「戦争と平和」についての100の考察日記 2.
2003年5月27日
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誰だってこの戦争に対して全面的に反対していると思っていた。 しかし、この地イラクに滞在するようになって、たくさんのイラク人からフセイン時代の恐怖政治の実態を聞くにつれ、フセインという大ばか者がいなくなったことを喜ばしく思うようになり、この戦争について思いをめぐらすことが増えました。 皆さん知っていますか。フセイン時代の35年間で殺された人々は200万人だということを。イラク国民の誰かがちょっとしたフセインの悪口を言っただけで近所の密告により牢屋に入れられ殺されてしまうとかいろいろ聞きました。 それにフセイン時代に海外に逃げた人々が500万人いたとかも聞きました。 だからこのイラク戦争が始まった時にほとんど難民が出なかった理由ははすでにこの恐怖政治に嫌気がさして海外に逃げた人々が多かったことと今回の戦争中海外に逃げた人々は処刑するというお触れが出回ったので誰だって逃げれない状況だということがわかります。それに以前のフセイン時代の政府関係の公務員などはパスポート発給の禁止だったとも聞きました。 だからバクダット市内で聞く声は結構アメリカ軍がきてくれてよかったという声を聞きます。 でも、この戦争を肯定するつもりはありません。昨日も市内のある病院に行ったところ、帰り際に、クラスター爆弾と思われる不発弾を踏んで今にも足が切断されんばかりの7,8歳の子供が二人血だらけでいるところを見ました。もう戦争が終わって1ヶ月以上が当に過ぎているのにまだまだ戦争の被害が続くのです。 また、他の病院でも下痢が直らないたくさんの子供たちを見ました。この事だって戦争中電気が止まり一時的にしろ水道がつかえなくなったか何かで汚い水を飲んだり、今でも停電状態にあるので、暑さで腐った食べ物を食べたとかいろいろの理由で下痢になるのです。 そして体力のない子や薬の変えない子は死を迎えてしまうのです。 写真タイトル「戦後1ヶ月以上たってもなおクラスター爆弾の被害に会う子供たち」 |
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「戦争と平和」監督 四ノ宮 浩 |
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