|
雷はイライラと何度も立ち上がって室内をうろうろした。
「落ち着きなさいよ、銭形君」
「まったく、あの子、全然成長してないじゃないですか」
「忙しいんですよ、検事正ともなれば」
「こっちはアポイントとってきてるんですよ。
岡野さんだって文部省でキャンセルされたときは怒ってたじゃないですか」
「慣れたんですよ、きっと」
今回に限って落ち着いている。それが更に雷を苛立たせる。
「もうちょっと静かにできないのかね、君達は」
ドアが開くなり嫌味が飛んできた。ドイルだった。
「15 分の遅刻ですよ、多摩川検事正」
「僕は人間相手の仕事をしている。そうそう時間通りというわけにはいかないよ」
「それは私達も同じですけど」
「そうかい。
わかりやすい事件ばかりを担当しているんじゃないのかね」
「なんですって!」
「ちょっと銭形君」
岡野が割ってはいる。
雷はここのところずっと不機嫌だった。弥帆や、「先輩」と呼んで尊敬すら感じ始めていた祐美と手を切ってから、彼女達なりの捜査を続けているのだが、全く成果が上がらない。
城南大学の方では、東田はどうやら和泉には相手にされていないらしくコンタクトを取っている様子がないし、清真学園も静かなもので、それはほかの学校も同じだった。彼女達が知っているのは、海王星団のメンバーであることがわかっている教師達で、その被害者である生徒や学生達のことはわかっていない。それが停滞の原因だと考えられていた。
海はまだ自分を制御できている。しかし、一緒に捜査している松山も相当に気を遣っているようだった。
「で、何の用だね。
もう時間は 10 分しかない。手短に頼むよ」
「自分が遅れてきたんでしょ!」
「進歩がないね、君も。
銭形一族の中で最も短気という称号、返上しようと思わないのかね」
「思いません!」
「今日のところは出直したらどうだい。
そんな状態では捜査も何もできないだろう」
「ちょっと、そういうわけにもいきませんので。
急いでますし」
「それはお互い様だ。早く話を始めてくれ」
では、とソファから立ち上がる岡野。自分のデスクについているドイルを見下ろす形になる。
「先日の、自殺事件のことでちょっと」
「…」
ドイルの瞳が揺れた。
「うちの検事のことかい」
「はい。
事件性を否定できない、という話を聞いたもので」
「それなら所轄が捜査中だ。
警視庁の捜査一課が君達が出向いてくるような事件だという話になったのかい」
「実は、似たような事件が起こっているんです」
雷が言った。顔を上げるドイル。
「何と、どう似ていると言うんだい」
「社会的責任を持った人の原因不明の自殺です。今月になって三件あります」
「続けたまえ」
「その三件には共通点があります。
なくなった方は、何らかのプレゼントをもらっているんです」
「プレゼント?」
「東京地裁の裁判官は宅配便、東京中央弁護士会の副会長のところには郵便。
こちらの検事は、職員への荷物を預かった、という話を聞きました」
「それはプレゼントとは言わないだろう」
「形の上のことです」
「それで」
「宅配便と郵便のケースなんですが、どちらも現金でした」
「…」
「遺族の方は、送り主は勿論、現金が送られてくること自体に心当たりがないと言っています」
「それと自殺との関連は」
「私達は贈収賄事件という見方をしています」
ドイルは雷を見上げた。黙っている。
「実は最近、贈収賄の絡んだ事件が続いています。それがどうやら一本の線でつながりそうな気配があるんです。
それで、こちらの件が関係あるのかどうか確認させていただきたいと思ったんですが」
「一本の線とは何だい」
雷と岡野は顔を見合わせた。話していいものかどうか考えているのだ。雷が決めたようだった。
「海王星団が司法の世界に食い込もうとしているんじゃないかと考えています」
「…」
「多摩川検事正?」
「時間だ」
ドイルは別の書類を持って立ち上がった。早足でドア口へ。
「多摩川検事正、待ってください」
「どうなさったんですか、急に」
「10 分だけと言った筈だ」
「違います。
何かご存知なんじゃないんですか。様子が変ですよ」
鋭い。ドイルは二人に背を向けたまま言った。
「では教えてあげよう。
その件なら既に捜査が始まっている」
「え、どういうことですか」
「まさか特捜部が動いてるんですか?」
「違う」
「それじゃ、一体、誰が」
「…。
暗闇機関」
「え?」
小さな声が聞き取れずに聞き返す雷。
ドイルは振り向いてはっきりと言い直した。
「暗闇機関だ。
知らない組織じゃないだろう」
雷と岡野の顔がこわばった。
「どういうことですか、検事正」
「なんで暗闇機関なんかに。
僕達の仲じゃないですか」
「馬鹿なことを言わないでくれ。
僕は君達の友人ではないし、そもそも捜査に私情を持ち込むなんて許されないことだ」
「理由を教えてください」
「君達の捜査が遅いからだ!」
ドイルが叫んだ。
「銭形警視監が言った通り、海王星団は司法の世界を狙っている。僕がそれに気づいて暗闇司令のところに話を持っていったのは 5 日前だ。
君達はすでに 5 日のビハインドを背負っている。
この現実は認めてもらわなければならない」
「だからって…。
あそこがどういう組織なのかご存知なんですか。
正規の警察とは違うんですよ」
「知っている。君に言われるまでもない。
しかし、この事件には適任だ」
「本当にそう思ってるんですか?!
ここの検事の自殺だって、本当は海王星団の仕業でも、暗闇機関が捜査したことで、表向きは謎の自殺のままで処理されてしまうかもしれないんですよ。そんなことをしたら、遺族や、周りの方達の気持ちは」
「わかっている!」
ドイルが怒鳴る。その勢いに雷も黙った。大きく息を吐くドイル。
「しかし、暗闇機関はすでに成果を上げている。
君達はやっと東京地検にたどり着いたところだ。
その差に目を向けたまえ。
じゃ、僕は失敬する」
ドイルは、岡野が止めるのも聞かずに部屋を出て行ってしまった。
「どういうことなんだ…」
雷のポケットのケータイが鳴った。もう、と苛立ちを隠さずに取り出した雷だが、それが海からのものであることがわかると、それでも電話に出た。
「あたし」
《おねえちゃま、先を越されたみたい》
「先って…暗闇機関に?」
岡野の驚いた視線が飛んできた。
《うん》
海の声が落ちる。どうやら学校らしい。
《峰石友歌が無断欠勤してるの》
「無断欠勤って…まさか!」
《多分。
暗闇機関が拘束したんだと思う》
「あの子…浅海弥帆は?」
《学校には来てない。さっき、電話してみたんだけど、出なかった》
「そうか、多摩川検事正が言ってた成果って、それのことなんだ…」
《え、どういうこと?》
「そのことは後で。
ちょっと方針変更する。私、城南大学に行ってみる。和泉が動いてるかどうか確認しなきゃ。東田には自分の身を守るように言わないと」
《護衛をつけた方が良くない?》
「そうかもね。とにかく城南大に行ってから判断する。
じゃね」
《わかった。気をつけて》
電話を切ると雷は口元をこわばらせた。暗闇機関に振り回されている。そして海も同じことを考えていた。
|