スケバン刑事外伝・番外編 -“Obituary ZERO”-

“PACIFIC”-ケータイ刑事 vs. スケバン刑事 [take 3]-

二つの手 (中編)



 会議室に招かれると、査察部のリーダーは、経理担当者と社長、さらには会長を呼ぶように伝えた。受付の総務部員は恐縮したように下がり、やがて経理担当者がやってきたが、社長も会長も姿を現さない。
「外出なさっているのですか?」
「いえ、その…」
「いらっしゃる筈ですよね」
「は」
「隠すと後々面倒なことになりますよ」
「そういうわけでは」
 リーダーは立ち上がった。
「3 チームに分ける。
 岡野チーム、経理部。
 松山チーム、総務部。
 銭形チーム、社長室及び会長室。
 配置につけ」
 メンバーが一斉に立ち上がった。
「待って、待ってください。
 今すぐ参りますので」
「さっきから待っていますよ」
「社長室と会長室はお時間をください。
 なにせ、経理とは関係のない機密資料がたくさんありますので」
「関係があるかどうかは私達が判断します」
 外で大きな声がした。待ちなさい、という声も聞える。階段を走る甲高い靴音も。
「なんだ」
「銭形、様子を見て来い」
 雷と海が走り出そうとすると、経理部長が止めようとする。しかし、リーダーが通る声で言った。
「お忘れですか。
 我々査察官には逮捕権限がある。査察の邪魔をしないでいただきたい」
「あ…」
 その声にひるむ。二人は走った。
「シンさん、お芝居上手いよね」
「いいのかなぁ、ソウル市警の人、こんなことにまきこんじゃって」
「いいんじゃない、本人もノリノリみたいだし」
 海は付き合いが長いせいか心配なようだが、雷は気楽なものだった。
 階段に着くと、警備員が上がっていくのが見えた。誰かを追いかけている。二人もそれに続いた。どの道、社長室も会長室も上にある。なし崩しに捜査に入るには好都合だった。
 社長室のドアは開いていた。誰もいない。
「あたし、会長室に行く」
 雷は海を社長室に残し、さらに階段を上がった。
 ドアは閉まっていたが、雷が近づくと、そのドアを突き破るようにして、警備員の体が吹っ飛んできた。その胸から、スタンガンが零れ落ちた。物騒なものを持っている。
 雷はゆっくりと中を覗き込んだ。
 見覚えのあるシルエット。
「祐美さん…」
 わずかに振り向く祐美。
「来たんだ」
「祐美さんこそ」
「便乗させてもらったよ」
「うん」
 中に入る。ここも空だった。机の上のディスプレイには、会議室が映っていた。経理部長が小さくなっている。もう査察が始まっているようだ。
「椅子は暖かい。
 逃げてから時間は経ってないね」
 祐美のケータイが鳴った。
「地下?」
 ビルの下に逃走経路があるらしい。協力していた風魔の忍がそこへの進入路を見つけ出したのだ。
「地下に逃げた可能性がある」
「待って」
 すぐにでも飛び出そうとする祐美。雷は壁の絵を見ていた。
「曲がってる」
 30cm 四方ほどの小さな絵だが、わずかに左に傾いていた。
 雷は壁に近づき、その絵をずらした。何もない。だが、壁が日焼けせずに新しい色のまま残っている。つまり、ごく最近、その絵を動かさなければならない何かが起こった、ということだ。
「あ」
 壁ではない。額縁の裏にスイッチがあった。雷はそれを押した。
 ガ、という音とともに壁の一面がスライドした。中にエレベータが隠されていた。
「これか」
「ちょっと待って」
 祐美は何度も止める雷に不満を見せたが、それでも律儀に待っている。雷はケータイを取り出した。
「海?
 社長室の西側に絵かなんかかかってない?」
《あるよ》
「額の裏、見てみて」
《裏…。
 あ、スイッチがある。
 押していいの?》
「それ、エレベータのスイッチ。
 荒畑と早島はそれで地下に逃げたみたい。
 今、あたし達も行くから」
《わかった》
「ごめんなさい。
 行きましょう」
 二人が乗り込み、下の階で海を拾う。海は、雷の隣にいるのが祐美であることに気づくと驚いた顔を見せた。
「急いで」
 三人になると緊急避難専用らしいエレベータは窮屈になった。しかし、事件はもうすぐ解決するという気持ちがそれを気にさせなかった。
 ドアが開く。
「祐美さん、遅い――」
「あ…」
「こっちに来たんだ」
「うん…」
 海と弥帆の表情がぎこちない。言葉が続かなかった。
「弥帆、荒畑と早島は?」
 祐美はそれを断ち切るように言った。
「風魔の人が先行してます。
 二手に分かれたみたいだけど、今のところ出口は一つしか見つかってないから、最終的には同じところに行く筈」
「あたし達も分かれよう。
 弥帆」
「待ってください」
「あんた、さっきから止めてばっかりだよ」
 祐美ははっきりと苛立った声で雷に言った。
「お二人の装備は同じですよね。
 私達もそうです。
 ここは、スケバン刑事とケータイ刑事、一人ずつにした方が」
「そうだね。
 じゃ」
 海が弥帆を見る。弥帆がうなずいた。
「いいだろう。
 じゃ、行くよ」
 祐美が走り出す。雷がそれを追う。
 そして、弥帆に海が続いた。
「こっち。
 こっち」
 祐美も弥帆も、配管がうねり、響く足跡が方向感覚を失わせる地下通路を迷わずに進む。
「なんでわかるの」
「風魔の忍の人達が先に行ってる。
 これが目印」
 弥帆は足元から何か拾った。米粒だった。
「え、本当に忍者なの?」
 海には俄かに信じられないことだった。
「後で紹介するから」
「個人的に知ってるんだ」
「まぁね」
「自慢に聞こえる」
「自慢してるから」
 配管を震わせるほどの爆発音が響いたのはそのときである。

「ん…」
 祐美は音が収まってからもしばらく動かなかった。耳鳴りがする。地下の閉鎖空間であれだけの音が響いたのだ。かすかに頭も痛むような気がする。
「大丈夫?」
 祐美の体の下から雷が声を出した。とっさに庇ったのだが、雷も顔をしかめている。
「すごい音だったね」
「どこだろう。
 悠希」
 全身黒尽くめの忍者が音もなく走ってきた。
 雷は驚いた。それは祐美と同じくらいの年齢の女だったのだ。
 澤里 悠希。風魔水組の忍である。
「爆発の場所はわかる?」
 下手をすれば閉じ込められる。急がなければ。
「いえ、内部に散った仲間に確認していますが、今のところ、爆破箇所の報告はありません」
「やられちゃって連絡が取れないってことは」
「ないようですね」
「つまり、フェイク」
「えぇ。
 風魔でも雷組 (いかづちぐみ) が得意とする方法ですが、こういう状況ですから、さほど難しい技術も要りません――ちょっと待ってください」
 無線が入ったらしい。悠希は鋭い目を上げて報告に集中していた。
「了解、追跡を続行。
 全員と連絡が取れました。やはりフェイクです。
 幸い、荒畑と暮島は見失っていません」
「その前に」
 と言いながら携帯電話を取り出した祐美が舌打ちをした。
「地下だったっけ」
「あ、圏外だ」
 雷のケータイも同じだった。
「どうしました」
「悠希、連絡とってくれる」

 目の焦点が合っていない。手も震えていた。いや、体全体が震えていると言ってもいい。
「大丈夫…?」
 聞えていない。弥帆は両手で自分の体を抱いた。それでも震えは止まらない。
「どうしたの、ねぇ!」
 フラッシュバック。
 川崎で爆破事件の現場にいて、怪我をした。そのときの恐怖が弥帆を捉えていた。
「ねぇ!」
「あぁっ!」
 獣のような声を上げて海の手を払いのける。弥帆は膝を折り、子供のように体を丸めた。
 悠希の連絡を受けた忍が走ってきた。事情を察した彼は懐から水筒を取り出し、弥帆に飲ませようとした。しかし弥帆は暴れた。その力が一体どこにあったのかわからない。不意をつかれた忍も弾き飛ばされた。
「どうしちゃったの…」
 海は弥帆の怪我の状況も知らされていない。着ている制服の下に隠れているが、左腕は爆風で床にたたきつけられたことで広く傷ついており、右腕にも火傷をしている。頭も打っており、それ自体はどうということもなかったが、当初、記憶の混乱もあり、そのことが尚更、恐怖感を増すことになった。海王星団をつぶす、という目標で、同じような怪我をしている祐美と一緒にここまでやってきたが、今の爆風がその恐怖感を呼び戻したのだった。
「しっかりしてよ」
「触るな!」
 言葉になった。落ち着く兆候だろうか。今だ、と海は思った。両腕を掴む。
「しっかりしなさい、麻宮サキ!」
 あちこちに泳いでいた弥帆の視線が止まった。
「あさみや、さき」
「そうよ。
 あなた、麻宮サキなんでしょ。
 スケバン刑事なんでしょ!」
「すけばん…」
「若者達を救うのがあなたの使命なんじゃないの?!
 あなたがここで倒れたら、ほかに誰が清真学園の生徒達を、あの苦しみから助け出すの。
 お願い、立って」
 弥帆の腕を掴む海の手に力が入った。
「あたしも一緒に行くから。一緒にみんなを助けだそう。
 だから、立って。
 立ちなさい、麻宮サキ!」
「麻宮サキ…」
 震えが止まっている。海は黒装束の忍に頷いた。水筒の水は半分も残っていなかったが、それを弥帆の口に持っていくと、弥帆は自分の手でそれを持ち、飲み干した。
「…。
 そうか。
 あたし…」
「大丈夫?」
「うん」
 ゆっくり、力があることを確かめるようにしながら立ち上がる。二度、ふらついたが、海に支えられて立った。そして、舌打ち。
「情けないね。
 こんなのが、麻宮サキだなんて。
 これだから偽者は」
「あなたは本物だよ」
「何を」
「さっきの状態からすぐに立ち直った。
 その強さが、あなたが本物だって証拠」
「強い奴はこの程度でおかしくなったりしないよ」
「だからこそ人を守れるんだと思う。
 強いだけの人には、弱い人の気持ちはわからない。
 あなたのような人だからこそ、伝説のスケバン『麻宮サキ』を名乗ることを許されるんだよ」
「何言ってんの」
 困ったような表情の弥帆。
「あなた達麻宮サキに会って、自分がどれだけ世間知らずだったかわかった。
 私、あなたに認められたい」
「認め…って」
 あるいは今の方が混乱しているのではないか、と弥帆は思った。同時にくすぐったくもあったが。
「これ以上は…無理」
「え」
「あんたみたいな観察力も推理力もないし、IQ180 なんて、多分、あたしとは桁まで違うんだろうし。
 十分、認めてるよ」
「…。
 本当に?」
「本当だよ」

Ver.1.0: 2009/4/12

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