?」
「麻宮…サキ…か」
「正解」
 ガシャンという音を上げて、男は椅子から転げ落ちた。取調室の隅へ逃げ込み、手錠をかけられたままの手を、拝むように合わせた。
「勘弁してくれ。
 俺は、頼まれただけだ」
「誰に」
「名前は知らない。
 ただ、金を振り込んだら 10 万くれるって言うから」
「顔は?」
「覚えてない…」
「使えねぇ」
「勘弁してくれ。本当に覚えてないんだ。向こうはグラサンしてたし」
「まぁいいや。
 そのこと、包み隠さず刑事さんに話すんだね」
「え」
「話すんだよ!」
 祐美のヨーヨーが男の耳の横を掠めた。男が悲鳴を上げた。
 そしてマジックミラーの横では、雷や海は勿論、弥帆も目を見開いて驚いていた。

「深海さん、いる?」
 弥帆は二年の教室に顔を出した。奥の方にいる海が振り向いた。
「先輩!」
「先輩…?」
 弥帆の顔が引きつる。しかし、クラスメート達の方も、海を停学に追い込んだ張本人が来た、ということで同じように引きつっていた。
「だって先輩じゃないですか。
 ここでは」
「まぁね」
「どうしたんですか、先輩」
「ちょっと」
 廊下の隅に連れ出す。
「森田久美子が登校してきた」
「本当ですか」
「聡美達と一緒だけど」
「じゃ、話を聞きに行きましょう」
「まだだよ」
「どうしてですか」
「今まで何ヶ月も休んでたのがやっと出てきたんだ。まだそんなことができる状態じゃない」
「そうか…。そうですね」
「一つだけわかったことがある」
「何ですか」
「彼女が、成績のことを相談したって話はしたよな」
 峰石に。
「あいつに、成績簿を書き換えることを依頼したらしい」
「…え?」
「5 万渡してる」
「本当ですか」
 弥帆は腕を組んだ。海も厳しい表情だ。
「それで学校に来づらくなった…ってことでしょうか」
「わからない。
 ちょっと時期を置いて本人に聞くべきだとは思うんだけど、やっぱりまだ早い。
 お、いいところに来た」
 聡美達が森田久美子と一緒にやってくるところだった。
「右端の、うつむいてる子が森田久美子だ」
「弥帆さん!」
 最初に見つけたのは優だった。片手を上げる弥帆。
「今日も図書館ですか」
「うん。ちょっと息抜きに出てきた。
 あ、紹介しておくよ。
 2-A の深海弥生。つい最近、知り合った」
「あ、秋に転校してきた人でしょ」
「はじめまして」
「2-A の子が、すっごい美人が転校してきたって言ってたもん」
「深海さんって、まさか弥帆さんのご親戚とか」
「え、どうして」
「だって名前似てるし」
「似てたって親戚じゃないよ」
「あ、そうか」
 笑い声が起きる。が、森田の表情はこわばったままだった。
「じゃ、あたし達、実験室なんで」
「うん。
 あ、森田さん」
 弥帆が呼び止めると、森田は下から覗き込むように視線を上げた。
「…はい」
「お帰り」
「…はい」
 4 人を見送る。
「かなり怯えてますね」
「あぁ。
 ちょっと、話を聞きだすのは難しいかもしれないな」

 試験も終わり学生は少なくなっているが、それでも学生達は忙しそうに、あるいは楽しそうにキャンパスを行き来していた。
 大学も面白そうだなぁ、と雷は言った。
「行こうとは思わなかったの?」
「うーん、フィンランドの方が楽しそうだったし」
 祐美は、そんなもんかなぁ、と答えた。
「じゃ、ここはついていきますので、よろしく」
「だから、頼らないでよ、警視監」
「だから、それは秘密です」
 祐美が唇をゆがませると、雷はいたずらっぽく笑った。
 数日のすり合わせと捜査会議を終えたところだが、どうやら雷は祐美のことを気に入ったらしい。
 それには勿論、あの取調室での一件が大きかった。
 祐美は、単に昔かかわった奴が再犯しただけだ、と言ったのだが、雷達にはそれだけではないこともわかっていた。男が、あのヨーヨーと「麻宮サキ」の名前におびえたのも事実である。それだけの「ビッグネーム」に任命されるということがどういう意味を持つのか、彼女達には考えるまでもなくわかっていた。
 あるいは、短気な者同士で通じるものがあったのかもしれないが、長女である雷にとって年上の女性というのが珍しい存在であるということも強く働いたようである。
「あれだ」
 東田浩一。不正入学した、と自分で言った学生である。
「お待たせ」
 東田は、祐美がもう一人を連れてきていることに気づくと、怯えた表情になった。
「心配しなくていいよ。
 この子はここの学生じゃないけど、便りになる」
「でも」
「口は堅い。
 それに、妙なことになったらあたしだって困るんだ。卒業取り消しなんてことになったらまずいからね。学生証、見せただろ?」
 それなら、ともごもごと言う東田。
「場所、変えようか」
 三人は空いている教室に入った。
「それで、話しそびれてたこと、って何だ」
「頼まれてることがあるんです」
「誰に」
 東田は自分の荷物を胸に抱えたまま、上目遣いで言った。
「和泉教授に」
「何を」
「そのうちに働いてもらうから、って」
「働く?」
「何のことだかわかりませんけど」
「わからないって」
 雷が身を乗り出してきたが、祐美が止めた。
「それは、最初からの条件なの?」
 試験の結果を操作して貰う代わりに金を払っている筈である。その上に、というのはおかしな話だった。
「いえ。
 夏ぐらいに、教授に呼び出されて」
「でも、何をするのかは言われてない?」
「何も」
 祐美と雷は顔を見合わせた後、考え込んだ。沈黙が降りて居心地が悪くなったのか、東田は何度か身じろぎをした。
「その後、教授からは」
「いえ。
 最近は、廊下ですれ違っても無視されるし」
「自分から教授のところに行ったことはある?」
「そんなことしませんよ!」
 大きな声で言う東田。
 話はそこまでだった。教室を出ると、東田はまさにトボトボという足取りで行ってしまった。
「学校辞める、とか言い出しそうだな」
「そうか、そういうことか」
 雷が突然、叫んだ。
「どうしたの」
「謎はとけたよ、ワトソン君」
「誰、それ」

Ver.1.0: 2009/3/29

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