我が家を新築しようと検討を始めた時に二男は小学校四年生だった。毎週土曜日に住宅展示場を回ったが、二男が一緒だったことが多かった。モデルハウスではその会社の営業マンがいろいろと説明を始めるが、二男は黙って聞いていて、モデルハウスを離れると、「あの人は嫌だ。」とか「あの人はいい。」と言うのだった。
ある時、モデルハウスを去る時に若い営業マンが話しかけてきた。話は短かったが、モデルハウスを出るなり「あのお兄さんは感じいい。」と言った。長く話をしなかったが、二男の目には良い印象があったようだった。会社を選定し絞る段階になって検討した結果、三社に絞った。その中に二男が気に入った若い営業マンの会社が入っていた。
具体的な検討の段階でそれぞれの会社と十分に話をした。家を建てることが目的だが、話のついでにそれ以外の話題も出てきた。ある時、若い営業マンは野球が好きで、中学校から今でも続けて野球をやっていることを知った。私の家族は野球一色であったから、野球の話になると俄然話は弾んだ。二男がキャッチャーをやっていることを話したら、「キャッチャーはいいよ。野球のことがよくわかってくるよ。」と言った。二男は眼を輝かせて若い営業マンの話を聴いていた。若い営業マンもキャッチャーをやっているそうであった。
住宅会社を決める段階で、私達は若い営業マンの会社ではなく、地元の工務店に決めようとしていた。その工務店は中年の温厚そうな営業社員が担当しており、会社の姿勢も大変親切で不満なことは何もなかったが、何故か二男は中年の営業社員を嫌ってしまった。数多い住宅会社の中で、二男が気に入ったのは若い営業マンだけだった。子供なりに通じる何かがあったのであろう。紆余曲折がありながら、我が家の新築は若い営業マンの会社に決定した。二男は嬉しかったようであった。若い営業マンは卯月靖也さんといった。
家は長男が中学を卒業すると同時に建て始め、夏の高校野球の地区予選の真っ最中に完成した。彼は長男の高校の試合について新聞で見てくれていた。家と野球が縁となり私の家族と彼との付き合いが始まった。その後、長男は建築学科のある大学を選択した。
まもなく彼が結婚するという話を聞き、祝電を贈った。『卯月さんに担当して戴いた家に、一二〇%満足しています。いつか再び我が家を建て直す際に、また担当をお願いします。』と。その後彼はその会社を離れて他業界に転職したが、その際にも我が家をわざわざ訪問し、いきさつや今後の展望について話をしてくれた。彼はフォローができなくなることを気にしていたが、私の家族は彼の新しいスタートを応援したい気持ちだった。
何年か経って二男が高校で野球をやるようになり結果が新聞に出ると、卯月さんから電話を戴いた。二男のことを気にかけてくれていたらしい。野球が取り持つ出会いであるが、一つの出会いよる人のつながりが続いている。
今年の年賀状では、また住宅業界に復帰したいとのことが書かれていた。話を聞くと、五月に『グッディーホーム』という住宅リフォーム会社を立ち上げるそうである。住宅を通じてお客様との長い付き合いをしていくことが昔からの夢であったという。この考え方は私が目指していた生命保険ビジネスを同じである。
彼ならきっと多くのお客様の支持を得られるだろうし、成功するだろうと、私は確信している。そして、結婚式の祝電でお願いしたように、いつの日か私の家をリフォームしたり建て直す時に、もう一度お願いすることができるようになったと思った。私の家族と彼との付き合いは今後もずっとずっと続くだろう。私から息子たちの時代になっても。
子供が気に入った営業マンとのつながり