スケバン刑事外伝・番外編 -“Obituary ZERO”-

銀仮面伝説

オルゴール



「早乙女君、ちょっと」
「はい」
 神山法律事務所。
 ここの所長でもある神山に呼ばれた女性ははっきりとした返事をして立ち上がった。
「『グーキャット』という会社から依頼があってね」
「『グーキャット』…ですか?」
「そう。アルファベットで“GuCAT”.
 今をときめく生化学業界の会社だ」
「はぁ。
 ということは、特許関係でしょうか。だとすれば私はちょっと」
「その心配はない」神山はからかうように笑った。「そういう依頼であれば、私も断る。
 行政訴訟関係の話を聞きたいらしい」
「民間企業ですよね?」
「そうなんだが、なんでも、遺伝子工学のような最先端の技術を駆使する分野は、お役所の補助金を受けたり、公立の研究施設と共同研究をしたりなんかで、関係が深いものらしい。
 そんな態勢を整えようとしている矢先に、君の論文を読んで、社長がいたく感心したとか言う話だ」
「論文なんて。
 あれはエッセイと言った方が」
 彼女――早乙女 志織は先日、とある雑誌から依頼を受けて、行政訴訟にまつわる文章を書いた。そのことを言っているらしい。
 まだ若手であり、先輩の補佐、というポジションであることも多いが、弁護を引き受けた被告や、相談してきた市民のためには絶対に引かない。その徹底した姿勢は、彼女が所属する弁護士会でも評判になっていた。
 若いころ「スケバン」を張っていた、という噂もあるのだが、彼女は否定も肯定もしないので、実際にどうだったのかは不明である。彼女をねたむ人間のまいた中傷であろう、という意見が今のところ支配的である。
「ま、そんなわけだ。
 勿論、我々としてはこれを機会に“GuCAT”が目をかけてくれるようなことにでもなれば万々歳、と考えていることは忘れないでほしい」
「はい」
 神山が、所属するメンバーが文章を書いたり、テレビやラジオに出演したりするのを認めているのはそういう理由があるからだ。

「神山法律事務所の早乙女と申します」
“GuCAT”のビルは、都心部にあった。
 バブルが崩壊してから久しいとは言え、都心部に新しいビルを建てるのはやはりまだそう簡単な話ではない。それをやっている、ということは、この会社が相当に儲かっているのだ、ということを示す。これが、バイオテクノロジーが注目されているということなのか、と志織は思った。
 豪勢なエントランス、3 階まで吹き抜けのロビーで名前を告げると、受付嬢はにこやかに、15 階へ行け、と言った。彼女が指したエレベーター ホールもまた豪華なものだった。
 その 15 階でエレベーターが止まり、ドアが開くとまた受付があった。
「早乙女様でいらっしゃいますね。
 どうぞこちらへ」
 下から連絡が来ていたらしく、その女もにこやかに志織を案内した。長い廊下の突き当たりの部屋のドアを開ける。
 が、拍子抜けしたことに、その応接室は狭いものだった。
 確かに、応接セットなど調度の類はそれなりのものであるようだが、いかんせん小さい。こんな大企業でなくとも、普通の中小企業でもこれくらいの応接は持っている、というサイズだった。
(安く見られたかの)
 相手の格に合わせて部屋を使い分ける、ということはありそうだった。彼女の考え方とは相いれないものだが、それは仕事とは別の話。今日の件を卒なくこなした後の問題だった。尤も、GuCAT が仕事を依頼してきたとしても、こういう会社の人間の弁護は御免被りたい、というのは偽らざる心境だった。
(いかん。これは予断じゃ)
 会って話を聞く前から判断するのは、法律家にとっては禁忌と言ってもいい。志織は頬をたたいて気持ちを入れ換えようとした。その時、ドアが開いた。
「お待たせしました」
 入ってきたのは、いかにも重役然とした男と、いかにも現場の係長、という感じの男。どちらもやせ気味の体をしている。背は高かった。
(自分の会社でもノックするんじゃないがか、普通は)
 また予断を、とは思いながら、志織はそう感じずにはいられなかった。どちらも目つきが気にくわない。いかにも大企業の人間、という感じで、腹に一物ありそうな雰囲気がある。
「信太が本当はお話を伺いたい、と申していたのですが、ちょっと急な用事が入りましてね。
 本人も残念だと言っておりました」
 花村と名乗った部長は、社長の不在について言い訳をした。係長の方は、玉木と言った。
「早速ですが」
 信太が残したというメモに沿って話が進められた。確かに、感心した、というだけあって、鋭い質問もいくつか含まれていた。この二人も、話が始まってみると、真剣な顔で耳を傾け、あるいは確認のために質問をしたりしたので、志織の悪印象はいくらか是正された。
 話は一時間ほど続いた。しゃべりづめだったため、出されたお茶を志織は二杯とも飲み干した。
「いや、参考になりました。
 信太も喜ぶと思います」
「お役に立てましたでしょうか」
「驚きました。若いのに考え方がしっかりしてらっしゃる。知識も豊富だ。そうは思わないか、玉木君」
「えぇ。全くです」
 玉木が相づちを打つ。
「そうだ。大事なことを忘れていた。
 早乙女さんに、もう一つ伺いたいことがあるんです」
「なんでしょう」
「玉木君」
 花村に促されて玉木は部屋を出た。数分後、小さな箱を持って戻ってきた。
「ちょっと、ご覧いただいた上で、ご意見を伺いたいのですが」
 志織はかすかに眉間にしわを寄せた。何を見せようというのだ。
 花村が蓋を開ける。
「オルゴールなんですがね」
 花村が取り出したのは、直径 2cm ほど、楕円形の金色のペンダントだった。
「それは!」
 志織は目を疑った。
 それは母の形見のペンダントである。もう一つは、同じように育てられた、兄といってもいい関係だった男が持っていたもの。
「なぜ、これが、ここに」
 あのとき。
 スケバン刑事として、信楽老という裏の世界の支配者に戦いを挑んだときに失ったものだ。
「覚えていらしたとは好都合。
 これに隠されている秘密について教えていただきたい」
「秘密?」
 志織は、信楽老から身を守るため、幼いころに鉄仮面をかぶせられた。暗闇機関という警察組織の、西脇というエージェントがそれを割るまでの 12 年間、光と風のない世界で育ったのだった。
 その鉄仮面、ペンダント、天地学院という学校に隠されていた銅鏡。この 3 つを揃え、梁山高校内に古くから残されていた祠から通じる洞窟に据えると、「鬼怒良の宝」が現れる。
 その宝は、志織がペンダントを紛失したその戦いにおいて、彼女が自分の手で破壊した。したがって、「鬼怒良の宝」はもう存在しない。
「そういうことだったの」
 その宝は、不思議な色の盃であった。特定の条件が揃った新月の夜、その新月が明けた後の「光」を浴びると杯は「生命の酒」を噴き出す。これを飲み干せば永遠の命を得られる、というのが鬼怒良古墳にまつわる言い伝えであった。
 バイオテクノロジーの会社が関心を持ったとしても不思議はない。今日の出来事は、その秘密を引き出すためにしくまれた茶番だったのだ。
「いかがでしょう」
「お話することはありません」
「それなりの報酬はお支払いしますよ。
 それに、このペンダントも、本来の所有者であるあなたにお返ししますし」
 志織は一瞬、たじろいだ。それは母の大事な形見。どこをどう渡ってきたのかは知らないが、取り戻したい。
 しかし、この GuCAT が「鬼怒良の宝」に近づこうとする理由が邪なものでないという保証はない。いや、彼女を呼び出した方法も嘘で固められていた。むしろ、正しい目的であると考えるほうが無理だ。志織は、同じ言葉を繰り返した。
「お話することはありません」
「残念です。
 もう少し、柔軟な考え方に変っててくれれば、と思ったのですがね、麻宮さん」
 その名前をどうやって、と言おうとした志織だが言葉が続かなかった。体からすうっと力が抜けていく。座ったままでも、その姿勢を維持するのが難しい。
「おまんら、お茶に」
 その先の言葉は弱々しく消えた。

(風…)
 頬を渡る風に目がさめた。
(ここは…?)
 公園か。見渡す限りの緑。だが空は真っ暗であった。
 志織は、ゆっくりと芝生から起き上がると腕時計を見た。21 時。GuCAT の応接室で気を失ってから、6 時間ほど経っていた。
 立ち上がる。
 何かされた形跡はない。見たばかりの腕時計も、靴もそのまま。見渡せば鞄も落ちていた。携帯用の裁縫セット、筆記用具と、身を守る役に立つものは残っている、ということだ。それにしても。
「いつかの夜を思い出させる景色ね」
 17 の秋。
 長らく暮らした土佐から東京に引きずられてきた。ここのように、大きな屋敷の庭に放り出され、多くの男達の挑戦を受けた。そこで実力を試された末、仮面が割られ、「スケバン刑事」、二代目麻宮サキの名を押し付けられたのだった。
(この年で、スケバン刑事に戻れ、なんて言われても困るけんど)
 声に出さずに言う。
 まだ状況がわからない。自分が何者かは知られない方がいい、と思ったのだが。
(やつらは、うちが麻宮サキだっちゅうことを知っちょる)
「お目覚めのようだね」
 背後から声がした。
 殺気が感じられなかったので構えはしなかったのだが、志織は鋭く振り向いた。
「どういうつもりです」
 花村は数人の男を従えていた。部下の社員というよりは、警備員という風情である。玉木はいなかった。
「気が変れば、と思いまして。
 我々はどうしても『鬼怒良の宝』のことを知りたいのですよ」
「何のために」
「GuCAT は生化学分野の研究を生業としている。
 永遠の命に興味を持つのは当然のことでしょう」
「そのことはどうやって知ったんです」
 花村は答えなかった。
「答えられませんか。
 私を呼び出すにも嘘をついたほどですしね」
 笑う花村。
「さすがに新進気鋭の弁護士先生。舌鋒鋭いというしかありません。
 だが、元気が良すぎるのも考えものだ。ちょっと考えていただきましょう」
 自分でも気づかないうちに、志織は足元を固めた。毛が逆立つような感覚。
「厳密には、我々が関心を持っているのは、永遠の命というよりも、それを可能にするエネルギーやメカニズムの方です。やはり生物は、一定の期間が来たら消滅した方が何かと都合がよい。
 その途中の成果物があります。
 どうぞ、ゆっくりとご対面ください
 あ、そのまま」
 警備員が銃らしきものを構えた。
 そうして志織を釘付けにしておいて、花村達は去った。
(逃げた?)
 銃を構え、最後まで残っていた警備員の表情が気になる。怯えていたように見えたが。
(!)
 また、毛が逆立つような感覚。
 それだけではない。何か、獣のような声が聞こえた。
(猟犬でも離したんじゃろうか)
 違う。あれは犬の声ではなかった。
 それに、人間ではなく犬なのだとすると、よっぽど訓練されていなければ、制御が利かない。
(万が一にでも、うちを殺しては元も子もない)
 つまり、これは志織に対する脅しだ、ということだ。怪我はするかもしれないが、殺されることはない。いくらか気が楽になった。
 だが、犬なら、どこかで指示を出す者が残っている筈。あの警備員の表情は引っかかる。
 声が大きくなった。
(あっちか)
 唸り声がはっきり聞こえるようになってきた。
「ライオン…?」
 そんな馬鹿な。
 もっと制御が難しいだろうに。あるいは音だけの脅しか。
 という志織のわずかな希望を打ち砕くかのように、かすかだが、前方に 2 つの灯火が現れた。目だ。
(けんど)
 高い。
 いくらライオンが大きな猛獣だと言っても、四つ足である以上、目の位置はそんなに高くはない筈だ。
 だが、その「目」はどう見ても、志織の頭よりも上。170cm くらいの位置にある。
 枝の折れる乾いた音。
 志織は半歩、引いた。
 まだ姿は見えない。目だけが光っている。相手が何者かもわかっていないのに、自分の体が、そこにいることを拒む。もう一人の自分が、走って逃げろ、と言っていた。
(背中を向けていいはずがない)
 風。
 木の枝が揺れる。
 その一瞬、月の光が差した。
「!」
 あれは、なんだ?
 顔はまさしくライオン。
 体もライオンとは言える。だが、直立していた。
 途中の成果物――花村の言葉が蘇る。
(GuCAT が作り出した怪物)
 怪物は林を抜けた。今や全身があらわになっている。
 頭はライオン。体は人間のようだが、体表はやはり獣のそれだった。
 志織は駆け出した。人間ならどうにかなるが、相手は怪物。百獣の王の力を持ったままであれば、とても叶う相手ではない。
 走りながら後ろを振り向く。
 怪物は周囲を見渡していた。志織を見失ったらしい。
(地味なスーツも役に立つことがあるんじゃな)
 初めて行く会社だから、と地味に紺色のスーツを選んだのが幸いした。これではそう簡単には見つけられないだろう。
 もう一度振り向く。
(おらん)
 志織は立ち止まった。
(そうじゃ。ライオンは猫)
 夜目が利くとすれば紺色も無駄かもしれない。足の速さは人間か、それともライオンか。また恐怖感がこみ上げて来た。木を背にして、気配がないか、息を潜めて周囲を見渡す。
 左によける。
 後から飛びかかって来た怪物は、志織のはるか前に降り立った。
(足もライオン)
 怪物は正面から突っ込んできた。
 志織は上に飛んだ。枝を掴む。
 足がついた瞬間、手を放すと、枝は怪物の顔面を直撃した。苦痛のうめき声。怪物はのた打ち回っている。志織は走った。
 鞄はまだ手に持っているが、流石に、ライオンに立ち向かえるような武器は入っていない。
 幅 1m ほどの川があった。橋のかかった場所までは数十メートルはある。そこに届く前に追いつかれてしまうかもしれない。志織はスカートの横を裂いた。川を飛び越える。だが、向こうにとっては、これでも障害にならないだろう。思っていた通り、すさまじいスピードで走ってくる。
(石)
 大き目の石を選んで投げる。2 度とも当たった。やはりうめく怪物。その隙に逃げる。
 だが、怒らせてしまったようだ。吠えている。
(どがいしたらええんじゃ)
 使い捨てのライターがあったので拾い上げてみたが、ガスがないのか火がつかない。
 また声。かなり近い。
(あれじゃ)
 記念碑か何か。近寄ってはいけないのか、鎖が張られているが、その端が外れていた。大きい石で殴りつけるともう一方も外れた。1m というところか。これで応戦するしかない。
 背後に気配。
 志織は、左手に持った鎖を思い切り振り回した。手ごたえ。化け物は横に倒れた。だが、すぐに起き上がって飛び掛ってきた。
 下にもぐりこんでもう一度払う。今度も当たった。
 振り返って対峙すると、確かに怪物の足やわき腹に血はにじんでいる。だが、その程度の様だった。大した打撃を与えてはいないようだ。
 次は速かった。盾のつもりで鞄を前に出したが、鋭い爪でざっくりと割られてしまった。勢いに押され、鎖で牽制しながら引く。鞄の中身が飛び散っていた。
 背中に何かが当たる。電柱か。
 飛び掛ってくる。電柱の陰に入ったが、爪を振り下ろすと、やはりひびが入った。
「そんな」
 電柱は自重に耐えられずに傾いた。一瞬、火花が散ったが、次の瞬間にはわずかながら残っていた灯りが消えた。
(いかん)
 何も見えない。志織は大急ぎで後退した。
 だが、怪物の方が速い。飛び掛ってくる気配がした。
 その時。
 周囲が光った。
 昼間のような明るさ。
 手を伸ばせば届きそうな距離に怪物がいたが、視界はすぐに遮られた。そして暗くなった。
 下がる。
 誰かが、志織の目の前で怪物に立ち向かっていた。
 非常灯がともる。
 そのわずかな灯りを頼りに目を凝らす。真っ先に目に入ったのは、銀色の仮面だった。
 仮面の男が怪物を蹴った。鈍い音。
 両手は銀色のグローブ。足も銀色。だが、体幹部は黒い。映画などで見かける戦闘服のようだった。
 男は、志織から引き離すように、怪物を押し込んでいった。そして組み合う。怪物も速かったが、仮面の男は高くジャンプできる様だった。怪物はすっかり翻弄されている。
 仮面の男の銀色は左右非対称で、右は手だけだが、左は肩まで覆われていた。足も、右は膝まであるが、左はくるぶし程度。仮面も、銀色なのは頭の部分だけで、顔は黒、口元は人間の顔が露出している。目に当たる部分は黄色に輝いていた。
「あれは」
 だが、怪物も負けてはいなかった。手の爪が、男の戦闘服を切り裂いた。胸の部分の、アンダーウェアらしい白い色が見えている。
 仮面の男が歯を食いしばって構えると、目がフラッシュした。繰り出す手刀や蹴りが決まると怪物がうめいた。今のフラッシュでパワーアップしたらしい。当たったときの音も違う。
 だが、怪物は激昂したようだ。渾身の力で体当たり。軽いのか、仮面の男は吹っ飛んだ。怪物がのしかかる。鋭い爪が顔を襲った。きわどいところで避けてはいるが、これではいつまで持つか。
 志織は鎖を手にして走った。
 怪物の背後から鎖を振り下ろす。怪物がうめいた。
 男は両足で怪物を蹴り飛ばすと、立ち上がり、志織の前に立った。頭を振って、下がれ、という身振りをすると、怪物に向かって走っていった。
(?)
 男の左手、正確に言えば左手のリストバンドが赤く光り始めていた。淡かったその光は、男が怪物に攻撃を加える間にも強くなり、今やはっきりと輝き始めた。
 不思議なことに、それに気づいた男は驚いている様だった。手を止めて、息を飲んでいる。
「危ない!」
 再び、爪が男を襲った。その赤く輝いている手が傷を負う。
 志織は、鎖を放った。激しい音がして怪物に当たった。
 男をもう一度見ると、傷は消えていた。それどころか赤い光はますます強くなっている。
 覚悟を決めたらしい。仮面の男は、歯を食いしばって左手の拳に力をこめる、右肩に上げると一気に振り下ろした。
 手の先から、跡を残しながら赤い光球が走る。
 次の瞬間、ボウっと激しい音がした。怪物が燃え上がっている。身の毛のよだつような声が響いた。
 仮面の男は無表情に――もとより、感情を推し量る要素は口元しかないが――それを見つめていた。
 そして志織は、その男を見つめている。
「あれが、『シルバー仮面』」

Ver.1.0: 2002/12/1
「シルバー仮面」は、宣弘社 が製作・著作権を有している作品です。

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