裏方のバックミュージシャンを紹介する:シルvヒ・バルタン

シルヴィ・バルタンというフランスの女性歌手がいる。一九四四年生まれでもうじき六〇歳になろうとしているので、知っている人はあまりいない。一九六三年に『アイドルを探せ』という曲が日本で大ヒットして一二〇万枚のレコードが売れた歌手だ。
最近の日本ではほとんど知られなくなった彼女であるが、本国フランスではデビューして四〇年以上も経つのに、毎年クリスマスショーのエンターテナーを決める投票では、数年前まで第一位を保ち続けたそうである。日本流に言えば年齢も人気も「美空ひばりか吉永小百合」に近いのであろう。
シルヴィ・バルタンは、一九七〇年代から一九八〇年後半にかけて、日本でのコンサートを頻繁に行なった。私も欠かさず観に聴きに行った。ある年のコンサートでの感動的な出来事を紹介しよう。
その年の彼女のコンサートには、バックミュージシャンとして兄のエディ・バルタンが率いるメンバーが演奏していた。コンサートがエンディングに近づき、いつもながら、彼女はバックを務めてくれたミュージシャンを一人ひとり丁寧に紹介し始めた。
彼女はいつもこのように、自分を支えてくれる陰の存在の人への感謝の気持ちを忘れず、必ず一人ひとりを紹介する。彼女を支えている人達もそのことを十二分にわかっている。だからこそ、多くの人達がいつまでも彼女を支え続けるのであろう。それが、彼女が今日まで第一人者で存在し続ける要因なのであろうと思う。
会場は大きな拍手と歓声に包まれていた。そして最後に一人、バンドリーダーである兄エディ・バルタンが残っていた。拍手は鳴り止まなかった。
すると彼女は、右手の人差し指を唇のところに持っていき、指を立てた。日本流に表現すると「シーッ、静かにしてネ。」という合図である。するとどうだろう。あれだけ続いていた拍手と歓声がピタッと鳴り止んで、コンサート会場は静まり返った。少しはにかみながら、彼女は紹介した。「次は私の兄であり、私が最も尊敬するミュージシャンのエディ・バルタンです。」と。静まり返っていた聴衆は、それまで以上に大きな拍手と歓声でたたえた。拍手と歓声がしばらく鳴り止まなかった。
それは紛れも泣く、バックミュージックを指揮した「兄エディ・バルタン」に対して贈ると共に、このような素敵な紹介を行なった「妹シルヴィ・バルタン」に対してであった。プロの歌手であるシルヴィ・バルタンは、ほんの一瞬だけ、妹シルヴィ・バルタンに戻ったのだ。
私はその時、このような人間味溢れる姿を垣間見せたシルヴィ・バルタンを益々好きになった。歌手としての魅力に魅せられていた以上に、最高の場面で、尊敬する人に対する心使い、兄を慕う妹の気持ちを見せた人間としてのシルヴィ・バルタンを益々好きになってしまったのである。



