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暗闇機関、いや、機関と他の組織との連合チームは本格的に GuCAT の陰謀をつぶすべく動き始めていた。幸いなことに、創業 30 年というのはやはり新興企業の部類であり、政財界での影響力は強くはない。信楽老一派が、ある程度の関係を持ち込んではいたが、決定的な力ではなかった。その結果、GuCAT の企業活動を抑制するのは比較的、楽にできた。
だが、それで解決するわけではない。問題はあの「怪物」たちなのであり、その研究と「製造」をやめさせないことには何にもならない。その気になれば GuCAT の業務を完全に止め、研究に必要な資金や資源を枯渇させることすら可能だが、それをした場合、他の企業がその部門を秘密裏に買収しようとする可能性が指摘されていた。万が一、外国企業に買収されるようなことになれば、手出しが非常に難しくなる。この陰謀は、現在の形のままで叩き潰さなければならないのだった。
零は何度も出動していた。
彼が、なんであれ作戦の初期段階に参加しないのは、別に志織と会わせることを躊躇したからではなく、零がシルバー仮面であることを GuCAT 側に悟られないようにするためだった。零は常に後方で待機しており、怪物が現れた時点で前線から連絡を受けて変身、突入する、という流れができていた。
怪物は確かに、少しづつ強力になってきていた。力も強くなっていたし、通常の拳銃では皮膚を貫けない、というようなケースもあった。
零の左手から発射される赤い光線は熱線、頭部のクレストから放たれる白い光線はレーザー光である、ということがわかった。これを人工的に作り出す方法がないか、ということが研究されているが、発生源はその程度の大きさなのに、エネルギーは強大である。そんな技術があれば苦労はない、とラボの研究員は悲鳴を上げた。
まさかシルバー仮面を分解するわけにもいかない。そもそも、そのような目的の場合、何度やっても零はシルバー仮面に変身できなかった。「銀色の力」が零の精神状態を詳細に把握しているのか、それとも状況を判断しているのか、戦闘が必要な場面でないと変身できないのだった。
やはり「銀色の力」は得体の知れないものであって、確かに、零は周囲から距離を置かれるようになっていた。どうやら個々の戦闘で最終的に決着をつけるのは彼だ、ということが理解されてきたせいか、発言力は強まっていたが、仲間である、という意識が前に比べると薄くなっているのは事実だった。
《零、ちょっと来てくれ》
待機していた零に連絡が入った。だが、いつもとは声の調子が違う。既に、戦闘は片付いた、という報告も入っている。零は車を降りると、そのままの姿で現場へ向かった。
「どうしたんですか」
昼間の工場地帯。引込み線にオイルの輸送車が突っ込んでいた。熊の怪物によるものだった。
「中身は」
「ガソリンが満タンだそうだ」
零は舌打ちをした。
「持ち主は怪物にやられた。キーが見当たらない。
あと 20 分は列車は来ないらしいが、クレーンを呼ぶには間に合わない。なんとかならないか」
確かに、前輪が線路を 1 本、跨いではいるが、押し出せば排除はできそうだった。
「サイドブレーキは」
「かかってないようだ。そのせいでこんなことになったんだが」
「何トンあるんでしょうね」
「わからん。
どうだ」
こういう状況では変身できるかどうかわからない。ドアをこじ開けて無理やり配線をつないでエンジンをかけた方がいいような気がする。
「それも考えたんだが、怪物のせいでドアが歪んでいてな。切断するか窓を破るかしかない」
「切ってたんでは間に合いませんね」
事故を防ぐためなら列車の運行を止めさせればいい話で、零が呼ばれたのは、どちらにも影響を出さずに片付けられるのではないか、という期待があったからだ。車を傷つけたのではしょうがない。
が、二人は足元に振動を感じて顔を見合わせた。
「20 分は来ないんじゃなかったのか!」
遠くに小さく貨物列車が見えた。
「下がってください」
零は輸送車の正面に立った。深呼吸する。これを下げればいい。
「アタック!」
変身できた。シルバー仮面は渾身の力でトラックを押し始めた。動かない。
「く…」
まだだ。手ごたえがあったような気はしたが、タイヤかサスペンションが潰れただけかもしれない。
目がフラッシュする。
力は強くなったはずだが、足場が悪く、さして状況が変わらない。砂利がすべる。
列車のブレーキ音が聞こえた。近寄っている。
「く…そ…」
ダメか。
いや。この手ごたえはスプリングではない。タイヤがわずかながら回っている。
「い…け…!」
急に楽になった。隣にエージェントたちがついていた。動き始めたのを見て取ったのだろう。
完全にタイヤが回っている。
押す。もう、足元から列車の振動が感じられるようになっている。
レールに足がかかる。これで一気に車が動いた。
「離れろ!」
車を押しやる。彼らが線路から離れるのと、列車が突っ込んできたのとはほぼ同時だった。
「間に合った…」
彼らは半ば呆然と座り込んでいた。シルバー仮面も同じだった。
しばらくして立ち上がり、小さな達成感に肩を叩き合う。
シルバー仮面だけは別だった。
「はい、今回も異常なし」
零は、変身するたびにラボで検査を受けていたが、春日の方ではもう何も期待していなかった。謎についてはむしろ、ペンダントや鉄仮面の調査に重点を移し始めている。後は零の体だけなので、操作方法とデータの読み方を志織に教え、注意するべき変化があったら詳細に、というようなやり方に切り替えていた。
「零君?」
返事がない。検査台を覗き込むと零は眠っていた。
「あらあら。
少し、寝かせておいてあげましょう」
春日は零の体に毛布をかけて戻ってきた。
どうやら、シルバー仮面のエネルギーの一部は零の体からも供給されているようだった。戦闘したのだから疲れるのは当たり前、という認識だったが、春日の助手とは言いながら手持ち無沙汰気味の志織が付け焼刃の知識で調べたところ、零の疲労感は筋肉の疲労ではないのではないか、という可能性が出てきた。そのつもりで検査すると、疲労感と筋肉の疲労度とのギャップは、光線技を使ったときの方が大きいこともわかった。
「ボクサーの友達、って話、聞いたことある?」
検査機械が止まった。春日が志織に言う。
「え?」
「友人にボクサーがいるとね、そのボクサーがどんなにいい人でも、その力を恐れて、気軽に肩を叩けなくなってしまう、っていう話」
「牧のことですか」
「そう。
彼はね、決して嫌われているわけじゃないのよ。寧ろ、好かれている方だと思う。
でもあの力はやっぱり、恐いわよね」
「…それは、わかります。わかりますけど」
「西脇さんが言っていたわ。『銀色の力』は、確かに頼りになるパワーではあるけど、チームにとっては痛手なんだって」
「痛手?」
「あの力のお陰で、零君を他の任務につけられなくなってしまったのよ。怪物と戦闘になったときのために待機させておかなければならない。本当は、彼をサブリーダーくらいのポジションにつけるつもりで、かなり宛てにしてたみたいよ。
みんな、彼にどう接したらいいのかわからないでいるの」
志織は、あの作戦室で敬遠気味の雰囲気を感じて以来、エージェントたちに不信感を抱いていた。零をいいように利用しているのではないか、と思っていたのである。春日はそれを察したのだろう。
電話が鳴った。
「はい、春日です。
わかったわ。今、行きます」
別の部門からだった。春日は研究チーム全体のリーダーでもある。後を志織に任せて、静かに部屋を出て行った。
それを見送って振り向くと、零が検査室から出てきた。
「眠っていたら起こしてくれないか」
「疲れてるんでしょう」
「働いているのは俺じゃない。『銀色の力』の方だ」
「嘘」
志織はコーヒーのカップを差し出した。すぐにでも戻るつもりだった零だが、それを受け取り、居心地が悪そうに、検査機のコンソールに寄りかかった。
「うちは、おまんに謝らんといかん」
「なんのことだ」
「10 年前の、おまんが車を爆発させたとき。
うちは、おまんが死を覚悟していることに気づいた。けんどうちは止めんかった」
「俺はどうしてもお前達を信楽老の元に行かせなければならなかった。止められたりしては、面倒なことになる」
「それが任務だから…?」
零は、そのままの姿勢でちらっと志織を見た。
「そうだ、と言えばかっこいいのかもしれない。だが、それは半分、いや 1/3 もないのかもしれない。
俺は、お前達が傷つくようなことにはしたくなかった。無事に、生きて帰って欲しかったんだ」
「うちも同じじゃ。うちは、おまんに死んで欲しくはなかった。
牧、二度とあんな真似はやめとうせや」
零は返事をしなかった。
「牧、お願いじゃ。
うちらに嘘をついても身を隠してもえぇ。けんど、自分を犠牲にして人を生かすなんてことはいかん。誰も喜ばんぞね」
「そんなことはない」
「牧!」
「あそこで 50 人を引き受ければなんとか、と思ったんだが…」
零は目を伏せた。頭にあるのは京子のことだろう。首を殴打されて重症を負ったのだ。彼の苦しみはどれほどのものだったか。
「俺は、常に役立たずだ」
「そがいなこと」
「事実だ。2 ヶ月やそこらで直ったからいいようなものの、お前達に何かあったら」
志織は零の腕を掴んだ。
「けんど、うちらは無事。信楽老も倒した。それも事実じゃ。
おまんが役立たずだなんてとんでもない話」
「やめろ」
「牧」
「俺はあの光景を思い出したくない」
声が小さくなった。志織は、ゆっくりと手を放した。「すまんちゃ」
零はカップを握りつぶし、それを捨てにコンソールを離れた。
「おまん、唯の時は?」
「参戦したよ。やはりなんの役にも立たなかった」
「えぇ加減にしいや」
「唯達の戦いがどういうものか聞いただろう。この間までただの学生だった奴がいきなり忍者になんかなれるものか。
お前たちも苦しんだだろうが、唯達も苦しんだ。俺は何もしてやれなかったんだ」
「牧、どうしてそがいに」
コン、とカップがゴミ箱の底に当たった音がした。
「お前は、無力感を覚えたことはないか」
「ある。
けんどおまんのは単に自分を責めちょるだけじゃ。おまんは充分に」
「お京の相手には会ったか」
話題の転換に戸惑う志織。
「知っちょったんか」
「これで肩の荷が下りた」
「え?」
「もう、俺があいつを守ってやる必要はない」
ゴミ箱の底を見つめているように、視線を落としたままの零。
「おまん、色んなものを背負い過ぎじゃ。
体じゃなく、心が疲れちょるんと違うか」
「否定はしない。
俺はこの 10 年というもの、自分のやっていることに満足したことは一度もない」
「もう一度、言うちょく。
うちらは、お京も雪乃さんも、みんな、おまんに感謝しちょる」
「少なくとも、お京は、俺がいなければもっと早く幸せに」
鋭い音。志織が零の頬を打ったのだった。
「こがいに腹が立ったんは久しぶりじゃ。
おまん、うちらの信頼を否定する気ぃか」
零は何も言わなかった。そのまま、志織を見もしない。
「唯の戦いは知らん。けんど、うちらの時は、おまんがおらんかったら絶対にこっちの勝ちには持ち込めんかった。そがいなこともわからんのか。
もっと賢い男と思ぅとったぞ、牧」
空調のファンの音だけが聞こえた。
「今度は逆じゃ。
おまんが何と言おうと、この事件は、父上と母上、そしてうちの事件。おまんはそれに巻き込まれてしもうた。
じゃきに、うちはおまんの力になりたい。それで、こうして春日博士の側にくっついちょる」
「並行線だな」
「牧?」
「俺は、お前を利用して戦おうなんて思っていない。お前がここにいることにも反対だ」
零は上着を取った。
「えぇか、うちらはあの 1 年を一緒に戦い抜いた仲間じゃ。おまんがうちらのことを気にかけてくれるように、うちらもおまんのことが心配なんじゃ。
あがいな真似は二度とせん、と約束して」
黙って部屋を出ようとする零。
「牧」
「無理はしないよ」
ドアを閉めるとき、零はそう言った。
全メンバーが招集されたのはその 3 日後だった。ラボからも、春日博士と志織が参加した。
「人間型の存在が確認された」
息を飲むエージェントたち。
「活動していたわけではない。まだ実験中だと思われる。監視の最中に倒れて、二度と立ち上がらなかったそうだ」
「それが完成したら大変なことに」
誰かが言った。
「現在、暗闇司令が各方面とネゴを取っている最中だが、基本方針としては、最終段階に移る」
(最終段階?)
志織の疑問に気づいたわけでもあるまいが、西脇が改めて言った。
「研究施設を攻略する」
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