スケバン刑事外伝・番外編 -“Obituary ZERO”-

“PACIFIC”-ケータイ刑事 vs. スケバン刑事 [take 3]-


二つの手 (前編)



 いつもの会議室のドアが乱暴に開いた。
「こ、こ、これ。
 これ!」
 束志が何か持っている。しかし、荒い息の中、「これ」を繰り返すだけで、何を言いたいのかさっぱりわからなかった。
「どうしたんだい、柴田君」
「宝くじでも当たったのか」
 岡野が眉をしかめ、松山が笑った。
「これ…これ…」
 束志が持っていたのは写真だった。
「なんだ、アイドルのブロマイドか」
「そんなもの警視庁に持ってこないでくださいよ」
「ちが…違う…」
「どれ、見せてみろ。
 なんだアイドルじゃないじゃないか」
「いや、でも、なかなか美人ですよ」
「そうか?
 なんだ、こっちはおっさんじゃないか。
 お前、そんな趣味あったのか」
「先輩におっさん呼ばわりされたらこの人も立場がありませんね」
「なんだと」
「あ、いや。なんでも」
 騒がしさに苦りきっていた雷がついに声を上げた。
「一体、何の騒ぎなんですか」
「二人とも、今がどういう時期だかわかってますか?」
 海の眉間にも皺がよっている。
 清真学園に教師としてもぐりこんでいた峰石友歌、城南大学の教授である和泉範介からの情報で、赤坂にあるポセイドン・クレジットという信販会社が海王星団の隠れ蓑であることがわかった。目下、その裏取りをしているところなのだが、全く手がかりが得られない状態が続いていた。
 その二人や、同じく学校や大学で若者を取り込もうとしていたメンバーから辿ろうとしているところなのだが、海王星団は組織を守るためにメンバー間の協力がしづらいような構造をとっているため、なかなか中核部分に進めない。メンバー相互の関係が蜘蛛の巣のようになっていて、どこが中枢なのか見つけられずにいた。
「いや、柴田が妙な写真、持っててさ」
「お願…見て…見て」
 どこから走ってきたものか、やっと息が落ち着き始めた。
「見てくれってさ」
 松山が放り出すように雷の手に写真をのせた。
「確かに、ブロマイド…なんですか?」
 スナップだろうか。男性は五十絡み、女性の方は三十になるかどうか、というところであろう。
「俳優さんかな。どっかで見たことあるような」
「確かに、渋い二枚目と美人ではあるけど。
 柴田さん、これがどうかしたんですか」
 は、は、と息を整え、岡野から受け取ったお茶を飲み干す。
「それは、ポセイドン・クレジットの良畑耕一郎 (よしはた こういちろう) 会長と暮島箏 (くれしま そう) 社長の写真です。
 記者会見のビデオから印刷してもってきました」
「え、こんな顔でしたっけ」
 手元の資料をめくる海。それは、会社が発行している資料のもので、かしこまったバストショットである。雷の手元で並べてみる。
「まぁ、こんな感じかな」
「そうだね…」
 写真の雰囲気の違いで別の顔に見えることもある、ということだろうか。二人とも、束志が持ってきた写真の方が若く見えた。
「で、それがどうしたんですか」
「これを見てください」
 束志は、今度は胸のポケットから別の写真を取り出した。ホワイトボードにはりつける。
「これ」
「え?」
 背景が縞模様になっている。ということは囚人である。
《鑑識から入電中、鑑識から入電中、鑑識から入電中》
 失礼します、と言って電話をとる束志。
「あ、太郎?
 俺だよ」
《何、偉そうなこと言ってんだよ》
「いいから結果教えてよ」
《高くつくぞ》
「わかったよ。そのうちな、そのうち」
《いつだよ、そのうちって。
 俺だってそんなに暇じゃないんだよ》
「早く。
 二人とも待ってるんだから」
《あ、雷ちゃんと海ちゃん?》
「ちゃん?」
《悪いな。銭形家とのつきあいは俺の方が長いんだよ》
「なんかムカツく」
《へっ。
 で、結果》
「うん」
《声紋、完全一致。
 二人とも同一人物と見て間違いないね》
「やっぱり」
《あぁ。
 しっかりやれよ》
「わかった」
 電話が切れると同時に、雷が写真を指差して叫んだ。
「これ、荒畑任五郎と早島琴の写真じゃないですか」
「はい。
 今、鑑識で、二人の声紋と、この会長と社長の記者会見時の声紋とを照合した結果が出ました。
 同一人物だそうです」
「つまり」
「この二人が、荒畑任五郎と早島琴なんですか?」
 改めて三組の写真を見比べる。
 確かに、似ている。会長の良畑は頭も眉もヒゲもかなり白くなっているが、それはどうにでもなる。早島も眉をメークで下げて見せれば暮島に近くなる。あるいは整形しているかもしれない。
「ちょっと待て。
 ってことは二人とも脱獄してるのか?」
「それが、刑務所に確認したところ、二人ともちゃんと服役しています」
「替え玉?」
「それだって脱獄じゃないか」
「いえ。
 どこの時点で入れ替わったかわかりません。
 あるいは、そもそも捕まえたのが偽者だったのかも」
「なんてことだ…」
「よし決まった」
 皆が呆然とする中、松山がパンと手を叩いた。
「何が決まったんですか、先輩」
「逮捕するんだよ、こいつらを」
「それは無理ですよ」
「何が無理なもんか。
 顔も一致、声紋も一致。
 この良畑と暮島が海王星団の首領なことは間違いないんだ。踏み込んでパクっちまえばこっちのもんだ」
「落ち着いてくださいよ、先輩。
 容疑はなんですか」
「テロリストだぞ、こいつらは」
「それだって、容疑がないと、僕達は動けませんよ」
「お前、まだそんなこと言ってるのか。
 証拠だ、容疑だ、ってな。そんなこと言ってる間に奴らは企みを進めてるんだぞ。
 それこそ、こいつらと同じ歳の若い連中がテロリストにしたてあげられちまうんだ」
「待ってください」
 言い募る松山を雷が止める。
「なんだ」
「岡野さんの言う通りです。そんな傍証だけでは動けません」
「そんなかったるいこと言ってるとな」
「それは、警察のやり方じゃありません」
「お前な」
 松山は指をふって雷に詰め寄った。
「まだあの二人とケンカしてるつもりか。
 今がどういう時期かわかってるか、とかさっき言ったよな。
 ことここに至っては、奴らのやり方を真似するくらいの腹を決めなきゃダメだ」
「真似はしません」
 海がはっきりとした声で言った。
「仲たがいもいい加減にしろよ!」
「違います。
 私達は私達のやり方でやるんです。
 真似をしたって、二人が私達のことを認めてくれるわけじゃありません」
「認めて…?」
 岡野がつぶやき、松山と顔を見合わせた。
「二人は、あの事件で大怪我をしました。
 今は私達がやるしかない。
 だから、私達に合った方法でやるべきです。
 その方が、よい結果を得られます」
「じゃぁ、どうするつもりなんだ。
 俺達だけって」
「それについては、アイディアを思いつきました」
「アイディア?」
「厳密には、私達だけってわけじゃありませんけどね」
 だから何だ、と松山が言ったが、海はいたずらっぽく微笑んだだけだった。

 ダークスーツに身を包んだ者達の一団がやってくる。先頭の男は、自動ドアが開くのももどかしく、その体を隙間に突っ込むようにして入った。
 受付の女性は、突然の出来事に目を開いて驚いていたが、流石に我を取り戻し、わずかに震える声で「いらっしゃいませ」と言った。
 先頭の男が止まると、他の者達も一斉に足を止めた。
 男はカバンを隣の部下らしき男に渡すと、その中から封筒を取り出した。中の紙を開く。
「歳入庁査察部です。
 ポセイドン・クレジット社に対する脱税容疑で緊急査察に入ります」
 誰かが、「マルサ?」とつぶやいた。

「社長。
 社長!」
 秘書が飛び込んでくると、暮島はその騒々しさに眉をひそめた。
「なんですか」
 その声にもとげがある。
「歳入庁です。
 緊急査察だそうです」
「マルサが?
 どういうこと」
「まだわかりません」
 暮島はディスプレイに受付のカメラの映像を出させた。スーツの一団は 10 人ほどというところか。
「会長はどこに」
「会長室です」
「私が報告に行きます。
 マルサはしばらく待たせて置きなさい」
 暮島は社長室を出ると、エレベータではなく階段を使った。さっきの秘書とは違って、静かに会長室のドアをノックする。どうぞ、というくぐもった声が聞えた。
「失礼します」
 中に入ると、その丁寧な態度は消えた。
「荒畑、妙なことになったわ」
「その名前で呼ぶな。ここは会社だぞ」
「マルサだって」
 有無を言わせずにパソコンを操作する。
「マルサ?
 帳簿は辻褄を合わせてある筈だろう」
「奴らはどこにでもケチをつけるわよ」
 暮島は窓から下を覗いた。大きなバンが二台、トラックが一台。
「査察というより、家宅捜索ね」
「早島」
 荒畑は画面を指差していた。マウスを操作して拡大する。査察部のメンバーの中央に、若い女性が二人。
「こいつら」
「まさか」
「銭形の孫娘だ」
「ということは」
「査察は隠れ蓑だ。
 学校の方、確認したんじゃなかったのか」
「峰石は連絡が取れなくなってるけど、警察に捕まったっていう情報は入ってないわ。
 それに、和泉だってまだ大学にいるし」
「では、これをどう説明する!」
 雷と海が査察メンバーにいる。
 荒畑と早島が想像した通りである。
 海は歳入庁に協力を依頼、ポセイドン・クレジットの申告を精査させた。また、大蔵省や証券取引所とも連絡を取り、徹底的にポセイドンの状況を洗った。その結果、数十万という単位ではあるが、疑わしい申告データを見つけたのである。本来なら、事情を聞き、訂正申告だけで済む程度のものだが、それが海王星団本体であることを伝えて、緊急査察に持ち込ませた。それを利用して会長と社長を拘束しようと考えたのである。ある意味では、究極の別件逮捕であった。
「逃げるぞ」
「会社はどうするの」
「どうせ来月には売り飛ばすつもりだったんだ。どうでもいい。
 それよりも我々が逃げ延びて体勢を立て直す方が先だ。
 急いでメンバーを集めろ」
「わかった」

Ver.1.0: 2009/4/12

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