Czech Information
■チェコ共和国はヨーロッパのほぼ中央に位置する内陸の国です。大きさは日本の約5分の1。首都はプラハ。人口は1000万人で、9割のチェコ人と少数のスロヴァキア人、ドイツ人、ハンガリー人、ポーランド人で構成されています。宗教はローマ・カトリック教徒が4割。無信仰も4割います。
近年のチェコ共和国は、1918年第一次世界大戦でオーストリア・ハンガリー帝国が敗れそれに伴いチェコスロヴァキアが独立をします。1938年にはナチスドイツの介入によりチェコスロヴァキアは解体され、1945年第二次世界大戦でナチスドイツの敗北により再びチェコスロヴァキアが復活します。その後、共産党主導で政権運営されます。1947年のマーシャルプランに参加を表明するもソ連の介入により断念。1948年から急速に社会主義体制が構築されます。1968年には”プラハの春”事件や、ワルシャワ条約機構軍がチェコ全土を占領する”チェコ事件”が発生。民主化の改革を叫ぶドゥプチェクは解任され共産党の独裁色の強い体制が続きます。1989年のベルリンの壁崩壊に伴い、市民・学生のデモが拡大。わずか20日で無血革命を果し共産党独裁政権は崩壊しました。その後、1993年にチェコスロヴァキアは解体。チェコ共和国とスロヴァキア共和国は主権国家となりました。1999年にはNATOに加盟。
Czech あれこれ
■ウィーンからプラハまでバスで約5時間。プラハの街は大きく、中心部全体が大きなテーマパークのようです。しかし、観光客が多すぎるので落着けるところが少ないのが残念でした。各国からたくさんの観光客が訪れるくらいですから、美しいし、すばらしいし、感動しますが、期待通りのものがあるだけで新たな発見はありません。この手の観光地は一回行くだけで飽きてしまいます。
別の側面からチェコを見ると東欧では珍しいチェコの自動車メーカー、”シュコダオート”(今はホルクスワーゲンの子会社)があります。シュコダオートは東欧のみに限らず西欧、北欧、アフリカ、ロシア圏でも大きな存在です。第二次世界大戦までは世界に名だたる工業国だったこともあり、チェコの力強さを感じます。経済的に今後強くなる国だと感じました。
Charles Bridge
カレル橋
ヴァルタヴァァ川にかかるプラハ最古の美しい石橋で旧市街とプラハ城を結ぶメインの橋。この写真は橋塔から撮りました。この橋塔は1400年前に造られたもので通行料を取ったり橋を守る為に造られたそうです。
橋の左右には聖人像が建ち並びます。 |
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聖ヤン・ネプツキー像
カレル橋の左右に聖人像が30像建ち並びます。
特に、この聖ヤン・ネプツキー像の下に描かれたイエスを触ると幸運が訪れるとの言い伝えがあるらしくイエスのところだけ色が変わっています。 |
Old Town Square& Old Town Hall
旧市街広場と旧市庁舎
見所の旧市街広場にある旧市庁舎。第二次世界大戦で破壊されたが
修復し現在では小さな礼拝堂やプラハ市民には結婚式場として使われている。 |
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Astronomical Clock
天文時計
旧市庁舎の横の外壁がこの天文時計。
9:00〜21:00の正時になると仕掛けが動きます。
毎正時近くになると人だかりが出来ます。 |
Old Town Square & Church of Our Lady before Tyn
旧市街広場とティーン教会
広場の東側に建つ2本の塔が印象的な教会。
1135年に建てられたもので今の姿は1365年に改築されたもの。
教会の手前にはティーン学校があります。 |
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House at the Stone Bell
石の鐘の家
旧市街広場にありますがよく探さないとわかりません。14世紀に建てられたプラハを代表するゴシック様式の貴重な建築物。建物の角に石の鐘が装飾されている為この名がついたそうです。現在はプラハ市のギャラリーとして使われています。 |
Old Town Square & Golz-kinsky Palace
ゴルツ・キンスキー宮殿
18世紀半ばに建てられました。現在は国立美術館の一部として
使われています。旧市街広場ではピンク色の建築物なので目立ちます。 |
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Church of St.Nicholas
聖ミクラーシュ教会
白い外壁がとてもきれいな教会です。
現在の姿になったのは18世紀の初頭。
夏にはコンサートなどが行われるそうです。 |
Parents home of Kafka
カフカの生家
プラハ出身の代表的な作家フランツ・カフカの生家。
旧市街広場の聖ミクラーシュ教会の裏にあります。 |
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Wenceslas Square
ヴァーツラフ広場
ホテル、高級レストラン、デパートやオフィスが建ち並ぶプラハ一の繁華街でもあるこの広場は、1969年1月、学生ヤン・パラフがソ連のチェコへ軍事介入を焼身自殺をもって講義した事件(プラハの春事件)の場所でもあります。ヤン・パラフに捧げられた記念碑があります。 |
Municipal House
市民会館
外壁がとても豪華な装飾となっている市民会館。1911年に現在の
市民会館が完成しました。内部も装飾がきれいだそうです。 |
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