スケバン刑事外伝・番外編 -“Obituary ZERO”-

銀仮面伝説

失われた伝説 (前編)



 研究所を破壊する、という方針が決まった時点で、暗闇機関は指示を出す側に回った。破壊する、とは言いながら、単に火をかければいい、というものではないからである。
 さまざまな化学物質が貯蔵されていることは間違いなく、また、遺伝子合成などによる植物が開発されていたりした場合、その種子を外に出すわけにはいかない。安全に処置する必要があるのだ。したがって、突入するのは基本的には警察の専門チームである。暗闇機関は全体の指揮と、事前の工作――少なくない数の所員達が既に懐柔されている――にあたっていた。
 そして、その日。
 研究所への突入と、本社での社長以下、会社幹部の連行は同時に行われた。「枷」が外されたことの効用は、その情報が全く外に漏れない、という形で現れていた。そのルールは、外部だけでなく、内部に対しても適用されるのである。作戦の遂行を妨害する者は誰であれ、そしてその意図とは無関係に、更迭、突然の異動などで、容赦なく排除された。最初からチームにいたにもかかわらず、ほんのわずかな素振りが理由で外されたものすらあった。
 GuCAT 幹部の中には抵抗を試みた者はいたが、通常よりはるかに多く、はるかに重武装の警官によって鎮圧された。信楽老一派の一人は銃を持っており、短時間の銃撃戦で射殺されていた。
 他の施設に対しても捜査の手が入っている。
 研究所への突入作戦では、状況は彼らに有利だった。懐柔された、あるいは改心した所員が多いことが原因である。危険な設備は大半が既に押さえられていた。寝返っていない職員が監督する設備には、機関のエージェントが対処している。そうした職員は力ずくで操作方法を白状させられていた。
 機関が想像した通り、彼らが開発し、安全性の確認されていない植物が見つかった。これは、警察の技官等の監督下、拳銃を突きつけられた職員が酸に浸すなどして処理していた。自分の研究成果を泣きながら破棄している研究者もいたが、エージェントたちはそれを軽蔑、あるいは恐怖の表情と共に見ていた。
 怪物の「製造施設」も同様だった。怪物の原型と思われる「もの」がタンクの中に浮いている。必要な処置の後、培養液が抜かれたが、その間際に「もの」が揺れた。断末魔の抵抗ではないか、と感じた警官はその場に嘔吐した。

 零は怪物が出てきた場合に備えて研究所の裏手に待機している。指揮車も別の場所に控えていた。
《零!》
 西脇の声。
 GuCAT は怪物を放した。「完成」した怪物は「製造施設」とは別の場所に「保管」されていた。今度は犬の怪物であるという。
(2 体とはな)
 二本足と四本足とを使い分け、研究所の内部を走り回っているらしい。噛み殺されたものもいる、という報告が入っていた。
 塀は高い。警備システムを掌握したという報告もないので、壁を乗り越えようとするのは危険だった。零は、自分の車を裏門に突っ込ませた。そのまま建物の入り口まで走る。
《怪物の一体に発信機を打ち込んだ。
 信号は行っているか》
 零は車内のコンソールを操作した。点が移動している。
「捕捉しました。
 動きが速いですね」
《犬だからな。
 危険な設備の大半は既に我々が押さえている。体制を整え次第、お前の援護に回すが、暫く辛抱してくれ》
「了解」
 零は裏口と思しきドアから慎重に入り込んだ。見える範囲には誰も、何もいない。
 右手には銃。二匹というのが警戒心を起こさせた。変身するにしても、白い光線も赤い光線も、まだ任意のタイミング、任意の強さで発射できるようにはなっていない。銃で倒すことができれば一番いいが、事前にいくらかでも力を削いでおくだけでも楽になるはずだった。
 零は左の胸に、ワッペンのように組み込まれている表示装置を水平に起こした。怪物の位置が示されている。垂直方向の位置はわからないからフロアが違うのかもしれないが、この棟にいることは間違いない。
 この棟は資料室や会議室が主で、研究用設備はない。したがって、こちら側のメンバーは少なく、情報も上がってこなかった。
 物音に銃を構える。
 前方の曲がり角に白い影が現れた。
(犬)
 撃つ。外れた。
 犬は怖じる様子も見せず、二本足で突っ込んできた。
 もう一撃。
「くそ」
 当たらない。敵の動きが速すぎる。
 零は、腹を決めると膝をついた。体を安定させるためだ。
 十分にひきつける。息遣いが聞こえそうなほど近づいたところで、引き金を引く。
 まさしく犬の悲鳴だった。弾丸は肩を貫いた。
 零は、次の瞬間には体を倒して、足をかけた。怪物は転倒した。
 いや、そう見せて四本足に切り替えた。零が狙いをつけようという間、何歩か進んだかと思うと方向を転換した。
(ますます当たらない)
 シルエットが小さくなった分、狙いがつけにくくなった。態勢を立て直す時間もない。零は、敵が飛び掛ってきたところで、銃を突き出し、力いっぱい殴りつけた。またもや悲鳴。
 倒れたところを蹴りつけると、体がフロアの上を滑っていった。
 だが、その様子がおかしいことに零は気づいた。出血していない。零の攻撃は当たっているのだが、傷になっていないのだ。当たった瞬間は痛むのだろうが、それだけだ、ということだ。
(苦戦するわけだ)
 銃でなくてはだめだ。零は再び膝をついた。向かってくるところに狙いをつける。今度は、前よりも近くまで寄せた。
 轟音。今度は右頬。
 当たった。いや、かすめたと言った方がいいか。頬の肉はちぎれたが、怪物はそのままの勢いで零に飛び掛ってきた。
 体を沈めると同時にもう一度撃つ。
 今度は効いた。腹から出血している。だが、怪物は立ちあがった。どうしても致命傷にならない。
「マシンガンでも持ってこいって言うのか」
 あるいは、「銀色の力」か。
 自分の体を守ろうとするから不利になる。怪物の体を押さえてつけておいて撃ち込めばいいのだろうがそれができない。変身すれば、頭部は守れるはずだし、恐らく手足の防具としても役に立つはずだ。
 だが、変身していられる時間がどれくらいなのかわかっていない。あるいは使うことのできるエネルギー量なのかもしれないが、光線を連射したことがないので、そこは未知数。1 体にこれだけ苦戦している。もう 1 体がこれより強力だったらどうなるかわからない。
 敵は牙をむき出して飛び掛ってきた。
 もう一度、両手で顔を殴りつける。悲鳴を上げて倒れたところで、腕を踏みつけて撃つ。今度は胸を貫いた。怪物は 2、3 度体を震えさせると動かなくなった。
(?)
 よく見れば、傷がない。今、撃ったばかりの 1 箇所だけだ。その傷も、見る間にふさがっていく。
「なんて…治癒能力だ」
 零は腕を踏んだまま頭部も撃ち抜いた。そのまま銃を構えて警戒する。だが、傷の変化はそこで止まった。死んだのだろう。
(これが GuCAT の技術か。
 !)
 いや、違う。
「鬼怒良の宝」
 全てとは言わないまでも、鬼怒良文明の、不死を現実にするテクノロジの、なんらかの要素が組み込まれていると考えるべきだった。
 このまま研究が続けばどんな怪物になるかわからない。どうあっても今回でつぶし、研究成果を闇に葬らなければならない。零は改めてそれを思った。GuCAT はそれをどこで手にいれたのか、どこまで知っているのか、という問題はあるが、それは後のことだ。
「零です。
 この怪物には既に鬼怒良のテクノロジが組み込まれています」
《どういうことだ》
「負傷しても、目の前で治癒していきます。心臓をやらないとダメです。頭部でもいいかもしれませんが」
《そこまでこいつらの研究が進んでるとはな。
 わかった。幹部と研究者を締め上げさせる》
「こっちの 1 体は死にました。もう 1 体の情報はありますか」
《中庭に出たという報告がある》
「中庭に向かいます」
 走る。
《零、発信機を撃ちこむのに成功したらしい。
 なんだと、中庭だぞ。前庭じゃない》
 情報が錯綜しているようだ。零はスピードを緩めた。
《なに!?
 …。
 零、聞こえるか。すまない。もう 2 体いるらしい。中庭と前庭だ。中庭のが前庭に向かっている》
「了解。前庭に移動します」
 零は胸のディスプレイを上げた。光点が移動している。
「今度のは皮膚が強力です。皮膚に対して直角に近い角度で撃ちこまないと貫通できません。追いこむかなんかしないとダメです」
《わかった。周知する。
 重火器を持って来るべきだったな》
 あっても使う場所を選ぶ。外であっても、使う方向を間違えば建物に被害が出る心配がある。
「ナイフとかの方がいいかもしれませんね。自分も傷つきますが」
《すぐに、お前がやった怪物を分析させる。牙や爪に毒がないかどうかがわかってからだな、それができるのは》
「前庭が見えてきました」
 日差しが目に入った。既に研究所は制圧しつつある。静かなものだった。
 2 体の怪物を除けば。

「なんですって!」
 指揮車の西脇が叫んだ。
「なぜ止めなかったんです」
《止めて止まる人だと思いますか、西脇さん》
「博士!」
 西脇はディスプレイの向こうで涼しい顔をしている春日に向かって怒鳴った。
《わかってあげて。彼女は、零君に借りがあると思っているのよ。それを返すチャンス》
「そのせいでサキに何かあったら本末転倒でしょう!」
 どうやって責任を取るつもりだ、という言葉を西脇は飲み込んだ。
(ヨーヨーを取り返しておかなかったのは失敗だった)
「西脇さん、来たようですよ」
 隣のオペレータが言った。
 西脇は春日をそのままに、ヘッドセットを外して、狭苦しい指揮車を降りた。ほぼ同時に、志織のオートバイが低音を響かせて止まった。そのヘルメットとレーシング スーツをどこで調達したものか。
「春日博士は、わざと連絡を遅らせたんだな」
「牧はどこじゃ」
 志織はオートバイに乗ったままゴーグルを上げた。
「教えるわけにはいかん」
「そう言うと思ぅた。
 なら勝手に入るぞね」
「作戦の邪魔をする気か」
「邪魔にはならん」
「零はお前を守ろうとする。それが邪魔になるんだ」
「いらん気遣いじゃ」
「奴がそれで納得すると思うのか!」
 志織は苛立った様子でオートバイを降り、指揮車に近づいてきた。
「じゃぁ、牧は今、楽に戦ぅちょるんか」
「俺達に任せろと言ってるんだ」
「楽なはずがないちゃ。これが決戦ちゅうことは GuCAT もわかっちょる。向こうも必死になる。
 それよりも、牧は今、『銀色の力』を体の中に抱えちょる。例え最後の怪物が倒されても、代わりに牧の身柄を手に入れることができれば、奴らの勝ち。守らんといかんのは、おまんらのチームでもうちの身でもない、牧じゃ。それがわからんがか!」
「サキ…」
「西脇さん、昔、言うたことを繰り返すぞね。
 うちが戦うんは愛のためじゃ。
 うちの仲間であり、親友の恋人じゃった男を守る。父上と母上が命をかけて解明した謎を守る。
 そして、奴らの忌まわしい計画を叩き潰すんじゃ。
 おまんなら、何が正しいかわかっちょるはず。邪魔はせんと信じちょる」
 西脇は厳しい表情で志織を睨みつけていた。
「お前の身に何かあれば、零も、俺も、暗闇司令も、一生、後悔して生きることになる。それだけは頭に入れておけ」
 そう言って、西脇は手帳大の装置を放った。
「その点が、怪物の位置だ。零はそこにいる」
 志織は西脇を見つめ、力強く頷いた。装置を胸のポケットに入れる。
「これも持っていけ」
 ヨーヨー。傷だらけだ。ゆっくりボタンを押すと乾いた音と共に蓋が開いた。桜の代紋。
「古いものだが、二つあった方がいいだろう」
「これは、うちが使ってた…」
「もうすぐ所内を制圧できるはずだが、それが完了するまでは零に援護は出せない」
「わかった。
 西脇さん、おまんらを後悔させるような真似はせん」
 志織は大きな音を立ててオートバイをスタートさせた。

Ver.1.0: 2002/12/29

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