製作日記 4. 2002年9月23日 |
日本では秋分の日でもうすっかり秋の気配が感じれる季節だと思いますが、こちらアフガニスタンではまだまだ真夏の最中といえばいいのでしょうか。とてもとても日中は帽子をかぶらないと頭が痛くなるほど暑いのです。 本日、ある方たちとお話をさせて頂きいろいろな事が勉強になりましたので、ここに整理する上で書きます。 今、僕がこのアフガニスタンに来ている訳は、当然映画を撮りに来ている訳ですが、なぜこの地を選んだのかというと、僕の青年時代にすっかりフィリピンにはまり、ドキュメンタリー映画を1989年からこの12年の間に2本創ったはいいものの、ごみ捨て場の「貧困」という現実がぜんぜん変わらないのに実は嫌気が差し、僕のもうあと残り10年ぐらいと勝手に思っている寿命の間に「次はなにをつくろうかなー」と真剣に考えていた矢先、2001、9、11のテロ事件が起き、その後、僕の頭は4、5ヶ月の間、すっかり思考停止状態になってしまったのでした。そして、今年の3月末にニューヨークに行く機会があり、グランドゼロを訪れた時にふうーと直感で感じたのでした。 「世界が平和になるためには、アメリカが変わらないと世界は変わらない。 だから、僕はアメリカ人の心を変えるための映画を創ろう」と。 そして、スタッフと相談した結果、誤爆報道がされていたこのアフガニスタンやってきたのでした。 ところが、このアメリカ軍の誤爆というのは嘘っぱちで、現場を歩いてみて感じたのは「アメリカ軍のアフガニスタン人に対する無差別殺人」といったほうが正しいと思います。 また、アメリカのはタリバン政権下のパシュトゥーン人の特徴である「客人は自分がひもじい思いをしてでももてなせ」という特性を持ち、ビンラディン率いるアルカイダを絶対にアメリカに引き渡せない事を知っていながら、あえて「アラブ人のイスラム過激派、アルカイダを引き渡せ。そうしないとお前達も同じだとみなす」という要求をだし、この地にある天然ガスだかの利権を取るために、タリバン政権下のアフガニスタンを攻撃した経過があるとのことである。(現在アメリカがその利権を握っているとの事で、このことが事実ならあなたはどう思いますか)でも、ここアフガニスタンでは今、アメリカ軍や国際治安部隊がいるからこそ、国内の軍閥同士の抗争がほとんどなく平和になりつつあると感じるが、もし、アメリカが年明けにでもイラクを攻撃することになれば、アメリカ軍はこの地を撤退することになり、また内戦状態のアフガニスタンに戻るということである。 今後の撮影はイラク攻撃があるかどうかに左右されそうである。が、しかし、もっともっと僕自身、アフガニスタンの各地を旅する必要がありそうである。(いやだが、この地にどっぷりつかろうと今思っている) 今のところ、いつ撮影がはじめられ、いつ終わるのか、まったく見当がつかなくなった。 |
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「戦争と平和」監督 四ノ宮 浩 |
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